Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

シェリー・プリースト『ボーンシェイカー ぜんまい仕掛けの都市』感想

2012年05月10日 | SF・FT
ハヤカワ文庫SF『ボーンシェイカー ぜんまい仕掛けの都市』読み終えましたので、
あらすじとか感想をまとめてみました。

・・・物語の舞台は北米シアトル、時は1860年代。
南北戦争が長引く架空のアメリカで、凍土の下に眠るという金鉱脈を掘りあてるために
天才科学者レヴィティカス・ブルーが巨大ドリルマシン「ボーンシェイカー」を発明する。

しかしこのマシンがテスト走行中に市街地の地下を掘りまくるという暴走を起こしたことで、
街のいたるところが大きく陥没し、多数の死者が発生。
さらに掘った穴から致死性の毒ガスが噴出し、このガスが死者の一部をゾンビ化させたため、
街は「腐れ人」があふれかえる地獄となってしまった。
空気より重い毒ガスの拡散を防ぐため、生き残った人々は突貫工事で周囲に高い壁を建て、
破壊された街をゾンビもろとも封じ込めてしまう。

(ここまでが序章で、およそ5ページを使って設定を説明しています。このあとから本編。)

・・・大災厄から約15年後。壁付近にある水浄化工場で働く35歳のブライア・ウィルクスは、
二人の男の苦い記憶を引きずりながら暮らしていた。

一人は警官でありながら、大惨事の日に無断で囚人を解放した父・メイナード。
一人はシアトルを壊滅させたまま行方をくらました夫・レヴィティカスである。

二人の行いを非難する人々に囲まれ、肩身の狭い思いを強いられるブライアだったが、
辛い仕打ちに耐えつつ、最愛の息子が彼らとは違う真っ当な人間に育つよう願っていた。

一方、ブライアの一人息子であるジークは、祖父を英雄視する非行少年や犯罪者とつるみ、
ひんぱんに母との衝突を繰り返していたが、その裏には夫について一切語ろうとしない母と、
父の引き起こした事件の真相を知りたい息子との、心のすれ違いがあった。
やがてジークは父の名誉を回復しようと、壁の中に残されたレヴィの自宅兼研究室を目指して
封鎖された街へ侵入してしまう。
さらに息子の意図を知ったブライアも、父の衣装を身にまとい、ライフルを背負って追いかける。

メイナードを敬う犯罪者や封鎖都市内に残った人々の協力で、それぞれに目的地を目指す二人だが、
その前に立ちはだかるのはゾンビの群れと、壁の内側を科学力で支配するマッドサイエンティスト、
ミンネリヒト博士であった。
はたしてブライアたちはゾンビから逃げきれるのか?そしてミンネリヒトの正体とは・・・?


あらすじだけ読むと結構盛り上がりそうなんだけど、一番盛り上がるドリルメカの活躍部分は
冒頭5ページの要約のみ。そして本書で一番おもしろいのが、実はこの要約だったりします。
読む前に期待していたドリル成分については、結局ほとんど補給できませんでした。

ざっくりまとめると、親子関係がぎくしゃくした母子が冒険をきっかけに和解すると共に、
ヒロインが抱えていた父へのわだかまりと、暴君であった夫の記憶から解放されるという
要するに30代シングルマザーの自己回復物語です。
ノリはパラノーマル・ロマンスに近いけど、色恋沙汰よりは強い女性像で売り込むタイプ。

こういうのがウケるということは、あちらのSF読者には女性が多いということなのか、
それとも本書がそういう読者層をうまく取り込むことに成功したのでしょうか・・・。
いずれにしろ、マーケット受けを強く意識した内容であることは間違いないし、結果的に
その戦略がアメリカで見事に当たったのは、ローカス賞受賞という結果からも明らかです。

でも、SFとしてのスケールの大きさ、テーマの骨太さ、そして視野の大きさを期待すると、
たぶん肩透かしを食らうはず。
なにしろ徹頭徹尾、息子の心配ばっかりしてるアラフォーヒロインの話ですから・・・。
脅威の発明や壊れた世界、そして病んだ人々の姿は、この物語の中ではあくまで引き立て役。
物語の鍵となるのは常に妻と夫、そして親と子を巡る因縁に尽きます。
それは途中から登場するプリンセスやルーシーといった女性陣にも、例外なくあてはまります。

ゾンビガスから抽出されるドラッグというユニークな設定も、結局はヒロインがその密輸ルートで
封鎖都市内にもぐりこむというアイデアに使われるだけで、その後は忘れたように投げっぱなし。
そういう要素が、本作ではいくつも放り出されたままになっています。
タイトルになってるドリルメカ「ボーンシェイカー」は、まさにその代表と言えるでしょう。

そして結末、世界を修復する代わりに作者が描くのは「安全だけど息が詰まるような暮らし」から
「たとえ危険と隣り合わせでも、人に後ろ指を指されることなく生きられる新天地」に生きると、
ヒロインが心を決める姿でした。
プリーストとしては、強いヒロイン・強い母親像を書けてさぞや満足というところでしょうけど、
物語の最初に比べて何かが好転したわけでもないのに、これで感動しろってのは無理ですよ。

あとこの作者、人間も死人も含めてフリークを描くのにやたら力を入れてる気がしましたが、
巻末の解説で「デビュー後から主に南部ゴシック系の作品を書いていた」というのを読んで
あーもともとそういうのを書く人なのね、と妙に納得しました。
南部ゴシックの作家って、中も外も歪んだ人間を描くのが大好きな人ばっかりですからね。

ちなみに1860年代といえば、北米は西部開拓時代のまっただなか。
本書も西部劇の雰囲気が強く感じられるので、ネオ・スチームパンクと呼ぶよりも
むしろスチーム・ウェスタンとでも呼んだほうがお似合いな気もします。

まあ名称はどうであれ、話の平板さとスケールの小ささは変わりません。
そして外見こそスチームパンクの設定と南部ゴシックのフリーク趣味で飾りつけてはいますけど、
一皮むけば昔ながらの西部劇と、安易なフェミニズムが奇跡の合体を遂げた作品でした。
・・・これをSFとしておもしろく読むのは、私にはちょっと荷が重かった。

帯のコピー文では煽りまくってますが、さすがに持ち上げすぎ。


万が一にも、これが「ネオ・スチームパンクの最高傑作」だとしたら、このジャンルが我が国で
「SFの新たなムーブメント」になるのは、とうてい無理でしょう。
むしろこのジャンルの未来は、この後に紹介される作品の数と質にかかってくると思います。
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