DIAMOND online (真壁昭夫:多摩大学特別招聘教授)
2024年7月9日
Photo:PIXTA
中国から脱出する国民が増えている。富裕層だけでなく、一般庶民も海外移住を志向する人が増えているようだ。中国は不動産バブル崩壊、若年層の雇用・所得環境の悪化をはじめデフレ経済が深刻化している。政府は補助金を支給し、安価な電気自動車や車載用バッテリー、太陽光パネル、鉄鋼などの生産を増やして景気回復を狙うが、過剰生産能力を膨張させる政策が持続できるとは考えづらい。また、政府がSNSや金融取引の監視を強化していることも、人々の不満が増える要因だ。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
富裕層から庶民・若者まで 中国から脱出する人々が増えている!
世界銀行のデータによると2012年、中国に入った移民の数から、離れた人数を引いた「純移民」は、約12万人のマイナスだった。それが17年、中国から出ていく人は約18万人になった。続く18年は約30万人の純流出で、コロナ禍の発生で自国に戻る人が増加した期間を挟み、23年は約31万人の減少だった。
中国の富裕層の海外脱出に関しては、英ヘンリー・アンド・パートナーズの年次予測からも確認できる。同社は富裕層を、米ドルで100万ドル(1ドル=161円で1億6100万円)以上の資金を保有する人と定義している。
16年、中国の富裕層は約9000人の純減だった。22年は1万800人の流出、23年は1万3500人減だった。24年、中国から海外に移住する富裕層は1万5200人に上る見込みだ。実に、16年から69%も増えている。
中国人富裕層は、移住先として米国やシンガポール、オーストラリアなどを選ぶ傾向にある。24年は日本を選ぶ人も増えたという。円安の進行で、中国の富裕層にとってわが国の不動産などが割安に映ることも理由だろう。
富裕層だけではなく、相対的に所得水準が低い一般市民の海外移住も増えている。23年、米南西部の国境地帯で、税関・国境取締局が拘束した中国人不法移民の数は3万7000人を突破した。なんと、前年から約10倍も増加している。
カリフォルニア州では、中国人が不法入国者の3割以上を占める地域があるとの報道も。一例として、3月にメキシコ・オアハカ州の沖合で、米国に不法入国しようとした、中国人が乗ったボートが転覆し8人が亡くなった。まさに命懸けで海外に脱出しようとするほど、中国国内で生活することの閉塞(へいそく)感は高まっているといえるかもしれない。タイ、マレーシアなどへの移住者も増加傾向だ。
若者の海外脱出も加速している。コロナ禍が落ち着くにつれ、わが国に留学する中国人学生は増えている。また、オーストラリアでは、英語を学びつつマーケティングやファイナンスなどの学士・修士号の取得を目指す中国の若者が押し寄せているそうだ。一部の大学では、既存の学生寮での中国人留学生の収容が難しくなり、施設を増設するケースもあるという。中国人留学生にとって、海外の方が多くの選択肢を手に入れ、自由を享受できるとの意識が強いのだろう。
深刻デフレ、補助金バラマキ…中国人が海外脱出する背景
富裕層から一般市民、若年層まで、中国から脱出する人が増加する背景には、なんといっても経済の悪化がある。不動産バブルが崩壊し、民間デベロッパーや、地方政府傘下の「融資平台」(LGFV、資金調達やインフラなどの建設を行う政府系の複合企業)がデフォルトに陥るリスクが高まっている。
住宅価格の下落も止まらない。5月、主要70都市のうち68の都市で新築住宅の価格が前月から下落した。住宅の需要が回復しないため、地方政府の主要な歳入源だった土地の譲渡益も減少している。住宅、本土株、理財商品などの価値が下落する懸念から、支出を抑え、貯蓄を重視する人は増加し、内需は停滞気味だ。
5月の労働節(メーデー)の連休中、ゼロコロナ政策で抑えられた需要の反動もあり、中国国内の旅行者数は増えた。ただ、今年の1人当たり平均支出額は、19年の水準を約1割下回ったと報じられた。節約を重視する人は多く、雇用や所得に関する先行きへの懸念が強いと考えられる。
中国政府は公共事業を打つなど需要の注入を急いでいるものの、今のところ期待されたほどの成果は上がっていないようだ。不良債権を処理し、金融システムの健全性を高める必要もある。わが国の資産バブル崩壊の教訓からも、不良債権処理の遅れは、銀行の収益力、経営体力の低下につながるだろう。
今後、事態がさらに悪化すると、金融システム不安のリスクも高まる。それが現実になると、デフレが深刻化し経済はますます厳しくなるはずだ。
一方、現在の中国政府は政府系あるいは民間大手企業の生産を増やす支援策を優先している。すでに生産能力は過剰であるにもかかわらず、補助金などを支給して生産を増やしているのだ。安価な電気自動車(EV)や車載用バッテリー、太陽光パネル、鉄鋼などの基礎資材の輸出を増やし、外需を取り込んで景気の持ち直しにつなげる狙いがあるのだろう。
しかし、過剰生産能力を膨張させる経済政策が、持続的な回復を支えるとは考えづらい。むしろ、債務問題の深刻化、あるいはEVや半導体などの分野で米欧との対立が一層激しくなる懸念がある。そうしたリスクを感じ、中国から脱出する人が増えているのだろう。
中国政府はSNSや金融取引の監視も強化 不満を持つ人が増え「負の連鎖」に向かう恐れ
現在、中国政府は「共同富裕」のスローガンを掲げ、富裕層から低所得層に政策的に富を移転し、経済の格差を縮小しようとしている。また、一部の企業は給与の上限を設定し、この政策に対応しようとしてもいる。それは国民のハングリー精神を減殺することにつながるし、自由を求めて海外へする人は増えるだろう。
中国政府は、改正した反スパイ法に基づいてSNSや金融取引の監視も強化している。中国は“超監視社会”であると分析する専門家は多い。権力の腐敗を撲滅するための取り組みにより、汚職の摘発なども増えた。6月、国防相経験者2人の党籍を剥奪するなど、国全体で監視を厳格化している。
一方、景気停滞が長引くリスクは高い。自由な発言や行動が制限され、常に誰かに見張られているような心理も、国民の海外脱出を増やす要因になるだろう。
改革開放以降、中国政府は経済特区を設け、海外企業を誘致し、国有・国営企業などに製造技術などを移転した。ITなどの分野では民間企業の設立を認め、市場原理を導入することで高い成長を実現した。それによって、政府に従えば豊かになれると考える人は増えてきた。
ところが、今の中国では、「政府に従っても豊かになるのは難しそうだ」と感じる人が増えているとみられる。これは中国にとって深刻な問題に違いない。
中国国内では自力で成功を手にすることが難しいと認識する人の数が増えると、共産党政権に対する不満、先行きへの懸念は高まり、経済と社会全体で活力は低下するだろう。政府は人々の不満を抑えるため、監視や汚職摘発を強化する。が、それによって、ますます不満を持つ人が増える、負の連鎖に向かう恐れがある。長期的に国民の海外脱出が続くと、中国の政策維持そのものが難しくなりそうだ。
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