ようたんの趣味いっぱい生活

それほど長くない人生をいろいろなことをして生きてみたい。そんな男の日記です。

福島県いわき市の実家へ

2011-04-30 | その他

震災後16日目に一度福島県いわき市の実家へ行ってみたのですが、ほぼ50日経ってみて
どう変わったかもう一度この日帰ってみました。
高速道は常磐自動車道の柏インターからいわき勿来まで行ったのですが、ゴールデンウイーク
だったので混んでいるかなと思っていたら全然混まなかったのでびっくりしました。原発事故が
あった方向に向かって行くのであまりこの方向に行くものはいないのでしょうね。
相変わらず高速道はやや波打っている感じで、走っていると時々少し浮き上がる状態になる時
があります。常磐道は不通になっている所があるのでそちらが修復してからでしょうね。

田舎では兄や甥、その子供ら7人を車に乗せて前に行った被災地にもう一度行ってみました。
前に行った時より少し片づいていてそれ程ひどい所はなかったのですが、全滅していた集落が
あった塩屋崎灯台付近には前は入れたのに今は監視が付いていて入れませんでした。盗難
防止やがれきの片付けに邪魔となるからでしょうか。それでも車の中からがれきや壊れた車が
見えるので、子供達には自分たちの田舎の被災状況を見て将来の参考にしてくれれば何らか
の役に立つかもしれません。

実家を後にして途中にある勿来漁港や大津漁港に寄ってみましたが、漁船や個人所有の船は
壊れた船の一部が陸に上がっていて何隻か修理待ちになっていました。船が壊れていなくても
漁は今はやっていない状況でした。漁をしても売れないからどうしようもないのでしょうね。
また茨城県にある岡倉天心の六角堂にも寄ってみたのですが、中に入れないので少し離れた
公園の高台から見たらテレビでもやっていたように土台を残して全てなくなっていました。
公園もやや地震の影響で本当は入れなかったのですが、それ程危険な所は少ない為入って
しまいました。本当に危険な土砂崩れがあった所は縄を張って遮断していたのでそこからは
入っていきませんでしたが…。

田舎は普通の生活に戻りつつありますが、田畑は液状化で耕作出来ず、50年以上経っている
家は柱にひびが入り、屋根瓦は壊れたままで大きな地震が来たら危ないとのこと。ただ、この
家より古い物置がある家はほとんど壊れていません。屋根部分の重さのせいでしょうか。
原発問題についてもまだ収まっていないのでそちらは早く収拾させてほしいものですね。

コメント
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