「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.192 ★ 中国 若年層の新しい消費トレンド Z世代をターゲットに新規市場の開拓や消費拡大を狙うには

2024年03月16日 | 日記

JETRO上海事務所

2024年3月14日

中国では、1995~2009年生まれの「Z世代」の人口が、2019年時点で約2億6,000万人を超えている(2022年1月19日付地域・分析レポート参照)。

インターネットやSNSなどのIT環境に囲まれて成長したZ世代は、前の世代とは大きく異なる価値観や消費観を持つ。また、Z世代は自身の個性や趣味を大切にし、自己満足を得るための消費を惜しまない傾向が見られる。さらに、就労を通じて一定の消費力をつけはじめており、新たな消費市場を生み出し、多くの企業から注目されている。

本稿では、新世代の消費者であるZ世代が情報収集に使う媒体や、考え方、消費行動の特徴を紹介し、中国進出日系企業(ブランド)や各店舗が、Z世代をターゲットに新規市場の開拓や消費拡大を狙うための方法を分析する。

コミュニケーションや情報収集の手段、動画中心に移行

スマートフォン(以下、スマホ)の普及とインターネットの高速化により、中国社会ではコミュニケーションや情報収集の手段として、動画配信が急速に人々の生活に浸透してきた。

電通が独自に開発したConsumer Connection System(以下、CCS)(注1)に基づき2023年8月に発表した調査結果では、中国のZ世代は1日平均6.3時間をインターネットに、5.1時間をスマホに費やしているという。特に、ウィーチャット(94.2%)、動画視聴(84.5%)、友人とのチャット(84.2%)、ネットショッピング(81.5%)などに多くの時間を費やしている(表1参照)。

表1:Z世代のネット利用行動とそれらの浸透率

順位

項目

浸透率(%)

1

ウィーチャット

94.2

2

動画視聴

84.5

3

友人とのチャット

84.2

4

ネットショッピング

81.5

5

音楽鑑賞

77.1

6

ニュースチェック

76.1

7

ショート動画の視聴

73.7

8

デリバリー注文

60.7

9

情報検索

60.1

10

動画のダウンロード

55.5

11

ナビや地図の使用

54.4

12

ゲーム

53.9

出所:電通中国2023年8月「重識Z世代、不被定義的一代」レポートを基にジェトロ作成

最近では、中国社会で急速に広がっているライブコマース(注2)の影響から、動画のライブ配信が広く普及している。CCS の同調査では、Z世代における動画のライブ配信の浸透率は45.1%と、Z世代を含む調査対象者全体15~64歳の35.7%より高い。

視聴内容としては、エンタメ関係(44.6%)が最も高く、衣服・アクセサリー(41.1%)、美容スキンケア(35.7%)、オンラインゲーム(29.8%)、ライブコマース(26.6%)と続いた。Z世代では、ライブ配信視聴時に商品を購入したことがあると回答した割合が64.6%と6割を超えている。このように、ネットを利用したコミュニケーションや情報収集は、動画中心に移行している傾向が見られる。

Z世代の中で人気が高まりつつあるショート動画

ショート動画は、短時間でも多くの情報を伝えることができるほか、素人でもアプリ上で撮影から編集に至るまでの動画制作や投稿ができることから、一般人が自身の生活や趣味を表現する場として愛用されている。オンライン上の消費行動を研究する中国Mob研究院「ショート動画業界研究レポート」によると、2022年12月時点でショート動画配信の視聴者数は10億4,000人に上り、インターネット利用者の94.8%を占め、1人当たり1日平均で168分間も視聴しているという。

ショート動画アプリのユーザーの54.7%は動画の編集または投稿した経験を持つ。年代を問わず、投稿内容の人気順は「グルメ」(44.3%)、「日常生活上の豆知識」(40.3%)、「エンタメ」(33.3%)となっている。「00後」(2000年代生まれ)は1分以内のより短いショート動画を好み、アニメ、動物、音楽などのコンテンツに対する関心度が他の世代より高い傾向が見られる。

代表的なショート動画アプリとしては、抖音(Douyin)と快手(Kuaishou)が挙げられる。中国のモバイルデータ分析などを行う北京貴士信息科技(QuestMobile)の統計では、2023年5月時点で、抖音の月間アクティブユーザー数は7億2,000万人、快手は4億8,000万人に達している。前述したCCSの調査では、Z世代における抖音と快手の浸透率は、それぞれ46.7%と31.3%だった。2社には重複したユーザーが多いが、投稿の内容と見せ方にそれぞれ違いがある。

抖音は質の高いオリジナルコンテンツに注力し、ユーザーの閲覧習慣を基にアルゴリズム方式(注3)でコンテンツを表示しているが、快手は地方を中心にユーザーを増やしており、一般人が制作した動画の表示回数の配分も比較的平等に設定している(表2参照)。

表2:抖音と快手の事業概要

No

項目

抖音(Douyin)

快手(Kuaishou)

1

月間アクティブユーザー数(注1)(億人)

7.2

4.8

2

ユーザーの年齢分布

24歳以下:26.5%
25~34歳:42.0%
35~44歳:19.0%
45~54歳:7.0%
55歳以上:5.0%

24歳以下:31.0%
25~34歳:38.8%
35~44 歳:16.8%
45~54 歳:7.4%
55歳以上:6.1%

3

ユーザーの男女割合

男性:54%
女性:46%

男性:52%
女性:48%

4

ユーザーの地域分布(注2)

一級と新一級都市:30.4%
二級都市:21.1%
三級都市:21.0%
四級およびそれ以下の都市:27.5%

一級と新一級都市:20.6%
二級都市:17.5%
三級都市:23.0%
四級およびそれ以下の都市:39.1%

5

コンテンツ表示の仕方

ショート動画を中心に、ユーザーの閲覧習慣を基にアルゴリズム方式でコンテンツを表示。

ショート動画を中心に、趣味や閲覧履歴を基にアルゴリズム方式で表示される。一般人が制作した動画の表示回数の配分も比較的平等に設定。

6

コンテンツの項目

グルメ、ビューティ、音楽、ダンス、ファッション、動物、旅行、親子など10以上のジャンルがあり、Z世代にはアニメ、エンタメ関連の人気が高い。

日常生活、手品・絵描き・ものまねなどの個々の特技、専門技術、音楽やダンスなどを紹介。有名人や芸能人など著名人のほか、お笑い芸人、容姿端麗な一般人の人気が高い。

7

ライブコマース機能

「抖音電商」という自社ECプラットフォームでサービスを提供。

「快手小店」という内部 ECプラットフォーム、第三者ECサイトへのリンク。

注1:QuestMobile、2023年5月時点のデータ。
注2:中国の都市は、人口や経済レベルなどのさまざまな観点から、6つに分類されている。
出所:次の公開情報に基づきジェトロ作成
中国Mob研究院2023年6月「ショート動画業界研究レポート」
ジェトロ調査レポート「中国 EC 市場と活用方法」(2021年)
ジェトロ調査レポート「中国ウェブプロモーションにおけるリスクマネジメント(2024年1月)」

Z世代から支持されている小紅書(RED)

近年、抖音、快手、小紅書などのSNSアプリは、従来のソーシャル機能に加え、ライブ配信やEC(電子商取引)機能を搭載し、商品の発見から購買までの活動をすべてアプリ内で完結するライブコマースを発展してきた。ここで、20~30代の都市部在住の女性の支持率が高い小紅書を例に説明する(表3参照)。

表3:小紅書の事業概要

No

項目

小紅書(RED)

1

月間アクティブユーザー数(億人)

2.6(注)

2

ユーザーの年齢分布

24歳以下:29.6%
25~30歳:21.9%
31~35歳:18.1%
36~40歳:11.3%
41歳以上:19.1%

3

ユーザーの男女割合

男性:30%
女性:70%

4

ユーザーの地域分布

一級と新一級都市:28.2%
二級都市:18.2%
三級都市:24.3%
四級およびそれ以下の都市:29.3%

5

コンテンツ表示の仕方

テキストや画像を中心に、一般人が投稿した商品レビューなどが比較的、平等に表示されている。

6

コンテンツ項目

ファッションコーディネート、メイクアップ、グルメ、旅行、ライフスタイル、ベビー・マタニティ、生活百科、エンタメ、読書。ファッション、コスメ、グルメ関連の注目度が高い。

7

ライブコマース機能

自社サイトで開かれた店舗のみならず、淘宝店舗のリンクを貼ることが可能となる。
「店播」や「自播」と呼ばれる店舗やブランド(企業)によるライブコマースも行われている。

注:2022年末時点のデータ。
出所:次の公開情報に基づきジェトロ作成
ジェトロ調査レポート「中国 EC 市場と活用方法」(2021年)
ジェトロ調査レポート「中国ウェブプロモーションにおけるリスクマネジメント」(2024年1月)

 

小紅書のアプリには、テキスト記事、画像、動画配信の形でファッション、コスメ、グルメ関連などの女性に人気が高いコンテンツが、一般ユーザーおよびインフルエンサーから連日、多く投稿されている。アプリ内で形成された各コミュニティでは、「筆記」と呼ばれる商品レビューが掲載され、リアルな口コミや体験談の投稿が多く集まっている。

また、一般人のみならず、企業や影響力のあるタレント、有名人、インフルエンサーなどもアカウントを開設し、日常生活のシェア、商品やサービスの紹介や推薦を行っている。2020年から、小紅書はライブ配信にも力を入れ、タレントやインフルエンサーのライブ配信とともに、「店播」や「自播」と呼ばれる店舗やブランド(企業)によるライブコマースも急成長を続けている。小紅書の統計によると、2023年1~4月に、月次の店舗ライブ配信件数が前年同期比2.9倍に増え、店舗によるライブ配信での購入者数も月次で2.2倍増だった。

小紅書が、若年層を中心に信頼を寄せられるプラットフォームになった理由は、Z世代は自身と同じ趣味や消費志向を持つ「圏層」への信頼度が高いことなどが挙げられる。SNS上で形成されているコミュニティには、インフルエンサーまたは著名人がカリスマ的な存在となり、Z世代の消費トレンドをリードしている。その結果、インフルエンサーが推薦したヒット商品、アイドルがイメージキャラクターを務める商品やブランドを購入する傾向が強くなっている。

 「悦己」(自身の満足)消費に重きを置くZ世代

Z世代は趣味活動に消費する際に、他人より「悦己」[自身を悦(よろこ)ばせること]を優先させ、自身の満足度を追求することに重きを置く傾向が強く見られる。中国調査会社iiMedia Research(艾媒諮詢)が公表した「2022年中国趣味消費トレンド洞察報告」によると、「90後」(1990年代生まれ)と「00後」(2000年代生まれ)世代の64.9%が「見た目が良く、美しいものを生活に取り入れて自身を悦ばせる」ことを、趣味関連消費の核心と捉えている(表4参照)。

表4:若年層の趣味関連商品の購入理由

順位

理由

割合(%)

1

見た目が良く、美しいものを生活に取り入れて自身を悦ばせる

64.9

2

親戚や友達に「種草」され、コミュニティや圏層に馴染むため

52.0

3

ストレス解消、自身を癒すため

43.8

4

商品の文化的価値に引かれた

43.2

5

IP/アイドルが身に着けている商品を所有するため

39.5

6

常に新しい商品を購入したいと考えるため

26.0

出所:iiMedia Research「2022年中国興味消費トレンド洞察報告」を基にジェトロ作成

 

2023年のダブルイレブンセール(W11、11月11日に行われる世界最大規模のECセール)の結果からも、「悦己」消費が顕著だった。販売額が増えたスナック菓子、香水・フレグランス、生け花、準高級ブランド品、ペット、IT製品、福袋、自己啓発の授業などがその一例だ。

そのほかにも、若年層の消費の内訳をみると、eスポーツ、サイクリング、スキーなどの趣味関連が大幅に伸びた。Z世代の消費トレンドを研究するJust So Soul研究所の「2023年Z世代ダブルイレブン消費行動報告」によると、Z世代がダブルイレブンに購入した商品には、日用品、衣服・アクセサリーなどの生活必需品のほか、「ホテル・旅行」(48.8%)、「健康食品・医薬品」(48.6%)、「ペット用品」(46.2%)、「体験・ヘルスケアサービス」(44.7%)がそれぞれ5割弱を占めた。

前述の表4の「若年層の趣味関連商品の購入理由」の2つ目に、「親戚や友達などが話題にしている店やコンテンツなどの情報から「種草」(購買意欲をかき立てられること、注4)され、コミュニティや圏層に馴染(なじ)むため」と挙げた割合が52.0%あったことから、Z世代がコミュニティや「圏層」を非常に重要視していることが分かる。

また、中国の民間リサーチ会社の北京淘冪科技による情報発信プラットフォームの魔鏡市場の「2023年Z世代消費トレンド分析報告」によると、2023年1~5月に、微博(Weibo)、小紅書、抖音で「悦己」に関する投稿件数が1,300万を超え、前年同期比で74%増加した。よって、Z世代は自己満足につながった商品情報をソーシャルメディアに積極的に拡散していることがうかがえる。

Z世代をターゲットに、企業ブランドが消費拡大を狙うためのポイント

本稿では、Z世代が情報収集に使う媒体や手段、価値観や消費行動の特徴を紹介した。デジタル・ネイティブのZ世代は、ショート動画やライブ配信などの新しい情報伝達ツールを使いこなしている。また、「悦己」という自己表現や自己満足につながる商品やサービスの価値に対して共感を生みやすい。また、価値共有の場となるコミュニティや「圏層」を意識し、信頼する特徴が見られる。

中国進出日系企業(ブランド)や各店舗が、中国のZ世代をターゲットに新規市場の開拓や消費拡大を狙うためには、まず、本稿で例示した情報プラットフォームの特徴を把握した上で、共感を得られやすいコンテンツの配信を工夫しながら行う必要がある。

次に、イメージキャラクターやKOLなどのインフルエンサーを活用しながら、「種草(種まき)」と呼ばれるマーケティング手法で効率的に情報発信をすることが重要となる。最後に、ブランド価値を共感したユーザーが、商品レビューや自己体験をコミュニティにシェアしやすい環境を整備することが挙げられる。Z世代自身を製品のイメージキャラクターとして機能させることで、ブランドの支持率向上および顧客基盤の拡大が期待される。

注1:CCSは、Consumer Connection Systemの略語。同システムを用いて、70カ国・40万人以上をカバーする世界規模のパネル調査を行っており、消費者の興味、価値観、動機、ニーズ等について把握することができる。中国では、2006年から108都市に住んでいる消費者を対象に調査を行い、毎年平均して12万人のサンプルを集めている。2023年8月に「重識Z世代、不被定義的一代」というレポートを発表した。

注2:ECとライブ配信を組み合わせた販売手法で、消費者の購買意思決定に強い影響力を持つKOL(インフルエンサー)が、ライブ形式で視聴者に商品を紹介しながら販売するもの。

注3:アルゴリズム方式とは、プログラミングで大量なデータを高速に処理するために、コンピュータプログラムへ組み込んだ一定の計算手順や処理方法。

注4:「種草」とは、もともと草の栽培を意味する中国語であるが、「草」は強い生命力があることから、「どんどん高まる購買意欲」を形容するものとして、商品の長所を宣伝し、他人の購買意欲をかき立てる行為を意味するマーケティング・ネット用語になっている。

王 艶(おう えん)

ジェトロ・上海事務所。日系コンサルティング会社で16年にわたり勤務し、日系企業中国法人向けに様々な支援サービスを提供。2019年から現職。

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No.191 ★ 全人代が映す習政権の未来 「中国の特色ある」では成長できない

2024年03月16日 | 日記

日経ビジネス (By Yuji Miyamoto)

2024.3.15

この記事の3つのポイント

  1. 中国で全人代が開催されたが、内外の関心は低かった
  2. 党による指導が徹底され、全人代の位置づけが低下した
  3. 習近平政権は経済政策まで政治で蚕食するようだ

 

 中国の全国人民代表大会(全人代)が3月5日から11日まで開催された。今回の全人代も「形」はこれまでと同じだった。同じ形で審議し、決定。

 中国共産党機関紙の人民日報が開会式の様子を1面で報道したのも同じだった。首相が李克強(リー・クォーチャン)氏から李強(リー・チャン)氏に代わり、全人代委員長が栗戦書(リー・ジャンシュー)氏から趙楽際(ジャオ・ルォージー)氏に代わっても、紙面では例年と同じ場所に同じ大きさで首相と全人代委員長の写真が並び、習近平(シー・ジンピン)国家主席が地方代表団の審議に参加した写真が掲載されていた。

 だが、「形」は変わらないのに、今回の全人代に対する内外の関心は今までと比べて大きく低下した。なぜなのであろうか。

三中全会なくして新政策なし

 それは習近平第3期政権(2022年10月の第20回中国共産党大会において発足)が、共産党中心の国政運営、つまり「共産党の全面的指導」を一層、徹底してきたからである。この建前の下では、中国に存在するすべての組織は共産党の決定を実施する機関にすぎない。

 胡錦濤(フー・ジンタオ)時代においても、建前はそうだったが、あえてそうはせずに、あるいは体制が不備でやろうにもやれず、自由な空間は残った。何よりも経済の発展により新たな活動領域が拡大したが、制限は最小限にとどめた。

 これに対して習近平政権は、本気で建前通りにやろうとしている。第3期政権は、その建前を現実のものにする一連の国策の完成期に当たる。党がすべてを決め、他の組織はその決定に従い、政策を誠実かつ効果的に実施していく。国家機関も例外ではない。18年以来、全人代、人民法院、人民検察院の組織法を改定し、国家機関に対する党の“全面的”指導を法律により担保してきた。今回の全人代において国務院(政府)組織法を修正可決したことにより、そのプロセスは完了した。

 つまり、全人代も国務院も党による決定を実施する機関にすぎない。よって、党が新たな決定をしない以上、今回の全人代において新しい政策が出てくるはずがない。党が重要な決定をするには、党の中央委員会全体会議で決定する必要がある。だが三中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)は、まだ開催されていない。かくして今回の全人代に対する期待値は下がらざるを得なかった。

鄧小平が打ち立てた「共産党による指導」

 昨年の全人代への関心が少しは高かったのは、李克強氏が首相として登場する最後の機会だったからだ。同氏なら、党の大きな基本方針のしばりであっても、自分の言葉で何か付け足したり、あえて言及しなかったりして、より多くの情報を発信してくれるであろうとの期待があった。とりわけ全人代の最終日の内外記者会見には強い関心が集まった。これに対して今年は、習近平国家主席の側近である李強首相が、記者会見はやらないと冒頭で宣言。全人代に対する期待はさらに縮んだ。

 この「共産党による指導」の堅持は、鄧小平(デン・シャオピン)がソ連(当時)崩壊から引き出した教訓の1つであり、その後、中国共産党が奉じる基本原則の1つになった。同氏の論法は、共産党を解体したためソ連は崩壊し混乱したというものだ。だから何が何でも共産党は存続しなければならず、指導し続けなければならないことになる。筆者自身、「中国の特色ある」社会主義と言っても、「共産党の指導」以外には何もないではないか、と一時は皮肉ったものである。

 習近平政権は、「共産党による指導」の中身を整備し、より社会主義的な政策を実施しようとしている。胡錦濤時代から言われ始めたとされる「共産党の“全面的”指導」は、習近平時代となり、その中身を本気で考え整理し、実施に必要な体制の整備を図ってきた。

習近平国家主席、権限は手にしても権威はなし

 中国共産党は、党内統治の手法として「民主集中制」を取る。民主的に議論し、その結論を、集中された権力で実行するというものだ。この手法を全国統治に応用している。習近平政権は、「民主」より「集中」に熱心であり、党中央、党指導部の決定を、党の末端および政府に対しいかに着実に実施させるかに最大の関心がある。

 第3期政権となり、党中央における集団指導制、つまり政治局常務委員会による集団指導を形骸化させ、総書記の意見を最重視する体制となった。

 習近平国家主席が発した重要講話を共産党式に整頓して「習近平思想(習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想)」とした。その「思想」を「政策」として実行に移し成果を上げるためには、権限と権威の双方が必要になる。そこで習近平氏は12年に総書記に就任して以来、反腐敗と制度改革により権限の集中に努めてきた。今や形式的な権限は、鄧小平のみならず、毛沢東をも越えている。

習近平国家主席は毛沢東や鄧小平を超える権限を手にした(写真:AFP/アフロ)

 だが習近平国家主席には、政策を実行させ結果を出すための権威が足りない。毛沢東や鄧小平には、権限はなくとも実行させる権威があった。そこで同国家主席は権威を高めるべく赤裸々なキャンペーンを何度か試みたが、その都度、党内の反発を受けて中止している。毛沢東独裁の帰結が文化大革命であり、「それを阻止するには集団指導制と個人崇拝の禁止が不可欠だ」というのが鄧小平の結論であり、党規約に書き込まれ、現在も残っている。集団指導制は形骸化したが、個人崇拝は依然として明確に否定されている。

 だが、政策を実行するのに権威は不可欠だ。そこで習近平国家主席は、すべてを自身が仕切っている姿を党員や国民に示し続けている。人民日報の報道も、結局は、全人代における習近平国家主席の活躍の記録であった。

唯一注目される「習近平経済思想」への言及

 習近平国家主席が進めるこの路線の問題点を最もはっきりと浮き出させるのが経済の分野である。

 今回の全人代における数少ない注目点の1つは、多くの困難を抱える中国経済の成長率目標をどれくらいにするかにあった。李強首相は政府活動報告において、国内総生産(GDP)の伸び率を「5%前後」にすると表明した。

 これは昨年の目標と同じ値である。ただし、記者会見を省略することにしたせいか、これまでとは異なり、その理由を政府活動報告の中で具体的に説明している。雇用と収入増、リスクの防止・解消、第14次5カ年計画との整合性、経済の潜在成長力などの要素を考慮した結果だと説明している。しかも「鋭意進取、発奮努力の姿勢」を反映したものだと述べ、「今年の所期目標を達成するのは容易なことではない」ことを認めている。

 もう1つの注目点が、基本政策の修正は難しいにしても、具体策において何か手を打ってくるのではないかという点であった。経済の専門家たちが指摘するように中国経済は多くの深刻な問題を抱えているからだ。これらの問題に対処するためには、大きな政策調整が必要になる。それが今回は難しいにしても、何らかの手を打つだろうというのが事前の相場観だった。

 だが、今回表明した政策は、これまで取り組んできた対策の寄せ集めにすぎない。

 事前に挙がっていた注目点がはぐらかされる中で、1カ所だけ注目できるのは、李強首相が「習近平経済思想」に触れ、深く貫徹しなければならないと述べたことである。「習近平経済思想」は「習近平思想」の重要な構成部分だと位置づけられている。昨年の李克強報告は「習近平思想」には触れたが「習近平経済思想」へは言及しなかった。

 「習近平思想」が具体的な政策として実施され、最も緊張している現場が経済である。習近平国家主席は「習近平経済思想」として、15年に「新発展理念」(創新、協調、グリーン、開放など)を打ち出し、17年には、速度より質を重視する「高質量発展」の概念を打ち出した。そして23年9月、「高質量発展」を導くものとして「新質生産力」という新たな概念を打ち出した。これは科学技術・イノベーションを強化し経済全体の新たな質的転換と発展を目指そうとするものだ。

政治が経済を蚕食

 問題は「習近平経済思想」は、「新発展理念」「高質量発展」「新質生産力」にとどまるか否か、だ。経済の分野に政治・イデオロギーが浸透し始めている気配を感じる。政治・イデオロギーが経済原則を蚕食し、経済の現場に重い負担をかけ始めている。政治・イデオロギー関係者がどれほど経済のことが分かっているか疑念を抱かざるを得ない。

 懸念を抱かせる出来事は「共同富裕」をめぐる大騒ぎだけではない。23年3月、金融分野に対する党中央の監督管理指導を強化すべく中央金融委員会(委員長は李強首相)を設置し、10月に中央金融工作会議を開催した。その場で「金融強国」建設を加速するとうたい、「中国の特色ある金融」発展の道を歩むと打ち出した。

 金融分野で問題が続出するのを目の当たりにして、党すなわち政治の関与を強めなければならないと判断したのであろう。だが結果は、政治優先のスローガンとなってしまった。金融関係の専門家が多く参加しているにもかかわらず、である。

 習近平国家主席は、24年1月16日に開いた中央政府と地方政府の指導者による研究討論会において「中国の特色ある金融発展の道は、現代の金融発展の客観的な法則のみならず、わが国国情の明らかな特色に合致したものでなければならず、西側の金融モデルとは本質的に区別される」と語っている。これが、市場に対するいかなるメッセージになるのかなど、まるで眼中にない。

 現代の金融は、英国を中心に数百年の歴史を経てつくり上げられたものだ。それを誰も「英国の特色ある」金融とは言わない。そこにあるのは金融のロジックであり、それに従えば成功し、反すれば失敗する。普遍的な一般原理なのだ。新たな金融問題も、金融のロジックの延長線上で解決される。それを無理やり「中国の特色ある」ものにしようとすれば、その金融政策は失敗する。

 そもそも金融分野における「中国の特色」とは何であろうか。少なくとも筆者は、いくら考えても思いつかない。

政策を修正しなかったことがもたらす未来は…

 また経済の現場での混乱も続いている。政府がオンラインゲームへの規制強化案を23年末に発表すると、ゲーム各社の株価が暴落した。この出来事をめぐり、共産党の担当幹部が解任されたり、株式市場を監督する証券監督管理委員会トップが交代させられたりした。一連の動きは、習近平政権が「経済の現場で良い答えが出ないのは、現場の責任者のせいであって政策に罪はない」と考えていることを示唆している。

 これでは経済の現場は納得しない。今日の状況では、政策の大きな修正が必要だ。修正を実行することなく、小手先の対応にとどまれば、市場参加者は反応せず、政策効果は上がらない。そうであるにもかかわらず、今回の全人代において大きな政策修正はなされず、従来路線を踏襲することが明らかとなった。それがどういう結果をもたらすかは、中国経済の現場がいずれ答えを出す。

 結果が悪ければ悪いほど政策修正への圧力は高まる。留意しておくべきは、中国経済の持つ「中国の特色」である。政府は最近、株価が下落し続ける証券市場に介入した。これが示すように、中国経済は「政府主導」になっている。政府の管理能力を決して過小評価してはならない。

 他方、お金をもうけたいという国民の欲求にはまだまだ根強いものがある。国民は、政府のコントロールをかいくぐって経済活動をし、その行動は往々にして市場原理に合致している。政府が犯した政策のミスを国民がカバーしているのだ。

 かくして習近平政権の経済運営に大きな変化は期待できないものの、そのことがすぐに、現場が耐え難いほどの悪い結果をもたらすわけでもない。もう少し時間をかけて成り行きを見守る必要がある。

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