宝石たちの1000物語[番外編]
深夜12時開店のBAR
フツーの何気ない日常の会話から奥深いジュエリーや宝石の世界に踏み込んでいく。男と女、女と女、そして男と男。舞台は新大久保の裏ぶれた片隅にある一軒の酒場。客が10人も入れば一杯になってしまう小さな酒場。深夜零時きっかりに開店し客がいれば何時までも付き合い、客が帰れば閉店する。そんな店にようこそ、いらっしゃい。今宵もまた・・・・。
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第12話
[ロシアンスフェーン]
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朝からシトシトと小雨がそぼ降る一日だった。
夜になってもいっこうに止まない。
だからといって激しく降る訳でもないのだ。
明け方の4時をまわった頃、ドアを押して入ってきた客がいた。
「いらっしゃい」
「ここまだいいですか」
「いいですよ気の済むまでいて下さって結構」
見ると歳の頃は30前後といったところ。
水商売風には見えない。
でもこの時間にこの辺をうろついているようにも見えない。
質素な身なりだがどこか上品だ。
「お腹空いちゃった、ビールと何か見繕って頂戴」
「判りました。ウチは冷蔵庫に入っているもので賄うくらいですが」
「そうね卵ある、それとトマト。一緒にいためてくれる。仕上げにごま油を一滴」
「中華風でいいんですね」
「さすがマスター、判りがいいわね」
「おだてても注文以外は何も出ませんよ。はいビール」
「アリガト」
「ところで外はまだ雨が降っていますか」
「そうね相変らずってところ」
このひとは一体どういう女性だろうか。
一番判り難いタイプの女性である事には違いない。
「マスター、私が何者か思案しているでしょう」
「いやなにその・・」
図星を指されて、料理に取りかかる振りをした。
でもビールを注ぐ仕草はあきらかに玄人だ。
しかし彼女何とも不思議な雰囲気がある。
「ところでマスター最近この店に、優男風のひょろっとした男が来なかった?」
「いえそんな感じの男性は見かけませんでしたよ」
「そぉ、確かこの店に入るのをみたって人がいたのよ」
「誰が云ったか、私は知りません」
「それならいいのよ」話はそこで途切れた。
「へいっお待ちどうさま」
といって料理を渡しながら何気なく耳元に目がいった。
マスターの顔に動揺が走った。
その女の耳元に垂れ下がっている、ロシアンスフェーンのイヤリングには確かに見覚えがある。
しかし何処でみたのかどうしても思いだせないのだ。
女はそんなことには一向に無頓着で瞬く間にビールと料理を平らげた。
「ああっ美味しかったわ、マスターご馳走さま」
その女が帰ったあとも、マスターはしきりに考え込んでいた。
どうやらマスターの前歴に、宝石関連の仕事、という項目が入ってくだろう。
商売柄女の客は多いから、彼女たちがつけているジュエリーや宝石のトラブルについて、いとも簡単に解決してしまう手際の良さ。
かなりのキャリアを積んでいないとああはいかない。
それを隠しているようにも見受けられるし、そうでもないように感じる。
マスターの前歴は依然として不詳だ。