年内と言っていたので一応。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ビイィィィン・・・」
リヒターさんは弓の弦を弾いた。何か意味あってのことだろうか僕には分からないが、「うん、これはフィスの音だな」と言っているあたり、深い意味はないのだろう。
「リヒターさん・・・・・・」
僕はだんだん不安になってリヒターさんに声をかけてみた。
「畜生コノヤロウ、この前アスの音が鳴るように弦を張り直しておいたのに、もう緩んだか」
シカトされた。
ここまできれいにスルーされるとかえって清々しい。
・・・・・・いやそうじゃなくて。
「リヒターさん、あなた、僕を助けに来たんでしょう?弦の張り具合も大事かもしれないけれど、今はミーちゃんをどうにかした方がいいんじゃないですか?」
「は?」
零コンマ2秒の即答だった。
っていうか聞いていたのかよ。
即答だった。
「俺がお前を助けに?なんで?」
しかも逆に詰問された。
いやいや、僕は助けを求めたんですけど。そう答えると、リヒターさんはニヒルに笑った。
「確かに俺はお前に助けを求められた。だから俺は矢を一本放った。そこでこの契約は成立したわけだ。俺はお前にひとつ貸しを作ったんだ。この貸しはいつか返してもらうぜ。おっと、ここでもう一度お願いしたら助けるなんてそんな甘い話はないぜ。俺はふたつも他人に貸しを作るのは嫌いなんだ」
「他人事のように言いますね」
「ああ、お前が生きようが死のうが、正直どうでもいい」
「どうでもいいんですか」
「お前はどうでもいい男世界代表だ」
つまり僕は世界一どうでもいい男ってことか。
ひどい言われようだった。
「それじゃあその借りとやらを返しますよ。何でも申しつけください」
「本当だな?」
「はい。最強の弓使いのために、この最弱の少年は死にましょう」
「そうかそうか」
リヒターさんは歯茎を出して笑ってみせた。リヒターさん、その顔、すごく怖いです。
そして、少し含みを持たせた後、一言言った。
「それじゃあ、俺のために死んでもらおうか」
「え?」
僕が驚いて振り返ると、リヒターさんは踵を返して全速力で走っていた。一瞬後、僕も慌ててそれを追った。
リヒターさんがあまり足が速くなかったことが幸いして、すぐに追いつくことができた。
「ちょ、ちょっとリヒターさん!?」
「あー?なんだお前、ついてきたのか。あそこはお前、自分が犠牲になって俺を助ける場面だろうが。まったく、空気読めてねぇな」
あぅ。
ケーワイ呼ばわりされちまった。
さっき世界一どうでもいい男と呼ばれたので、あまりショックではなかったが、ともかく。
「だいたいお前・・・・・・ついてくるにしてももうちょっとうまくできただろうよ。なにも猫を連れてくるこたぁなかったぜ。」
僕が後ろを振り向くと、ミーちゃんが猛烈なスピードで追いかけてきていた。
迂闊だった。僕は完全に、ミーちゃんのことを忘れて走っていた。
僕一人ならまだしも、リヒターさんと併走してライオンから逃げ切る自信はない。
あう。
僕はどうしようもなくなってしまった。
「・・・・・・いや、あれで走らなかったら間違いなく死んでたぞ、僕」
そう自分に言い聞かせて勝手に納得することにする。
「しかし困ったな、少年」リヒターさんが息切れ混じりに話しかけてきた。息が上がるの早くねえか?「お前が逃げてきたせいで俺まで危険にさらされちまった・・・つまりさっきの契約は無効になっちまった。お前は俺に借りがひとつある状態のままだってことだ。・・・・・・この貸しはいつか返してもらうぜぇ」
そう言ってから、リヒターさんは前を向いて走ることに集中した。こんな時にしょうもないことを気にする人だった。
リヒターさんが次に口を開いたのはそれからだいぶ走った後だった。
「・・・・・・おい、少年。次の角を右だ」
ぜいぜいと肩で息をしながら、指で方向を指示した。
「大丈夫ですか、リヒターさん?」
「俺のことは、心配するな。それよりも、曲がるぞ」
そういって、リヒターさんは僕の背中を押して右に曲がるように促した。
僕は言われたとおりに右に曲がった。
リヒターさんのことを、信じて曲がった。
今思えば、僕は今まで通して、リヒターさんを信じて良かったと思えるような出来事が、なにひとつなかったのに――
僕は路地に突入した。狭い路に、足音が一人分響いた。
――いや待て、僕。今、なんて言った?
足音は、一人分だけしかなかった。
「・・・・・・リヒターさんは?」
ただ一人走りながら、疑問符を浮かべた。後ろから轟く声が、まだライオンとの追いかけっこの最中であることを教えてくれる。
立ち止まるわけにはいかない。
だが、悩まないわけにもいかない。
と、どこからともなく声がした。
「はっはっは、素晴らしくうぶな、純粋な少年よ。味方と思ったものを信じるその心、誉めておこう。だがお前は、ひとつ失敗を犯した。俺を信じてしまった。俺を信じて道を曲がってしまった。俺からしてみれば、その野良猫の狙いはお前のそのマグロ肉だけだったのだから、お前を引き離せば十分だったのだよ。俺を責めるか?いや、責められんさ。この事態になったのはお前の判断ミスだからな!俺はさっきのところで左に曲がったぜ・・・。ま、今さらこちらには来れんがな!さぁ、逃げたまえ。路地には逃げるところがいっぱいあるぞ!!」
この偉そうなテノールの声の主を今さら特筆することもないだろうが、リヒターさんの声だった。
今、もしも僕がライオンに追いかけられているという危機的なシチュエーションにいなかったら、今すぐここで振り返って「リヒター、てんめぇぇえええ、コンニャロぶっ殺す!!!」などと叫んでチキンな弓使いを追い掛け回していたところなんだろうが、まぁここで何を思ったところで後の祭りでしかない。
僕はとにかく逃げた。ミーちゃんがカーブを曲がり損ねて他人様の家の塀を壊してしまっても、すぐ近くで威嚇行為を繰り返していた犬がミーちゃんを見た瞬間尻尾を巻いて逃げてしまっても、僕はかまうことなく走り続けた。
4つ5つ目の角を曲がったときのことだった。
絶望的な光景が、路地の先にあった。
行き止まり。
そう書いてしまうとそれでおしまいで、そこから引き返してしまえばいいのだけれど、なにぶん僕は今まで全力疾走していたものだから、そのような体力が残っていなかった。
けっこう重たいんだよね、マグロ肉。
僕は道の中腹で立ち往生した。目の前にある塀は目測でも3メートルはある。よじ登るには少しつらい。かといって後ろはライオンがいる。闘って勝てる確立はゼロじゃないだろうけど、限りなくゼロに近いことには違いない。僕が保証する。
「チェックメイト、か・・・・・・」
僕は意味もなくつぶやいた。本当に意味のない、戯言。絵空言。
だいたい僕ごときが詰んでしまったぐらいでは、ゲームは終わらないだろう。何事もなかったかのようにクイーンは攻め、ナイトは飛び、ビショップは欺き、ルークは弾くのだろう。
僕は所詮、ポーンだ。
「いや、ポーンですら身に余る身分だな」
ともかく。
僕はポケットの中から小さな小瓶(日本語の乱れが僕の落胆ぶりを思わせる)を出した。
ライオンの低いうなり声がした。振り返ると、ミーちゃんが視界に入っていた。
「・・・・・・ねぇ、ミーちゃん。こんなルール知ってるかい?」
僕は、この緊急時に、いやこの緊急時だからこそ、
笑顔でミーちゃんに語りかけた。
ライオンにその言葉が通じるわけもなく、ミーちゃんは前半身を低く構え、後ろ足で地面をつかむ。何かの図鑑で見た、ライオンの狩りの構えだ。
「ポーンってさぁ、」
僕はかまわず話を続ける。3つ取り出したビンの中身を、丁寧に混ぜていく。
ミーちゃんは今にも飛び掛らんと、いっそう低く肩(というのか?)を落とす。
ゆっくりとビンを振りながら、僕はミーちゃんに笑いかける。
まるで他人事のように。まるで第三者のように。まるで観察者のように。
冷笑的に、シニカルに。
「・・・・・・終盤でクイーンになるんだ」
そう言って、僕はビンを振り上げた。
ビンの中に入っている薬品、濃硫酸、濃硝酸、グリセリン。この3つを混ぜ合わせることで、できる薬品。
それは爆薬。一般に知られうる中で、最も強力で最も危険な爆弾。
ニトログリセリン。
その危険性はたった少し揺らすだけで爆発し、その火力はたった数百グラムで建物ひとつ崩すという、究極的に極限的な殺傷兵器。
僕が作ったものはグラム単位の微々たるものだけど、それでも十二分にぶ厚いコンクリートを打ち破るだけの破壊力はある。
僕はビンを投げてみせた。
これを、ミーちゃんに投げつけたら、大爆発が起こるだろう。
大爆発。
響く奇声。燃えさかる炎。血の焦げた臭い。飛び散る肉片。
と、
僕はここで、躊躇してしまう。
ほんの一瞬のことだけど、その一瞬が命取りになってしまった。
ニトロ入りの小ビンを、後ろに投げてしまった。
「・・・・・・・・・・・・!!」
僕が焦って後ろを振り返ったとき、その時まさにビンが壁にぶつかるところだった。
ガシャンとガラスの割れる音がし、
轟音とともに炎とガラスの破片が襲ってきた。
僕は思わず両腕で顔面をカバーしたが、走り続けたせいか、爆風に対して踏ん張りきれなかった。
「ぐぁはっ!」
僕は後ろ向きに吹っ飛び、受け身も取れずに頭を地面にたたきつけられた。
さらにそれだけでは飽き足らず、そのまま二転三転して、ミーちゃんの巨体にぶつかり、止まった。
地面に倒れ伏しながら、僕は思考する。
――今度こそ、終わった。
ポーンの空しい反撃は、相手に少しのキズをつけることもなく、ただ自分が倒れるだけの結果となった。
けれど、僕は後悔していない。
どこをどうすればよかった、とか。何をなんとかすればよかった、とか。終わったことを省みることもなく、
ただ、最初からこうなるべきだったんだ。
爆弾という、相手にダメージの大きい僕の『武器』。
爆弾という、自分にリスクの大きい僕の『暗器』。
使い手によっては最強の凶器。
使い手によっては最凶の狂気。
僕は、後者。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
僕は、はっとした。
そろそろミーちゃんに食われてもいいんじゃないか・・・・・・?
僕は体を反転させて、仰向けになった。相変わらず、ミーちゃんはそこにいた。しかしその目は僕の方を見ていなかった。
その目は、壁を見ていた。
より正鵠を期すならば、僕の投げたニトロによってあけられた、壁の穴を見つめていた。
そこから見えるは、ダランテ公爵家の庭。
ミーちゃんは穴の向こうへと走っていった。そして同時に、僕は無事、ミーちゃんを公爵家へと送り届けたのである。
「・・・・・・そんなのありかよ。」
僕は薄れゆく意識の中で、抗議した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
気まぐれ更新なのはいつものこと。
みなさんもだいたい分かってきたことでしょう?
その欠点はブログにとっては致命的だったりしますが、さてさて。
月並みながら2008年、最後の更新となりそうな今回の記事、お楽しみいただけたでしょうか。
冬休みの宿題などで手一杯でなかなか更新どころではありませんでしたが。
ちなみに宿題はあと半分以上残っています。
年明けに公開すると言っていた絵ですが、
まだ下書きができておりません。
まぁ、期待するなとは言っておりましたけども。
下書き→ペン入れ→スキャン→CG色塗り→公開
↑
いまここあたりです。
とてもじゃありませんが、終わりません。
宿題も含めて、終わりません。
まぁ、だからって自分で設定した罰は受けますが。
ところで、今回の小説第4話は「RPGの小説としてどうよ?」との罵声を浴びそうな結末で終わらせました。
狙いました。
というのも、僕は王道な小説というのがどうも嫌いなのです。
意外な展開、とでも言いましょうか。たとえガッカリさせるような終わり方であっても予測できなかったら僕は面白いと評します。
共感できない方にはできないかもしれませんが。
さて、今日はもう遅いのでこれで寝ます。
この変態が言っていることに少し手も興味を持てた方、またのご来店を。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ビイィィィン・・・」
リヒターさんは弓の弦を弾いた。何か意味あってのことだろうか僕には分からないが、「うん、これはフィスの音だな」と言っているあたり、深い意味はないのだろう。
「リヒターさん・・・・・・」
僕はだんだん不安になってリヒターさんに声をかけてみた。
「畜生コノヤロウ、この前アスの音が鳴るように弦を張り直しておいたのに、もう緩んだか」
シカトされた。
ここまできれいにスルーされるとかえって清々しい。
・・・・・・いやそうじゃなくて。
「リヒターさん、あなた、僕を助けに来たんでしょう?弦の張り具合も大事かもしれないけれど、今はミーちゃんをどうにかした方がいいんじゃないですか?」
「は?」
零コンマ2秒の即答だった。
っていうか聞いていたのかよ。
即答だった。
「俺がお前を助けに?なんで?」
しかも逆に詰問された。
いやいや、僕は助けを求めたんですけど。そう答えると、リヒターさんはニヒルに笑った。
「確かに俺はお前に助けを求められた。だから俺は矢を一本放った。そこでこの契約は成立したわけだ。俺はお前にひとつ貸しを作ったんだ。この貸しはいつか返してもらうぜ。おっと、ここでもう一度お願いしたら助けるなんてそんな甘い話はないぜ。俺はふたつも他人に貸しを作るのは嫌いなんだ」
「他人事のように言いますね」
「ああ、お前が生きようが死のうが、正直どうでもいい」
「どうでもいいんですか」
「お前はどうでもいい男世界代表だ」
つまり僕は世界一どうでもいい男ってことか。
ひどい言われようだった。
「それじゃあその借りとやらを返しますよ。何でも申しつけください」
「本当だな?」
「はい。最強の弓使いのために、この最弱の少年は死にましょう」
「そうかそうか」
リヒターさんは歯茎を出して笑ってみせた。リヒターさん、その顔、すごく怖いです。
そして、少し含みを持たせた後、一言言った。
「それじゃあ、俺のために死んでもらおうか」
「え?」
僕が驚いて振り返ると、リヒターさんは踵を返して全速力で走っていた。一瞬後、僕も慌ててそれを追った。
リヒターさんがあまり足が速くなかったことが幸いして、すぐに追いつくことができた。
「ちょ、ちょっとリヒターさん!?」
「あー?なんだお前、ついてきたのか。あそこはお前、自分が犠牲になって俺を助ける場面だろうが。まったく、空気読めてねぇな」
あぅ。
ケーワイ呼ばわりされちまった。
さっき世界一どうでもいい男と呼ばれたので、あまりショックではなかったが、ともかく。
「だいたいお前・・・・・・ついてくるにしてももうちょっとうまくできただろうよ。なにも猫を連れてくるこたぁなかったぜ。」
僕が後ろを振り向くと、ミーちゃんが猛烈なスピードで追いかけてきていた。
迂闊だった。僕は完全に、ミーちゃんのことを忘れて走っていた。
僕一人ならまだしも、リヒターさんと併走してライオンから逃げ切る自信はない。
あう。
僕はどうしようもなくなってしまった。
「・・・・・・いや、あれで走らなかったら間違いなく死んでたぞ、僕」
そう自分に言い聞かせて勝手に納得することにする。
「しかし困ったな、少年」リヒターさんが息切れ混じりに話しかけてきた。息が上がるの早くねえか?「お前が逃げてきたせいで俺まで危険にさらされちまった・・・つまりさっきの契約は無効になっちまった。お前は俺に借りがひとつある状態のままだってことだ。・・・・・・この貸しはいつか返してもらうぜぇ」
そう言ってから、リヒターさんは前を向いて走ることに集中した。こんな時にしょうもないことを気にする人だった。
リヒターさんが次に口を開いたのはそれからだいぶ走った後だった。
「・・・・・・おい、少年。次の角を右だ」
ぜいぜいと肩で息をしながら、指で方向を指示した。
「大丈夫ですか、リヒターさん?」
「俺のことは、心配するな。それよりも、曲がるぞ」
そういって、リヒターさんは僕の背中を押して右に曲がるように促した。
僕は言われたとおりに右に曲がった。
リヒターさんのことを、信じて曲がった。
今思えば、僕は今まで通して、リヒターさんを信じて良かったと思えるような出来事が、なにひとつなかったのに――
僕は路地に突入した。狭い路に、足音が一人分響いた。
――いや待て、僕。今、なんて言った?
足音は、一人分だけしかなかった。
「・・・・・・リヒターさんは?」
ただ一人走りながら、疑問符を浮かべた。後ろから轟く声が、まだライオンとの追いかけっこの最中であることを教えてくれる。
立ち止まるわけにはいかない。
だが、悩まないわけにもいかない。
と、どこからともなく声がした。
「はっはっは、素晴らしくうぶな、純粋な少年よ。味方と思ったものを信じるその心、誉めておこう。だがお前は、ひとつ失敗を犯した。俺を信じてしまった。俺を信じて道を曲がってしまった。俺からしてみれば、その野良猫の狙いはお前のそのマグロ肉だけだったのだから、お前を引き離せば十分だったのだよ。俺を責めるか?いや、責められんさ。この事態になったのはお前の判断ミスだからな!俺はさっきのところで左に曲がったぜ・・・。ま、今さらこちらには来れんがな!さぁ、逃げたまえ。路地には逃げるところがいっぱいあるぞ!!」
この偉そうなテノールの声の主を今さら特筆することもないだろうが、リヒターさんの声だった。
今、もしも僕がライオンに追いかけられているという危機的なシチュエーションにいなかったら、今すぐここで振り返って「リヒター、てんめぇぇえええ、コンニャロぶっ殺す!!!」などと叫んでチキンな弓使いを追い掛け回していたところなんだろうが、まぁここで何を思ったところで後の祭りでしかない。
僕はとにかく逃げた。ミーちゃんがカーブを曲がり損ねて他人様の家の塀を壊してしまっても、すぐ近くで威嚇行為を繰り返していた犬がミーちゃんを見た瞬間尻尾を巻いて逃げてしまっても、僕はかまうことなく走り続けた。
4つ5つ目の角を曲がったときのことだった。
絶望的な光景が、路地の先にあった。
行き止まり。
そう書いてしまうとそれでおしまいで、そこから引き返してしまえばいいのだけれど、なにぶん僕は今まで全力疾走していたものだから、そのような体力が残っていなかった。
けっこう重たいんだよね、マグロ肉。
僕は道の中腹で立ち往生した。目の前にある塀は目測でも3メートルはある。よじ登るには少しつらい。かといって後ろはライオンがいる。闘って勝てる確立はゼロじゃないだろうけど、限りなくゼロに近いことには違いない。僕が保証する。
「チェックメイト、か・・・・・・」
僕は意味もなくつぶやいた。本当に意味のない、戯言。絵空言。
だいたい僕ごときが詰んでしまったぐらいでは、ゲームは終わらないだろう。何事もなかったかのようにクイーンは攻め、ナイトは飛び、ビショップは欺き、ルークは弾くのだろう。
僕は所詮、ポーンだ。
「いや、ポーンですら身に余る身分だな」
ともかく。
僕はポケットの中から小さな小瓶(日本語の乱れが僕の落胆ぶりを思わせる)を出した。
ライオンの低いうなり声がした。振り返ると、ミーちゃんが視界に入っていた。
「・・・・・・ねぇ、ミーちゃん。こんなルール知ってるかい?」
僕は、この緊急時に、いやこの緊急時だからこそ、
笑顔でミーちゃんに語りかけた。
ライオンにその言葉が通じるわけもなく、ミーちゃんは前半身を低く構え、後ろ足で地面をつかむ。何かの図鑑で見た、ライオンの狩りの構えだ。
「ポーンってさぁ、」
僕はかまわず話を続ける。3つ取り出したビンの中身を、丁寧に混ぜていく。
ミーちゃんは今にも飛び掛らんと、いっそう低く肩(というのか?)を落とす。
ゆっくりとビンを振りながら、僕はミーちゃんに笑いかける。
まるで他人事のように。まるで第三者のように。まるで観察者のように。
冷笑的に、シニカルに。
「・・・・・・終盤でクイーンになるんだ」
そう言って、僕はビンを振り上げた。
ビンの中に入っている薬品、濃硫酸、濃硝酸、グリセリン。この3つを混ぜ合わせることで、できる薬品。
それは爆薬。一般に知られうる中で、最も強力で最も危険な爆弾。
ニトログリセリン。
その危険性はたった少し揺らすだけで爆発し、その火力はたった数百グラムで建物ひとつ崩すという、究極的に極限的な殺傷兵器。
僕が作ったものはグラム単位の微々たるものだけど、それでも十二分にぶ厚いコンクリートを打ち破るだけの破壊力はある。
僕はビンを投げてみせた。
これを、ミーちゃんに投げつけたら、大爆発が起こるだろう。
大爆発。
響く奇声。燃えさかる炎。血の焦げた臭い。飛び散る肉片。
と、
僕はここで、躊躇してしまう。
ほんの一瞬のことだけど、その一瞬が命取りになってしまった。
ニトロ入りの小ビンを、後ろに投げてしまった。
「・・・・・・・・・・・・!!」
僕が焦って後ろを振り返ったとき、その時まさにビンが壁にぶつかるところだった。
ガシャンとガラスの割れる音がし、
轟音とともに炎とガラスの破片が襲ってきた。
僕は思わず両腕で顔面をカバーしたが、走り続けたせいか、爆風に対して踏ん張りきれなかった。
「ぐぁはっ!」
僕は後ろ向きに吹っ飛び、受け身も取れずに頭を地面にたたきつけられた。
さらにそれだけでは飽き足らず、そのまま二転三転して、ミーちゃんの巨体にぶつかり、止まった。
地面に倒れ伏しながら、僕は思考する。
――今度こそ、終わった。
ポーンの空しい反撃は、相手に少しのキズをつけることもなく、ただ自分が倒れるだけの結果となった。
けれど、僕は後悔していない。
どこをどうすればよかった、とか。何をなんとかすればよかった、とか。終わったことを省みることもなく、
ただ、最初からこうなるべきだったんだ。
爆弾という、相手にダメージの大きい僕の『武器』。
爆弾という、自分にリスクの大きい僕の『暗器』。
使い手によっては最強の凶器。
使い手によっては最凶の狂気。
僕は、後者。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
僕は、はっとした。
そろそろミーちゃんに食われてもいいんじゃないか・・・・・・?
僕は体を反転させて、仰向けになった。相変わらず、ミーちゃんはそこにいた。しかしその目は僕の方を見ていなかった。
その目は、壁を見ていた。
より正鵠を期すならば、僕の投げたニトロによってあけられた、壁の穴を見つめていた。
そこから見えるは、ダランテ公爵家の庭。
ミーちゃんは穴の向こうへと走っていった。そして同時に、僕は無事、ミーちゃんを公爵家へと送り届けたのである。
「・・・・・・そんなのありかよ。」
僕は薄れゆく意識の中で、抗議した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
気まぐれ更新なのはいつものこと。
みなさんもだいたい分かってきたことでしょう?
その欠点はブログにとっては致命的だったりしますが、さてさて。
月並みながら2008年、最後の更新となりそうな今回の記事、お楽しみいただけたでしょうか。
冬休みの宿題などで手一杯でなかなか更新どころではありませんでしたが。
ちなみに宿題はあと半分以上残っています。
年明けに公開すると言っていた絵ですが、
まだ下書きができておりません。
まぁ、期待するなとは言っておりましたけども。
下書き→ペン入れ→スキャン→CG色塗り→公開
↑
いまここあたりです。
とてもじゃありませんが、終わりません。
宿題も含めて、終わりません。
まぁ、だからって自分で設定した罰は受けますが。
ところで、今回の小説第4話は「RPGの小説としてどうよ?」との罵声を浴びそうな結末で終わらせました。
狙いました。
というのも、僕は王道な小説というのがどうも嫌いなのです。
意外な展開、とでも言いましょうか。たとえガッカリさせるような終わり方であっても予測できなかったら僕は面白いと評します。
共感できない方にはできないかもしれませんが。
さて、今日はもう遅いのでこれで寝ます。
この変態が言っていることに少し手も興味を持てた方、またのご来店を。