Belle Epoque

美しい空間と、美しい時間

五山送り火 が運ぶ 

2008-08-17 | soiree... party!
夜中に、急に空気が変わった。

それまでとは一転、
涼しい風が気持ちよく体を撫でて、気持ちよく深い眠りに引き込まれ・・・・・、
ああ、彼が暑さに耐えかねてクーラーをいれてくれたのだ ありがたいな 快適な風だなあ
と思いまた眠りにおち、明け方に薄目で横たわったままお礼をいったら、やはり気分よさそうに目覚めた夫は
そうじゃないよ、秋になったんだ と、教えてくれました。

京都が夏を終える瞬間を知りました。


 昨夜は、五山送り火

マンションの屋上に蚊よけと麦茶を持って上がると、ぐるりと周りに五山、そのうちのいくつかの燃え上がる字がくっきり見える。
初めて見る光景でした。
瞬間の印象を残して散る、見慣れた花火と違い、
静かに少しずつ、山肌に広がる炎色のやわらかな字。
部屋のテレビ中継で、ボランティアのひとたちが丁寧に薪をリレーした様子を見て感嘆した後に上ったので、
「あそこには、大勢のひとが火を見守りながら集まっている」
ここからでは見えないけれどそれを感じ、それも、初めての不思議な感動でした。

ゆるやかに燃える字。
最初に、  の字が次第に伸びるのを見、
続いて妙法、船形、左大文字、鳥居形が次々点る。



我が家からは、最初の大文字と船形がことのほかくっきり見える。
船形の、にっこり笑ったような底のカーヴのふちがだんだんつながっていく様子が、視覚的にものすごい充実感として残りました。
山が笑っているように見えたから。
高い高い、天体に向かって。
それはこころが晴れ晴れする眺めでした。

そのとき、実はわたしたちも夏を見送っていたのでした、外に出て、空に向かって。
そのときは気付かなかったけれど。


 外を歩くと、たえず緑の山。いつもそうして見守られている、京都。
関東平野で生まれ育った自分にはそれがものすごく新鮮に感じられ続けてきましたが、
自然と人がしっくりと折り合って・つながって暮らしていることが、それによってこそ、いつも思い知らされる心地がしています。
そのあらゆる自然同士の結びつきの強さはこの地においてはとりわけ明瞭で、
だからこそ、内面へ、文化へ、と向かう人の精神の成熟がここには育つのだ と、
京都が教えてくれるそのことを、今回の初めてのこの『五山送り火』で、あらためて体感した気がしました。


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