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日本大学の先を行っていた中央学院大学――財政的理由による非常勤講師切り

2018-03-12 10:00:08 | カリキュラム改革
連絡先:mkoskirr@gmail.com

■日大の大量の非常勤講師切り計画

  日本大学本部が、授業科目の2割削減計画を作成し、これに基づいて各学部
 に、非常勤講師担当科目の召し上げや外部委託を行うよう、要するに非常勤
 講師の雇止め(やといどめ=契約を更新しないこと)を行うよう、指令を
 出していたことが判明した。

  3000人の非常勤講師を雇止めする計画だ!
 
  教育的理由からではなく、入学者減少に伴う財政的理由からの計画であり、
 さらには労働契約法18条――有期契約を反復更新して5年を超えた労働者の
 無期契約への転換を認める条項――の適用を阻止するためである。

  非常勤講師担当の1コマを廃止すると、人件費は年間で約40万円の節約に
 なる。

  いや、たった40万円の節約にしかならないというべきか。それでも、経営者
 というのは、教育上の必要性を無視して、1円でも節約するために非常勤講師の
 首を切るのである。その結果、大学教育に支障が生ずることなど、彼らの眼中
 にはない。

  この指令にしたがって、日大文理学部では英語科目の削減が、また設置されて
 間もない危機管理学部では英語科目の外注等が実施されようとしている。

  危機管理学部では、16名の非常勤講師(15名が専業の非常勤講師)の
 雇止めが通告され、首都圏大学非常勤講師組合との団体交渉が行われており、
 この問題は国会でも審議されている。

■かつて中央学院大学でも

  2018年2月13日に、当組合と学校法人中央学院との団体交渉が行われた。
 
  詳細は後日報告しよう。

  その際、当組合は2012年に法学部で審議され、2013年から実施に
 移された「カリキュラム改革」を議題にした。

  この改革により、法学部に5つあるコースのうちの3コースの語学の必修
 単位が、8から4に減らされ、さらに「EU法」等の廃止も決定され、合計52
 コマが「節約」された。

  これにより、何人もの非常勤講師が雇止めをされ、あるいは担当コマ数を減ら
 された。

  その一方で、法学部の「スポーツシステムコース」では、どさくさにまぎれて
 「キッズスポーツ論」「トップスポーツ論」「ライフスポーツ論」等の法学教育
 とは全く無縁な科目が新設された。

  当組合が、このカリキュラム改革は、法人の資金運用の失敗を糊塗する「財政
 再建」のためであり、さらには新学部設置に要する資金の捻出のためであったと
 指摘すると、佐藤英明学長は、非常勤のコマを削っても、たいした節約になら
 ないから、「赤字」や「財政再建」はカリキュラム改革の動機ではない、と主張
 した。

■あんたの目は節穴か?

  日大の例を見ればわかるであろう。財政が問題になれば、非常勤講師切りが、
 一番手っ取り早いのである。たとえ少額でも、すぐにでも節約できるのはこれ
 だからである。

  佐藤学長さん、あんたの目は節穴か? 「倫理学」を授業するのもいいが、
 全国の大学で行われていることや非常勤の解雇・雇止め事件に関する情報を
 もっと集め、自分の頭で考えることが必要では!

  カリキュラム改革に関する理事長指令が、人件費削減による財政再建を
 掲げていたことを、あなたはどう説明するのかね! 

  また、この指令を受けて設置された「財政安定化協議会」主査である常務
 理事が、「コア科目以外」は大胆に削減しろと命じていることを、あなたは
 どう説明するのかね!

  佐藤学長さん、そもそもあなたは商学部長として、椎名学長の下に組織
 されたカリキュラム改革委員会のメンバーであったのでは! 何のためにカリ
 キュラムの改革が行われたのか、よーくご存知のはずでしょ! 


■非常勤講師の人件費のカットは簡単

  さて、一般に人件費は固定費と言われ、景気の変動に左右されない。

  大学の支出の半分以上は教職員にかかる人件費だ。

  ただし、非常勤講師の人件費は、大学の支出の2~3%程度で、微々たる
 ものだ。

  当ブログで何度も指摘しているが、1コマ当たりの授業で比較すると、
 専任教員には、非常勤講師の7倍もの人件費がかかる。

  終身雇用の正規の教職員の人件費を削ることは容易ではない。解雇する
 ことも、給与を削減することも、なかなかできない、法律によって彼らは
 守られているからである。

  しかし、非常勤の教職員の人件費なら、削減は比較的容易だ。彼らの
 ほとんどは1年契約であり、解雇をしなくても、契約を更新しなければいい
 からである。「解雇」ではなく、「雇止め(やといどめ)」というわけだ。

  非常勤講師の抵抗を少なくするには、「カリキュラム改革」を理由として
 契約を更新しないことが一番いい手だ。社会のニーズに大学が応えるために
 必要な改革だ、などと主張すれば、非常勤講師の組合からの「介入」も排除
 できる。「大学の自治」を隠れ蓑(みの)にできるからである。

■中央学院は債券投資で失敗

  学校法人中央学院は、実は2000年代に「資金運用規則」を次々に改訂し、
 リスクの高い債券を購入できるようにしていた。

  こうして投資信託を20数億円買い入れたが―――そのほとんどは外国の
 国公債(ソブリン債という)を内容とする投資信託――、円高に伴って、時価が
 簿価(=購入した時の価格)を下回り、大あわてであった。

  簿価割れは、カリキュラム改革の指令を出した2012年度には6億円を
 上回り、2014年度には、6億9000万円にまでふくれあがった。

  売れば損失が帳簿に現れてしまうため、売るに売れず「塩漬け状態」にして
 いた。売れば責任問題に発展するからだ。

■カリキュラム改革指令

  よほどの危機感を持っていたのであろう、法学部の定員割れを契機に、学校
 法人中央学院は理事長名で、2012年5月に、カリキュラム改革指令を出し、
 法学部教授会に、椎名市郎学長等が乗り込み、「赤字」宣伝を専任教員に吹き
 込んだ。

  いわく、定員割れで大学の財政はたいへんだ。支出の約6割は人件費だ。
 大胆なカリキュラム改革を行え。

  いわく、定員割れは、本学の教育、カリキュラムが、学生や保護者に支持
 されていない証拠だ。だから、カリキュラムの改革が必要だ。

  バカ言え。大学本体の支出に占める人件費の割合は54%程度にすぎず、
 全国の大学の平均値に近く、中央学院大学は「優良企業」だ!

  バカ言え。高校生の大半は、大学のカリキュラムを見て大学を選んでいる
 のではない!

  中央学院大学の当時の定員割れは、カリキュラムと全く無関係である。
 定員割れには様々な要因があるが、椎名前学長のスポーツ大学化政策と、
 決して無関係ではない。

  こうして「赤字」宣伝によって「洗脳」された法学部専任教員は無謀な
 カリキュラム改悪を行った。

  先に述べたように、法学部の外国語教育は破壊され(3コースでの語学
 必修単位は4単位で全国最低!)、専門の法律科目もたくさん廃止され、
 また「スポーツシステムコース」では、法律科目をたった16単位(=4科目)
 取得するだけで法学士となれるようになった(全国唯一!)。

  さらに「現代社会と法コース」では、法律科目を20単位取得するだけで
 法学士となれるようになった。

大学基準協会の指弾

  その結果、2015年には、大学基準協会から、中央学院大学は、教育が
 なっていない――専門的用語でいうと「内部質保証」が不十分である――と、
 指弾されることにあいなった。

  特に槍玉にあげられたのは、法学部の「スポ―ツシステムコース」である。
 法学を学ばずして卒業できるようになっている。法学教育の目標とこのコースの
 目標とは一致していない、との根本的問題を指摘され、改善勧告が出されている。

  すでに法律専門科目を16単位取得しただけの法学士が「生産」されている。

  その責任は、いったい誰がとるのかね!

専任と非常勤では教育内容に質的相違があるーー中央学院大学の珍論奇論②

2018-03-07 06:50:47 | 珍論奇論
連絡先:mkoskirr@gmail.com 

■授業内容に質的違いがあるのだとさ!

  被告(=学校法人中央学院)の第2準備書面は、これまた前代未聞の珍論奇論を繰り
 出して、非常勤講師と専任教員の巨大な賃金格差を正当化している。

  こう書かれている。

 「授業内容においても、専任教員と非常勤講師には相違がある」(被告第2準備書面
 3頁)。

  ここでの「相違」とは、明らかに質的相違のことである。

  この主張を読むとき、たいていの者は、被告(=学校法人中央学院≒中央学院
大学)が、専任教員の方が非常勤講師よりも学問的業績が優れていると主張して
 いるのだ、と予想する。

  ところが中央学院大学はいつものように、この予想を見事にくつがえしてくれる。

  業績のことをいっているのではないのである

  それもそうだろう。第三者機関である「大学基準協会」が2015年に中央学院
大学に対して行った評価(認証評価結果)では、中央学院大学の専任教員の研究が
不活発であることが、次のように指摘されており、専任教員の研究業績が、非常勤
 講師の研究業績よりも優れているなどとの主張は、できるはずがないからである。

  「教員の教育・研究活動については、過去5年間の研究
   業績がない場合(=者)も見られ

   科学研究費補助金等外部資金への申請もほとんどなく、全体的に研究活動は
不活発である。
より実効性のある取り組みを実施し、教員の研究活動を
活性化させその成果を教育に結び付けられる仕組みを作ることが必要である」
(3頁)(https://www.cgu.ac.jp/Portals/0/data0/jikotenken/pdf/20080325hyouka.pdf#search=%27%E8%AA%8D%E8%A8%BC%E8%A9%95%E4%BE%A1%E7%B5%90%E6%9E%9C+%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AD%A6%E9%99%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%27)

  同じような指摘は、この7年前の2008年の認証評価結果においても指摘されて
 いる。

  要するに中央学院大学の専任教員の研究活動は、何度このような指摘を受けても、
 概して不活発なままであり、それでも降格、解雇、減給、警告等の処分を受けること
 がないのである。

  中には、定年までの数十年間に、論文らしきものが数点の
 者もいたし、10年以上、学問的業績がゼロの者もいるのである


  では、「授業内容の(質的)相違」とは、何のことを言っているのであろうか?

■専任教員はFDを行っているからだとさ!

  中央学院大学がいう「授業内容の(質的)相違」とは、専任教員だけがFDを行っている
 ことをいっているのである。

  その箇所を引用しておこう。

  「専任教員は、全員がFD委員会の活動に参加する義務がある。FD(=Faculty
   Development)とは、教員が授業の内容や方法を改善し向上させるために行う
   組織的取り組みをいう。具体的には授業評価アンケートの実施と分析、模擬
   授業や事例に基づく研究会などである。アンケートは非常勤講師なども対象に
   なるが、模擬授業や研究会は専任教員のみの参加である。
   このように専任教員の行う教育は、制度的に
   能力向上の保障がされているのである
」(被告第2準備書面2頁)。

  大学関係者の間では、この「エフディー」という言葉はかなり浸透してきた。

  被告第2準備書面が説明するように、この語はFaculty Development
 (ファカルティ・ディヴェロップメント)のことで、教員が授業の内容や方法を
  改善するために組織的取り組みを行うことをいう。

  簡単に言うと、授業を改善するための、主として技術的工夫を、個人的にでは
  なく組織的に行うことが、FDである


  さて、裁判で主張するのだから、さぞかし中央学院大学は立派なFDを行っていると、
 誰もが思うことであろう。ところが中央学院大学は、またもやこれをくつがえして
 くれる。

  そもそも中央学院大学が行っているFDは、大学を評価する第三者機関である「大学
 基準協会」が中央学院大学に対して行った「認証評価結果 2015」の7頁で、次の
 ようにさんざんな評価を受けている

  「授業内容・方法の改善を図るための組織的な研修・研究に関しては、<中略>
   検討を行っている。しかし、学生による授業評価アンケートが実施されている
   ものの、組織的に活用されておらず、そのほかには、年に2回程度の講演を
   中心としたものであり、その結果を改善に結び付けているとは判断できない。

   いずれにしても、
   ファカルティ・ディヴェロップメント(FD)活動については、初歩的な段階に
   ありその取り組みの姿勢もきわめて消極的であるため、改善が望まれる
」(https://www.cgu.ac.jp/Portals/0/data0/jikotenken/pdf/20080325hyouka.pdf#search=%27%E8%AA%8D%E8%A8%BC%E8%A9%95%E4%BE%A1%E7%B5%90%E6%9E%9C+%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AD%A6%E9%99%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%27)。


  大学基準協会の指摘を整理すると、こうである。

   ① 中央学院大学では、授業評価アンケートをやってはいるが、アンケートの結果は
    組織的に活用されていない。

   ② FDといいながら、やっていることは、年2回程度の単なる「講演会」にすぎない。
    だからFDは授業の改善には結びついていない。

   ③ 中央学院大学のFDは初歩的なものにすぎず、取り組み姿勢は消極的で、改善が
    望まれる。


  第三者機関にこれほど酷評(こくひょう)されているのに、裁判で、FDを立派に
 やっているとよくも堂々と主張できるものだと、ただただ感心し、またあきれてしまう。

■中央学院大学の行っているFD――FDとは無縁なものが大半!

  2015年度の「商学部長年次報告」が、これまでのFDの内容を明らかにしている。
  その内容を見てみると、大学基準協会の指摘のとおり、大半はFDとは無関係である
 ことがわかる。

  次のようなものまでFDとされており、笑ってしまう(なお、出席は義務とされて
 いながら、専任教員のFDへの出席率は悪い)。

   ① 地域リーダーとの教育懇談会 我孫子市商工会会長、我孫子市国際交流協会
                   会長との懇談
  
   ② 大学の経営品質のあり方を考える 講演者:<株>アイビー代表取締役

   ③ 第4回アドバイザリーボード 久寺家まちづくり協議会会長、
                   久寺家自治会会長、
                   久寺家マンション自治会長、
久寺家三菱自治会会長、
                   久寺家二丁目自治会長

   ④ 学校法人中央学院の財政問題と第二次財政安定化協議会について  

                    常務理事・三友宏、学長・椎名市郎


  地域の町内会長等との懇談会や、大学や学校法人の財政の「窮状」の説明が、
 なぜFDに化(ば)けてしまうのか、と笑ってしまう。大学基準協会に酷評されるはずだ!


  要するに、この程度の「初歩的なFD」を専任教員たちがやっても、専任教員の教育能力
 や授業の質が向上するわけでもなく、ましてや専任教員と非常勤講師との間にある巨大な
 賃金格差を正当化できるはずもない。
 
  佐藤英明学長さん、裁判に提出する準備書面の作成にあなたが関与していることは、
 当組合も知っている。こんな主張が珍論奇論の類であることを、わからないのかね!

  当組合と弁護団の目は節穴ではない。

学生のためであることを忘却

  中央学院大学は、すでに10年間もFDをやっている。しかし、なぜ「初歩的な段階」
にとどまっているのであろうか。

  それは中央学院大学が、FDが何のために行われているかを理解していないからである。

  いうまでもなくFDは学生に対する教育の効果をあげるためのものだ。もし中央学院
 大学が真剣にFDのことを考えていたなら、年2回程度の「講演会」で、FDをやって
 いるとのアリバイをつくることなどしていなかったであろう。

  もっと深刻な問題は、FDは専任教員のみが「やっている」ことを、非常勤講師との巨大な
 賃金格差を正当化する理由として挙げていることに潜む自己矛盾に、中央学院大学が
 全く気付いていないことである。

  もし、FDが重要なら、そして教員の教育能力の向上に役立つなら、FDを専任教員の間だけ
 にとどめておくのではなく、非常勤講師の間にも広げなければならないことに、考えが
 至らなければならない。講義科目の実に約半分は、非常勤講師が担当しているから
 なおさらだ。


  しかし中央学院大学は、約半数の講義を担当する非常勤講師の教育能力の向上に、
 全く無関心であり、このことは結果として、非常勤講師の授業を受ける学生のこと
 など、全く考えていないことを露呈させている。

  非常勤講師にもFDへの参加を促している大学も存在している。もちろん、「無給」
 でこのFDに参加を促すことの問題はあるのだが・・・

  はっきりしていることは、専任教員がFDをやっていることをもって、専任教員の教育能力
 の向上が「制度的に保障されている」などと主張する大学は、中央学院大学以外には存在して
 いないことだ。

  また、専任教員と非常勤講師の巨大な賃金格差の正当化理由に、このFDを挙げる
 大学も、中央学院大学以外には存在しないことだ。

  第三者機関に酷評されているFDを、巨大な賃金格差の正当化理由とすることに、
 恥ずかしさをおぼえないのかね、中央学院大学さん!