アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

忠清の苦悩

2021-12-01 11:03:12 | 漫画



綱吉仮将軍
「むひひひヒ」
「忠清ちゃん」
「近こうに寄れェ」

酒井忠清
「はい」
「ここに」
(気持ち悪い・・)

綱吉仮将軍
「忠清ちゃーん」
「儂って将軍よ」

酒井忠清
「はい」
「上様が不在の間の仮の将軍に御座います」

綱吉仮将軍
「むぎュー」
「何だと!」
「仮などと申すな!」
「儂を怒らせればエサはやらんぞ!」

酒井忠清
「しかし、上様が不在の間の
臨時でありますから・・・」

綱吉仮将軍
「煩い!」
「儂に逆らうつもりか!」

酒井忠清
「・・・・」
「しかし」
(凄い迫力じゃ!)

綱吉仮将軍
「儂は兄君とは違うぞ!」
「家来は犬じゃ!」
「犬は厳しく躾けねばならん」
「忠清ちゃんも可愛がってやるからな
良き犬と成れ!」

酒井忠清
「・・・・・」
「はい」
「承知致しました」

綱吉仮将軍
「何故、直ぐに返事をせん!」

酒井忠清
「・・・・・」
「申し訳御座いません」

綱吉仮将軍
「むぎゅー」
「貴様!」「儂をバカにしておるな!」

酒井忠清
「いいえ」
「我ら家臣が犬では困ることが御座います」
「仮の将軍とはいえ
将軍としての務めが御座います」
「将軍は権力を持ちますが
権威は朝廷にあります」
「我らは、朝廷から権力を授かっております」
「祭事、行事は仮将軍の大切な務めで御座います」
「我らが犬では務まりません」

綱吉仮将軍
「ヴゥーー」
「ガォーーー」
「儂を怒らせるな!」

酒井忠清
「しかし」
「・・・・・・」

仮将軍
「逆らうな!」
「犬めが!」
 
保科正之
「助けてくれと申されるか?」
「しかし、儂はもう隠居の身」
「家督は嫡男(正経)が継いでおる」

稲葉正則
「左様に申されるな」
「今、幕府は一大事に御座る」

保科正之
「綱吉様の事、案ずるな」
「仮の将軍であるから
上様がお帰りあそばせば
元通りに為りましょう」

稲葉正則
「しかし、幕府の財政は逼迫しております」
「流通政策、河川事業などが目白押し」
「どれも、疎かには出来ません」

保科正之
「詳しく教えてくれ」

稲葉正則
「仮様は『犬小屋を作れ!』と申される」
「それも、全国に作れとの御触れ」
「江戸市中の犬は犬御殿に住まわすと申しておる」

保科正之
「それは、奇怪な御触れじゃな」
「何を目的にしておるのじゃ」

稲葉正則
「仮様は我ら家臣を犬にしたいのです」
「そして、犬と同様の扱いをしたいのです」

保科正之
「それは、酷い」
「しかし、綱吉様は諸藩からの評判は高いぞ」
「其方の思い違いでは無いのか?」

稲葉正則
「いいえ」
「現に、大老は仮様の犬となっております」

保科正之
「如何様な犬となっておる?」

稲葉正則
「絶対に口外為さらぬように
お願い致す」
「最初は、犬まねの強要で御座いましたが
近頃は、犬として生きろと申され
口で餌を食べております」

保科正之
「それは、怪奇じゃ」
「大老は拒否しないのか?」

稲葉正則
「最初は拒否しておりましたが
強要が酷くなり
拒否すれば無礼打ち(切捨御免)と・・・」
「泣く泣く従っております」

保科正之
「しかし」
「儂は、その様な話を初めて聞くぞ」
「何で、今まで隠しておった?」

稲葉正則
「仮様は着々と権力基盤を強化しており
我々の力を凌ぐ勢力になっております」
「そして、仮様に加担する勢力は
仮様の忠実な犬となり
精鋭犬軍団となっているのです」
「この犬軍団は仮様の本性が漏れぬように
巧みに隠しております」
「仮様が正式な将軍になった時に
正体が明かされる筈で御座る」

保科正之
「んんゥ」
「よし、分かった」
「儂は、隠居の身じゃが
御落胤として先様の信認を得て
幕府を託された」
「仮様の奇行を精査して
断固たる対処をする」

稲葉正則
「では」
「大老にも報告致しますので
御落胤殿!
精査の上、厳罰をお願い致します」

保科正之
「いやいや」
「厳罰は上様が戻られてからじゃ」
「其方は、上様に連絡を入れて
早く江戸に戻るように申してくれ」

稲葉正則
「いいえ」
「それでは、手遅れとなります」
「上様がお帰りになった時には
幕府は犬軍団に支配されております」
「手遅れになりますぞ!」

保科正之
「んんゥ」
「仮様を厳罰に・・・」

稲葉正則
「はい」
「今、厳罰に処す事が肝要」
「遅れを取れば、幕府は犬軍団の手に落ちますぞ!」

保科正之
「分かった」「分かった」
「精査する」
「先ずは、仮様に直接話を聞かねばならんな」
「それから
犬軍団の構成を教えてもらわんとな」
「仮様の力を知らんと
返り討ちじゃぞ」

稲葉正則
「はい」
「では、御落胤には仮様の精査をお願いしたい」
「我らは、犬軍団の構成を調べ
ご報告に参ります」

保科正之
「んんゥ」
「それから、早く上様に連絡するのじゃぞ」
「上様がいなければ
仮様の処分など不可能じゃ」

稲葉正則
「はい」
「御落胤が号令すれば
幕府が犬軍団に負けることはありません」
「戦いましょうぞ」

保科正之
「戦いか?」

稲葉正則
「はい」
「熾烈な戦いとなりましょうぞ!」

保科正之
「全てが、偽りであれば良いのじゃが・・・」

稲葉正則
「いいえ」
「全て、真実です」
「恐ろしい、現実です」

保科正之
「おおォ」
「このような時に伊豆守がおらん」
「儂に伊豆守の代わりが務まるのか・・・」

稲葉正則
「御落胤!」
「勝たねば為りませんぞ!」



綱吉
「・・・・・・・・」憮然
保科 正之
「若君」
「黙っておっては何も分からんな」

綱吉
「・・・・・・・・・・・・」怒り

保科 正之
「なァ・・若君」
「将軍になって、良い事などありましたかな?」

綱吉
「・・・・・・・」「知らん・・・」煩い

保科 正之
「左様か・・・」
「では、若君の怪奇な行動は全て真実なのじゃな!」

綱吉
「・・・・・」悪いか!

保科 正之
「悪いぞ!」
「その態度といい、お言葉」
「将軍としての品位に欠ける!」
「儂は、先様から御落胤の称号を得て、
上様をお守りすることが使命で御座る」
「上様不在をよいことに
謀反を企む所業、重大な罪となる」
「罪を償わせますぞ!」

綱吉
「・・・・・」んんゥ

保科 正之
「まだ、黙る気か!」

綱吉
「爺は、皆に騙されておる」
「儂はな、皆から虐められておるのだ」
「大老は儂の事を無視しておる」

保科 正之
「将軍は無暗に御触れなど出してはなりません」
「老中が相談して政務を行うのです」
「政(まつりごと)は老中に任せなさい!」

綱吉
「大老は、儂を仮の将軍と呼んで馬鹿にするんじゃ」

保科 正之
「上様は家綱様で御座る!」

綱吉
「ううゥ・・」
「兄君は、御触れ一つ通すことが出来ぬと言って
悩んでおったぞ」
「爺が邪魔をすると申しておったぞ」

保科 正之
「左様か」
「しかしな」
「殉死禁止令を武家諸法度にするには次期早々なのじゃ
じゃから、上様の意向を口頭で伝えた」
「殉死を禁止したのと同じじゃ」
「それ以降、殉死した者はおらん!」
「上様の御触れは効果があるが
取り返しも利かない」
「一度、御触れが出てしまえば
問題があっても簡単に取り消せないのじゃ!」
「無暗に将軍が御触れを出しては為らん!」

綱吉
「儂は、仮ではあるが将軍ではないか
将軍は家来に舐められては為らんぞ」
「家来が謀反を起こすぞ・・・」

保科 正之
「何を仰せですか!」
「今は、若君が謀反の容疑を受けておられる」
「このまま、黙っておれば
重罪となりますぞ!」

綱吉
「・・・・・・」焦り

「しかしなァ」
「儂は謝りたくないぞ・・・・」
「将軍が謝れば家来は付いてこんぞ」
「儂は、大老やら老中から馬鹿にされるぞ・・・」

保科 正之
「いいえ」
「お謝り下さい!」
「許しません!」

綱吉
「嫌じゃ!」

保科 正之
「そうであろう!」
「一度でも将軍が過ちを犯せば
取り返しは利かぬのじゃぞ」
「じゃからな、将軍は御触れなど出しては為らん」
「よいな」

綱吉
「それは、爺の屁理屈じゃ」
「儂は、大将軍じゃ」
「兄君のような弱虫の飾り物には成らんぞ!」

保科 正之
「んんゥ」
「事実確認じゃ」
「若様は、家臣を犬にしておるのかな?」

綱吉
「家来は忠実にあらねば為りません」
「将軍に逆らっては為りません」

保科 正之
「大老(酒井忠清)を犬にして
口で餌を食へと強要しておりますかな?」

綱吉
「忠清は儂に諂い犬の真似をしておるのじゃ」
「儂の機嫌を伺っておる」
「姑息な奴」

保科 正之
「んんゥ」
「大老が若様に媚びておるとしても」
「大老には武士の意地、志がありましょう」
「自ら進んで犬になる事は有りません」
「若様が強要したのでは
ありませんかな!」

綱吉
「忠清は武士の志など無い」
「ただの馬鹿者じゃ」
「爺は、忠清に騙されておるぞ!」
「あれは、ただの愚か者じゃ!」

保科 正之
「愚か者が大老にはなれません」
「幕府の政務は老中が執り行い
その監視は大老がしておりますぞ」
「大老が愚か者では務まりませんぞ!」

綱吉
「儂は、大罪か・・・・?」

保科 正之
「反省なさいますかな」



山内 豊昌 (土佐国高知藩の第4代藩主)
ーーーーー畏まるーーーーーー

将軍家綱
「面を上げよ」

山内 豊昌 (土佐国高知藩の第4代藩主)
ーーーーーはっーーーーーーー

将軍家綱
「伊達宗勝は酒井忠清が預かっておるぞ」

山内 豊昌
ーーーーーははっーーーー
「一時は如何なるものか心配しておりました」
「兵部殿の悪評は土佐にも知れ渡り
我が土佐藩で兵部殿を預かり
その家臣の今村安長ら罪人が 伊予国宇和島藩へ
預かる事」
「目の先に不穏な者共が集まる事で
庶民も不安を募らせておりました」

将軍家綱
「あのなァ」
「儂と、其方は同じ年生まれじゃぞ」
「儂が九月、其方は十月じゃ」

山内 豊昌 
「おおォ」
「では、上様は少しばかり年配で御座います」

将軍家綱
「江戸ではな、爺ばかりと顔を合わせておってな」
「同年はあまりおらん」
「其方は同じ年じゃから
話が合いそうじゃな」

山内 豊昌
ーーーー畏まるーーーーー 
「恐れ入ります」
 
将軍家綱
「あのなァ」
「今村安長ら罪人を預かっておる伊予国宇和島藩
藩主は伊達宗利じゃが
宗利の事を教えてくれんか?」

山内 豊昌
「はい」
「豊昌は家督を継いで少しばかり藩主をしておりますが故
交流等は御座いませんが」
「伊予殿は大変賢明なお方と聞いております」

将軍家綱
「おおォ」
「左様か」
「儂は、噂に聞いたのじゃがな
今、越後で騒動が起きておるそうじゃ」
「それでのォ」
「宗利の舅が、その騒動に巻き込まれておるそうじゃ」

山内 豊昌 
「左様に御座いますか」
「上様は、情報通で御座います」
「豊昌は何も知らず恥ずかしいばかりに御座います」

将軍家綱
「いやいや」
「儂も良くは分かっておらん」
「今、何が起きておるのか調べておる」

山内 豊昌 
「はい」
「では、伊予殿とも連絡を取り合い
詳細が分かり次第に
上様にお知らせ致します」

将軍家綱
「んんゥ」
「伊達騒動は対処が遅れてこじれてしもうた」
「各藩主は騒動を起こさぬように
事前に対策をせねばな」

山内 豊昌 
「はい」
「仰せの通りに御座います」
「ところで、兵部殿の預かりが
大老に変更されたのは
如何なる理由に御座いましょうか?」

将軍家綱
「ああァ」
「あれはな、儂が変更したんじゃ」
「忠清が権力を独占しておるので
お灸をすえてやった」
「今ごろ、ヒイヒイ言っておるぞ!」

山内 豊昌 
「お灸とは」
「いやはや」
「兵部殿を預かるのは
お灸に御座いますか・・・」

将軍家綱
「それから、綱吉を江戸に入れておる!」
「今頃、忠清の奴は
綱吉にきりきり舞いのてんてこ舞いになっておるぞ!」

山内 豊昌 
「弟様は
左様に御振る舞いで御座いますか?」

将軍家綱
「おおォ」
「綱吉はエグイぞ!」
「其方も、江戸に参る時には気お付けねば
酷い目に合うからな」
「綱吉は怪奇じゃ!」

山内 豊昌 
「はァ」
「如何様に怪奇なので・・・」

将軍家綱
「毎日が怪談じゃ!」

山内 豊昌 
「豊昌には想像も付きません」

将軍家綱
「よし」
「今宵は、綱吉の怪談話しで盛り上がろォーぞ」



池田光政(岡山藩池田宗家3代)
ーーーーー畏まるーーーーー

将軍家綱
「面を上げよ」

池田光政
ーーーーー「ははッ」ーーーー

将軍家綱
「伊達騒動の件じゃがな」
「綱宗の謹慎を解き、
復権させたいのじゃが」
「其方の、連名を解除したい」

池田光政
「はい」
「仰せに従い
間違いを正し、連名を取り消します」

将軍家綱
「しかしな」
「心配はするな」
「其方の過ちを罰することは無い」

池田光政
「上様の心使いに感謝申し上げます」
「有難き、幸せ」

将軍家綱
「あのなァ」
「吉良上野介の事を聞きたい」

池田光政
「はァ」
「何で御座いますか?」

将軍家綱
「上野介とは同じ年生まれで縁がある」
「いや、あのな」
「此処へ来る途中で聞いたのじゃが
岡山の地に吉良上野介の知行地があるとか?」
「如何なっておるのじゃ?」


池田光政
「はい」
「高家が切望なされまして」
「新田を割譲致しました」

将軍家綱
「しかし」
「何故、大切な新田を割譲なさった?」

池田光政
「はい」
「高家は、幕府と朝廷の交渉事を一手に担っておりましたので
断ることが出来ませんでした」

将軍家綱
「何を申しておる!」
「交渉役に大きな権限はないぞ!」
「其方の弱気ではないのか?」

池田光政
「実は、赤穂藩との領地境界の問題が御座います」
「割譲地は岡山藩の知行地で御座いますが
「後から、検分を高家が取り仕切り
赤穂の領地との境界を決定する権限を主張しておりました」
「高家の気分で領地境界が決められては
領地紛争に為りかねない為」
「止む得ず割譲した次第に御座います」

将軍家綱
「何と!」
「上野介の奴は
領地境界の検分役まで
やっておったか!」

池田光政
「上様!」
「この問題は決着しております」
「このままに、しておいて下さいませ」

将軍家綱
「何故じゃ!」

池田光政
「はい」
「赤穂との諍いは避けとう御座います」

将軍家綱
「左様か・・・」
「其方は賢明じゃのォ」

池田光政
「実は、伊達騒動からの教訓で御座います」
「割譲地は岡山藩の領地で御座いますが
赤穂が自らの領地だと言いだせば
収拾がつかない泥沼になります」
「丁度、その諍いの地を高家上野介殿が
切望されたのです」
「我らにとっても願ったり叶ったりで御座います」

将軍家綱
「ふうゥ」
「上野介の奴は災いを引き寄せたか・・・」

池田光政
「高家は朝廷と幕府の後ろ盾に笠に着る
行為をしておりました」
「京の民は放蕩三昧で御座いました」

将軍家綱
「そうじゃ!」
「その状況を改善に参ったのが
板倉重矩じゃ!」

「上野介はお役御免となり
京都は蘇った」

池田光政
「はい」
「高家は京都と赤穂の領地境界検分にも
関わっております」
「赤穂は武闘派」
「今、お役御免となった
高家は
赤穂の深い恨みを買っております」

将軍家綱
「赤穂は武闘派か・・・」

池田光政
「はい」
「我らは、赤穂の暴走を防ぐべく使命で
岡山の地をあてがわれております」

将軍家綱
「んんゥ」
「赤穂は西国の脅威に対抗する防波堤か?」
「西国は未だ徳川に対抗する気構えなのか?」

池田光政
「はい」
「赤穂は徳川幕府を西国から守るため
武闘派となって気勢を上げております」
「我らは、その気勢が行き過ぎぬように
監視しております」

将軍家綱
「んんゥ」
「其方は、賢明じゃ」

池田光政
「我らは、赤穂と対立するのではなく
協力し合って
西国の脅威に立ち向かう所存」

将軍家綱
「それに引き換え
上野介の奴は・・・・」



保科正之
「其方は、綱吉の犬となっておるのか?」

牧野成貞
「・・・・・・」
「御落胤の申されている意味が分かりません」

保科正之
「其方、上野館林藩から江戸住まいとなったが
大老を凌ぐ権力を持っておると聞く」

牧野成貞
「恐れながら、
何かの間違いでは・・・」

保科正之
「其方、妻を綱吉に貢いだのか?」

牧野成貞
「・・・・・・・」
「左様な事、・・・・」
「決して、左様な・・・」
「御落胤の言葉とは思えません・・・」

保科正之
「上野館林藩での綱吉の奇行は
隠しても無駄じゃ!」
「全てを明らかにして綱吉を罰する事じゃ!」

牧野成貞
「罰する!と!」
「次期将軍と称するのでは御座いませんが
罰するとは、何の容疑で御座いましょうか!」

保科正之
「今は密かに隠しておるが
綱吉が正式な将軍となれば
全ての奇行が露わになる」
「そして、綱吉を将軍に据えれば
取り返しの利かない大惨事となる」
「綱吉を厳しく罰する必要が有るのじゃ!」

牧野成貞
「・・・・・・」
「お許し下さい」
「我が君主をお許し下さい」

保科正之
「許せだと!」
「では」
「正直に申せ!」
「其方は、綱吉の犬になっておるな!」
「綱吉は、怪奇じゃ!」
「異常じゃぞ!」

牧野成貞
「いいえ」
「儂は、君主の機嫌を取る為に
自ら進んで犬に為っております」
「君主に一切の責任は御座いません」

保科正之
「其方は、武士の気概が無いのか!」

牧野成貞
「成貞は、君主様の忠臣となり
忠実な家来となることが使命」
「気概など持っては為りません!」

保科正之
「何と!」
「これ程までに犬に為っておるとは・・・悍ましい」
「よォーく 分かった!」
「もう、容赦無い!」
「このまま、江戸を怪奇な世界にする訳にはいかん!」
「綱吉は強制謹慎からの切腹じゃ!」

牧野成貞
「御落胤!」
「何故ですか?」

保科正之
「何故だと!」
「家臣を犬として扱うような主など要らん!」
「儂は、徳川幕府を守る為に戦う事にした!」

牧野成貞
「お待ち下さい!」
「我が藩主は異常では御座いません」
「異常なのは成貞で御座います」
「成貞を罰して下さいませ!」

保科正之
「其方は、綱吉の命令で犬となっておる」
「其方に罪は無い」

牧野成貞
「いいえ」
「君主は命令などしておりません」
「成貞は変態に御座います」
「犬に為ることが喜びに御座います」

保科正之
「んんゥ」
「仕方がないな・・・・」
「では、其方も同罪じゃ!」
「儂は、御落胤の名を掲げて幕府を守る為に立ち上がる!」
「儂が号令すれば、将軍を上回る力が発揮されるのだ!」
「変態、奇人、愚か者が支配しては国が亡ぶぞ!」
「儂は、国を守る為に戦う!」

牧野成貞
「んんんゥ」
「・・・・・・・」覚悟

「あい、分かった!」
「儂を罰しておけばよいものを・・・」
「君主は愚か者では御座らん」
「ううゥ」
「其方こそが、愚か者かもしれませんぞ!」

保科正之
「何という言い草!」
「早く、目を覚ませ!」
「おい」
「お主!」
「正気か?」

牧野成貞
「もうよい」
「儂は覚悟を決めた」
「其方は、もう不要じゃ」
「儂は、君主に従う!」

保科正之
「ああァ」
「何と!」
「何という事!」
「後悔するぞ・・・・」

牧野成貞
「其方こそ、後悔しますぞ!」

保科正之
「御落胤の称号は意味を持たんのか・・・」

牧野成貞
「其方は、年を取り過ぎた」
「更には、もう隠居の身」
「権力は綱吉様に御座います!」

保科正之
「残念じゃ」
「其方の本心を確認したぞ」
「もう、許すことは出来ん」
「許せよ・・・」

牧野成貞
「・・・・・」
「犬に許せとは・・勿体ない」

保科正之
「左様か・・」
「では、犬としての最後を見届けてやる」

牧野成貞
「儂も、お返し申す」



保科 正之
「綱吉はとんでもない罪人じゃ」
「儂は、老中、重鎮に号令して、
あの者を成敗する!」

板倉 重矩
「御意」
「同意に御座います」

保科 正之
「儂は、犬軍団の説得を試みたが
其の者どもは、皆、汚い犬となっていた」
「犬軍団は撲滅せねばならん!」

板倉 重矩
「はい」
「ただ、綱吉は次期将軍の第一人者」
「戦うとしても、密かに事を運ばねば・・・」

保科 正之
「左様」
「そこで、儂は牧野成貞に綱吉の切腹を命じた」

板倉 重矩
「牧野成貞は綱吉付の家老」
「江戸住まいで重用されておりますな」

保科 正之
「そうじゃ」
「今は、牧野成貞が犬軍団を従えておる」
「主君に切腹を命じたからには
犬軍団が黙っておらんじゃろう」

板倉 重矩
「犬どもをあぶり出して
一網打尽で御座いますな」

保科 正之
「左様」
「上様がお帰りに為れば
綱吉を処罰できる」

板倉 重矩
「上様の御帰りが遅れれば・・・」

保科 正之
「かまわぬ」
「幕府の一大事じゃ」
「儂が、御落胤の称号を掲げて対処する」

板倉 重矩
「牧野成貞は主犯で御座いますか?」

保科 正之
「分からぬ」
「ただ、牧野成貞は後悔しておるようじゃ」
「しかし、簡単には説得出来そうにない」
「牧野成貞から組織の全容を聞き出すことも為らん」

板倉 重矩
「敵と味方が分からぬのでは
戦いようが御座らん」

保科 正之
「左様」
「じゃからな、
主君綱吉の切腹を命じたのじゃ」
「主君が罪に問われれば
犬軍団は正体を現す」

板倉 重矩
「では」
「すでに、犬どもは江戸城に住んでおると・・・」

保科 正之
「左様」
「犬が襲い掛かる前に
取り押さえる」

板倉 重矩
「厳戒態勢ですな」
「身内に敵がおるとは、
なんとも、落ち着かぬ事じゃ」

保科 正之
「左様」
「我らは、先手を打って
返り討ちにせねばならん」
「同時に、犬と味方を選別する事」
「犬に我らの動きを悟られぬ様に
慎重に事を運ぶ事」

板倉 重矩
「んんゥ」
「犬と戦うとは」
「なんとも、摩訶不思議な世になったものよ・・・」

保科 正之
「不思議と言って何もしなければ
今度は、怪奇な世になるぞ」
「犬に支配される世になるぞ!」

板倉 重矩
「犬の支配とは?」

保科 正之
「悍ましい・・・」

板倉 重矩
「どうも」
「今、少し実感がわきませんな?」

保科 正之
「そこじゃ」
「誰も信じてはおらん」
「誰も、その重大性が分からん」
「そして」
「何も無く、平穏に過ごしておると
いきなり、犬の支配が始まるのじゃ!」

板倉 重矩
「犬を馬鹿にしておると
大変な事になりますな」

保科 正之
「今回の敵は強力じゃ」
「我らは、万全の態勢で立ち向かう」
「よいな!」

板倉 重矩
「はい」
「我らは、犬軍団を撲滅させます!」

保科 正之
「仲間を募り」
「犬を炙り出す」

板倉 重矩
「犬からの攻撃を防ぎ
返り討ちを誘う」

保科 正之
「戦いじゃ!」

板倉 重矩
「御意」



久世広之
「極秘の会議とは物騒に御座いますな」

土屋数直
「儂は、もう年じゃ、そろそろ隠居したいぞ」

稲葉正則
「何を、弱音を申しておる」
「老中で至急に取り決めておかねば為らん事」
「先ずは、犬どもに屈することなく
上様の御帰還まで耐え凌ぐ事」
「犬の勢力拡大を阻止する事」
「幕府の一大事じゃ」

久世広之
「この様な一大事に大老は何をしておる?」

土屋数直
「左様!」
「儂らのような年寄りに面倒を
押し付けて、屋敷に引っ込んでおるのか?」

稲葉正則
「いいえ」
「大老は、直に、お見えになりますぞ」
「犬退治の秘策を練っておる」

久世広之
「大老は既に犬になっておると聞いたぞ」

土屋数直
「左様」
「我らを身代わりにして
屋敷に逃げておる」
「そして、都合が悪く成れば
犬にもなる」

稲葉正則
「何を申すか!」
「大老は、犬退治の秘策を練っておるのじゃ!」

久世広之
「では」
「何で城に参らぬのか!」
「屋敷に引き籠っておるぞ」

土屋数直
「左様」
「儂ら年寄りに面倒を押し付けておる」

稲葉正則
「んんゥ」
「我らは結束して幕府の一大事に対処せねばならんのに」
「其方達は、不平不満ばかり申しておる!」

久世広之
「不平など申さんが・・」
「それでは」
「儂が直接、大老邸に赴き
その、秘策とやらを聞いてやろう」
「此処で話しておっても埒が明かない」
「進展が無い」

土屋数直
「左様」
「忠清殿が犬になっておらぬのならば
儂らと会って話も出来る筈」
「会えぬのは犬となっているからじゃ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「大老は犬になった振りをしておられる」
「犬になってはおらん」

久世広之
「なった振りとは?」
「何ですかな!」

土屋数直
「左様」
「おかしい事じゃ」
「説明する必要があるぞ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「綱吉様は大老に犬になるように強制したのです」
「大老は断腸の思いで犬の振りをしておるのだ!」

久世広之
「儂も強制されたが断固断ったぞ」

土屋数直
「左様」
「儂も断った」

稲葉正則
「んんゥ」
「儂に如何せよと申すか!」

久世広之
「当然、大老邸に赴き
我らが大老を審判いたす」

土屋数直
「左様」
「大老が犬になっておっては困るからな」

稲葉正則
「んんゥ」
「大老を困らせるな・・・」
「大老は犬まねなどしたくはないのだ」
「綱吉の脅しは凄まじいぞ!」
「大老が屈したら
今度は、其方たちが脅される」
「大老を守ることが
我らには絶対に必要じゃ」



酒井忠清
「老中を屋敷に近づけてはならん!」

稲葉正則
「しかし」
「あの者たちは押しかけて参りますぞ」

酒井忠清
「追い返せ!」

稲葉正則
「仰せの通り・・・」

酒井忠清
「今、犬の勢力はどれ程じゃ!」

稲葉正則
「はい」
「老中や重鎮は犬に屈してはおりません」

酒井忠清
「よし」

稲葉正則
「犬軍団の排除に秘策が見つかりましたか?」

酒井忠清
「おおォ」
「左様」
「上様が戻るまで
儂は、犬の振りをしておく」
「今は、犬であっても、犬を拒否しても生き残る事はできん」

稲葉正則
「では」
「犬軍団は放置致すので・・・」

酒井忠清
「いや」
「儂が動く必要は無いと申しておるのじゃ!」
「今、保科正之が犬に戦いを挑んでおる」
「保科殿が勝てば御の字」
「たとえ負けたとしても、儂は犬の振りじゃ」
「簡単に寝返る事が出来る」

稲葉正則
「何と!」
「それでは、御落胤が負ければ
我らは犬になるのですか!」
「大老も加勢するべきでは?」

酒井忠清
「良く考えろ」
「儂が加勢しても勝ち負けに影響はないぞ」
「反対に、儂の影響力は低下して権力を失い失脚する」
「儂が加勢して御落胤が勝っても、手柄は御落胤のもの」
「儂が加勢して御落胤が負ければ、儂は反逆者じゃ」
「今は、犬の振りをすることが最善であるぞ」

稲葉正則
「んんゥ」
「しかし」
「御落胤は隠居の身」
「大老が屋敷に籠っておっては
犬どもの思う壺では・・・」

酒井忠清
「そうではない」
「犬が権力を握っておられるのは
上様不在期間だけじゃ」
「上様がお帰りになれば
その時、儂が号令をかけて犬どもを完全に駆逐してやる」

稲葉正則
「なるほど、今は黙って成り行きを観察し
状況が整えば一挙に攻勢に出ると」
「そう、申されますか!」

酒井忠清
「左様」
「儂は、反撃の機会を探っておる
最も良い時期に、大きな権力で一気に粉砕する」

稲葉正則
「おおォ」
「流石、大老じゃ!」

酒井忠清
「分かったら、
儂の屋敷に近づこうとする老中どもを
追い返せ!」
「決して近づけてはならん!」

稲葉正則
「御意!」
「命に代えて、御命令に従います」

酒井忠清
「其方の活躍次第で
我らの権力は盤石となりうる」
「犬どもなど取るに足らん!」

稲葉正則
「はい」
「今は、おとなしく状況を観察しております」
「そして、大老の号令と共に
我らは決死の覚悟で戦いに挑みます」

酒井忠清
「おおォ」
「勇ましいのォ」
「我らの天下も
其方次第じゃ」
「天下が取れれば、
今度は、其方にも大きな恩恵が与えられるぞ!」

稲葉正則
「はい」
「我らは、大老の元に団結して
盤石な権力基盤を構築いたします」

酒井忠清
「左様」
「全ては、この後の一戦によって決される」
「今では無い」

稲葉正則
「はい」
「良く分かり申した」
「この一戦は、御落胤に犠牲になってもらい
その後の大決戦で、大老が天下を取る計らい」
「承知致しました」

酒井忠清
「おいおい」
「迂闊な事を申すな・・」
「この事は、絶対に他言は為らんぞ!」
「儂は、病気じゃ」
「暫く休んでおると申し伝えよ」

稲葉正則
「待ち遠しい」
「早く、天下を取りたいのォー」

酒井忠清
「あっはははは」
「大船に乗った思いで待っておれ!」

稲葉正則
「はっははは」
「はい」
「大船に乗っておりますとも」
「大老は大船じゃ!」

酒井忠清
「んんゥ」

稲葉正則
「では」
「儂は、引き続き犬の動向を観察しております」

越後国高田藩

永見万徳丸
「客人?」
「何方ですか?」
「私に何か用事が御座いますか?」

徳川家綱
「いや」
「いきなり訪問致した」
「びっくりさせてしもうたのォー」

永見万徳丸
「はい」
「今は、とっても不穏な時期です」
「私を取り巻く状況が逼迫していますので
安心は致しません」

徳川家綱
「あッあ」
「あのな、儂は、江戸から参った」
「つッ綱右衛門と申す者」
「江戸の使者で御座る」

永見万徳丸
「何で言葉に詰まっておる!」

徳川家綱
「い いやな」
「儂は、正直者じゃから
この様なことはムズイのじゃ」
「くすぐったいのじゃぞ」

永見万徳丸
「変な使者じゃ!」
「遠慮はいらん!」
「何なりと申せ!」

徳川家綱
「おォおお・・」
「あのな、永見万徳丸殿の将軍謁見の事ですぞ」
「つまり、其方は将軍に御目見得が決まりましたので
その連絡に御座るよ」

永見万徳丸
「左様か!」
「しかし、私は元服には早すぎるのですが
本当に、将軍にお会い出来るのでしょうか?」

徳川家綱
「出来ますぞ!」
「将軍に会ったらな、其方は将軍から偏諱を賜り
元服するのじゃよ」
「よいな」

永見万徳丸
「はい」
「高田藩主にも喜びを申し伝えねばなりません」
「大変な名誉で御座います」
「ただ・・・すでに」
「藩主(光長)の嫡子綱賢様が偏諱を賜っております」
私が将軍に謁見しても良いのでしょうか?」

徳川家綱
「かまわぬぞ」
「其方は、江戸に参り
将軍に会うのじゃよ」

永見万徳丸
「はい」
「有難き幸せに御座います」

「最近、江戸からの使者が多くなりましたが
何か御座いましたか?」

徳川家綱
「はて?」
「大老からの使者かな?」

永見万徳丸
「分かりません」
「ただ、寛文5年12月に大きな地震が御座いまして
その復旧に莫大な資金が必要になりました」
「そして」
「その復旧費用を幕府から借り受けたと申しておりました」

徳川家綱
「ええェ」
「幕府から借りちゃたの?」
「忠清の奴、借金の取り立てに奔走しとるのか!」

永見万徳丸
「取り立てで御座いますか?」

徳川家綱
「おおォ」
「左様!」
「金を強制的に奪い取るのじゃ!」

永見万徳丸
「その様な使者で御座いましたか?」

徳川家綱
「あのな」
「悪い事は申さぬぞ」
「もう、金輪際、幕府から金を借りてはならんぞよ」
「幕府は高利貸しじゃよ」
「身ぐるみを剥がされてすっぽんぽんになっちゃう」
「だからね」
「幕府じゃなくて商人から借りる方が良いぞ」
「幕府から金を借りると怖いよ」

永見万徳丸
「・・・・」
「私は、如何にすれば良いのでしょうか?」

徳川家綱
「おおおォー」
「そうじゃのォー」
「んんゥ」
「ではな、将軍に謁見した時に
その事を申せ!」

永見万徳丸
「いえ」
「私には、出来ません!」
「そのような無礼は・・・」

徳川家綱
「おおォ」
「分かった、分かった」
「ではな、儂の顔を良く覚えておけ」
「儂を見つけたら
遠慮なく陳情するのじゃ!」
「よいな」

永見万徳丸
「はい」
「綱右衛門様に江戸でお会いしましたら
是非、お願い致したく思います」

徳川家綱
「伊達藩のお家騒動はな
幕府からの借金が原因なんじゃよ」
「だからな」
「心配しておる」
「幕府はな簡単に金を貸しておるが
返済は厳しいのだよ」
「返済出来んと
いろいろ要求してくる」
「仙台藩は困っておった」

永見万徳丸
「そのような事で・・・」
「しかし」
「借りた金を返すのは道理」
「返済は怠りません!」

徳川家綱
「おおォ」
「立派な志」
「きっと、将軍も喜ばれる!」

永見万徳丸
「はい」
「立派な武士道をもって
生涯、恥ずべき事無き様に過ごして参ります」

徳川家綱
「よしよし」
「儂はな、暫く越後におるから
遠慮なく何でも相談に参れよ」
「立派な武士と成れよ」

永見万徳丸
「はい」
「将軍にお会いできる日を
楽しみにしております」
「大変な名誉を賜りました事
感謝申し上げます」

徳川家綱
「よしよし」



小栗美作
「江戸の使者と?」
「恐れ入ります、
どうも、高貴なお方のようじゃ・・」
「御身分を明かしては下さらんか?」

徳川家綱
「いやいや」
「綱右衛門と申す、旗本じゃ」
「衣装は借り物」
「見栄だけじゃ、遠慮はいらんぞ」
「たいした者では御座らん」

小栗美作
「ところで」
「今回は、如何様な御用で御座いますか?」

徳川家綱
「今回と申すからには
前回があるな!」
「前回の事は借金返済の要求かな?」

小栗美作
「いいえ」
「借金返済は大目にみてもらえるとの事」
「安心しておりましたが
まさか、変更になりましたか?」

徳川家綱
「えッ」
「いゃいや」
「忠清の奴は何を企んでおるのか?」

小栗美作
「てっきり、水路開発の指導をして
下さるかと思っておりましたが・・・」

徳川家綱
「おおォ」
「左様」
「江戸水道は良く出来ておる
測量が大切じゃぞ」
「水路は測量をしっかりとやっておかねば
無駄骨を折り、全てが台無し、役立たずとなる」
「確りとした専門知識が必要不可欠じゃ!」

小栗美作
「はい」
「頼りにしております」

徳川家綱
「おおォ」
「任せておけ」

小栗美作
「では」
「綱右衛門殿が測量を為さるので
御座いますか?」

徳川家綱
「いや」
「別の者が後から参る」
「待っておれ」

小栗美作
「はい」
「お待ちしております」

徳川家綱
「なあ」
「ホントに、忠清は借金の取り立てを見送っておるのか?」

小栗美作
「はい」
「大老様の意向は分かり兼ねますが
借金は自由に為されております」
「更には、返済は無期限で利子も御座いません」
「この借款は、高田藩の発展となり
大変、重宝しております」

徳川家綱
「まさか、借金を増やしておるのか?」

小栗美作
「はい」
「際限なく増え続けております」

徳川家綱
「ええェー」
「何で増やすの?」

小栗美作
「何でと申されましても・・・」
「幕府の好意と受け止めておりますが・・・」

徳川家綱
「忠清はな、企みがあって
金を貸し付けておるのじゃぞ」
「タダより高い物は無いぞ」
「後から大変な災いが降り注いでくる」
「なあ」
「悪い事は言わんから
幕府の借金は返済しておけ!」
「金はな、商人から直接借りる方が安全じゃぞ」
「なあ」
「儂が淀屋に頼んでやるから
幕府からの借款は整理するのじゃ」

小栗美作
「・・・」
「淀屋といい、他の商人は金を貸してはくれません」
「踏み倒しを心配しておるようです」
「実際、踏み倒しが横行しておりますから
我らのような返済不能が見えておる財政状況では
借り受けは難しいのです」
「やはり、幕府からの借り受けに頼らざる得ないので御座る」

徳川家綱
「でもな」
「後からね、絶対に惨い返済要求が来るよ」
「仙台藩の二の舞じゃ!」

小栗美作
「いいえ」
「心配はいりません」
「藩主松平光長様は大老様の大きな後ろ盾が御座います
我ら高田藩は御三家に次ぐ家柄
幕府とは切っても切れない親密なる関係にあります」
「幕府は商人などよりも信頼がおけます」

徳川家綱
「いやいや」
「あのな」
「あの兵部も、其方と同じことを言っておったぞ」
「兵部もな、忠清の後ろ盾があるから
何をしても咎めは無いと申しておった」
「じゃがな、今では、罪人じゃろーが!」
「忠清の後ろ盾など期待してはならんぞ!」



稲葉正則
「保科正之殿がお亡くなりになりました」

酒井忠清
「んんゥ」
「犬の仕業か?」

稲葉正則
「分かりません」
「きっと」
「御病気で御座いましょう・・」

酒井忠清
「左様か」
「んんゥ」
「早く、上様に帰って頂かなければならんぞ」

稲葉正則
「はい」
「手は打っております」
「上様は今、越後高田にお住まいに御座います」
「上様には永見万徳丸の謁見をお願いしておりますので
江戸に帰る必要が御座います」

酒井忠清
「帰らねば、綱吉が謁見する羽目になるぞ!」
「ならば、如何する!」

稲葉正則
「はい」
「上様が御帰還為された後に
謁見の日取りを伝え致す故
綱吉殿に役目を渡す心配は御座いません」

酒井忠清
「んんゥ」
「早く、帰って頂かなければ
儂も長生きは出来んぞ!」

稲葉正則
「はい」
「御落胤の二の舞で御座る」
「病気にせよ、犬の仕業にせよ
御落胤の失脚にかわりはありません」
「もし、大老が御落胤に従い
犬と対峙しておれば
今頃、取り返しの利かない状況になっておりました」

酒井忠清
「如何じゃ!」
「儂の先見の明じゃぞ!」
「儂らは、命拾いしたぞ!」

稲葉正則
「はい」
「恐れ入ります」
「では」
「今頃、犬と対峙している老中共は
生きた心地では御座らんでしょうな・・・」

酒井忠清
「左様」
「先ず、取り残された板倉重矩は直ぐに消される筈じゃ」

稲葉正則
「重矩は大老の宿敵、好都合で御座る」

酒井忠清
「哀れな奴じゃ」

稲葉正則
「面倒な御落胤と宿敵を同時に始末できますぞ」

酒井忠清
「おいおい」
「その様に申すでは無い」
「まるで、儂が喜んでおるようではないか!」

稲葉正則
「いえいえ」
「御謙遜なさるな」
「これからは、大老様の天下に御座る」
「逆らう者は御座らん」

酒井忠清
「しかしな」
「上様に嫡子が無いのは心配じゃ」
「正室の顕子女王は御病気が治らんのに
上様は、側室をおとりにならん」
「このままでは、跡取りが決まらぬ」

稲葉正則
「今のうちに、手を討っておきますか!」

酒井忠清
「んんゥ」
「綱吉が将軍になれば
我らは綱吉の犬じゃ」
「今までの権勢は吹き飛ぶぞ!」

稲葉正則
「はい」
「いままでの努力が水の泡で御座る」

酒井忠清
「上様が御帰還なされたら
側室を受けるように説得する」

稲葉正則
「しかし」
「あまりしつこく説得しますと
また、逃げ出してしまいますぞ」

酒井忠清
「左様」
「無嗣を避けるための養子も用意せねばならん!」

稲葉正則
「幸仁親王で御座いますか?」

酒井忠清
「んんゥ」
「綱吉を抑えて幸仁親王をお迎えするのは
並大抵な事では無いぞ」
「我らは将軍を凌ぐ権力を持つ必要がある」

稲葉正則
「はい」
「綱吉殿が将軍になれば
我らはお終いで御座る」
「決死の覚悟で対処致します」

酒井忠清
「んんゥ」
「とにかく、早く
上様に御帰還頂かなければならん!」

稲葉正則
「はい」
「今頃、上様は帰り支度をしておる事と・・」

酒井忠清
「んんゥ」
「手ぬるい!」
「上様には強制帰還命令じゃ!」

稲葉正則
「しかし」
「あまりしつこくすると
また、逃げ出してしまいます・・・」

酒井忠清
「逃げられぬ様にして
強制帰還じゃ!」



稲葉正則
「最近、其方たちが犬になっておると聞く」
「真か!」

久世広之
「首座殿・・」
「犬に対抗した御落胤は亡くなり失脚しました」
「更には、御落胤から使命を受け継いだ
板倉重矩殿もお亡くなりになり申した」
「我らは、犬に屈しております」

土屋数直
「大老は肝心な時に逃げ出して
我らを見殺しにしておる」
「先ずは、大老を罷免すべきでは有るまいか?」

稲葉正則
「何を戯けた事を!」
「では、何か!」
「犬に屈服して大老を弾劾せよと申すか!」

久世広之
「いやいや」
「儂らは、肝心の戦いで
大老は病気と偽り屋敷に引きこもり
傍観しておったのを咎めておるのじゃ」
「先ずは、責任を取るのが筋じゃぞ」

土屋数直
「左様」
「大老は責任を取るべきじゃ!」

稲葉正則
「其方たちは、全ての責任を大老に押し付けておる!」
「今、我らが犬に屈服すれば
幕府も、国も犬の支配下におかれるのじゃぞ!」
「我らは、内部で争うのではなく
団結して戦う必要が有るのじゃ!」
「それなのに、其方たちは犬になっておる」
「情けない!」

久世広之
「我らは、犬になっておるのではない」
「犬になった振りをしておる」
「大老と同じじゃぞ」

土屋数直
「左様」
「大老も同罪じゃ」
「今、犬にならぬ者は殺される」
「城は、犬だらけじゃ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「情けない!」
「武士の気概を持て!」
「大老は、其方達と対等ではない」
「大きな志があるのだ」
「今は、恥を忍んで犬の振りをしておる」
「これは、上様がお帰りになるまでの演技じゃぞ」
「其方達まで、大老の真似をしては為らん!」

久世広之
「それは変じゃ」
「御落胤も、板倉重矩殿も犬に対抗して失脚したのに
肝心の大老は屋敷に引きこもりじゃ」
「説得力は無いぞ!」

土屋数直
「左様」
「大老には隠居して頂きたい」

稲葉正則
「では、其方たちは犬側に立つと申すか!」
「大老を敵に回すか!」
「答えてみよ!」

久世広之
「大老に責任を取って頂きたい」
「それが、我らの意思じゃ」

土屋数直
「左様」
「大老の怠慢で御落胤と板倉殿を失った」
「大老の責任は重大じゃ!」

稲葉正則
「やはり、其方達は犬になっておったか!」
「大老に逆らう者は
容赦しないぞ!」
「覚悟する事じゃな!」

久世広之
「それは、責任転嫁じゃ」
「何度も申すが
我らは犬では無い
犬の振りをしておる」
「大老と同じじゃ
犬の振りじゃ」

土屋数直
「左様」
「責めるのは、我らでは無いぞ」
「はじめに、犬の振りを始めた
大老に全責任がある」

稲葉正則
「んんゥ」
「仲間割れはよそう」
「大老は、病気で動けなかったのじゃ」
「これからは、犬に対抗するために
其方達を援護する」
「仲間割れをしておっては
犬の思う壺じゃ」
「大老に代わり儂が謝罪する
これからは、我らが協力して
犬を駆逐する」
「協力してくれ!」

久世広之
「ほぉー」
「左様か」
「最初から、その様に申しておれば良いものを・・」
「まあ良い」
「仲間割れなど無意味じゃからな」

土屋数直
「今更、其方に謝られても
御落胤や板倉殿は帰って来んぞ!」
「大老が我らに謝罪するべきじゃな」

稲葉正則
「おおォ」
「しかしな」
「先ずは、上様がお帰りになることが先決」
「あまり、大騒ぎするな」
「犬に感付かれるぞ」
「今は、静かにしておれ!」

久世広之
「何を申す」
「大老が謝れば済む事」
「我らは、大老の志を試しておる」

土屋数直
「左様」
「大老は、謝る必要がありますぞ」

稲葉正則
「んんゥ」
「いやいや」
「済まん」
「悪かった」
「許してくれ」

久世広之
「何を今更」

土屋数直
「左様」

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