西岡 幸一 「iPodから聞こえる経営」 日本経済新聞 2005.10.17.
「Stay Hungry,Stay Foolish(飢餓感をもて、ばかでいろ=現状に安住するな、個性を大事に感受性を磨け)」。スタンフォード大学の卒業式でこう卒業生に呼びかけたS・ジョブズ・アップルコンピュータCEO(最高経営責任者)の祝辞がウェブなどで静かな評判を呼んでいる。
このアップル、4年前に発売した携帯音楽プレーヤー「iPod」をけん引車に力強い足取りが復活した。
携帯音楽プレーヤーの先鞭(せんべん)をつけたのはソニーのウォークマン。1979年に初代のウォークマンが登場してから累積販売実績は優に3億台を超え、携帯音楽プレーヤーの代名詞になった。その堅いソニーの牙城をiPodが崩壊させた。
成功の秘密を考えると、第1にウォークマンがどこまでもハードウエアであったのに対してiPodは音楽配信サービスのiチューンズと連携したハードとソフトの複合体である点だ。 第2に戦略が大きく違う。iPodという商品のコンセプトや外形デザイン、機能などの主要仕様はアップルが手がけるが、部品を含めた製造はほとんど外部メーカーに依存する。アップルは半導体産業でいうファブレスにとどまる。
著名なジャーナリストのT・フリードマンは最近の『The World is Flat』で、国際的なビジネスを展開する上での時間、空間、国境の障壁が劇的に消失した実態を描いている。ネットで世界とつながるインドのソフト企業にとって、欧米企業と取引するのに時差もなければ太平洋もヒマラヤ山脈も無いのと同じ。輸送コストが下落した製造会社にとっても世界は同じ目線で見える。
アップルは持ち前の独創的なデザインカに加えて、この「平たい地球」を100%活用して開発期間の短縮、汎用部品の徹底活用などハードの競争力を高めている。
「iPOdから聞こえる経営」は垂直分業を支持し、さらにハード・ネット・ソフトの連携を促している。 部品数や商品特性を問わず普遍的な事業形態があるとは思えないが、どこまでも独創的な差異を追求するアップルの姿勢を消費者が歓迎しているのは確かだ。