ユニバーサルフロンティア理論は世界を救う

GUTこと大統一理論を上回る現代最高の物理理論を公開したいと思う!こう、ご期待・・。

神の数式よりも0と1の起源のほうが宇宙の始まりとしてもっともらしいのではないか

2017年03月27日 | 究極理論
その両方が成立した場合に神意、すなわち神の御心となるのはどちらなんだろうか、という問いに対しての答えの話ですよ・・。

私には神の数式というのは後世の作りごとのように思えると言ってるんですが、まー、当方としては手前味噌な感覚になるんですけど、そんな神は赤子同然というなら仮定として置かなければそれで済む話ですよね。カミオカンデ、なーんちゃって。ですけど、カミオカンデ計画にそんな裏の意味があったのかどうか、私としては知りませんというしかない。そんなわけで人間原理ということなんですがな。宇宙初期のアプリオリには仮定しかねるような定数の問題は、我われの存在から逆算して解いていくものだという話。

ニュートンも、アインシュタインも、さらにホーキングも、揃いも揃って神の考えが知りたいとか言う!

ですが、それって、天国へ行きたいけれどもかなわないという心配でもあるのでしょうかね。ニュートンは当時の宗教関係者に露骨に呪いを表明されていたと聞きますし、アインシュタインは何かと罪深いと表現されるべき人でしたし、ホーキングのことは病気以外あまり知りませんが、おそらくそんな心配なのでしょう。そうなったら宗教関連の物事というのは、かえって世俗に属することだということなので、ま、それが理由かどうかは知りませんが、少なくとも私などが図ることはできかねる話です。

そんなことよりどーですか、

宇宙は難解な数式によって設計されていた構築物なのか、それとも0と1の起源と共に生まれたのか、というような疑問は?

私はもちろん「後者が正解だと思う」と言ってるわけですが、これって東洋思想として嫌われるのでしょうね。白人文明というのは恒久的で立派な構築物を好む傾向にありますから、物理学でも前者を正しいと思うのが主流です。だから、私としては神の数式とユニバーサルフロンティアい理論とは両立すると言っているわけですが、神の御心とか神意とかいった話になると、ちょっと逃げたくもなるのです。「人間原理に至るのはこちらだ」と、そう言ってるまでのことでしてね、だから「難解な数式は人間知性による副産物で宗教的な意味は無い」と考えております。


神の寵愛は難解な天地創造ではなく、我われが生存できる宇宙環境づくりにこそ有る、なあーんちゃってw

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