
高校生になると少し程度なら日光に当たっても、
さほど顔が赤くなることはありませんでした。
相変わらず登下校を今度は父親に
送迎してもらいました。
中学校とは学校区域が広いせいか、
他にも送迎してもらっている生徒が多くいました。
そのため気がねなく(?)送迎されていました。
父は定年退職して時間ができたので、
私を送迎するのはうれしかったみたいです(笑)
少しは外にでても大丈夫なのかなぁと思い、
体育の時間に少し参加していました。
さすがに水泳やマラソンなどは無理でしたが、テニスやハンドボールのキーパーなどを長袖長ズボンのトレパン姿で少しだけ参加しました。室内で行うバトミントンや卓球には、ほとんど皆と同じように参加していました。
見学をしなくてはならない授業の時は、
一緒に休む子とオシャベリをして時間をつぶしていました。
その休む子の中によく頭痛で休む子がいました。
何度か一緒に休んでオシャベリをしました。
その子は2002年、突然この世を去ってしまいました。
私がそのことを知ったのは葬儀も何もかも終わった後でした。
私が病院で働きだしてからのコトです。
彼女が自分の働く病院に入院していたことを
亡くなってから知りました。
とてもやりきれない気持ちになりました・・・。