イスラム国は国家を自称し、資金、軍事力などを保有している。宗教的政治的理念を持ち、現在の中東諸国の国境線を否定し、カリフ制による統治を目指している。第1次大戦後、敗北したオスマン帝国は解体され、英仏露によりその領土は分割されたが、領土の分割線の根拠となった協定が、サイクス・ピコ協定である。しかし同協定は、第1次大戦中の1916年に、現地住民の意向とは無関係に、3国間で秘密裏に締結されたものであった。イスラム国は、サイクス・ピコ協定により規定された現体制の打破を唱えている。また第2次大戦後も、植民地の独立は認められたものの、石油の利益は元の宗主国の石油資本とそれぞれの国の独裁的な支配者に専有され、民衆は恩恵にあずかっていない。
カリフとは、ムハンマドの代理者としてイスラム共同体の頂点に立つ存在で、2014年7月、指導者アブ・バクル・アル・バグダディが、カリフ・イブラヒムであることを宣言した。世界中のイスラム教徒は、カリフの下に馳せ参じて忠誠を誓うように命令が出された。バグダディの教義は、18世紀のワッハーブが唱えたワッハーブ主義から導かれている。ワッハーブ派にとりシーア派とスーフィー教徒は、イスラム教徒ではなく、生存に値しないとされた。このようなイスラム原理主義の過激な復古運動は、今後もイスラム世界では、一定の勢力を維持すると思われる。
イラクでのサダム・フセイン体制の打倒とアラブの春以降の中東諸国の混乱は新たなイスラム革新運動を引き起こす契機となってしまった。イスラム国は、占領地域の原油の密売を主な資金源としている。イスラム国の敵のはずの一部のクルド人も、イスラム国との原油交易で豊かになっているらしく、クルドの新聞は、イスラム国に関わっている人物のリストを最近発表したそうだ。その中にはクルド人の支配層の家族、政府と軍の指導者、石油精製業者も含まれ、トヨタの支店はイスラム国にトラックを販売していると報道された。しかし原油のみがイスラム国の資金源ではなく、資金の一部は、湾岸諸国の寄付だという。また、密輸、誘拐、拷問、強奪などいわゆるテロビジネスでも資金を得ている。原油価格が急落した昨今、資金源が減ったため、法外の身代金要求がなされたらしい。
イスラム国には狂信的な人間ばかりでなく、様々な犯罪の経験を持つ外国人が加わっている。また、最高指導者の25人のうち、3分の1はサダム・フセイン時代の軍に所属し、ほぼ全員が2003年の戦争後、米軍の刑務所で過ごした経験を持つと言う。これらの元バース党員は、非合法な密輸ネットワークを利用し、公務員に賄賂を渡し、資金洗浄を行う非合法ビジネスのプロである。リビア、イラク、シリアでは国家はすでに崩壊し、エジプト、アルジェリア、レバノンでも国家機能は弱体になっている。アラブの春により、経済と政治システムが破綻し、トラウマを負った多数の若者たちの選択肢は少なく、戦闘員としてイスラム国に参加するのは自然の成り行きだ。また軍などから放出された多数の武器、弾薬も闇市場に出回っているため、最新兵器の入手も容易だ。
また、SNSなど通信技術の発達により、ビデオやその他の情報を大量に発信できる。携帯電話やパソコンを使い、マスコミ並みの扇動や宣伝を行い、多くの人々を動員、組織化することが可能になった。通信技術の発達は、アラブの春が中東全域に拡散し、独裁政権が倒れた要因の1つだが、テロ組織や犯罪組織が拡散することにも繋がった。
2013年6月、イスラム国は目覚しい進撃を遂げ、モスル、バイジ、チクリットを奪取し、イラク政府の空軍と陸軍は、ほとんど抵抗することなく敗退した。約3万人、2個師団分の装備と約800機から2000機の戦闘機がイスラム国に奪取された。2014年8月に開始された米軍などの空爆により、当時の勢いはなくなっているものの、イスラム国は、住民に紛れるとともに伝統的なゲリラ戦法に移行し、抵抗を続けている。米軍の空爆の目標は、皮肉にもイスラム国に奪取されたイラク政府軍の米国製装備である。
オバマ大統領が正規の地上部隊を派遣することはないだろう。イラク政府軍は、米空軍の支援の下で、イスラム国との戦闘の主体となっているが、独力で戦うだけの力はない。アメリカはクルド人などにも武器を渡し、イスラム国と戦うように働きかけているが、統率のとれた軍隊となるべくもなく、最新兵器が闇市場を通じてイスラム国に流れる可能性の方が大きい。
イスラム世界ではスンニー派とシーア派の宗派争いが絶えず、加えてアラブ主義のナショナリズムとイスラエルの闘争はどちらかが絶滅するまで続きそうだ。そんなところに日本の外交や金銭的軍事的支援が功を奏するわけがない。中東の国々は王族と欧米の石油資本が結託して富を独占し、圧政で統治する国家である。サウジアラビアなどは、アルカイダやイスラム国を支援する富裕層も多いお国柄である。石油を売ってもらっているだけの日本がどんないわれがあって、2億ドルもの支援をしなければならないのか、全く理解に苦しむ。しかも今回は二人の日本人が拘束されているのを知ってのパフォーマンスである。
安倍首相がカイロで行った2億ドル支援演説の公式英訳(外務省)が、日本語のスピーチと違って<資金の面で戦争に加担すると読める内容になっている>。直訳すると<これからトルコとレバノンの支援を行う。ISIL(イスラム国)と戦う国々に、人的能力・インフラ支援のために2億ドルを供与する>となっているそうだ。
サウジはイランの台頭に対抗するため、ワッハーブ派の神学校に資金援助し、スンニー派のイスラム過激派を支援してきた。近年も、シリアでJAIなどのサラフィ主義者やスンニー派民兵組織に富裕なサウジ王族が資金援助するのを黙認している。サウジがJAIを支援し、最終的にイスラム国に武器や資金として流れ込んでいるとみられる。サウジの指導層は、シーア派に牛耳られたイラク政府を快く思っていない。また、原油生産の競争者であるイラクに強力な中央政府が出現することも望んでいない。しかし、イスラム国はパートナーとしては危険極まりない。サウジの指導者たちは、イスラム国の聖戦を黙認すれば、脅威になると憂慮し始め、2014年2月にサウジのアブドラ国王は、国民に対し外国で戦闘員になることを禁じる命令を出し、1か月後、イスラム国を含む、ジハーディストの名簿を公表し、彼らに資金援助を行なうことを禁じた。
イスラム国のサラフィ主義とサウジのワッハーブ主義との間には、宗教イデオロギー上の差異はほとんどない。サウジの指導層は王室の絶対的な権力を維持しようとしているが、イスラム国が宣言したカリフ制がいずれ脅威になることは明らかであり、両者は両立し得ない。このような事態に至ったのは、これまでイスラム国などのイスラム過激派に対し、寛大な姿勢をとってきたサウジの指導層自らに大きな責任がある。
他方、イランと米国はイラクでの紛争に関しては、利害が共通する立場にある。米国とイランがイラク問題で協力することになれば、両国関係正常化の突破口になる。米国の専門家は、イラクの秩序回復のために、2つの対応策を挙げている。1つは、軍事力の再展開であり、もう1つは、政治的に迫害された者を含む地域のあらゆる指導者との共同作業を行なうことである。イランとシリアのアサド政権の軍だけが地上戦闘でイスラム国に対抗できる力を持っている。これら両者の力を利用することにより、サダム・フセイン排除以前の時代に戻すことができるかもしれない。シーア派とスンニー派のいずれかに肩入れすることは、両派の対立を煽ることになるが、シーア派寄りの立場をとるしか、もはや選択の余地はない。
スンニー派については、イスラム国を密かに支援してきたサウジ、カタールは、今では反イスラム国有志連合に参加している。しかしその動機は、パワー・ゲームでしかない。米国はこれまで、産油国のサウジとの長年の同盟関係とイラン革命以来のイランとの対立関係により、地域内のパワー・ゲームには関与してこなかった。もし米国が軍を派遣することなく中東地域の安定を望むのであれば、イランとの国交正常化に取り組むしか道はないだろう。
世界の安全保障における日本の役割を拡大するという安倍晋三首相が掲げる政策は揺るがず、逆に人質事件をきっかけとして、首相の信念はますます強まる可能性がある。自衛隊が救出作戦を実行することは違憲だが、人質が殺害されることで世論を味方にして一気に憲法改正、集団的自衛権の構築に弾みがつくかもしれない。他国の戦争に巻き込まれるべきではないとする世論がある一方でテロとの戦いに積極的に関わるべきとの意見もある。今の状況では日本は70年間の平和主義をかなぐり捨てて、アメリカ下請けの軍事国家になりそうだ。.
安倍首相のイスラエル訪問は、経済関係の強化が主眼のように見えた。今のイスラエルは、ガザ戦争や西岸でのパレスチナ人弾圧を国際的に非難され、EUは経済制裁を強めている。そこに日本の安倍首相が経済関係を強化すると言ってイスラエルを訪問した。日本は、戦争犯罪を犯して国際制裁されそうなイスラエルと仲良くしたい積極的平和国家なのだ。
今回の安倍首相の中東歴訪は、イスラエルだけでなく、エジプト、ヨルダン、パレスチナ(自治政府)を回った。ヨルダンもエジプトもパレスチナも比較的親イスラエルで、日本から援助されることはイスラエルの国家安全にとっても有益だ。
米政界は、イスラエル右派に牛耳られる米議会と、イスラエル支配を脱却しようとするオバマとの政争が激化している。米国の上層部が分裂する中で安倍首相は、議会を牛耳る軍産イスラエル複合体を対米従属の対象とみなしているようだ。EUやオバマがネタニヤフを嫌う中で、安倍首相は武闘派ネタニエフに肩入れしている。
イスラエルの選挙で中道派が勝つと、パレスチナ和平を再開するだろうが、ネタニヤフが勝つと、和平推進を拒否し、西岸やガザを併合し、対立は激化しそうだ。ネタニヤフ政権に肩入れすることは、中東和平を妨害することになる。安倍首相がその点を自覚してイスラエルを訪問したとは考えられず、イスラエル右派とつながっている米国のタカ派議員から圧力をかけられ、イスラエルを訪問したと思われる。石油輸入国である日本は1970年代の石油危機以来、親アラブを貫いてきた。今回の中東歴訪は、日本が親アラブから親イスラエルに転じる転換点になるかもしれない。
欧州諸国や日本をISISとの戦いに参加せざるを得ない状況にして、米国が指揮する国際軍を中東に駐留させ、イスラエルを守る、これがイスラエルとアメリカ共和党右派が目論む中東の平和なのかもしれない。