Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

国産SF描きおろしアンソロジー『NOVA2』感想

2010年08月13日 | SF・FT
河出文庫の国産SF描きおろしアンソロジー『NOVA2』を読了。
前置きは抜きにして、さっそく収録順にレビューしていきます。

●神林長平「かくも無数の悲鳴」
一読して「フムン」となった作品。
古典的スペオペの意匠をまとって、いま流行りの多世界解釈に風穴を開けてみせる手際に
「プロパーSF作家の矜持を見た!」と思いました。
難があるとすれば、話の分量に比べて説明的な文章が多いと感じるところかな。
でもこの説明過剰な語りも、神林作品の味なんだよね~。

●小路幸也「レンズマンの子供」
む、いきなりSF味のうすい作品がきたぞ。
ノスタルジックで心地よい作品だけど、アイデアストーリーとしては驚きが弱い。
例えるならライバーの短編から上澄みだけすくい取ったようなあっさり感で、
本家の持つ香気やコクのある文章が好きな私としては、テーマの扱いがやや
もったいないなと感じました。
ちなみに私もレンズマンは大好きですが、本作は期待したものとちょっと違ったかな。

●法月綸太郎「バベルの牢獄」
NOVA2に顕著な傾向のひとつである叙述トリックを駆使した、SF脱獄ミステリ。
本を牢獄に見立て、登場人物がいかにそこから逃れるかを追求したメタSFでもあります。

文章の対象性や反復描写を駆使して、物語の「外側」と「内側」を反転させていく手法を
完全に読み解けたとは思いませんが、超絶的テクニックであるのはわかったつもり。
形式が全ての作品なので、ストーリー性についてどうこう言うのは意味がありませんが、
書物への偏愛を示す作者の心意気には胸をうたれます。

●倉田タカシ「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」
申し訳ない、これを文章として読む労力に耐えられませんでした。
アートとして見ればいいのかもしれないけど、NOVAにそれは求めてなかったわけで。
ちなみに大森氏の解説で「ゆうくりなき」は「ゆくりなき」と「ユークリッド」にかけた
造語とあったけど、むしろ「ゆくりなき」と「非ユークリッド」にかけた造語ですよね?

●恩田陸「東京の日記」
本書におけるマイベスト3のひとつ。ある外国人女性による、近未来の東京滞在日記です。

一人称の手記とくれば、まず思い浮かぶのがジーン・ウルフでしょう。
主観による情報から世界の実像を少しずつ見せていくウルフの手法に倣うごとく、
この作品も「書き手の見たまま、感じたまま」を描きつつ、改変世界における
異様な東京の姿を浮き彫りにしていきます。

日本的な情緒や風俗への愛着と、ディストピアの目に見えない圧迫感と居心地の悪さを
表裏一体で描き、「日本的なるもの」の正と負の面を等しく暴きだす手腕は、まさに職人芸。
作中で使われている単語に裏の意味がありそうなところも含め、恩田版「アメリカの七夜」
とでも呼びたくなる傑作です。

なお蛇足ですが、本作が横組なのは「英語で書かれた原文のママ」を意味するものであり、
従って第三者による改鼠は行われていない日記であると判断しましたが、いかがでしょう?

●田辺青蛙「てのひらの宇宙譚」
かつてオリオン書房ノルテ店のNOVA1トークショーで、責任編集の大森望氏いわく
「彼女はまだSFのなんたるかがわかってないので、NOVAに載せられない」
と言われた田辺青蛙氏の掌編5本が、いよいよNOVA2に登場。
いわゆる本格SFではありませんが、奇想系としては十分SFの範疇に入ってます。
私としてはなまじ論理性を備えている「邂逅」よりも、「喪主」や「三毛猫」のような
「なんだかわからないけど直感的にイイ」と思える作品のほうが好みでした。

●曽根圭介「衝突」
いくつかの断章によって語られる、人類壊滅までのカウントダウン。
語り手が何者なのかは早々にわかるけど、それが全て同じ存在なのかはわかりません。
そういう意味では、この作品も叙述トリックものですね。
人類を滅ぼすという「衝突」の具体的な説明がないのは意図的なもので、むしろ
作中に出てくる様々な「衝突」の形を象徴するタイトルなのだと思います。

ただし淡々と書かれるそれらの「衝突」の描写があまりに乾いていて、いささか
即物的に過ぎるのでは、との印象も受けました。
テーマ的には『虐殺器官』と通じるものの、その殺伐とした部分だけを写し取って、
あの傑作の内部に潜む哀しみの深さには届かなかった、という感じ。

●東浩紀「クリュセの魚」
火星、軌道エレベーター、オーバーテクノロジー、年上の非実在美少女(笑)と、
惜しげもなくSF的ガジェットを投入して、一生懸命がんばった作品。

その努力が伝わってくるにも関わらず、これをいまひとつ好きになれなかったのは、
作品のがんばりどころが舞台や社会システムの設定といった「物語以前」の部分に
大きく費やされているからでしょう。
このスタイルが「SF小説」として通用したのは、それこそ「古きよき」時代の話で、
今ではさすがに「美しさ」よりも「古めかしさ」を感じてしまうところがあります。

そしてこのSFらしい設定部分を抜いてしまえば、後に残るのはありきたりな
「ボーイ・ミーツ・ガール」で、いわゆる「女子と動物を殺して涙を誘う物語」の
同類項に過ぎないのが、なんとも残念なところ。
ヒロインの扱われ方についても、まさに「グウェン・ステーシー・シンドローム」の
典型に見えてしまって、可哀想よりもヒネリがないなぁと思ってしまいました。
(グウェン・ステーシー・シンドロームと「冷蔵庫の女」の問題については、
 こちらのダークナイト評に書かれている【レイチェルの愛】の項を参照。)

また批評家としての作者がこれまで研究課題としてきた思想や社会問題の要素が、
本作にも数多く取り込まれているのですが、それも世界描写における背景装置として
羅列されているように見えるのが、非常に惜しまれます。
むしろこの中のいくつかをテーマにして、より深く掘り下げた作品を書いたほうが、
より中身の濃い小説になったのではないでしょうか。
(その成功例のひとつが、この作品の後に収録されている「聖痕」だと思います。)

そして本作で一番興味深かったのは、「父親にとって、娘は永遠の恋人である」
という結論を、堂々とオチに持ってきているところ。
実は作者が一番書きたかったのは、この部分だったのかもしれません(笑)。

●新城カズマ「マトリカレント」
地上から水中へと生存の場を写した人々と、これに接触した人類との軋轢を描いた作品。
「NOVA2」の特徴として、異なる文明や存在同士の「衝突」をテーマにしたものが
多く見られますが、本作もそのひとつです。
確かにスケールは大きいけれど、逆に細部がはしょられすぎてなんだかよくわからず
話の流れを追っているだけのような物足りなさも感じました。

作中では地上人類に比べて平和な文明を営んでいるように描かれる水棲人たちですが、
その暮らしぶりがクジラやイルカとさして変わらないように見えるのは私だけですか?

●津原泰水「五色の船」
NOVA2収録作のうち、個人的ベスト1に挙げる傑作。
昭和初期の時代に生きる奇妙な見世物一座の物語を、凶事を告げるという異形の獣
「くだん」の逸話と結びつけた幻想譚にして、多世界解釈の物語でもあります。

人間が他者に対して感じる、異質なものへの排除心理と、その裏返しの興味。
そして異質である側の強い疎外感と孤独、さらに「特別な存在」としての自負を
余すところなくとらえた本作は、スタージョンの諸作品に対するオマージュであり、
またSFというジャンルが長年にわたり培ってきた「異質なものへのまなざし」を、
津原氏が確実に継承していると示すものです。

そして「くだん」の登場と、そのあっと驚く役割によって、本作は小松左京の名作短編
「くだんのはは」への見事な返歌ともなっています。
フリークを描いているのに読後感が清々しく、その中にも一抹の寂寥感を漂わせるのは、
津原氏の並々ならぬ筆力のなせる技でしょう。

●宮部みゆき「聖痕」
未成年による殺人と児童虐待、そしてネットにおける無責任な情報とカルト団体の隆盛。
いま最も注目される社会問題をテーマとして取り上げ、それに批評と分析を加えながら
読み応えある「小説」として練り上げていく手際には、もはや賞賛しかありません。
宮部みゆき氏は、もはや「和製スティーヴン・キング」の域に達しつつあるのでは?

殺人者の少年を救世主に読み替えることで、中盤から物語が劇的に変容していき、
遂には超現実的なクライマックスへと雪崩れ込むという仕掛けも、実に巧妙です。
そして最後に少年が選んだ決断が、イエスの受難とオーバーラップするところに、
本作における「聖と邪」に対する見解が凝縮されているように思えてなりません。

SFというよりはホラーとしたほうがよさそうな作品ではありますが、収録作中で
「五色の船」と頂点を争う傑作なのは間違いありません。
私的には僅差の2位ですが、これは読後の高揚感とSF度の高さによる判断であり、
あくまで好みによるものとお考えください。

●西崎憲「行列(プロセッション)」
今回のトリに置かれたのは、言葉の描写力とイメージ喚起力を重視した作品でした。
田辺氏の作品と同じく、なんだかわからないけどイイ感じ。
この前に置かれた「聖痕」の後味をいくらかでも和らげるための配置とも言えそうです。

●総括
「いまイキのいいSF書きたちに、短編発表の媒体を!」という戦略が明快だった
『NOVA1』に比べ、SFプロパーの作家がぐっと減った『NOVA2』から受けた印象は
かなり異なるものになりました。

確かに大御所ぞろいで一般文学ファンにもアピールできそうですが、見方を変えれば
一般文学でも十分食える作家に「あえてSFで書いてもらった」という感触もあり。
個人的にはSFプロパー作家にもっと活躍の場を与えて欲しいと思っているので、
今回はその点がやや弱いと感じられたことは、ちと残念です。

そんな中でも私が魅力を感じた収録作品は

「いま書かれるべき物語を、SFならではの切り口や手法を最大限に活かして書ききった」

と思えるものばかりでした。
「五色の船」「東京の日記」はその好例。「聖痕」はややホラー寄りですが、
ネット経由で○○○○神学が形成されていくあたり、なんとなくディックっぽいと
言えなくもありません。
逆に神林氏と法水氏は、このバラエティに富んだ顔ぶれの中で、各ジャンルの
スペシャリストとして、堂々たる仕事ぶりを見せてくれました。

まあ総括すると「やはりベストセラー作家はダテじゃない」ということですな。
小説の組み立てやテーマのこなれ方、そして言葉遣いといったレベルが格段に高い。
これらの点を加味すると、総合的なレベルでは『NOVA1』よりも上だと思います。

ただし全作品のレベルがおしなべて高かったかというと、必ずしもそういうわけでもなく、
むしろ全体のバランスでは『NOVA1』のほうが優れているかもしれません。
今回みたいになっちゃうと、さすがに大きな実力差を感じるところもあるわけで・・・・・・
この手のアンソロジーに大御所が揃うのも、バランス的に難しいものだと思いました。

『NOVA3』は冬ごろ刊行の予定とか。はたしてプロパーSF作家の巻き返しはなるか?
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