ぶたころの愉快コレクション

近くの国営昭和記念公園の近況、アウトドア活動を中心に愉快を探していきたいと思います。

退院十二日目(+長男の単独介護日記)の巻

2017年08月04日 05時05分00秒 | 日記

退院12日目です。



昨日も気になって切れ切れの睡眠、静かな寝息だったり、苦しそうな寝息だったり、静かで聞き取りにくい寝息だったりで、その都度聞き耳です。

自宅で単独で付き添って看取るのは相当な覚悟が要りますけど在宅ケアチームの人たちはみなさん良くやってくれて、これが無い時代だったら無理です。

昔は多くの人が自宅で最期を迎えていました。

その頃は家族も多く人手もあったのでしょうが、小家族、単独で介護している人も多い時代、在宅での介護を推奨するのならこういう訪問介護、看護は必須です。


介護は直接やってみなければわかりません。



介護を知らない、または直接かかわっていない議員や役人が立案して現実と乖離している保険制度を作ったり、お金が不足するので安易に改定などやっていると、ますます増える高齢者の時代を乗り切ることは出来ず、介護苦になって心中、自殺、などは必ず増えます。




介護職を魅力的な職業とすることは必須と考えます。


やりがいのある仕事ですけど、けっこうきつい仕事です。

それに見合った待遇を確保することは急がなければなりません。


消費税を増税して財布を肥やすことでは無く、無駄な公共工事や補助金など積極的に削り介護に回すことです。

ずいぶん無駄なお金は多いはずです。

徹底的な無駄な支出を見直す、これが急務です。



家庭でもお金が足りない場合、無駄を切り捨てて必要なことにあてます。


介護職を魅力的な仕事とすることは結果的に雇用も産みます。


今のままでは高度成長期を支えた今後の高齢者たちは 野垂れ死に です。



議員にも後期高齢者は多いですけど、そんな末路など夢にも思わない恵まれた人たちでしょうから積極的に高齢者問題に取り組む人などほとんどいない事でしょう。


少子高齢社会ではこれではダメです。


団塊世代が後記高齢者になる頃から 平成姥捨て山 です。




孤独死はその呼び方からかわいそうとかあわれな気がしますが、生物の死としては当たり前の死に方だと思います。

たまには寄り添う場合もあるかも知れませんがほとんどの場合は一人で生まれ、一人で死んでいきます。



ですから、無理な延命をしないとか、孤独死は 自然死 と言い換えることを提案します。


意識も低下し、寝たきりになって本人の意思も確認できずただ息をさせられ心臓を動かされて生きていたいと思う人がどれほどいるでしょうか。


介護を知らないバカ役人、バカ議員には解らないだろうな。







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