医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

新型コロナウイルス、医師会・行政は海外諸国に遜色ない対応を

2020-04-13 13:07:28 | 日記
今月7日、新型コロナウイルス感染拡大を受けて東京都など7都府県に緊急事態宣言が発表されました。

北海道大学の西浦教授の試算によれば、「外出制限が成功していれば、宣言から10日~2週間後が感染者数のピークで(潜伏期間などがあるため)、その後減少する」ということですから、今後まだ感染者数は増える恐れがある、ということになります。

「緊急事態宣言の発令は遅かった。感染者は指数関数的に激増するフェーズに入っており、大変なことになる」という指摘がある一方、少なくとも東京都が発表する感染者数は、増えてはいるものの指数関数的といった様子ではありません。
もちろん、検査しなければ陽性かどうか分かりませんから、検査実施数が十分に多くなければ、そもそもトレンドを正確に把握することが難しいという面はあり、実際にそうした海外メディアによる懐疑的な記事も散見します。感染が実際に拡大しており、検査実施数との乖離が大きくなれば、各都道府県が発表する感染者数は「大本営発表」の様相を呈することになるのでしょう。

「大量に検査を実施し、正確な感染者数を把握する必要などない」との意見がありました。「感染したとしても多くは軽症で済むのだし、陽性だったからといって特別な治療がある訳ではない。検査希望者が多く医療機関を受診すれば待合室で感染が拡大する恐れすらある」といった見解は、たしかに誤りではなかっただろうと思います。実際の感染者数が十分に少なく、自然に流行が終息するようならそれで済みますし、PCR検査実施のキャパシティーが小さい状況では、そうする他なかったでしょう。

ただ、その方針を堅持し続けたとしても、当然ながら医師は症状が強くなった患者を診察することになります。潜在的な感染者数が多くなれば、その患者が実際に新型コロナウイルスの感染者である可能性も織り込まなければならず、PCRの検査体制・二次感染を防ぐ診療体制の拡充は、(大本営発表ではなく)実際の感染拡大に間に合う必要があります。電話・ネット診療での対応が話題になっていますが、遠隔診療で完結するのは軽症かつ病状が安定している患者に限られます。

「とにかく患者が受診しなければ済むのだ」といった棄民のような行為が許されるはずもなく、これは医師会や行政が果たすべき責務です。間に合わなければ、大本営発表の数字が危機を示すよりも先に、診療拒否、重症化した患者の治療の遅れ、外来診察を担当する医師や医療スタッフの感染、入院設備を有する医療機関内での感染拡大が頻発することになるのでしょう。


日本救急医学会、日本臨床救急医学会の代表理事が声明を発しています。
この内容からは、9日(緊急事態宣言から2日目)の時点で既に救急医療が医療崩壊の危機にあること、またその背景として、上記の一次医療や医師会・行政の対応の不備があったことが窺われます。


救急医学会の声明を読んだ後、神奈川県医師会長が発したメッセージを見て、私は困惑しています。

「一緒に戦いましょう。もう少し我慢してください」と県民に呼びかける一方で、診療所等で診療を断わられる患者が頻発している状況への言及はありません。SNSに目をやれば、診療拒否にあったとの声が溢れています。神奈川県では、診療拒否など生じてはいないのでしょうか?

また「PCRの本当」と題した項目では、ドライブスルー方式の検査で二次感染の危険性が及ばないようにするには、一人を検査する度にすべてのマスク・ゴーグル・保護服などを交換・消毒しなければならず30 分以上 1 時間近く必要、とされています。
海外での実施を報じる記事や映像、今月下旬にも鳥取県が実施しようとするドライブスルー検査の報道を見る限り、そうしたものには見えません。本当に、これまで各国で実施されてきた検査では、許容すべきでない二次感染のリスクが生じているのでしょうか?
神奈川県以外の都府県の医師会、日本医師会も、大規模検査に対して同様の認識なのでしょうか(実質的に、実施できるようなものではないと考えている??)

医師会は、どういった形で今回の新型コロナの流行拡大に対応しようとしているのでしょうか。私には、感染拡大のピークを前にして、すでに後手に回り、それを正当化しているようにも見えます。


もちろん、私たち地域薬剤師も「安定した慢性疾患患者に対する薬剤の提供と体調チェック」「軽微な症状に対する安全な治療薬の提供」といった役割を通じて、地域医師・病院勤務医の負担を軽減し、診療体制の破綻を防ぐために協力することができます。
今後、もし各地域に十分な数の発熱外来を設置し、大規模なPCR検査体制を設定するのであれば、そこに多くの医師のマンパワーが必要であることは明白です。

当然のように、今のところ薬剤師に協力は要請されていません。
問題は、このような危機的状況下でも日本医師会はそうした薬剤師の業務拡大が実現することがないよう目を光らせていること、政治家も職能団体間のヒエラルキーに配慮してそうした提案などしない(あるいは分からない)こと、日本薬剤師会も戦略上(医師会への配慮から)提言などできないことです。

新型コロナの流行拡大があったとしてもなお、医師のマンパワーに余裕があるならば、それは結果として、感染の爆発的な増加がなかったということでもあり、非常に望ましい展開です。しかし、仮に流行拡大のために救えない患者が出るような状況になってなお、「仕方なかった。我々はベストを尽くした」と言うのであれば、それは批判されるべきです。多くの人々はこうした日本の医療の特殊性を知らず、この国には手厚い医療体制があると信じています。
「医師のマンパワーには限りがあり、必要なだけの発熱外来や検査体制を整備することは不可能だった」などと言うことなく、海外諸国に遜色のない対応をして下さい。

(諸外国で薬剤師がこうした業務を担当しているのは、新規感染症への対応が理由ではなく、3分診療・無診察投薬では患者側が納得しないこと、そして医療費節減と患者への介入を両立させるためにはそれが合理的だからです。結果として、多くの国では日本のように医師が激務に喘ぐような状況ではありません)


新型コロナ感染危機に縄張り争いをしてはならない

2020-04-07 22:48:43 | 日記
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、7都府県を対象とした緊急事態宣言が発表されました。
感染には潜伏期間があります。緊急事態宣言によって該当地域の感染拡大に歯止めがかかったとしても、今後数週間は患者の増加傾向が続くことになります。

また、仮に政府の対応(海外のような都市封鎖はせず、経済社会活動を可能な限り維持しつつ感染拡大を防止する)が不十分であった場合には、感染拡大防止策は修正を余儀なくされ、患者の数も上振れすることになります。今回、緊急事態宣言の対象外となった地域においても、今後どのように感染者数が推移していくかは不透明です。

東京都医師会は、医療崩壊を防ぐためにはこれからの6週間が重要になるとして緊急会見を開き、都および都民への協力要請を呼びかけています。

今後、新型コロナ感染の重症患者を受け入れることができる入院ベッドや設備、軽症の入院患者や感染者が滞在できる宿泊施設の確保が急務となります。感染例が増えた地域では、従来の診療体制とは動線を区別した「発熱外来」やPCR等の検査体制、自宅等で過ごす検査陽性者に対する相談・診療の体制も必要になるでしょう。重症感染者の治療に関しても、これまで以上に医療従事者のマンパワーが必要となることは明白です。
感染者数が増加していく中で、「発熱患者の大多数は新型コロナ感染ではなく、受診も検査も必要ない。医療従事者への相談も控えるべき」というこれまでの説明を続ける訳にはいかなくなるかもしれません。

今月3日には、日本看護協会が会見を開き、離職中の看護師などに復職を求めていく方針を示しました。各地の病院で人手が不足し、助けられる命を失ってしまうような状況を回避するためには、政治や行政、各医療職能団体は協力を惜しまず、実施可能なプランを事前に全て提示する必要があります。

こうした状況においてなお、日本薬剤師会や政治家の方々は、薬剤師の果たすべき役割・実施可能なオプションについて言及しておらず、非常に残念です。
薬剤師は、多くの患者に対してこれまでと同様の処方内容を(処方箋なしでも)安全に提供することができ、軽微な症状に対し適切な薬剤を提供することが可能です。病院勤務医や診療所医師の業務負担を軽減し、多くのマンパワーを新型コロナ感染の対応に振り向けることができるはずです。

海外諸国で実施されている、こうした業務が日本で実施できていない理由は、日本の医師・医療機関が出来高制の報酬を得る事業者である、という点に尽きます。収入に繋がるなら、医師(医師会)が多忙を求めるのは当然です。医師から他職種への権限・職務の委譲は収入減少の議論と同義であり、一向に進展していません。

日本の医療体制の特徴として、OECD諸国の中で最も多くの病床数(人口1000人あたり13.1、OECD 平均は4.7)を有していますが、その多くは民営であり、今回のようなトップダウンでの体制再編には、調整に困難が生じています。
また、病院設備やCT・MRIといった設備投資に重点が置かれてきた一方で、医師の数は少なく(人口1000人あたり2.4、OECD平均は3.5)、国民一人当たりの年間外来受診数は第二位(12.6回、OECD平均は6.8回)、入院施設を有する病院の医師も外来診療を多く担当しています。(データはHealth at a Glance 2019より)

周知のように、日本の多くの医師が普段から過重労働の状況にあります。このままでは、想定以上に感染が拡大した場合に発熱外来や検査体制、軽症・中等症感染者のフォローアップといった内容のいずれか(あるいは大部分)を省くことにもなりかねません。薬剤師によって実施可能な上記のオプションに見ぬふりを決め込むなら、医療体制が破綻してなお「仕方なかった。我々は全力を尽くした」と強弁するしかありません。

既にSNSでは「診療を断られ、電話等による助言もなかった」といった投稿が散見されるようになり、「かかりつけ医師の診察を求めている患者がいるのに、病院が閉鎖され、他の病院を紹介してもらうこともできない、これは医療崩壊だ」との日本医師会役員のインタビューも報じられています。(迫り来る日本の医療崩壊 新型コロナウイルス院内感染で人材ひっ迫


新型コロナウイルス感染拡大にあたって、どれだけの対応が必要であり、また可能なのか。この度の新型コロナ感染がどのように拡大し収束するのかは、まだ全体像が見えません。

医療職能間のヒエラルキーに固執したり、縄張り争いを続けることのないよう、強く求めます。

病院閉鎖で常用薬入手困難…にはなりません!

2020-03-30 15:48:17 | 日記
3月30日付のNEWSポストセブン記事「新型コロナで病院閉鎖、かかりつけ医で薬もらえぬ人が増加か」の内容は、読んでいて非常に危なっかしいと感じました。


当該記事は、『慢性疾患で定期通院している男性がクリニックを訪れたところ、そのクリニックはマスク・消毒薬の在庫が切れたため1~2週間の臨時休診、男性は常用している薬を手に入れることができずショックを受けた。今後、同じ境遇の人が爆発的に増加することが懸念される』…といった内容でした。

前回、投稿した拙文でもご説明しましたが、そもそも、そのような事態に陥る可能性は極めて低いです。 「新型コロナウイルス 薬局での対応について

たとえ外来診療が困難になった場合でも、クリニック・病院は、電話・情報通信機器を利用して通院中の患者のフォローを行い、処方箋はかかりつけの薬局に送付されます。
万が一、ポストセブン記事のように連絡すら取れない医療機関があったとしても(本当にそんなクリニックがあったのか、疑問に感じる面もありますが…)、担当の薬剤師に連絡すれば、対応について説明してくれるはずです。危機感を持つ必要はありません。

新型コロナウイルスに関しては、今後の感染拡大の状況など分からないことも多く、不安を感じる方は少なくないだろうと思います。そうした中では、不必要なことは心配しないのも大切な知恵の一つです。
慢性疾患を持っている方は、メディア情報に惑わされず、必要な注意に目を向けて頂ければと願います(対面診療できないことで病状の変化が見逃されるリスクが生じる。医師・薬剤師と連絡を取り合い、そのリスクをカバーする)。

メディアに携わる立場の方々も、不要な危機感を煽ることのないよう、落ち着いて記事を作成して下さい。よろしくお願い致します。


…もっとも、諸外国の薬局に目を向ければ、多くの国や地域で「リフィル処方箋」が制度化されており、安定した慢性疾患の患者は複数回使用できる処方箋が交付され、毎回病院に行く必要がありません。また、何らかの事情で病院に行けない状況でも、薬局で最低限の薬が交付される「エマージェンシーリフィル」の仕組みが当たり前のように、必要な施策として整備されている訳です。
もし、日本でもちゃんと、こうした制度をあらかじめ整備していたなら、「今回のポストセブンのような記事は出なかったのではないか?」「記事が出たとしても、真に受けて心配するような人はいないだろう」ということは言えたでしょう。

医師会が怒るような施策はやめておこう、薬剤師の権限が増えたところで小売企業が得をするわけじゃないし…といった政治・行政の体たらくが、回りまわって患者・国民の無理解、パニックの要因(場合によっては患者の健康被害の直接の原因)になり得ることを、多くの関係者には真面目に考えて頂きたいものです。

新型コロナウイルス 薬局での対応について

2020-03-13 12:49:05 | 日記
新型コロナウイルスの流行に伴い、病院や介護施設での感染も各地で報告されています。

私が勤務する兵庫県三木市(北播磨地区)でも、圏域の基幹病院である北播磨総合医療センターにおいて医師の感染が確認され、外来診療・救急患者の受付などに影響が出ています。

厚生労働省では、あらかじめこうした事態を想定し、『電話などで診療を行ったうえ、医療機関から薬局に処方箋をFAXなどで送信する診療手順(患者は医療機関に行かず、慢性疾患の薬を薬局で受け取ることができる)』について通知しています。

このような際、医療従事者は

『診療・患者の状態確認が不十分となり、病状の変化を見逃したりしないか』
『対面ではなく電話での診療となり、患者と医療従事者との関わり・介入が弱くなってしまわないか』

といった点に十分な注意を払い、業務を行っています。
医師・薬剤師など医療スタッフからの病状・状況聴取、助言等について、ご協力いただければと思います。

地域薬局の薬剤師としては、普段行っている薬学的管理指導業務に加え、「医師による対面での診療が行われていない状況」を踏まえた介入・助言を行います。これまでの経過や病状変化、患者さんの生活状況、使用している薬剤の特性などを考慮し、必要であれば次回診療までの間に電話連絡するなど状況確認を強化する等の対応も検討します。

電話診療を受けることで、医療機関の受診→薬局の際の動線も変わるものと思いますが、薬を受け取る薬局を変えてしまうと、上記の介入が不十分になってしまう恐れがあります。ご注意頂ければと願います。


最近、新型コロナウイルスの予防効果を謳う商品も増えているようです。

皆さんが「かかりつけ」にしている薬剤師は、こうした商品に実際の効果が見込めるのかどうか、また新型コロナをはじめとした感染症の適切な予防策はどういったものかについて、個別の相談対応を行っています。
地域医療者の人的資源は、「健康に関する情報・商品の利用・購入が『自己責任』として切り捨てられるような社会」に対抗するものです。普段から親しくお付き合い、ご利用いただければと願っています。

「市販薬の乱用・依存」と「便利でお得な自己責任」

2019-09-18 12:18:38 | 日記
市販薬(OTC医薬品)の乱用・依存に関する報道を時おり目にします。
 
『覚せい剤や麻薬といった薬物と違って警察に検挙される心配がない。違法な薬物ほどの多幸感を得ることはできないだろうが、いくらかトリップできたり、快感を得ることができるらしい…』
 
こういった認識から、「手軽な合法(脱法?)ドラッグ」として乱用する人もいれば、
 
『頭痛や風邪っぽさの緩和のため市販薬を服用しているうち、頻繁に使用するようになった。何年も(あるいはそれ以上の期間)そういった状況が続いていたが、医師(薬剤師)から「その薬には依存性のある成分が含まれていますよ」と聞き、驚いた』
 
という人もおられます。運悪く、そうした医薬品による副作用被害に遭ってしまう、過剰な服用をやめた後も腎機能低下などが回復しないケースもあります。
 
こうした問題は、私が薬剤師になった20数年前には、すでに指摘されていました。要因となり得る医薬品成分も、その当時とあまり変わりません。
古くて新しい問題だと感じています。
 
実際のところ、私が担当している患者さん・私の薬局で市販薬を購入される方の中には、そういった方はおられません。理由は、
 
〇「売れ筋かどうか」ではなく、「スタンダードな医療水準に適うかどうか」を重視して市販薬のラインナップを選定しているため、そもそも依存・乱用の恐れがあるものが少ない
〇やむを得ず、依存の恐れがある成分が配合される市販薬を販売した場合でも、その後は継続して販売せず他の医薬品を使用するよう勧める
 
といったシンプルなものです。しかし、何より大きな理由は
 
◎安くて品揃えが豊富なドラッグストア・スーパーが地域に多く存在し、私の薬局で市販薬を購入する方は「かかりつけ」の患者さんに限られる
 
からでしょう。
私の薬局では、多くの方がすでに顔見知りの関係であり、病状や意向などを伺いつつ、どういった薬をどのように使用するかを一緒に決めていきます。現代の日本の医薬品業界を考えると、非常に「牧歌的な風景」だと感じます。
 
 
【厚生労働省・医療業界は無策な訳ではないが…】
 
少々話が逸れました。話題を「現代的な“日本の”市販薬事情」に戻します。
 
市販薬による依存・乱用について、厚生労働省も対策を講じてはいます。すでに市販薬に使用される成分の一部を「濫用等のおそれのある医薬品」と指定し、販売数量の制限や購入理由・他店での購入状況の確認といった対応を販売業者に求めています(指定された医薬品成分は、依存・乱用されている成分の全てを網羅しているわけではありません)。
 
業界メディア等でも、医師による寄稿や論文として
 
多くの医師や薬剤師が、市販薬依存や乱用についてよく知らない。情報の収集や医療者教育に尽力し、問題解決に向け努力すべきだ
 
といった内容を目にします。元々、薬剤師にとっては基礎的な知識の一分野ですから、「薬剤師がよく知らない」ということはないとは思いますが。
 
ただ一方で、こうした対策が有効かといえば、難しい面があります。
 
市販薬が一般販売店で販売される『商品』であることを考えれば、顧客を疑うかのような接客が望ましくないことは明らかです。販売時の数量を制限したところで、購入者が他店で同様に購入を繰り返せば、大して意味を成しません。そもそも、これらの成分はインターネット販売が禁止される医薬品カテゴリーにも当たりません。
 
非常に多くの店舗、ネット企業が存在する状況で、不適切な販売をしている店舗・サイトを厚労省が指導するにも限界があるでしょう。
 
実際には、(政治・行政の場で)厚労省が十分な対策を取っておらず問題だ、(厚労省と業界団体の場で)薬局やドラッグストアがルールを守らないのがダメなんだ、等と「批判の矛先」を探すばかりで、実効性のある対策を打つことは困難だろうと思われます。
 
 
【便利でお得な国、日本の功罪】
 
以前、医療記者やライターの方などが参加するセミナーに参加させて頂いた際、市販薬依存・乱用の対応策についての質問がありました。私は「広報くらいしか、対策はないと思います」と答えました。
 
理由を以下に述べます。
 
日本は「利便性」や「お得さ」、「顧客満足」といった価値を重視し、国民を挙げて企業活動を応援する国です。
2009年に施行された医薬品の販売規制緩和では、大多数の市販薬について、薬剤師を通さず購入できるようになりました。現在では、薬剤師のいないドラッグストアも多数存在し、スーパーや量販店で、もちろんインターネットでも市販薬を購入することができます。
 
下の図は、OECD(経済協力開発機構)の2017年のデータで、人口当たりの薬局数を示したものです(薬剤師のいないドラッグストアや量販店などは、このデータには含まれていません)



市販薬の規制緩和が議論されたのは、2000年代の半ばころです。当時は、郵政民営化などの理論(思想?)的支柱となった「新自由主義」が、今よりもっと歓迎されていた時代でした。
 
「規制緩和してしまえば、国民が市販薬を適正に利用することは難しくなる。依存や乱用といった問題にも歯止めが利かなくなるぞ」
 
といった日本薬剤師会などの主張は、抵抗勢力による“世迷い言”としてメディアから、また有識者や世論からも、切り捨てられていたように思います。
 
※   新自由主義:自己責任を基本に小さな政府を推進し、均衡財政、福祉・公共サービスなどの縮小、公営事業の民営化、グローバル化を前提とした経済政策、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などの経済政策の体系。競争志向を正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済体制をいう(Wikipediaより)
 
新自由主義を信奉していた人物としては、経済学者のミルトン・フリードマン氏や、竹中平蔵氏が思い浮かびます。フリードマンは最低賃金や職業免許の廃止、郵政民営化などを主張していた他、麻薬を法律で禁止すべきでないとの主張でも有名です。
 
「今はもう新自由主義など流行していないし、経済学の分野でも主流とはいえない」と言ってみたところで、販売規制が再び強化されることはありません。消費者の側も、新自由主義や市場主義などといったイデオロギーなど関係なく、利便性を手放すことはできないでしょう。
 
問題になり得る成分について、販売中止あるいは医療用医薬品にのみ配合できるよう規制強化すればよいのではないか、といった意見もあります。この場合、諸外国との比較において、日本がもっとも規制強化に消極的であることは踏まえておく必要があります。
 
【空虚な「安心・安全」、連帯の喪失】
昨今、とくに政治や行政の分野において、「安心・安全」という言葉をよく耳にするようになりました。
私たちが社会生活を営む上で、安全が保証され、安心できる状況を望んでいるのは事実なのでしょう。ただ、当然のことながら「安全」であるためには相応の仕組み・根拠が必要です。そして一定の安全が担保された上で、それが正しく理解されてこその「安心」です。
「安全ではない状況」で必要とされるのは、安心ではなく、必要なだけの「警戒」なのだろうと思います。
 
私たち日本人は、安心したいと願う一方で、「安全な制度設計」に繋げるための監視・批判があまり得意ではなく、「安全ではない状況」について適切に警戒することにも慣れていないのだろうと思います。あるいは、利便性や自由さを願って口々に言い合う一方で、本心では安心して利用できるような手厚い配慮・仕組みづくりを、国や行政に期待しているのかもしれません。
 
そうした私たちの願いが、「とくに根拠があるわけではないが、国民が望んでいるのだから安心・安全と言っておこう」といった形で利用され、私たち自身も疑わしいとは思いつつ「それを信じておくしかない。不安に向き合ったところで、どう対策すればよいか分からない」と受け入れているのだとすれば、なんとも皮肉な状況だと感じます。
 
 
市販薬ネット販売を解禁すべきか厚労省で議論されていた頃、NHKの『時論公論』が医薬品ネット販売の問題を取り上げています。多くの国で、当時すでにネット販売は解禁されていました。日本との違いについて、
 
『英国、オーストラリアなどでは、購入者から丁寧に話を聞きアドバイスをする。薬のネット販売の利用者はごくわずかで、信頼できる薬剤師がいる薬局で薬を買う人がほとんど』
 
と言及されていたことを覚えている方は、今となっては殆どいないだろうと思います。
 
 
薬物の乱用は、「孤立の病」とも言われます。
乱用目的で市販薬を購入しようとする人がドラッグストアやスーパーで販売数量の制限、購入理由について店員から声を掛けられるとき、そこに「あなたは一人ではない」といったメッセージを伴わせることは、もはや不可能でしょう。
 
「安全」を重視した訳でもなく、とくに「信頼」を大切にするでもない現状から、
 
『安心して市販薬を利用でき、思わぬ危険に身を晒すことがない。薬物依存に陥る人たちに対しても、自己責任として切り捨てるのではなく“連帯”のメッセージを伝えるような市販薬の販売制度・文化』
 
を導くことは、率直に言って非常に困難です。
 
そうであるなら、せめて「意図しないまま市販薬依存に陥ってしまう人たち」「社会との連帯を実感する機会に乏しく、自己責任で市販薬を乱用する人たち」を私たちは本当に問題視しているのか、そういった人たちのために「利便性」や「商品を選ぶ喜び」「企業利益」といった価値を犠牲にしてもよいと本当に思っているのかについて、話し合うことから始めてみるのがよいかもしれません。
 

 
私は、日本の薬局・ドラッグストアが自己責任を伴う利便性ではなく、善意を伴って専門知識と自己決定への支援を提供できる存在になってほしいと願っています。
現在、下記のキャンペーンを実施し、賛同を募っています。ご協力をお願いいたします。