西洋の熟語に「born with a silver spoon in one's mouth(銀のスプーンをくわえて生まれてきた)」というのがある。お金持ちの家に生まれるということで、根っから苦労を知らない人のことだ。
最近韓国では「スプーン階級論」なるものが登場した。親の資産で金、銀、銅スプーンと分け、それにも入らない最下層の場合は「泥(土)スプーン」と呼んでいる。自分の努力より親の財力によって人生が決定づけられてしまうというわけだ。金・銀・銅は、まだ恵まれた階級で、最下層にあたる土スプーンは、親の経済的な援助など望めず、かえって親を養わなければならない世帯の出身者である。
スプ-ン階級論が拡散するにつれて、階級はもっと細かく分けられているようだ。常識を超えた財産を持つ財閥一族などは「ダイヤモンドの匙」といい、2012年の調査資料によると、上位10%の人たちが、なんと国民全体の資産の45%を支配しているという。
平均的な庶民は「鉄の匙」「木の匙」「プラスチックの匙」と細かく分けられていて、さらにその下には、公務員でもなく、大企業勤務でもない人たちが多数を占める「土の匙」が存在する。土でできているため、形を保つのがやっとで、一生食うに困るという絶望的な意味が込められている「土の匙」は、「Hell朝鮮(地獄のような韓国)」とともに、今年の流行語にもなっている。
この「土の匙」よりもさらに下には、生活保護を受けて暮らしていたり、ホームレスである「糞の匙」と、スプーンすら持てないほど貧乏な「手の匙」がある。
つまり彼らは「就職や結婚ができないのは、お前らの努力が足りないから」と責め立てる大人に対して、「努力してみたけど、あなたが与えてくれたスプーンのせいでダメでした」と、スプーン階級論を用いて皮肉を言っているのだ。スプーン階級論が広まるにつれ、ネットには「我が家は何匙ですか?」と質問する若者が増えている。資産、家の大きさ、親の職業と年収、携帯の機種まで公開し、自分が何匙なのかを人に査定してもらうのだ。子どもたちの間でも「お前って何匙?」と聞くのがはやっているという。
韓国の流行語に風刺の効いた「土の匙」がノミネ-トされているのに日本の「2015 ユーキャン新語・流行語大賞」は、「トリプルスリー」と「爆買い」だそうだ。この2語が今年を象徴する言葉だとは、どうにも腑に落ちない。
この結果に、一部では「選考委員が日和ったのでは?」という声が挙がっている。今年の新語・流行語のノミネートが発表された段階から、「安保法制に批判的な言葉ばかりがノミネートされている!」とネトウヨががなり立てていたからだ。トップ10には「アベ政治を許さない」と「SEALDs」が入っており、このような政治絡みの言葉を排除した結果、インパクトのない言葉になってしまった、というわけだ。
韓国民のコメントが面白い。日本より韓国はひどい政治状況らしい。
「アベ政治を許さないと発言した人が、刑務所に入っていないことがすごい。日本は素晴らしい国だ。言論の自由、デモの自由がある」
「日本人の立場からすると、安倍首相はよくやっているのでは?少なくとも安倍首相は国のために一生懸命だ。朴大統領は国や国民のことは眼中になく、自分の利益のために働いている」
「安倍首相と朴大統領を交換する?韓国国民に損はない!」
「韓国の流行語大賞も『クネ政府を許さない』にしよう!」
「韓国の流行語は何だろう?『私がすればロマンス、あなたがすれば不倫』かな?」
「産経ニュース」は、選考委員長の鳥越俊太郎氏が安保法制反対派の抗議運動「『アベ政治を許さない!』国民の一斉行動デー」の呼びかけ人であることを挙げて〈“身内びいき”“自画自賛”と受け止められかねない〉と批判していた。しかし、新語・流行語大賞は、新設当時から政治に批判的な言葉を選んできた実績がある。そして、やはり今年を象徴する言葉として選ばれるべきは「戦争法案」だったはずだ。
昨年は、日本エレキテル連合の「ダメよ~ダメダメ」と、「集団的自衛権」の2語が年間大賞に選ばれた。言葉を繋げると“集団的自衛権、ダメよ~ダメダメ”になる。これはいけていた!
今年は、怒りの矛先は審査員に向けられた。新語・流行語は、〈読者審査員のアンケートを参考に、『現代用語の基礎知識』編集部がノミネート語を選出。選考委員会によってトップテン、年間大賞語が選ばれる〉が、その選考委員に難癖をつけはじめたのだ。現在の選考委員は、政治学者の姜尚中、クリエイターの箭内道彦、俳人の俵万智、漫画家のやくみつる、ジャーナリストの鳥越俊太郎、女優の室井滋、『現代用語の基礎知識』の清水均編集長の7名だが、批判者にとってはこの面子が「サヨクだらけ」「諸悪の根源」なのだそうだ。
流行語候補に、世相を反映させようとすれば時の政治に対して風刺・批判的な言葉が入るのは当然のことである。今年の候補を見てみると、「切れ目のない対応」「存立危機事態」「駆けつけ警護」の3語は、安倍政権を批判した用語でも何でもない。安保法の根幹にかかわる“曖昧な”言葉が今年生まれた新語として取り上げられるのは当然だろう。また、「国民の理解が深まっていない」「レッテル貼り」「早く質問しろよ」は、すべて安倍首相の発言で、これらの言葉を駆使して世論を無視したという、2015年の政治状況を象徴する言葉だ。そして、この夏、大規模なデモが市民のあいだから起こったことも同様に今年の大きなトピックである。「I am not ABE」「アベ政治を許さない」「戦争法案」 「自民党、感じ悪いよね」「シールズ(SEALDs)」「とりま、廃案」(とりあえず、まあ)が入るのもけっして不自然ではない。
むしろ、こうした言葉が候補に選ばれ、「政治色が強い」「批判に傾きすぎ」との声ばかりが上がることが、由々しき問題だ。“公の場での政治批判はNG”という自粛ム-ドが蔓延している。
「日本は他国よりすごい」という大国意識、優越感に浸りたい、そんな願望が行き着く先はどこか?毎日新聞が特集した。
伊勢神宮の西、三重県名張市に、最近の社会・政治状況を「大日本病」と名付けて憂えている人がいる。戦史研究家の山崎雅弘さん(48)。専門誌に近現代の戦史研究を寄稿し、著書も数多い。9月に出版した新刊「戦前回帰 『大日本
病』の再発」(学研マーケティング)が波紋を広げている。
山崎さんが書斎から引っ張り出してきたのが、戦前に出版された思想教育本。本が訴えるのは、総じて「天皇を頂点とする日本の国家体制は『世界に類を見ない神聖で崇高な国のあり方』(万邦無比(ばんぽうむひ))とし、体制存続のみに価値を置き、献身と犠牲をいとわないのが国民の務めで、人権や個人主義の考えは欧米的だ」という考えである。国家神道は教育勅語の「危急のことがあれば、国民は公に奉仕し、永遠に続く皇室を助け支えよ」という教えも取り込み、国民や兵士の命を軽視した戦争を続ける原因になった。自国を独善的・排外的に偉大な国として存在価値を膨らませ、他国・他者に不寛容になり、個人主義や人権を軽視する状況が、山崎さんが論じる「大日本病」である。
過去の話に見えるが、今も同じにおいがしないだろうか。自民党の憲法改正草案が「現憲法は個人の権利が強調され過ぎている」と、義務規定を10項目も増やし、さらに欧米的な「個人」との言葉を嫌ったのか「国民は個人として尊重される」という条文を「人として〜」に改めている。付け加えれば、昨年6月には教育勅語を肯定的にとらえている下村博文前文部科学相が会長を務める「人格教養教育推進議員連盟」が発足したし、安倍晋三首相ら閣僚の多くが「神道精神をもって、日本国国政の基礎を確立する」と綱領にうたう政治団体「神道政治連盟」や、「美しい日本の再建と誇りある国づくり」を訴える運動団体「日本会議」の国会議員懇談会に名を連ねていることも見逃せない。
「一連の動きから見えてくるのは、国家神道的な価値観をよしとする体制への回帰です。安倍首相は戦後レジームは否定しますが『戦前・戦中レジーム』には特に否定的な言及はしません。安倍首相を支持する人の中に戦前・戦中を肯定することが『愛国』と考える人が多いのも気になります。歴史上、この国を唯一、滅亡の寸前まで追いやったのが、その戦前・戦中レジームなのですが……」
「コリアンタウン」とも呼ばれる東京・新大久保。在日韓国・朝鮮人や他民族など、少数者を差別・迫害するヘイトスピーチ団体の取材を続けてきたジャーナリストの安田浩一さん(51)を訪ねた。かつてこの街でもヘイトスピーチの嵐が吹き荒れたが、今は平穏に見える。安田さんは韓国料理店で豚肉のキムチ炒めをつまみながら「警察がここのデモを許可しないだけで、彼らは銀座あたりに移ってデモをするようになったのです」と苦い顔をした。安田さんは字義通りの「戦前回帰」とは少し違う見方だ。「『日本が大好き!』と声高に叫ぶ人が増えていますが、彼らは中国・韓国など他国、他民族をけなし、排他的な言説をセットにしているんです。他者をおとしめることでしか自国への愛を確認できない。かつての日本は、上辺だけでも『大東亜共栄圏』などとアジアとの連帯をうたっていたが、今の自称『愛国者』は違う。21世紀型というか、『日本以外みんな敵』ぐらい排他的なんです」
日本が他国・他民族に優越する、という考え方は、自国の国益を得るために他国に政治・軍事的な影響力を行使してもよい、という大国主義の下地にもなる。「その意味では、彼らの優越感は大国主義に近いのですが、一方では内向き。まだ受け入れてもいないシリア難民を敵視・蔑視する言説がインターネットなどで広がっているし……」
差別の対象は在日や外国人だけではない。最近では福島原発事故で仮設住宅で暮らす被災者に対し「国に依存するなと罵声を浴びせたり、水俣病の患者団体の関係者には『いつまで国に甘えているんだ』という電話を掛けたりしている」と安田さんは語る。
他人を罵倒する人々に共通するのは「奪われている」という感覚だ。国の領土が他国に奪われている、国の社会保障や生活保護が奪われている……。山崎さんは、「日本ブランド」をまとって自分の存在価値を高めたい、という人が、日本が批判されたり、国のお金が他者に使われると「自分が批判され、損をした気になるのではないか」と分析した。
安田さんは辛辣(しんらつ)である。「『領土が奪われている』と言いながら、現に米軍基地として土地を奪われている沖縄県民が、基地反対運動をすれば『売国奴』という言葉を投げつける。彼らにすれば、沖縄すら排他の対象なんです。自分だけが正しい、美しい、尊敬されたい、という感情しかない。他国・他者より優れた存在でありたいが、ひたすら排他的。それが21世紀日本の大国主義の実相かもしれない。ゲンナリする社会です」とため息をついた。排他大国、排外大国という不思議な言葉が思い浮かんだ。
大日本病や大国志向、自称「愛国」がなぜ今、求められているのか。山崎さんは「キーワードは不安です」と読み解いた。
国家神道の考えが強調されだしたのは、満州事変後の国際連盟脱退表明(33年)のころからで、国際的な孤立で国民の不安が高まった時だ。人口減や景気停滞、原発事故や中国や韓国の経済成長……不安が高まる今の日本が重なる。国と自分を重ね、「万邦無比」といった「大きな物語」に自分が連なるという幻想を抱けば、自分の価値を再確認でき、不安の気持ちも軽くなる、というわけだ。
政治学が専門の一橋大名誉教授の渡辺治さん(68)は最近の大国志向は、政治・経済的な必要性から生じた、とドライに分析してみせた。
かつて日本は経済力を背景に、アジアに一定の影響力を持っていた。しかし中国の成長で日本の影響力が相対的に下がると、インドネシアでの大型公共事業の受注を中国企業に奪われるような事態が増えた。国益を確保するためには、経済力だけではなくアジアに対する政治・軍事的な影響力を強めなければ、という考えが安倍政権や財界にあるのだ、という。
「でも日本は、中国と張り合うような軍事大国にはなれないから、集団的自衛権の行使という形で米国の戦争に協力し、米国の威を借りる形で大国化を図ろうとしている」
だが安全保障関連法について、国民の多くが反対しているのは世論調査の結果から明らかだ。渡辺さんは「国民の多数は安倍流大国化に反対している。この点は重要ですが、安保法が発動されると状況が一変する恐れもある」と楽観はしていない。
例えば自衛隊が海外で武力行使するようになればどうなるか。「まず自衛隊が変わる。海外で殺し殺され、という状況になれば、自衛隊の政治的発言力は確実に大きくなる。軍事が日本の中で大きな地位を占め、必ず国家意思の決定に関与するようになる。そういう意味で、今の日本は岐路に立っていると言えます」
山崎さんが締めくくる。「自分の価値観を内面に持ち、一人一人が独立した思考を持つ『個人』でいられるかどうか。これがいびつな『愛国』や『大日本病』を克服できるかどうかのカギです」
【吉井理記】
大手マスコミの中では毎日新聞、TBSが頑張っている。特に土曜日5:30から放映される報道特集がいい。
尖閣諸島問題で寄付が15億円も集まったのには驚いたが、土地も持っていない庶民が尖閣諸島問題で先鋭的になるのにはもっと、驚いた。地図で見ると、尖閣諸島は台湾や中国に近い。琉球王朝が領有権を主張するならわかるが、日本がねえ・・・・・
陸続きの国境線と違い、孤島の領有権の歴史的証明は難しい。尖閣諸島は1895年、日本が領有した。近代化を成し遂げた日本は、周辺の無人の島礁を調査し、他国の領有が認められない島を国際法に基づいて、「日本の国土」として登録して行く。1895年当時、清王朝は、中国古来の統治制度を持つ国家で、国土の意識も薄く、国際法に則った国境の策定という意識も希薄だった。台湾に至っては、近代国家とは無縁の孤島だった。
「排他的経済水域」という決まりが出来、国際法に盛り込まれたのは、1982年の「国際海洋法条約」からだ。日本は国土は狭いが、排他的経済水域(EZZ)と領海を合わせた広さは、世界6番目の広さを誇る。排他的経済水域が、離れていれば問題はないが、東シナ海では、各国領土から200海里のラインを描くと、重なり合ってしまう。一般的には、双方の国土の中間点を境界とする習わしになっているが、「大陸棚」が及ぶ範囲をEZZの領域とする主張も存在し、中国は、東シナ海においては、日中の中間点を越えて、沖縄に近いエリアまで、中国の排他的経済水域と主張している。
1895年当時の日本の調査は不十分であり、歴史的に見て、尖閣諸島は中国の歴代王朝の支配下であったと主張している。そもそも沖縄周辺の帰属は歴史的には「琉球王朝」の支配下だった。中国は「琉球王朝」を中国の歴代王朝の属国と見なしているから、中国と琉球の間にある尖閣諸島は、歴史的に中国に帰属していたと主張する。1895年に日本が調査した時に無人島であっただけで、中国は領有の意思を放棄していた訳では無いと言う。中国の立場に立てば、もっともな言い分だ。
国際法の領土の概念には「自国の領土で無い領土を領有意思を持って相当期間中断無く平穏公然に統治」すれば、領土として認めるという慣習もある。
領土問題は、国際司法裁判所に当事国同士が提訴すれば、領有問題に決着が付く。しかし、「実効支配」している国が敗訴する場合も考えられるので、「実効支配」している国は、国際司法裁判所に提訴する事はない。日本は竹島問題で、国際司法裁判所に提訴しない韓国を非難するが、尖閣問題では、同じ非難を中国と台湾から受けている。
領土問題は話し合いで解決できない。北方領土が返ってこないのを見れば明白だ。
「実効支配」している国の領有が事実上確立する。
中国軍が上陸してきたら、自衛隊は、中国軍と戦闘せざるを得なくなる。下手をすれば「日中戦争」に発展し、沖縄周辺を中国に占領される事態も発生する。米軍が介入すると思うノウテンキも多いが、アメリカが中国と直接戦闘する事は考えられない。日本を見殺しにした方が、アメリカの損失は少ないからだ。日本単独で増大化した中国の戦力に対抗出来なければ、日本はなるべく、中国との直接的戦闘を避けなければならない。尖閣問題は日中関係を険悪にして、アメリカへの依存を強める事になり、属国化を推進する。中國に支配されるのは嫌だが、アメリカには喜んで支配されたいという風にしか見えない。
中国にも日本にもお互いに蔑視思想がある。日本には近代化の遅れた中国をバカにする気持ちがあるし、中国も格下の日本にひどい目にあわされたという恨みがある。歴史的に見れば、中国を長い間支配し続けた英国の方がよっぽど悪だと思うが、同じアジアの同胞に裏切られたという憎しみはなかなか払拭できるものではない。
イギリスが植民地化したのは腐敗した清国だったし、投下した資本も莫大なものだった。中国の近代化に貢献したという解釈も成り立つのかもしれない。