宝石たちの1000物語
人に歴史があるように、宝石にもそれぞれの物語がある。1000文字に収められた最も短いショートショート。1000の宝石たちの煌めき。それは宝石の小宇宙。男と女の物語は星の数ほどあります。そしてそれぞれの物語は切なく哀しく、時には可笑しく愚かしく。
シリーズ−1:アンコール特集
(2)第2回
《パパラチア・サファイア/padparacha sapphire》
『ピンクのドレスの女』
ホテルのバーの止まり木に、その女性は一人で座っていた。
細身のシガーから立ち上る紫煙が
薄くゆっくりと周りの空気に溶け込んでいったのを、
私は何となく見ていた。
彼女の着ているピンクのカクテルドレスに合わせるように、
カウンターには少し口を付けただけの、
ピンクレディのグラスがあった。
このホテルでパーティがあっての帰りだろうか。
或いは誰かと待ち合わせなのだろうか。
それにしては、後ろ姿が寂しそうに見えた。
長めの髪が肩まで垂れ下がり、
彼女の仕草で時々表情をあらわす、
真珠のダングリングのイヤリングが、妙に印象的だ。
今日は珍しく、こちらもここで待ち合わせをしている。
やがて僕の肩に触れる気配で振り返ると、
待ち合わせの彼女が微笑みかけていた。
「何を見ているの」
「いや、別に」
「あの隅の女性が気になるの」
「いや」
「ウソ、さっきからずーっと見ているわよ」
私は彼女の発言を無視した。
これ以上付き合うと何を言い出すか判らない。
彼女は私の側に座ると、
バーテンに隅の女性と同じ飲み物を注文した。
「よせよわざとらしい」
「あら、いいじゃない。私だってこれが飲みたかったのよ」
「でもあの人の指、見た?」
そういわれて改めてその女性の指をみると、
左手の中指に大きめのピンク色した指輪が収まっていた。
「あの指輪の宝石何だか知っている?当ててご覧なさい」
「判らないよ」
「じゃあヒントをあげる。ピンクダイヤ、ピンクトルマリン、パパラチア・サファイア、のどれでしょう」
「ますます判らないよ」
「私が思うには、きっとパパラチア・サファイアね」
「何で判るの」
「勘よ!!」
「・・・」
「パパラチア・サファイアの色はとても独特の色で希少なの。
むかし、といってもそれ程昔ではないんだけど、
母親がある人にプレゼントされたの。
それを見ていた記憶があるからよ」
「ふーん」
「私ね、もともと赤やピンク系の色にはとっても敏感なの」
『パパラチア・サファイアは
ルビーやサファイアと同じコランダムに属し、
オレンジからピンクが混ざった独特の色を呈する。
産地はスリランカだが、マダガスカルからも産出される』
「なんだそれ」
「実はね、今度うちの店に入荷した商品の説明文。
偶然にもパパラチア・サファイアを店長が仕入れたのよ」
「ふーんっ」
「でもああいった宝石が似合う女性に憧れちゃうな」
「まあそのうちにな」
「なによそれ!!」
「いや君は充分資格があるってことさ」
いつの間にか、ピンクのドレスの女は席を立っていた。
あとに香を残して。