Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』感想

2012年01月23日 | SF・FT
昨年の欧米SFの中でも『ねじまき少女』と並ぶ話題作、チャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』を読みました。

バルカン半島と思われる地域にある都市国家・ベジェルで、若い女性が殺害された。
過激犯罪を担当するボルル警部補が乗り出すものの、この国ならではの社会事情から、
捜査は不可解な様相を示し始める。

実はベジェルの存在する都市には、言語・文化・風習・歴史すらも異なるもうひとつの都市国家、
ウル・コーマが並存していた。
両国は明確に国境を隔てる物理的障害を持たずに“混在”しながら、国民同士が互いの存在を意識的に
“無視”することによって、国家としての独立性を維持していたのだ。

そして殺された女はウル・コーマで暮らす外国人にもかかわらず、ベジェルで死んでいた。
すなわちこれは、厳しく禁じられている“越境行為”に絡む問題に発展する怖れがあるのだ。
もし不法な越境行為が確認された場合、事態は二つの国家を越えた強力な治安維持組織「ブリーチ」に委ねられ、
全ては旧に復されることになる・・・あくまで秘密裏に、誰の目にも留まることなく。

ボルルは事件を「ブリーチ」に委ねようとするが、国家を超えた勢力の介入を嫌う上層部の思惑もあって、
「ブリーチ」の発動は行われなかった。
ボルルはさらに捜査を継続するため、正規の手続を経てウル・コーマへと“入国”し、被害者が探っていた
“ふたつの国家の隙間にある存在”の謎へと接近していく。
彼女はなぜ殺されたのか。第3の国家とは何か。そして謎めいた「ブリーチ」とは、いったい何者なのか・・・。

身ぶりや服装、そして言語の異質性を逆手にとって、儀礼的無関心や傍観者効果の組み合わせにより
“そこにあるにも関わらず、互いに見えない国”を作ってしまうのが、本書の核心を成すアイデアであり、
実は推理小説としてのトリックでもあります。
最後に殺人犯は明確にされるものの、実はベジェルとウル・コーマが並存する「都市そのもの」が、
この殺人の共犯者であり告発者であるという点も、都市小説としての面目躍如というところでしょう。

また、「分断」という言葉を聞くと、日本人の我々としては「引き裂かれた」という印象を受けがちですが、
本書を読んでいてユニークだと思ったのは、「分断」こそがこの地の個性であり、それぞれの国民の精神に
深く根ざした「国民性」ではないだろうか・・・と感じさせるところ。
このへんはウエストエンドとイーストエンドの貧富格差、あるいはインド系移民などの流入が問題となっている
ロンドンで育った、作者ミエヴィルの体験が反映されているのかもしれません。
あるいは日本以外の諸外国では、こういう感覚がより身近にあるのかも・・・とも感じます。

なお、ミエヴィルはこの小説を、現実に対する「寓意」として読んで欲しくないと言っていますが、
私はむしろこの設定の場合、積極的に「寓意」として読んだほうがおもしろいと思います。
一般的な見方としては、かつてのベルリンやイスラエル、あるいはべジェルのモデルとも思われる
旧ユーゴを連想すると思いますが、むしろいま現在でこの2国混在制度に最も近いのは、やはり
ネット空間上のコミュニティですかね。
例えばtwitterで互いをブロックしあう姿には、相手を「意図的に見ない」という儀礼がシステムに
あらかじめ組み込まれた社会が、既に日常化していることを感じます。
・・・まあネット社会そのものが、目に見えない「もうひとつの現実」でもあるわけですが(^^;。

個人的に残念だったのは、これだけユニークな設定を持ちながら、方向性が明確に「正統派ミステリ」と
決まっていることによって、本書の持つ可能性が狭められてしまったのはないかということ。
推理小説としてのフェアさにこだわらなければ、もっと異様な国家像が描き出せたのではないか、
もっとエキゾチックな社会が見られたのではないか、という期待を持ってしまいます。

事件の真相が思ったよりこじんまりしていた(というか、ハードボイルドでは結構ありがち)というのも、
ミステリとしてはやや弱い印象を与えてしまいました。
同種の作品として比較される『ユダヤ警官同盟』も、展開は正統派ハードボイルドミステリなんだけど、
あの作品は真相が判明した瞬間に“一転突破”の強烈さで世界をぶち抜く衝撃があるんですけどね。
『都市と都市』は、その一転突破を図ろうとしないし、あえて世界をぶち抜こうともしない。
これもジャンル小説としてのミステリにこだわるあまり、どこか突き抜けられなかった印象があります。
そしてSFとしての衝撃度だけで考えるなら、やはり前者のほうに分がある気がしますねぇ。

たまに出てくる「グーグル」とかの固有名詞が、私にとっては興をそぐ方向に感じてしまったのも、
ちょっとマイナスでした。
これだけ外部世界と隔絶した展開で進められるなら、逆に一切を架空のアイテムで固めてしまっても
よかったと思うし、そのほうが「寓意」の入り込む余地も少なかったでしょう。
まあ完全に外部と切り離してしまったら、今回の殺人事件そのものが成立しなかったとは思いますけどね。
(このへんはややネタばれです。)

中盤までは世界も事件もいまいち見通しが悪いのですが、謎の治安組織「ブリーチ」が登場してきてからは
物語も俄然スピードアップします。
最後は主人公が組織に〇〇〇〇されるというのは良くある話にも思えますが、彼らの精力的な活動ぶりは、
本書における華と言えるでしょう。
ある意味、『都市と都市』という作品は、オーウェルやアラン・ムーアに見られる「秘密機関への反感」や
「謀略史観」に対してのアンチテーゼとなっているのかもしれません。

ジャンル小説としてはアラも見えますが、凝った設定を自在に操って魔術的な都市空間を演出し、
それをどう維持するかに腐心したミエヴィルの筆力は、やはり確かなものだと思います。
ミステリとしてもよくまとまってますが、むしろ奇談系や都市小説が好きな人向けという感じ。
といっても、おどろおどろしかったり掴みどころがないわけではなく、むしろ理路整然とした作品で、
そこがFTやホラーではなく、SFとして高く評価されたポイントなのかなーとも思いました。

最後にひとこと、リズビェト・コルヴィ一級巡査をもっともっと活躍させて欲しかった!
しゃべりといい有能さといい、私のツボにハマりまくりのキャラだったものですから。

・・・もしかして、彼女が主人公の続編が出たりするかも?と勝手に期待しております。
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