アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

将軍家綱漫遊記 二

2020-08-21 07:11:37 | 漫画
<

将軍家綱
「なにやら旨そうなものを食っておるな」

町人
「何じゃ?」
「・・・・・」
「何処の御子息か?」

将軍家綱
「儂は大した者ではない」
「面白い飲み方をしておるな」
「何をちびちびと飲んでおる?」

町人
「酒を知らんのか?」
「まっ 酒は小人には毒じゃ」

将軍家綱
「火鉢で焼いて熱くはないか?」
「そんなものを食って
口がやけどせんか?」

町人
「バカ言ってんじゃねェーや」
「酒も料理もアツアツに限りゃーよ」
「冷や飯なんぞ旨かーねェーや」

将軍家綱
「信綱も毒じゃと言っておったわ」

町人
「誰じゃ」
「信綱って?」

将軍家綱
「知らんのか?」

町人
「名の知れた信綱様かのォ?」
「知恵伊豆様か?」

将軍家綱
「伊豆の松平信綱じゃ」

町人
「えェ」
「貴方様は何方に御座いますか?」

将軍家綱
「余は将軍家綱じゃ」

町人
「これは
大変なご無礼を致しました
お許し下さいませ」
「私共は急用がありまして
これにて失礼致します」

アプリコット
「みんな慌てて逃げ出しちゃったわ」

将軍家綱
「あの者たちに悪い事をしたのォ」
「また 丁稚の小僧になるか・・・・」





須磨
「何だよ!」
「小僧なんぞとつるんで
あんたらしくないねェ~」

水野十郎左衛門
「おっと 気を付けやがれよ」
「ここにおわするお方は将軍家綱公に有らせられるぞ!」

須磨
「ありァ~」
「びっくりこいたね」
「あたしにはお目見えも叶わないお方だよ」
「恐れ入った」

水野十郎左衛門
「これから将軍様をお連れして
江戸市中を見回りじゃ」

須磨
「へェ~」
「あんたも堅気になったもんだねェ~」

水野十郎左衛門
「幕府の内情を江戸市中から
ご覧頂くのじゃ」

須磨
「ふゥ~ん」
「しかし何処に連れて行くつもりだいね?」

水野十郎左衛門
「江戸市中を大見得を切って
闊歩して回るつもりじゃ」
「上様に男気を見せてやる」

須磨
「いゃー」
「惚れるねェ~」
「あんたの男気にゃ誰も勝てないよ」
「あんたは最高だよ」

将軍家綱
「水野殿」
「儂は丁稚じゃ」
「あまり目立ったことはするな」
「良いな!」

水野十郎左衛門
「承知しております」
「しかし、
この傾奇の十郎左衛門が
御供すれば鬼に金棒ですぞ」
「大船に乗ったつもりで
江戸市中をお楽しみ下さいませ」

須磨
「なんだか大変なこたっよ」
「騒々しくなりそうだねェー」
「如何なることやら・・・・」



幡随院長兵衛
「おい!元締め!」

キリギス与平次
「何でぇ!」

幡随院長兵衛
「おい!」
「ふざけんじゃァねェーぞ」

キリギス与平次
「んゥ・・」

幡随院長兵衛
「何だって値切りやがんだ!」

キリギス与平次
「あァ?
ありゃァーポルトガルの都合じゃねェーかのォ」

幡随院長兵衛
「おめェー
騙しやがったらただじゃおかねェーぞ」

キリギス与平次
「滅相もねェ」
「交易が無くなったら
売れるもんも売れりぁせんがな」

幡随院長兵衛
「何じゃと!」
「何故だ?」

キリギス与平次
「儂にも良く分からんのじゃ」

幡随院長兵衛
「水野の奴が邪魔しやがったか・・・・」

キリギス与平次
「おいおい」
「あんまりいきり立つなよ」
「こんど伊豆の松平に探りを入れてみる」

幡随院長兵衛
「ポルトガルの奴隷商人じゃぞ」
「幕府に相談して如何する!」
「戯け者が!」

キリギス与平次
「そうでもないぞ」
「幕府はポルトガルとエスパニアから
オランダ交易に舵を切ったが
裏の交易は取り締まれんからな」

幡随院長兵衛
「どうでもいいが」
「早く買い取った娘どもを始末したい」
「急げ!」

キリギス与平次
「買い取った?」
「さらってきたんじゃねェーのか?」

幡随院長兵衛
「うるせェ 買い取ったんだよ」
「高く売らんと損しちまァー」

キリギス与平次
「儂はあこぎはせんぞ」
「キリシタンじゃけんのォ」

幡随院長兵衛
「何 言ってやがんだ!」




島原の乱のあと徳川幕府はキリスト教を締め出し
キリシタンを厳しく取り締まっていた。
松平信綱はキリギス与平次がキリシタンであることを知っていたが
そのままおよがせていた。
キリスト教を締め出し海外の情報が少なくなっていたため
キリギス与平次を利用したのである。
ちなみにキリギス与平次は架空の人物である。

松平信綱
「待ちわびておったぞ」
「話を聞こう!」

与平次
「話は大御所神君徳川家康公の頃に御座いますが
ポルトガルとエスパニアが支配しておりました植民地を
オランダが狙っておりました」

松平信綱
「おお」
「それから如何した?」

与平次
「世界は大国による植民地争いが厳しく
激しく争っておりました」
「実は遥か離れた西洋諸国から東洋に武力展開することは
大変なことだったのです」
「西洋諸国が日の出の領土を奪えなかったのは
武力不足によるものだったのです」

松平信綱
「んんゥ」
「西洋が武力を蓄えれば武士は太刀打ち出来ぬか!」

与平次
「いいえ」
「西洋には軍艦、大筒、鉄砲等ありますが
兵がございません」
「そこでオランダは軍艦、大筒、鉄砲等を提供する見返りに
幕府の勇猛果敢な武士を傭兵にしたいと言って来たのです」

松平信綱
「おおゥ」
「武士を傭兵に!」
「それで、如何なった?」

与平次
「ポルトガル、エスパニアの植民地を武士の傭兵を乗せた
軍艦で夜襲し大筒で城をたたき、
武士の傭兵は密かに城の背後、側面から
敵の居城に乱入し攻め滅ぼして御座いました」

松平信綱
「おおゥ」
「勇ましいのォ」

与平次
「武士は乱世の戦国で鍛えられた
世界最高の傭兵と称えられたので御座います」

松平信綱
「そうじゃ」
「武士は世界一じゃ!」



松平信綱は情報収集を兼ねて
身分を問わず論議することが好きであった。

名主
「ご家老様の御蔭で江戸市中は活気付いておりますが・・・」

松平信綱
「遠慮はいらん何なりと申せ!」

名主
「はい」
「江戸市中に牢人がはびこり
傾奇者が幅を利かせてまいりました」
「傾奇者の中には若い娘をさらって
ポルトガルの奴隷商人に売り飛ばす者もいるようで・・・・」

松平信綱
「安心いたせ
ポルトガルとエスパニアの貿易は幕府で禁止しておる」
「オランダとの貿易も幕府の管理下にある」
「和の国の娘は奴隷にはならんぞ」

名主
「奴隷船は沖合に待機しており、
そこから小舟で上陸しているようでして
多くの娘たちが奴隷となつております」

松平信綱
「んんゥ」
「生活苦から娘を売り飛ばす者がいると聞いておるが
まさか、奴隷船で連れ去られているのか?」

名主
「売られる娘はおりません」
「連れ去られるのです」

松平信綱
「奴隷船は西洋か?」

名主
「はい」
「西洋諸国は奴隷文化のようです」
「彼らは多くの奴隷をアフリカという所から仕入れておりますが
最近は和国の若い娘が高値で取引されているようでして
西洋で引っ張りだこだと聞いています」

松平信綱
「んんゥ」
「奴隷になった娘たちは如何しておる?」

名主
「アフリカの奴隷は家畜のように虐げられています」
「和国の奴隷は消息不明で一切情報がありません」

松平信綱
「そうか・・・」
「由々しき事じゃのォ」
「厳重に警戒せねばならん」

名主
「はい」
「大変な事で御座います」




阿部忠秋は淀屋二代目を市中に招き
海外の情報を仕入れていた。

阿部忠秋
「大陸は明が滅びると申すか?」

淀屋二代目
「はい」
「和の国でありました天災と飢饉は
明にも御座いました」
「この苦境を軽視した明は農民の怒りにより衰弱し
内部から崩壊しております」

阿部忠秋
「おおゥ」
「牛の伝声病に始まり
干ばつや水害、火山の噴火
そして、大飢饉であった」
「我が国は持ち堪えたが明は滅びるのか?」

淀屋二代目
「はい」
「間違いなく滅びます」

阿部忠秋
「ううゥ・・・」
「かの秀吉軍を退けた強大な王朝明でも滅びるのか・・・・」

淀屋二代目
「ただ鄭成功の動向次第では幕府の関与は可能かと・・・・」

阿部忠秋
「鄭成功?」

淀屋二代目
「鄭成功は長崎の平戸で父・鄭芝龍と日本人の母・田川マツの間に生まれました。父、鄭芝龍は福建省泉州府の人で、平戸老一官と称し、平戸藩主松浦隆信の寵をうけて川内浦(現在の長崎県平戸市川内町字川内浦)に住んで、田川マツを娶り鄭成功は生まれたのです」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

阿部忠秋
「和国の血が混じっておるのか!」

淀屋二代目
「彼の父親の鄭芝龍は福建省全域の清朝に対する軍責を任される立場にありました」

阿部忠秋
「んんゥ」
「鄭成功は明を立て直そうとしておるのか?」

淀屋二代目
「はい」
「しかし、明の正統は成らないでしょう」

阿部忠秋
「さようか」
「では、何故ゆえ鄭成功に拘るのじゃ」

淀屋二代目
「台湾に御座います」

阿部忠秋
「台湾?」

淀屋二代目
「台湾はオランダ東インド会社が統治しております植民地ですが
鄭成功はオランダ軍を蹴散らし台湾を開放する筈です」
 
阿部忠秋
「んんゥ」
「世界は激動しておるわ」




松平信綱
「エスパニアは無敵艦隊を誇っていたが
昨今は如何なっておる?」

キリギス与平次
「エスパニアはイングランドとオランダの同盟で
力を削がれ、今はオランダが
近海の植民地を支配しております」

松平信綱
「おおゥ」
「そうじゃ」
「イングランドは我が諸領と同じ島国と聞いておるが
如何しておる?」

キリギス与平次
「イングランドは領地内外で戦争があり
国力が落ちており、
オランダには太刀打ち出来ません」

松平信綱
「んんゥ」
「幕府も戦乱が起これば
オランダの餌食になるかもしれんのォ」

キリギス与平次
「オランダは武士の傭兵の強さを知っておりますから
滅多な事で幕府領内に攻め込むことは無いと思います」

松平信綱
「オランダと同盟して
領地を拡大することは出来んかのォ」

キリギス与平次
「遠征軍を送るので御座いましょうか?」

松平信綱
「おおゥ」
「オランダは信用できるのか?」

キリギス与平次
「分かりません」

松平信綱
「んんゥ」
「オランダと同盟しておった
イングランドは如何しておる?」

キリギス与平次
「オランダはイングランドが弱っていることを良いことに
イングランド領の植民地を奪い取っているようです」

松平信綱
「イングランドの戦乱が落ち着くと
オランダとイングランドはもめるぞ」
「何方に分があると思う?」

キリギス与平次
「痛み分けで御座いましょう・・・」

松平信綱
「いや」
「イングランドに分がある」
「我が領地に似た
イングランドに分がある筈じゃ」

キリギス与平次
「さすが知恵伊豆様で御座います」

松平信綱
「なに」
「たんなる直観じゃ」

キリギス与平次
「見事な推測に御座います」



阿部忠秋
「寛永の大飢饉から領民の貧窮があり
多くの農民が餓死した」
「巷には、牢人がはびこり
幕府の存亡を脅かしておる」
「其方が申しておったようになったのォ」

淀屋二代目
「はい、幕府は持ち堪えましたが明は滅びます」
「大陸の干ばつや水害は農民の不満につながり
明は農民の反乱で内部崩壊します」

阿部忠秋
「んんゥ」
「明に代わる政権は何処じゃ?」

淀屋二代目
「明は漢民族の王朝国家ですが
北方には女真族がおります」
「ヌルハチ(太祖)が初代皇帝となってから女真族を統一し
満州人が力を付けております」

阿部忠秋
「大陸は漢民族の国ではないのか?」

淀屋二代目
「はい、明は漢民族の王朝です」
「しかし、周辺の民族は孤立に存在しており
満州人や朝鮮などは明に従っておりません」

阿部忠秋
「陸続きであれば内戦は防ぎにくいであろうのォ」

淀屋二代目
「はい」
「内戦は必至に御座います」

阿部忠秋
「んんゥ」
「明に援軍を送れば如何なると思う?」

淀屋二代目
「泥沼になりましょう」

阿部忠秋
「勝ち目はないのか?」

淀屋二代目
「大陸の内乱に干渉してはなりません」
「漢民族は満州民族に支配されることになると思います」
「歴史はこの繰り返しなのです」

阿部忠秋
「泥沼の内乱に足元をすくわれれば
幕府の存亡も危ういのォ」

淀屋二代目
「はい、
自重下さることが得策に御座います」

阿部忠秋
「しかし、信じられんのォ」
「あの大王朝の明が滅びるのか・・・・」

淀屋二代目
「和の国の民は従順にして勤勉でありますが
奴隷文化の領地は強制労働です
その領主は労働を奴隷に頼っております」
「そこで内乱が起これば
収拾がつかなくなり
滅びの道が待っております」

阿部忠秋
「そうか、この和の国の者どもは
自立しておるのか」
「自立しておるから、あの大飢饉も乗り越えられたのじゃな」

淀屋二代目
「はい、これからは学問を尊しとすべきで
御座いましょう」



松平信綱
「お主にやって貰いたい事がある」

由井正雪
「はい」
「なんなりと、申し付け下さい」

松平信綱
「昨今、江戸市中で娘がさらわれておるのじゃが
お主に心当たりは無いか?」

由井正雪
「牢人の中には不届きな者もおります」
「見つけ次第ご報告致します」

松平信綱
「んんゥ」
「お主、さらわれた娘たちの事を知っておるのか?」

由井正雪
「多少の事は存じ上げておりますが
その娘たちが今如何なっているのかは分かりかねます」

松平信綱
「そうか」
「その娘たちが如何しているか分からぬか?」
「多少と申したな。分かる範囲で申してみよ」

由井正雪
「確かな事は分かりませんが
船に乗せられ異国に連れ去られたのではないかと」

松平信綱
「異国とな」
「何処じゃ!」

由井正雪
「詳しい事は分かりません」

「ご希望とあれば詳しく調べてみましょう」

松平信綱
「よし」
「特別に、お主を盗賊改方めに任命する」
「徹底的に調べて報告せよ!」

由井正雪
「はい」
「期待に応えるべく精進致します」



アプリコット
「こんにちは、わたしアプリコットよ」

お玉
「まァ」
「お買い物?」

アプリコット
「いいえ、お玉さんにお話があるのよ」

お玉
「まァー
八百屋にお買い物かと思ったら
何かしら?」

アプリコット
「何で此処(江戸)では女の人が少ないのかしら?」

お玉
「女は奥ゆかしく表には出ないのよ」

アプリコット
「そうなんだ!」
「私はお外が大好きなのよ」

お玉
「江戸は女一人で外には出ないわ」
「私が外に出るときは
家族が周りを囲んでいるわよ」
「銭湯に行くときなんか
完全に囲まれて身動きもできないのよ」
「だから、ほんと、窮屈なの・・・」
「だから、家の中にいる方が気楽だわ」

アプリコット
「私、いろんな所に旅をしてるのよ」
「楽しいわよ!」

お玉
「そう・・・」
「お玉は、毎日家の中でお稽古と、礼儀作法、接客よ」
「お稽古は、踊りや琴、三味線、お茶に生け花等覚えるのが大変なのよ」

アプリコット
「お玉さんは、八百屋のお手伝いはしないの?」

お玉
「表の仕事は男の仕事なの」
「ただ、女将さんや婆やは、お店に出ているわよ」
「私はお店には出れないのよ」

アプリコット
「へェー」
「お玉さんは皆に大切に思われてるのね」

お玉
「そうかしら」
「でも、きっとそうよ」
「私は玉の輿のお玉と呼ばれているのよ」

アプリコット
「玉の輿って何かしら?」

お玉
「将軍家光様に見初められた八百屋の娘が
お玉だったの」
「私も八百屋の娘でお玉だから
玉の輿のお玉と呼ばれてるのよ」

アプリコット
「へェー」
「お玉さんは玉の輿なんだ!」

お玉
「やだわ」
「内緒よ」

須磨
「何だい!八百屋の娘か」

お玉
「何か御用でしょうか?」

須磨
「そうさ、御用ってもんだよ」

お玉
「私に何か不届きが御座いましたでしょうか?」

須磨
「へぇーーーーー」
「知らばっくれんじゃァーーネェや」

「あんたさぁ水野のお館と好い仲だって、こちとら御見通しよ」

お玉
「えぇ・・・・」

須磨
「あんたがさァ
水野様とひっとりあいびきしてんのを見ちまったのよ」

お玉
「ポッ」

須磨
「何、赤くなってんだよ!」

お玉
「いいえ・・・」

須磨
「言っておくがね」
「水野様は由緒ある旗本
あんたは八百屋の娘だよ」
「身分が違うだよ!」

お玉
「私、そんなつもりは・・・」

須磨
「まァ 分かれば良いさ」
「水野様の事は諦めることだね」




由井正雪は松平信綱の命令で盗賊改めとなり
奴隷商人を見張っていた。 (※実際の歴史とは違います)

由井正雪は牢人仲間から町奴や山賊に至る
様々な者達に影響を与へていた。
ある者は討幕のため、
ある者は生活の為に世間の裏街道を通っていった。

由井正雪
「水野十郎左衛門殿とお見受けした」

水野十郎左衛門
「ほォ」
「いかにも」
「して」
「お主は誰じゃ」

由井正雪
「このほど 首座様から盗賊改めの任命を受けました
由井正雪と申す者で御座います」

水野十郎左衛門
「儂に何か用か?」

由井正雪
「はい」
「貴方様は江戸市中において悪行・粗暴の限りを尽くしておりますが
盗賊改めは取り締まることが任務に御座います」

水野十郎左衛門
「おおォ」
「よう言った!」
「いかにも、儂は怖いもの無しじゃ」
「悪行・粗暴の限りを尽くしておる」
「じゃがな 取り締まろぉーなんざ思うなよ」
「痛い目にあうぞ」

由井正雪
「滅相も無い」
「私の弟子共の多くは ならず者ばかりですから良く承知しております」
「水野様は私の手に負えるお方では御座いません」

水野十郎左衛門
「てやんでぇ」
「へんなまねしゃーがると
ただじゃおかねぇーぞ」

由井正雪
「実は、幡随院長兵衛の悪事をあたっております」

水野十郎左衛門
「なんだと!」
「町奴に大きな顔はさせねェーぞ」
「幡随院長兵衛が如何した?」

由井正雪
「最近、西洋からの奴隷商人が出没し
娘がさらわれる事件が続出しておりまして
幡随院長兵衛に容疑がかかっているのです」

水野十郎左衛門
「あの野郎」
「ふざけたまねをしゃーがって」
「ただじゃおかねェーぞ」

由井正雪
「これは盗賊改め初めての任務でありますので
万全の態勢で臨みたいと思っています」
「幡随院長兵衛のことを教えて頂きたい」

水野十郎左衛門
「奴は宿敵じゃ!」
「お主の手を借りるまでもねェー
儂が始末してやりゃー」

由井正雪
「何故に宿敵なので?」

水野十郎左衛門
「あたりめェーじゃねェーか
奴がおったんじゃ
男前が廃るってェーもんだ」

由井正雪
「んんぅ」
「では?」
「八百屋のお玉はご存知で?」

水野十郎左衛門
「なんだと!」
「知ってたら何だってんだ
こんにゃろーが」

由井正雪
「お玉が事件に巻き込まれたかもしれませんよ」

水野十郎左衛門
「なんだと!」
「ふざけんな こんにゃろー」


阿部忠秋
「どうやら、お主の申した通りのことになつたのォ」

淀屋二代目
「はい」
「商売をする上で情報は欠かせません」
「滅びる国と交易すれば淀屋も潰れてしまいます」

阿部忠秋
「大王朝の明が滅びた原因は何じゃ?」

淀屋二代目
「長期の慢性的な無策政治による農民の不満が
天変地異によって爆発したことに御座います」

阿部忠秋
「ほォー」
「詳しく教えてくれ」

淀屋二代目
「明の初代皇帝洪武帝は非常に貧しい身の上から
皇帝にまで上り詰めた
和国でいえば秀吉のような者でした」

阿部忠秋
「ほォ」
「秀吉の政権が続いておれば如何なるのかな?」

淀屋二代目
「はい」
「明の初代皇帝洪武帝は明を自らの独裁的な統治下におくために、
今まで共に戦い協力して来た重臣達をことごとく退け粛清しました」
「理由はこじつけのように些細な事でした」

阿部忠秋
「例えば、秀吉が石田三成やら神君家康公を粛清したようなものか!」

淀屋二代目
「はい」
「全ての重臣を粛清しました」
「逃げようとした者達も容赦なく切り捨てたのです」

阿部忠秋
「んんゥ」
「先が思いやられるな・・・」

淀屋二代目
「はい」
「案の定、初代皇帝洪武帝が亡くなると
家督争いがあり二代皇帝は王位を簒奪され
内乱状態になりかけたのですが
重臣が全て粛清されていたため
親族の中で力がある者が王位を継承することとなつたのです」

阿部忠秋
「んんゥ」
「武力に勝る者が生き残ったと・・・」

淀屋二代目
「はい」
「彼は学問を軽視して武力によって領土を拡大していきました」
「力ずくで広大な大陸を支配しようとしたのです」

阿部忠秋
「んんゥ」
「武闘派が目指すことじゃな!」

淀屋二代目
「はい」
「明は領土が広くなりすぎて他民族との衝突が国力を奪っていったのですが」
「その後の明の皇帝は統治に無頓着で
慢性的な無策政治に陥ったようです」

阿部忠秋
「明は滅びる運命じゃ」
「んゥ」
「明が滅びた理由が良く分かり申した」

淀屋二代目
「はい」
「賢明に御座いました」
「明に援軍は誤りで御座いました」

阿部忠秋
「んんゥ」
「伊豆殿にも確と申し付けておかねばな!」



水野十郎左衛門
「おい!」
「へんなまねしゃーがると
ただじゃおかねぇーぞ
この鼻くそ野郎が!」

幡随院長兵衛
「何だとこの!」
「いきなり因縁つけやがって気は確かか
このとうへんぼく野郎め!」

水野十郎左衛門
「ふてえ野郎だ!」
「お玉を返しやがれ
この変態野郎!」

幡随院長兵衛
「お玉ァー?」
「何じゃそりャー」

水野十郎左衛門
「八百屋の娘をさらって奴隷にしょォーたってな
おめェーのすきにはさせねェーぞ!」
「この間抜野郎!」

幡随院長兵衛
「あ~ァ 八百屋の娘かァ」
「あの娘とお主は訳ありか?」

水野十郎左衛門
「にやにや笑ってんじゃーねェーぞ」
「お玉を返しやがれ!」

幡随院長兵衛
「おお ずぼしのようじゃな」
「おめえ お玉と恋仲か!」

水野十郎左衛門
「うるせぇや にやけやがって
おめェーにゃ関係ねぇー」

幡随院長兵衛
「関係ねェ?」
「関係ないならこのままお帰りくださいな」

水野十郎左衛門
「なんだと!ふざけやがって!」
「叩き切ってやる!」

幡随院長兵衛
「おーォ」
「やっちゃろーじゃねェーかこのやろォー」

水野十郎左衛門
「はァー」
「おめェーは 全く分かっちァーいねェーな」
「免許皆伝の剣にまるごしで勝てる訳きァねェーじァーろォーが」

幡随院長兵衛
「正々堂々って訳か?」

水野十郎左衛門
「わりィー事は言わねェー
お玉を返してくれ」

幡随院長兵衛
「まァ
意地になってしァーねェ」
「お玉は返してやるさ」

水野十郎左衛門
「そうか」
「お玉を返してもらえれば引き下がろう」

幡随院長兵衛
「ところで おめェー
須磨とは如何なつてんだ!」


 
阿部忠秋
「由井正雪を召し抱えたとか?」

松平信綱
「んんゥ」
「上様の御命令じゃ」

阿部忠秋
「謀反の容疑者を召し抱えとは驚きましたな」

松平信綱
「ああァ」
「全くじゃ」
「上様が表に出てくるとやり難くてしかたがないわ」

阿部忠秋
「お主らしく無いのォ」
「大御所家光公の時代では考えられない発言じゃ」

松平信綱
「上様は幕府の最高権威であるが、まだ幼すぎる」
「今は、幕府の安泰のため
おとなしくしてほしいのじゃ」
「由井正雪は信用できん!」

阿部忠秋
「しかし」
「由井正雪の盗賊改めは評判が良いぞ!」
「早速、八百屋のお玉が奴隷小屋から解放されたそうじゃ!」
「幕府が手を焼いておる傾奇者を手玉にしておるそうじゃ」

松平信綱
「ああァ」
「あの旗本奴の水野か!」
「あ奴は、かの織田信長や神君家康公の来孫にあたる血統書付きの家柄じゃ」
「儂らには対処出来ん!」

阿部忠秋
「由井正雪は優秀ではないか!」

松平信綱
「んんゥ」
「そうなんじゃ」
「優れておる者は裏切ると手ごわいぞ!」
「奴に権力を持たせてはならん」

阿部忠秋
「盗賊改めにしておくには惜しい人物じゃがな」
「お主が嫌なら、儂に任せて貰えんか?」

松平信綱
「そうしたい気持ちはやまやまじゃが
上様の御命令じゃ」

阿部忠秋
「では、上様に進言いたそうか?」

松平信綱
「やめとけ」
「あ奴が問題を起こせば我々の責任は重大じゃぞ」
「盗賊改めが適任じゃ」




山賊
「おい」
「裏切者!」

由井正雪
「裏切り?」
「お主を弟子にした覚えはないぞ」

山賊
「何を言ってやがる」
「早いとこ将軍を奪って幕府を転覆させようや」
「バカな将軍は江戸市中に出回って無防備じゃ」
「今が絶好の機会じゃねェーか!」

由井正雪
「誤解するな!」
「儂は幕府に仕えておるのじゃ」
「盗賊改めに任命されておるのじゃぞ」

山賊
「ほォーー」
「幕府の犬になったのかァ」
「情けねェー奴だ」

由井正雪
「儂はな困窮する牢人どもの為に働いておる」
「お主も山賊など辞めて儂に仕えてみんか?」
「首座様に認められれば役を貰えるぞ」

山賊
「今更、無理じゃ」
「山賊なんざ牢屋に入れられるのが関の山じゃ」

由井正雪
「儂はな、盗賊改めで
誘拐されていた八百屋のお玉を開放した実績が認められておる」
「お主が改心すれば
幕府に取り入って貰えるように頼んでみるがな・・・」

山賊
「本当か!」
「しかし、弟子でもない山賊の儂を推挙してくれるのか?」

由井正雪
「んんゥ」
「実際、儂には優秀な弟子共が多数存在しておる」
「しかしな、本当に困窮しておる牢人は
お主のような山賊どもじゃと思っておる」
「良いか!」
「改心して幕府に尽くせ!」
「儂を信じろ」

山賊
「本当に、儂ら山賊を幕府に推挙するのか?」
「儂らは山賊だぞ」
「騙して牢屋に入れるつもりじゃァーねェーのか?」
「如何して信じれば良いのじゃ」

由井正雪
「儂はお主が改心すると信じておるから
幕府に推挙して盗賊改めになって貰おうとしておるのじゃぞ」
「儂はお主を信じておる」

山賊
「儂らもまっとうな仕事が出来るのか?」
「本当に信じて良いのか?」

由井正雪
「信じろ!」

山賊
「じゃがな」
「山賊仲間もおるぞ」
「荒くれ共者じゃ」
「仲間は皆、幕府に恨みを持っておるぞ」
「無理じゃ」「無理じゃ」「絶対に無理じゃ」

由井正雪
「儂が責任を持つ」
「お主は仲間を説得してくれ」
「良いな!」

山賊
「・・・・」





由井正雪
「効果が出ているな」

キリギス与平次
「しかし、限界ですよ」

由井正雪
「娘が売れなければ誘拐は減るじゃろう」
「お主はキリシタンじゃ」
「奴隷商とはかかわりたくはないじゃろう」

キリギス与平次
「はい、奴共に振り回されるのは御免です」
「しかし、限界ですよ」
「奴共は資金不足であえいでおりますし、
奴隷商は和国の娘を欲しがっております」
「元締めも限界です」

由井正雪
「幕府も外国船は締め出して居るが
奴隷商人は目立たぬように小舟で近づいてくるからな」

キリギス与平次
「奴隷商人を締め出すために奴共の資金を凍結しても
買う者がいる限り
娘を売る者は絶えません」

由井正雪
「暫くは、元締めとして奴隷商を防げるか?」

キリギス与平次
「奴共は疑っておりますから、もう無理です」

由井正雪
「そうか」
「作戦を変更せねばな」

キリギス与平次
「はい」
「私は元締を降ろさせて頂きたい」

由井正雪
「気持ちは分かるが暫く待ってくれ」
「奴隷商が近づかぬように作戦を考えておる」
「儂の盗賊改めが試されておるのじゃ」
「牢人どもに生きがいを持ってもらいたいのじゃ」

キリギス与平次
「如何な作戦で?」

由井正雪
「おおぅ」
「今な」
「巷に溢れている牢人どもに働きかけておる」
「牢人どもは任務があれば忠実じゃ」
「しかし、弾圧されたままでは不平不満が討幕にはたらく」
「奴隷商の締め出しに牢人を使おうと思っておる」

キリギス与平次
「老中は傭兵にしたいと思っているようだが?」

由井正雪
「牢人の多くは山賊などに身を落としており
幕府を恨んでおる」
「そのような者共を改心させるには
外敵が必要なんじゃ」
「敵は幕府ではなく、外国の奴隷商人だと分かれば
正義の為に戦うことが出来る」
「牢人どもは誇りを失ってはおらんぞ」

キリギス与平次
「それが出来るのは先生だけです」

「先生にお願いがございます」
「和国のキリシタンをお守り下さい」

由井正雪
「仮に奴隷商がいなくなつても
西洋諸国は他国の植民地化を進めておる」
「キリシタンは和国の侵略に利用されたのじゃ」
「信仰もまた戦いじゃな」

キリギス与平次
「はい」
「私は神と共にあります」





阿部忠秋
「最近の正雪先生の評判は上々ですな」

由井正雪
「大変に恐れ多き事に御座います」
「これも、私のような卑しき者を引き立てて下さる
ご家老の恩義によるもので御座います」

阿部忠秋
「昨日もな 伊豆殿にお主の事をお願いしておったのじゃが
断られたぞ」

由井正雪
「何を願って御座いますか?」

阿部忠秋
「お主を召し抱えたいと願ったのじゃ」

由井正雪
「それは、それは」
「身に余る光栄に御座います」

阿部忠秋
「伊豆殿も同様に牢人問題には頭をいためておったが、
奴隷商人とその組織の取り調べに牢人が有効だとは思いもよらなんだ」

由井正雪
「はい」
「牢人どもは本来勇ましき武士で御座います」
「ただ道に迷い身を落としているだけなので
正義の戦いでは一命を賭けて貢献できるのです」
「彼らの正義を幕府の為に使う必要が御座います」

阿部忠秋
「そうじゃな」
「これはお主にしか出来ない任務じゃ」
「怠り無き様にお願い致す」

由井正雪
「お任せくださいませ」

阿部忠秋
「お主に聞きたい事がある」
「何故に牢人どもを手なずけておるのじゃ?」

由井正雪
「恐れながら、手なずけておる訳ではありません」
「彼らは私を師と仰いでいるのです」

阿部忠秋
「何か良い知恵があるのかな?」

由井正雪
「弟子を教える時にはコツが御座います」
「弟子には全てを教えてしまわないこと」
「尊敬や尊愛は、より深き探求心から生まれてきます」
「特に高い位にある者は
こちらの手腕を頼りにさせる事が肝要に御座います」
「そうすれば、下の者の期待に応えて、
なを、その期待を裏切ることも御座いません」

阿部忠秋
「正しく」






キリギス与平次
「もう元締めは御免ですよ」

由井正雪
「ああ」
「ご苦労であった」
「じゃが、お主にも家族があろう」
「もう阿漕はせんでも良いから元締めを続けてくれんか?」

キリギス与平次
「本当に奴隷商にかかわらなくても宜しいので?」

由井正雪
「奴隷問題は、牢人どもが水際で防いでおるから大丈夫だ」
「しかし、オランダや大陸との貿易は大切なのだよ」
「お主ほど海外の情報に詳しい者はいない
是非、続けて幕府に尽くしてほしい」

キリギス与平次
「しかし、私はキリシタンですよ」
「今は隠れて暮らしていかなければなりません」
「私は如何に暮らしていけば良いのでしょうか?」

由井正雪
「隠しておけば良いのじゃ」
「心の中を明らかにする必要はないぞ」

キリギス与平次
「しかし、感情は隠せません」

由井正雪
「感情は心の窓」
「現世では窓を閉ざし隠しておくことが賢明であるぞ」
「感情にゆさぶられれば負けにつながる」
「自分の手の内は隠しておくものだ」
「手の内を知られれば負けなのじゃ」

キリギス与平次
「幕府はキリシタンを迫害しております」

由井正雪
「お主は、自分の望みを秘密にしておくべきだ」
「そうすれば、お主の信仰を取り上げようとしても
阻止することができる」

キリギス与平次
「はい」
「先生の仰る通りです」



阿部忠秋
「苦労した牢人問題も目途がついた」
「お主の言うように
牢人傭兵を大陸に派遣しなくて良かった」

淀屋二代目
「はい」
「賢明なる政策に御座いました」

阿部忠秋
「牢人問題は由井正雪の働きが大きいのじゃが
伊豆殿は、あの者を訝しく思っておる」

淀屋二代目
「本来、牢人方の者ですから」
「幕府としては警戒するのが得策で
御座いましょう」

阿部忠秋
「お主も、そう思うのか?」

淀屋二代目
「はい」
「あの者を信用してはなりません」
「危険人物で御座います」

阿部忠秋
「根拠があるのか?」

淀屋二代目
「いいえ」
「ただ気になることが御座います」
「あの者は隠し事が多すぎるので御座います」

阿部忠秋
「ああ」
「弟子に慕われ頼りにされる為のコツがあると言っておった」
「儂も、隠し事も必要じゃと思うたが・・・・」

淀屋二代目
「目覚ましい働きを評価されて調子にのっているのでしょう」
「自分の才覚に己惚れております」
「極めて危険な人物で御座います」

阿部忠秋
「儂は、あの者を召し抱えたいと思っておったが・・・」

淀屋二代目
「お止め下さいませ」
「ご家老様が困難に巻き込まれます」

阿部忠秋
「由井正雪は不憫な奴じゃのォ」

淀屋二代目
「あの者は見掛け倒しで中身がないのです」
「見かけだけの人物は資金不足で未完成の豪邸のようなもの
中に入れば柱がむき出し障子もなく
住むこともできません」
「このような人物はうわべだけを取り入っておけばよく
都合よく利用するのが得策に御座いましょう・・・・」

阿部忠秋
「儂には、うわべだけの人物には思えんがな」

淀屋二代目
「私は、商いに誇りを持っております」
「自分の価値観や規律に厳しく
決して背くことが無いように
律しております」
「しかし、あの者は如何でしょうか!」
「由井正雪が牢人に支持されていながら
幕府側に付いているのは」
「二心がある証拠に御座います」
「あの者はいずれ処分しなければなりません」

阿部忠秋
「おいおい」
「厳しいことを言うのじゃな」
「由井正雪は幕府の功労者じゃないか」

淀屋二代目
「信頼してはなりません」

阿部忠秋
「うゥ」
「まっ、お主にとっては商売敵なんじゃろーな」
「だが、二代目には先見の明がある
儂も注意して見守ることにしよう」

淀屋二代目
「はい」
「十分に御警戒下さいませ」



町人
「おい小僧!」
「冷を頼む」

小僧
「昼間から冷酒を飲むのか?」

町人
「宵越しの銭はもたねェーのよ」
「まとまった銭が入ったんだ」
「今日は飲むぞ!」

小僧
「へェー」
「景気が良いねェ」
「何やってんだ!」

町人
「何もねェーんだけどな」
「最近、仕事が順調なんだよ」
「由井正雪のお蔭かのォ」

小僧
「ほォー」
「由井正雪は何をしてんだい」

町人
「何って」「んゥ」
「なんでも、牢人衆を使って
江戸市中の盗賊やら火付けを退治してるそうじゃ」
「悪さをする者がおらんようになったんで
皆が喜んどるのさ」

小僧
「正雪も役に立っておるようじゃな」

町人
「お前さん、何処ぞで見かけたような・・・・?」

小僧
「そうか?」
「儂を知っておるのか?」

町人
「小僧ねェ」
「気のせいじゃろ」
「そんな気がしただけだ」

小僧
「市中の者は皆、宵越しの銭は残さぬのか?」

町人
「あったりめェーだ」
「それが、江戸っ子ってもんさな」

小僧
「ふうンーん」
「では、家を建てることも出来ぬのォ」

町人
「バカ言え!」
「家だって持てるさ」
「長屋の住民は皆で銭を集めて持ってるのを知らんのか!」
「必要な時にはその銭を使うのさ」

小僧
「へェー」
「長屋で協力して銭をためて
多くの銭が必要な時に使うのか!」

町人
「あったりめェーじゃネェーか」
「おめェーはよそ者か?」

小僧
「まッ」
「よそ者みたいなもんじゃ」
「また、色々と教えてくれ」

町人
「変な小僧じゃな」



小僧
「お主は口入れ屋か?」 

キリギス与平次
「何だ!」
「私に口入を頼もうってんのかい」

小僧
「いや」
「市中で話を聞いておるのじゃ」

キリギス与平次
「見たところ丁稚小僧のようだが、
私に何を聞きたい?」

小僧
「お主、幡随院長兵衛を知っておるか?」

キリギス与平次
「知らんな」

小僧
「知らんか?」
「幡随院長兵衛はお主の事を良く知っておったぞ」

キリギス与平次
「・・・・・・町奴の」
「本名は塚本伊太郎の事かな・・・・・・」

「何の目的ですか?」
「貴方は何者ですか?」

小僧
「儂は丁稚小僧じゃ」

キリギス与平次
「私はね、口入れ屋ではないよ」
「私はね、口入れ屋から頼まれた人材を外国に派遣する
元締めをしている」
「オランダや明との契約は私でなければ務まらないのだよ」

小僧
「オランダ語が分かるのか?」

キリギス与平次
「もちろん!」
「外国との貿易には欠かせないよ」

小僧
「幡随院長兵衛は娘を誘拐して奴隷船に売っているそうじゃな」

キリギス与平次
「何!」
「貴方は何者ですか?」

小僧
「お主も共犯か?」

キリギス与平次
「ちょと、おかしいじゃないかい」
「いきなり、小僧に犯罪者扱いかね」

小僧
「いや、失礼致した」
「幡随院長兵衛がな、実入りが減ったと言って騒いでおる」
「阿漕な商売はご法度じゃ」

キリギス与平次
「・・・・・・」
「阿漕で地獄行じゃ」

小僧
「地獄が怖いか?」

キリギス与平次
「・・・・・・」
「何も言いたくない」

小僧
「お主は善人か?」

キリギス与平次
「・・・・・・・・」
「そうありたいものだよ」

小僧
「お主は、優秀であるが故に
不幸を招き寄せておるようじゃのォ」

キリギス与平次
「私はね、元締めを辞めたいと言っておるのですよ」

小僧
「由井正雪が止めたのか?」

キリギス与平次
「えェ」
「何故知っておるのですか?」

小僧
「儂が知っておるのはこれだけじゃ」

「お主は善人じゃのォ」
「安心いたせ」

キリギス与平次
「あのォー」
「貴方様は何方に御座いましょうか?」




松平信綱
「上様!」
「上様の御命を狙う不届き者がおります」
「これ以上の自由行動は厳禁に御座います」
「十分な護衛を伴って行動下さいますように
お願い申し上げます」

将軍家綱
「内緒にしなければ、本音が聞こえてこんぞ」
「丁稚小僧であれば、問題はなかろう」
「心配ならばお主も丁稚になって御供せよ」

松平信綱
「上様が卑しき丁稚小僧などの恰好をなさるのは
神君大御所様の面目が立たないことで御座います」
「ましてや、家臣、家老を丁稚小僧として伴うなど
神君家康公に何とお詫び申し上げれば良いのか」
「我らは、皆で切腹してお詫びしなければなりません」

将軍家綱
「丁稚になると切腹ものなのか?」

松平信綱
「我ら家臣は上様の為に
命を捧げております」
「上様の御命御大切に御座いますれば
なにとぞ、お城にお戻りになり
安全にお暮し下さいますように
お願い申し上げます」

将軍家綱
「城に戻らねばならんのか?」

松平信綱
「平にひらにお願い申し上げます」

将軍家綱
「ところで、お主は由井正雪をうざとく思っておるようじゃな」

松平信綱
「あの者には盗賊改めを任命し江戸市中は不届きな
事件が無くなりまして御座います」

将軍家綱
「お主が、あの者をうざとく思っておるのならば
首座の配下から外し
他の重要な政務に当たらせたいと思うが」
「如何じゃ!」

松平信綱
「上様はあの者を買いかぶり過ぎております」
「火付け盗賊改めは極めて重要な任務に御座います」
「あの者にとっては最適な仕事でありますから
これ以上の地位をお与えになることは
決してなさらぬようにお願い申し上げます」

将軍家綱
「正雪は市中町人の評判もよく
我らが手を焼いておる牢人からも慕われておる」
「あの者の働きを十分に評価したいと思う」

松平信綱
「上様!」
「あの者を信用してはなりません」
「あの者は力を蓄えてから討幕をするに違いありませんぞ」
「あの者に権力を与えれば幕府が滅びます」
「絶対に上様はお守りしなければ
神君家康公に面目が立ちませんゆえ
幕府安泰を望み
不審なる者は排除することこそ
必要不可欠に御座います」
「これ全て上様の身を思っての事に御座います」

将軍家綱
「んんゥ」
「また、城に戻るのか?」

松平信綱
「上様が戻らぬとあれば
我ら老中は責任を持って切腹に御座います」

将軍家綱
「あのなァ」
「命は大切にせよ」
「そちは、大げさすぎるぞ」






盗賊
「先生よウ」
「儂らには何の恩恵もねェーのかのォ」

由井正雪
「始まったばかりではないか」
「今暫くは儂の自腹でお主たちの面倒を見ることが出来る」
「急ぐと、事を損じるぞ」

盗賊
「儂らは改心して幕府の為に働いておるのに」
「奴らからは食い扶持も貰えねェーのかのォ」

由井正雪
「ご家老様は我々の働きを評価しているし
市中の町人の評判も大変に良いのだから
牢人共にも召し抱えがある筈だ
暫く辛抱してくれ」

盗賊
「儂ら仲間共は先生に雇われておるようなもんじゃけどな
最近の噂を聞いて集まって来た外部の輩は
儂らの手には負えないぞ」

由井正雪
「それは、分かっておる」
「儂の身分で市中全ての牢人を召し抱えることは不可能だ」
「これは、首座伊豆様も百も承知しておる筈じゃ」
「だがな、今は我々の忠義が試されておるのだよ」
「じっと我慢することだ」

盗賊
「本当に百も承知しておるのかのォ?」

由井正雪
「お主に言っておく」
「市中町人、幕府官僚に嫌われないようにすること」
「何もしなくても儂らを嫌うものはいるし
さして理由もなく毛嫌いする者もおるぞ」
「ましてや、わざわざ嫌われることをすれば
取り返しがつかぬ不信感が生まれ反感を持たれてしまう」
「一度反感を買えば拭い去ることは大変に難しい」
「なるべく相手の良い面に目を向け
正しい評価を受けれるように精進するのじゃ」
「良いな」

盗賊
「んゥ・・」
「先生の言うとおりじゃ」



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする