「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.451 ★ 生成AI特許出願、中国7割占める=日本は4位―14〜23年

2024年07月04日 | 日記

時事通信

2024年7月3日

 世界知的所有権機関(WIPO)が3日公表した報告書によると、2014〜23年の生成AI(人工知能)関連の特許出願件数は中国が3万8210件で首位となった。世界全体(約5万4000件)の7割を占めた。日本は3409件で4位だった。

 2位は米国の6276件、3位は韓国の4155件。1350件で5位に付けたインドは出願件数の伸び率が年平均56%と、上位5カ国で最も大きかった。また、生成AIが急速に台頭した23年が全体の25%超を占めた。 

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No.450 ★ 出張者はスマホでなくガラケー 中国スパイ摘発強化に戦々恐々の  日系企業

2024年07月04日 | 日記

日経ビジネス (By Shinya Saeki)

202473

この記事の3つのポイント

  1. 中国がスパイ摘発へ、スマホとパソコンを検査できる新規定
  2. 改正「反スパイ法」施行から1年、国家安全の強化へまい進
  3. 法適用の範囲が曖昧で、日系企業に事業活動を制限する動き

 「少し不安だったが、特に何かを調べられることはなかった」。7月に入り、中国・上海へ短期出張で訪れた日本人男性は中国入国後に安堵の表情を浮かべる。

 この日本人男性が不安を抱くのも無理はない。2024年7月1日、中国でのスパイ行為を摘発する改正「反スパイ法」が施行されて1年が経過。同日から、中国当局にスマートフォンやパソコンの検査権限を与える新規定が施行されたからだ。

 今回の新規定は、反スパイ法の執行手続きを具体的に定めたものだ。中国当局の担当者は緊急時に警察証などを示せば、個人や組織が保有するスマホやパソコンの中身を調べられる。メッセージのやり取りや写真や動画などのデータが対象になるという。

 この新規定が24年4月に公表されると、日本人駐在員など外国人の間で情報が錯綜(さくそう)。これまでも当局による検査は可能だったと見られるが、明文化されたことで一気に不安が広がった。SNS上では「中国入国時に外国人すべてがスマホなどをチェックされる」などとする情報が駆け巡った。

 これに対して中国当局は「一部の海外の敵対勢力が悪意を持って、センセーショナルな内容に捏造している」と真っ向から反論。検査対象は「反スパイ活動に関連する個人と組織で、一般人は対象外だ」と、否定する事態にまで発展した。

 いざ蓋を開けてみると、一部の渡航者に対してはスマホの確認は実施されているもよう。ただ、外国人すべてがスマホの中身を見られることはなく、大きな混乱は起きてなさそうだ。

SNSでスパイ摘発を啓発

 新規定に対する懸念がここまで過度に広がったのは、習近平(シー・ジンピン)政権がこの1年で「国家安全」を強化する姿勢を鮮明にしているからだろう。

 23年7月に施行された改正反スパイ法では、スパイ行為の対象がこれまでの「国家の秘密や情報」に加えて、「国家の安全と利益に関わる文書やデータなど」に拡大された。運用の基準がより曖昧になったことで、外資系企業の中で事業活動に対する不安が広がった。

 さらに改正反スパイ法では、国民に対してスパイ行為の通報を義務化した。電話やインターネットで通報を受け付け、貢献すれば表彰するほか、報奨金を出すことも定めた。

 啓発活動にも余念がない。中国でスパイを監視・摘発する国家安全省は、改正反スパイ法の施行直後の23年7月末に中国のSNS「微信(ウィーチャット)」に公式アカウントを開設した。初投稿では「スパイの防止には全社会の動員が必要だ」と国民に協力を訴えた。

 国家安全省はその後も連日、スパイ摘発強化に向けた投稿を繰り返している。24年4月15日の「国家安全教育の日」には、23年以降にスパイ摘発に貢献した86人を表彰したことを明らかにした。7月1日には、米英情報機関のスパイ行為を摘発したケースを紹介し、「海外の情報機関の横暴を抑制し、社会全体の反スパイ意識を強めた」と1年間の成果をアピールした。

出張者にガラケーを持たせる

 「国家安全」を盾にスパイ摘発に躍起となる習政権。中国に進出する日系企業の多くは、事業活動に対して制限をかけざるを得なくなっている。

 23年3月には中国当局がアステラス製薬の社員をスパイ容疑で拘束。同10月に逮捕し、日系企業に衝撃を与えた。1年以上たった今も同社員は拘束されたままだ。とりわけ、中国政府との意見交換などに対して慎重になっている日系企業は多い。

中国当局はスパイ摘発強化に向けて監視を強めている(写真=AP/アフロ)

  今回の新規定に対しても同様だ。ある日系の電子部品メーカーは中国出張者専用パソコンを用意し、データはすべてクラウド上で管理しているという。さらに別の日系素材メーカーは、「出張者にはスマホではなく通話がメインの『ガラケー』を持たせるようにした」と明かす。業務効率よりも、従業員の安全を優先せざるを得ない状況になっている。

 中国国家外貨管理局によると、24年1~3月の外資企業による直接投資は前年同期比で56%減った。23年は8割減と30年ぶりの低水準となったが、24年以降も減少傾向は続いている。米中対立に加えて、改正スパイ法の施行が外資系企業の投資抑制につながっている。

 習政権は24年に入り、外資誘致強化へ積極的なアピールを繰り返している。だが、その一方でスパイ摘発に向けた動きは加速させている。外国人の監視を強化する中で、果たして外資企業の投資は再び拡大するのだろうか。

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No.449 ★ 在中国外国人の安全に難題、カネ絡むネット世論暴走

2024年07月04日 | 日記

日本経済新聞 (編集委員 中沢克二)

2024年7月3日

中国国内で居住者である日本人や米国人ら外国人が襲撃される事件が相次いでいる。個別事件の真相はなお不明である。とはいえ、その背景に中国のメディア事情の急速な変化が何らかの形で関係しているとの指摘がある。

「中国で急速に広がった反日、反米を叫ぶ民族主義の潮流には、主として短い映像で中国の人々の感情に訴えかけるソーシャルメディアの商業主義が大きく影響している」。メディア事情に詳しい中国の識者の分析だ。

6月24日、中国・江蘇省の蘇州で痛ましい事件が起きた。日本人学校の送迎スクールバス停留所で日本人母子らが切りつけられた事件だ。未就学の男児と30代母親が負傷。犯行を阻もうとして刺されたスクールバス案内役の中国人女性、胡友平さん(54)は、同26日、亡くなった。

胡さんは子供の世話役としてバスに同乗していた。バス停で母子を襲った男を押さえつけたものの、逆に刺され、倒れた後も刺され続けた。在中国日本大使館などは、亡くなった胡さんに敬意と哀悼の意を示す半旗を掲げた。

北京の在中国日本大使館の敷地内に掲げられた半旗(6月28日)=共同

上海に近い蘇州は早い段階から外資導入に踏み切り、経済的に発展した先進地域だ。日本人以外の外国人居住者もかなり多い。運河、水郷が美しい観光地としても有名である。

事件では現地当局が、切りつけた50代の男(無職)の動機として、社会に対する不満があったとの見方を日本側に伝えてきている。現場近くでは、4月にも日本人男性が面識のない人物に切り付けられる事件が起きた。偶発的な事件が重なっただけ、とは考えにくい。

蘇州の事件に先立つ6月10日には中国東北部の吉林省で米国人男性4人が襲われた。米中西部アイオワ州にあるコーネル・カレッジの教員4人が吉林市の公園で刃物で刺されたのだ。吉林市は人口400万人超の同省第2の都市で、大学も多い。米国人らは同市の大学に派遣されていた。中国当局は失業中の50代の男を容疑者として拘束した。

「新流量」の影響力

事件の大きな背景として見逃せないのは、ネット社会が急速に進化した中国のソーシャルメディアの存在だ。

「『網紅』『流量』といわれる人物が、(中国版TikTokの)抖音(ドウイン)などの映像を駆使して幅広く、瞬時に訴える効果は絶大だ。そこに政治的に安全な『反日』『日本たたき』、そして『反米』がある種のビジネス、商業上のツールとして利用される構造ができてしまった」

関係者、識者らの指摘で気になるのは、「ビジネス」「商業」という部分だ。その説明の前に、まず中国ネット用語を紹介しよう。中国で使われてきた「網紅」という言葉は、インターネット上に自作の文章、動画をアップしてフォロー数を一気に増やすことで、それ自体で巨額の収入を得たり、商品販売を促進したりする人物を指す。

似た概念で最近、使われる流行語に「流量」がある。やはり中国の一般人が持つスマートフォンから巨大なアクセス数を稼げる有名人である。「ある分野」で絶大なアクセス数を誇る新人が出てくれば「新流量」と呼ばれる。

奇妙に思うかもしれないが、この「ある分野」のアイコンとして使われがちなのが反日、嫌日を含む「日本たたき」と反米だ。なぜなら中国共産党・政府の宣伝部門が米欧日に対して強硬な態度をとる「戦狼外交」の雰囲気を長く容認してきたからだ。

逆説的だが、中国の現代社会で「日本たたき」「反米」は、政治的に極めて正しい態度を意味する「ポリティカルコレクトネス」そのものである。誰も文句を付けにくい分野なのだ。

共産党一党独裁体制の中国では、様々な政治的な課題の議論に厳しい言論統制が敷かれている。ただし、日本を標的にした言論、対米強硬を主張する言論だけには、強い規制がかかりにくい。中国のネット社会で「流量」を目指すなら、反日、反米を利用するのが手っ取り早い。

浴衣事件、そして靖国……

この雰囲気を助長しかねない典型的な事件が過去にあった。場所は今回、痛ましい殺傷事件が起きたのと同じ蘇州だ。2022年、浴衣を着て写真撮影しようとしていた中国人女性が、警察に一時拘束されたのである。

警察官は「なぜ和服を着ているのか。それでも中国人か」と女性に詰め寄ったという。公共の治安維持が任務の公務員まであからさまに日本を目の敵にしているのなら、言論上の「日本たたき」が問題になるはずはない。

そして先に日本でも話題になった靖国神社の柱への落書きでも似た構造が見てとれる。中国籍とみられる男性が落書きする映像は、堂々と中国の動画投稿アプリ「小紅書」に投稿され、多大なアクセス数を稼いだ。彼は「新流量」になったのだ。

蘇州の事件を受けて、中国内の短文投稿サイトに以下のような自省的な文章も目立ち始めている。「『中国人が日本人に教訓を教えてやる』といった狭い民族主義的な動画は、過去2年間で短編動画『新流量』のキーワードになってしまった」

今、起きている問題はさらに複雑だ。実はこの「新流量」らの多くは、反日、反米という確固とした政治信条、思想的な背景を持ち合わせていない。10年、20年前の「反日活動家」らとは根本的に異なり、反日、反米をファッションとして利用しているにすぎないのだ。それが金銭的な利益につながるからである。

それでも、この「新流量」らによる様々な発信を受け取る一般ネット市民の一部は、その内容に直感的に共感し、再度、拡散する。そして、さらにごく一部の人が、各地で過激な行動に出る危険性が生まれる。

ビジネス、商業上の利益が絡む一部ネット世論の無責任な暴走は、当局が今、突然コントロールしようとしても、簡単に統制できない。そのネット世論に失業、給与大幅削減など社会に鬱積している経済上の不満が結び付く場合もある。

12年前の反日デモでは1人の死亡もなし

2012年秋、日本政府が沖縄県の尖閣諸島の国有化を決めたのをきっかけに中国全土で大規模な反日デモの嵐が吹き荒れた。今回の蘇州の殺傷事件で半旗が掲げられた北京の日本大使館の前の大通りには連日、デモ隊が押し寄せた。

「日本を中国の一つの省(地方)として領土化せよ」という過激なスローガンまで登場。一部の地域では日本企業の店舗や工場が襲われ、火を付けられるケースまであった。

「日本を中国の一つの省(地方)として領土化せよ」という過激なスローガンまで出た反日デモ(2012年9月、北京で)

一方、中国各地で仕事をしていた日本人やその家族が直接、襲撃され、関係者が死亡するような事件は、ただの1件も報告されなかった。北京では当時の駐中国大使が乗った公用車が走行中に襲われ、車の日本国旗が奪われるといった政治的に危険な事件があったにもかかわらずである。

08年には北京夏季五輪、10年には上海万博が開催され、中国は好景気に沸いていた。当時、米国人、日本人を含む中国在住の外国人の実数は、現在よりはるかに多かった。それでも外国人居住者の安全は十分に確保され、彼らは便利になった中国生活を十分に謳歌していた。中国は極めて安全な国だったのだ。

12年前、反日デモが発生した際は、内部での政治的な解決、コントロールが比較的、容易だったという事情もある。なぜなら、反日デモの根幹部分は、中国当局の主導で組織された「官製」だったためだ。

北京にある在中国日本大使館前に押し寄せたデモ隊の一部は、日当と弁当付きで付近の農村部からマイクロバスで動員された人々だったことが確認されている。当時、中国のネット社会は発展途上で、当局がコントロール不能に陥る心配はなかった。

それから12年を経た中国の現状をつぶさに観察すると心配せずにはいられない。政治的、思想的ではない分だけ対処が難しい。ソーシャルメディアを運営する一部中国企業は言論の内容を規制する方針を表明しているが、ネット社会にまん延する雰囲気の一掃は容易ではない。社会情勢も経済中心に不安定な面がある。

もちろん、この10年余り、多くの中国の人々が、観光や商用で日本を訪れ、日本人と日本社会への理解が進んだのは間違いない。最近は多数の中国人が日本に定住する流れも目立つ。とはいえ広大な地域に多くの人口を抱える中国の隅々にまで、日本の真の姿を伝えるのは容易ではない。

胡友平さん(中国江蘇省蘇州市公安局のウェブサイトから)=共同

今回、日中両国民は、亡くなった胡友平さんのような善意と勇気を持つ人物が、自分の周りに普通にいることを知った。中国・天津市ではランドマークのタワーに胡さんの行動をたたえる映像が投射された。

中国各地で頻発する一連の事件の真相は、一刻も早く解明されるべきだ。そして公表する必要がある。同時に一連の事件から導き出される教訓を中国人、外国人という区別なしの安全確保に生かす方法を真剣に考える時である。

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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No.448 ★ 【日本人学校バス襲撃事件】死亡した中国人女性を「英雄視」する当局の意向、遺族が拒否したワケ 東アジア「深層取材ノート」(第240回)

2024年07月04日 | 日記

JBpress (近藤 大介:ジャーナリスト)

2024年7月3日

写真はイメージ(写真:Woottichai Insawang/Shutterstock.com)

中国の日本人社会に衝撃

 まるでいまの時節の梅雨空のようなモヤモヤした昨今の日中関係だが、先週さらにモヤがかかる事件が起こった。

 中国時間の6月24日午後4時過ぎ(日本時間5時過ぎ)、上海に隣接した江蘇省蘇州市の高新区塔園路新地センターのバス停前で、蘇州に来て間もない52歳の周という男が、刃物を振り回した。周は日本人学校のバスに乗り込もうとする日本人母子に狙いを定め、凶行に及んだ。

日本人母子への切り付け事件があったとみられるバス停=中国江蘇省蘇州(写真:共同通信社)

 その様子を、バスの整理係だった女性・胡友平さん(54歳)が発見。自ら身を挺して防ごうとした。

日本人母子を刃物で襲ってきた男を阻止しようとして刺され亡くなったバス案内係の中国人女性・胡友平さん

 胡さんの勇断により、日本人母子は刺されたものの、軽傷で済んだ。だが当の胡さんは、男に何度か深く刺された。すぐに救急車で近くの病院に運ばれたが、2日後の26日に息を引き取ったのだった。

 まさに大都市の白昼で起こった惨事だった。すぐさま中国と日本で、胡さんに対する哀悼の動きが広がった。

胡友平さんの死を「利用」しようとする当局

 私は常々、中国のネットやSNSを見ているが、ここ一週間で胡さんについて、尋常でない数のコメントが寄せられた。

<平凡な英雄の一路平安、天界にはあなたの場所がある>

<まさに敬うべき善行! 天界にまた一人、天使が入った>

 この事件で犠牲になった胡友平さんには、心からの哀悼の意を表したい。その上で、私がいま注視しているのは、中国側の「二つの動き」である。

 一つは、胡友平さんの「英雄性」を強調することで、中国人の愛国心を鼓舞しようとするものだ。これは、2019年の年末、中国湖北省武漢市で、初めて新型コロナウイルスに対する警告を発し、その後自らも感染して、2020年2月6日に死去した医師・李文亮氏(享年34)に対して取った措置を髣髴(ほうふつ)させる動きと言える。

 当時の湖北省人民政府は、死後2カ月近く経った4月2日に、李文亮氏を「烈士」と称えた。この頃、突然全市をロックダウンされた900万武漢市民、及び14億中国人は、当局に対して憤懣やるかたない気持ちだった。それを当局は、李氏を「愛国烈士」に祀り上げることで、人々の怒りの矛先を、当局からコロナウイルスへと転化させようとしたのだ。

同様に、今回も胡さんが死去した翌日の27日、蘇州市公安局が、早くも「公示」を出した。その全文は、以下の通りだ。

市民の模範に

<(習近平総書記が唱える)社会主義の核心価値観を深く実践し、社会の正気を大いに発揚し、「見義勇為」(勇敢な正義の行為=孔子の言葉)の精神を提唱したことにより、『江蘇省見義勇為奨励保護人員条例』『蘇州市見義勇為称号評定実施弁法』の関係規定をもとに、蘇州高新区管理委員会からの申告があった。市の見義勇為称号評定工作小組で審議し、市政府が市民である胡友平に、「蘇州市見義勇為模範」の称号を、死後に授けることを提案申請した。

 公平・公開・公正の原則に基づき、胡友平の見義勇為の事柄の進行について公示する。公示期間は6月27日から7月1日までで、社会各界と多くの人々の監督を受けつける。もしも異議があれば、この間に蘇州市見義勇為基金会に来訪するか、電話、投函にて反映させてほしい。連絡電話:○○○○、住所:○○○○>

 以上である。ちなみに前述の李文亮医師は、遺言で、死後の大仰な扱いを固辞した。遺族の夫人も同様だった。そこには、当局の宣伝煽動に利用されることへの反感もあったのではないか。

「寄付は私たち遺族ではなくぜひ地域の基金会に」

 今回も、胡さんの遺族が地元の『蘇州日報』を通して、こんなコメントを発表している。

<ここのところ、各方面からの関心や慰問を受けており、心から特別の感謝を申し上げます。このような状況に遭遇したなら、正義と愛の心がある人であれば誰でも同様の選択をしたことと信じます。

 家族で話し合って一致したこととして、あらゆるお金や物の寄付を受けません。同時に面倒なことにも関わりたくありません。ただ故人を安息にしてあげて、家族が一刻も早く平静な生活を取り戻すことを願うばかりです。もしも愛の心がある方が前向きな気持ちでお金や物を寄付したいのであれば、どうぞ各地域にある見義勇為基金会に行って下さい>

 周知のように、現在の中国は、不動産バブルの崩壊などで未曽有の不況下にある。失業者や就業できない人たちが各都市にあふれ、彼らは当局に対して不満を抱いている。

 当局としては、胡友平さんを「愛国の士」に奉ることで、そうした人々の不満を「愛国精神」に「浄化」させたいところだろう。だからこそ、公安局の公示の最初には、「社会主義の核心価値観を深く実践し」と記している。

 逆に、当局が最も恐れるのは、類似の凶悪事件が続発することだ。そのためか、公安は事件から一週間を経過した7月1日現在、犯人の人物像や犯行動機などを発表していない。発表したのは、上記のように「蘇州に来て間もない周という姓の52歳の男性」ということだけだ。

 犯人は、田舎で職がなくて蘇州に出てきたが、そこでも職にありつけず、むしゃくしゃして無差別の犯行に及んだ可能性がある。少なくとも、ゴリゴリの「反日人士」で、最初から日本人を標的にして犯行に及んだものではない気がする。

 さて、中国側の「もう一つの動き」は、日本とのこれ以上の関係悪化を懸念しているということだ。もっと端的に言えば、この凶悪事件を契機に、ますます日系企業が撤退したり、事業を縮小したり、中国への投資を控えたりすることを恐れているのだ。

監視社会なのに治安に不安も

 実際、「中国版LINE」であるWeChat(微信)を運営するテンセント(騰訊)は、6月29日に「中日の対立を煽動し、極端な民族主義の挑発に関連する内容を攻撃する」と題した公告を発表した。

<テンセントはインターネットの状態のコントロール活動を、常に高度に重視してきた。そして企業が主体的な責任を持って、グリーン、健全、文明的なインターネット状態の環境を厳格に履行してきた。

 最近、蘇州高新区で起こった傷害事件は、インターネット上に拡散し、世論の関心を引き起こしている。中にはインターネット上で中日対立を煽動し、極端な民族主義を挑発し、各種の極端な言論をぶち上げているものもある。

 プラットフォームでは、この種の違反した内容と登録番号に対して、決然と打撃を与えていく。すでに処置をした違反内容は836件、違反番号は61個に上る。違反状況とプラットフォームの規則を見ながら、禁止用語や番号封鎖などの処理を取っていく>

 それでも日本側の動揺は、現地の日系企業を中心に広がっている。6月28日、北京の日本大使館と上海の日本総領事館は、胡さんの弔意を示して半旗を掲げた。そんな中、金杉憲治駐中国大使は、7月1日に日本経済新聞に掲載されたインタビューで、今回の事件を踏まえて、こう述べている。

「中国東北部の吉林省でも10日、米国人の大学教員ら4人が刃物で刺された。中国に対する日本人の心理的な敷居がさらに高くなり、旅行や訪問に影響が出てこないか心配だ。

 中国は監視社会で自由が制限される半面、治安はよいとみられてきた。実際はそうでないと感じる人もいるかもしれない」

 5月14日に中国の日系企業の親睦団体である中国日本商会が発表した「日系企業1741社アンケート」は、現地の日系企業の中国に対する「消極的な態度」が、明確に反映されていた。例えば、「今年の投資額は昨年と比べてどうか?」という質問に対し、「大幅に増やす…2%、増やす…14%、前年と同額…40%、減らす…22%、投資しない…22%」との回答だった。

 今回の痛ましい事件を契機にして、日中関係は「雨降って地固まる」となるだろうか。現時点では、それほど楽観的にはなれない。

『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた-激ウマ中華料理店・探訪記』(近藤大介著、講談社)

 

近藤 大介

ジャーナリスト。東京大学卒、国際情報学修士。中国、朝鮮半島を中心に東アジアでの豊富な取材経験を持つ。近著に『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた?激ウマ中華料理店・探訪記』(講談社)『ふしぎな中国』(講談社現代新書)『未来の中国年表ー超高齢大国でこれから起こること』(講談社現代新書)『二〇二五年、日中企業格差ー日本は中国の下請けになるか?』(PHP新書)『習近平と米中衝突―「中華帝国」2021年の野望 』(NHK出版新書)『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)『アジア燃ゆ』(MdN新書)など。

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