DIAMOND online (The Wall Street Journal)
2024年3月8日
Photo:Future Publishing/gettyimages
中国を一党支配する共産党は5日、今年の経済成長率の目標を5%前後に設定すると発表した。この目標の達成は容易ではないと、李強首相は認めた。しかし李首相は、中国が昨年「数々の問題が混在する状況」に直面しながらも5.2%の成長を示し、「世界の主要国・地域で最も急成長を遂げた国の一つになった」ことを誇った。
不動産投資の破綻から人口減少まで、それほど多くの逆風に見舞われたにもかかわらず、中国はどうやって5%の成長を実現しているのか。本当は実現できていない可能性が高い。実際の成長率は恐らくこれより低く、もしかすると大幅に低いだろう。
西側諸国のアナリストに加え、一部の中国当局者でさえ中国の国内総生産(GDP)統計を長年、うのみにはしてこなかった。しかし、データの食い違いや矛盾、欠落が目立ってきていることから、統計の信頼性に対する懐疑的な見方も強まっている。
過去の食い違いは、一部の経済活動については実際より良く見せる一方、一部については実際より悪く見せており、差し引きでバランスが取れていたが、最近はほとんどが成長率を実際より高く見せている。その結果として、こうした食い違いは中国の政治・経済モデルの優位性を自国民や世界に示すという、習近平国家主席の大きな目的に貢献している。
ニューヨークに本社を置くコンサルティング会社ロジウム・グループは長年、中国の統計を研究しており、最近の成長率は大幅に誇張されていると結論付けている。同社の推計では、新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)が最も広範に実施されていた2022年、中国のGDP成長率は公式統計で示されたプラス3%ではなく、マイナスだった。昨年の成長率については、公式統計の5.2%ではなく1.5%前後にとどまったと同社はみる。同社は今年に入って成長が加速しているとみているが、特に新たな財政刺激策が取られない状況では最新の成長率目標は「非現実的だ」との見方を示した。
他のアナリストも、実際の成長率が公式のデータよりも低いとみているが、そこまでの差があるとは考えていない。フィンランドの中央銀行が示す別の推計では、中国の成長率が2022年は1.3%、昨年は4.3%とされている。
彼らの懐疑的な見方は、データに幅広く異常が存在することで強まっている。中国国家統計局(NBS)は、昨年の小売売上高の伸びが(インフレ調整後の)実質ベースで約7%だったと報告した。小売売上高は家計と政府の消費を幅広く計測するための要素の一つだ。
しかし、ロジウムの中国市場調査責任者を務めるローガン・ライト氏によると、NBSの別のデータは実質ベースの消費の伸びが11%だったことを示唆している。同氏によると、この数字はネット通販大手アリババグループのオンライン販売の減少、家計の貯蓄増加、地方政府の財政圧迫といった、その他の多くの証拠と大きく食い違っている。
中国はしばしば過去何年間かの指標を下方修正して、現行の年の成長率がより高く見えるようにしているが、過去の成長率の下方修正はしていない。NBSは昨年12月、2022年の名目GDPを0.5%下方修正して、2023年の成長率を押し上げる格好となったが、2022年の成長率はそのまま3%に維持した。
中国経済を追跡・調査する米チャイナ・ベージュブックのチーフエコノミスト、デレク・シザーズ氏は今年1月に、「NBSは現在や将来の結果を押し上げるような修正を好むが、過去の結果は決して変えない」と書いている。
中国で最も注目されている指標の一つである固定資産投資には、そうした修正が多い。NBSはある報告書で、2022年の固定資産投資が57兆元(約1200兆円)、2023年が50兆元だと述べていた。しかし、NBSは別の報告書で、2023年の固定資産投資が前年から12%減ったとは言わずに、3%増えたと述べていた。
どうすれば、そんな数字が出てくるのだろうか。チャイナ・ベージュブックのシェザード・カジ氏は、NBSが2022年の投資額を、改定したとは言わないまま、改定したに違いないとの見方を示した。NBSは近年、こうした対応を繰り返している。
NBSは、統計の脚注の中で、伸び率を計算する際に年ごとの水準を基準に使うべきではないとし、その理由の一例として、年ごとにサンプルのプロジェクトが異なる可能性を挙げた。他国の統計局は、過去のデータとの比較を可能にしている。
おかしな統計は他にもある。NBSは2023年の不動産投資が10%減少したと発表する一方で、建設分野を含む全投資額が経済成長に大きく貢献したとしている。
ロジウムのライト氏は、この二つの発表内容がともに正しいとすれば、不動産分野以外の投資が著しく伸びていなければならないと指摘する。しかし、利益は圧迫され、海外からの投資は減少し、銀行融資は細っている。同氏は「民間投資が急増していると言うなら、それは一体どの分野のものなのか。その資金はどこから調達したのか」との疑問を示した。
中国経済はデフレに陥るかどうかの瀬戸際に立たされている。日本の「失われた10年」を例に、中国経済が苦境に立たされている理由と、世界経済にとっての意味を説明する(英語音声、英語字幕あり)Photo illustration: Ryan Trefes
これまでの常として、中国の名目GDP(インフレ調整前のGDP)は、実質GDPよりも変動が激しい。これは、成長率を安定させるためにインフレ率が操作されていることを示唆している。中国は昨年、2023年の名目成長率が約7%、実質成長率が約5%になると予想した。名目成長率は予想と異なって約4%となったが、それでも実質成長率は予想に沿って5.2%となった。つじつまを合わせるには、プラス2%と見込まれていたインフレ率がマイナス1%になったと解釈するしかない。ライト氏は、中国の発表よりもインフレ率が高く、実質成長率が低かった可能性が高いとしている。
在ワシントン中国大使館の報道官は昨年の成長率データについて、発電量6.9%増、エネルギー消費量5.7%増、貨物輸送量8.1%増といった具体的な指標によって裏付けられたものだと主張した。報道官によれば、個人消費が中国経済の回復をけん引しており、不動産分野の落ち込みが鈍化する中でサービス分野の小売売上高は20%増えたという。
中国のデータに対する疑念は、何十年も前からある。ある時期には、各省が報告したGDPの合計と全国のGDPが合っていないこともあったが、そのような傾向はかなり改善されている。
とはいえ、中国のデータの質はまだ標準以下だ。国際通貨基金(IMF)で世界経済見通しの監督業務を行い、現在はブルッキングス研究所に所属するジャン・マリア・ミレシフェレッティ氏は、中国のGDPは他の国々と比べて異例の速さで発表され、しかも改定されることがほとんどなく、四半期の個人・企業・政府支出などの基本的な情報が欠けていると指摘する。同氏によると、「統計の基準はあるべきレベルに達していない」という。
中国の法令は統計局職員の独立性を保証し、データの捏造(ねつぞう)や改ざんを禁じている。だが、他国の統計局が政治的中立性を保つよう努めているのに対し、中国の統計局は、「習近平同志を核心とする」共産党を称賛するのが常となっている。
ライト氏は、データの質を巡る議論はどの国にもあるが、「中国でなければ、そうした議論が政府の正当性に対する攻撃と考えられることはない。中国では成長率について批判や議論が起きれば、より大きな政治的対立にエスカレートする」と述べる。
すべてのアナリストが、中国のデータ異常が政治的な理由によるものだと考えているわけではない。その理由の一つは、過去の異常が両方向に出ているからだ。だが、中国政府が政治的に必要とする成長と現実的に達成可能な成長とのギャップをいかに埋めるかという点で、こうしたデータ異常がカギを握っているかもしれないとの見方が強まっている。
フィンランド中銀のエコノミスト、リッカ・ヌーティライネン氏によると、「過去数年間に中国が設定してきた成長率目標は高過ぎて、そのままでは達成できないものだった」。同氏は「中国当局者は、もっとバランスの取れた成長率になるまで成長目標を下げることは、あまりに怖くてできないのかもしれない」と述べた。
中国の今年の目標について、同氏は「かなり野心的なものであり、過去2~3年に見られたような、データをならす操作が必要になるかもしれない」と指摘した。
――筆者のグレッグ・イップはWSJ経済担当チーフコメンテーター
(The Wall Street Journal/Greg Ip)
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