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耐震診断と耐震補強について-8

2009年03月09日 | すまいのこと
第8回「3.耐震補強工事費の目安 3-3.無料の耐震診断は、有得るか?」

今回は、前回に少し触れました某協同組合が行っている耐震補強の施工金額の根拠となっている無料による耐震診断を検証してみましょう。

同組合は、耐震補強工事を行った家屋の平均施工金額は約129万円との発表でしたが、耐震診断・補強等の実績の多い静岡県の場合をみてみます。
(財)日本建築防災協会によると、参考として次のように報告しています。
→参考までに静岡県が調べた「H15年度補強補助に係る工事費の概算調査」によると、補強工事費の平均は178万円になっています。約800件の工事費を調べた結果では、0~100万円が24.6%、100~200万円が43.6%、200~300万円が18.9%、300~400万円が8.2%、400~500万円が2.5%、500万円以上が2.1%となっています。こうした工事により耐震評価の評点が平均して0.44から1.18に増加した結果になっています。……との事です。

今回とり上げる某協同組合は、地域限定エリア内に無料診断のチラシ広告を配布し、申込みされたお宅へ組合員を派遣するシステムです。国土交通大臣認可法人である事を謳っており、全国に広く事業展開をしている事からか、マスコミにも事ある毎にとり上げられています。

この協同組合の行う耐震診断の特徴は、①精密耐震診断を行い、②壁補強を提案し、③その見積までを含めた全てを無料でしてくれることです。
これは、第5回で述べた「耐震改修計画策定」業務に該当する内容です。非破壊調査で精密耐震診断が出来るのかどうかは別としても、県が改修計画費用の3分の2(上限額20万円)を補助する程の業務を無料で行ってくれるのですから、庶民にとっては大変有難い事でしょう。

では、同協同組合の耐震診断を検証します。
此処で公開する「図表-12」から「図表-15」までの図表は、以前に私が関わった物件での資料であり、某共同組合から依頼主へ提出された報告書の一部です。
依頼主は見積書(「図表-15」参照)の通りに耐震改修工事を行ったのですが、如何も納得できない事があり、当方へ改めて耐震診断を依頼されたと云う経緯があります。従って、私も同協同組合の事は以前から色々と聞いてはいましたが、このような資料を手にするのは初めての事であり、当時興味深く拝見した思い出があります。
この診断報告書一冊をもって某協同組合をどうこういう事は適当ではないと思いますが、同協同組合の耐震診断に対する傾向と特徴がこの報告書によく表れていると思い、取上げてみる事にしました。

先ずは、下記の「図表-12」をご覧下さい。

↑ 「図表-12」:某協同組合の耐震診断報告書の表紙

・上記図表の左側を見ると、「精密耐震診断 耐震診断Ⅱ」と記載されています。国交省住宅局監修の「木造住宅の耐震精密診断と補強方法」に準じて作成された診断書との事ですが、次の「図表-13」の診断表のみでは説明不足と思われます。
・同図表の右側では、現地に調査に行った人と診断報告書を作成した人との氏名が掲載されています。この点が同協同組合の特徴の一つで、調査した人と診断した人が異なるのです。第5回の補助金事業において、診断員自らが現地調査を行い、自らが簡易耐震診断報告書を作成し、署名押印する事が義務付けられていますと云いましたが、この事はどの耐震診断法においても同じ事であり大切な原則だと私は考えています。



↑ 「図表-13」:精密耐震診断表

上記図表の右側が、耐震改修(補強)前の診断で総合評点=0.425となっており、同図表の左側は、耐震改修(補強)後の診断結果で総合評点が1.017となっています。総合評点の求め方は、AからFまでを掛け算して求める訳で、この場合の改修後の総合評点(は)=1.0×1.0×1.017×1.0=1.017となっています。

此処で、改修前と改修後での数値の異なる項目は、AとD(E)とFです。これらを比較検討してみます。
(A)地盤・基礎:現況の地盤は「やや悪い」との判断であり、基礎はひび割れのある無筋コンクリート造布基礎との事です。その評点が0.5でありながら改修後は、評点1.0に引き上げられています。その根拠を診断表から読取ると、基礎のひび割れを補修し、地盤を「良い地盤」に改良する事となっています。この件については、「図表-15」の「見積書」で検証します。

(D・E)筋違・壁の割合:「精密耐震診断Ⅱ」で判定を行っているとの事ですが、数値結果に至る根拠が不明です。
次の「図表-14」で説明していますが、壁補強3ヶ所と後付ホールダウン金物4ヶ所の補強で、壁の割合の評点を+0.072上げています。

(F)老朽度:この老朽度も改修前の評点0.9から改修後は1.0に引き上げられていますが、その改修方法が不明確です。
「図表-15」の「現場診断員コメント」欄で説明します。

此処での注意点は、改修前の評点より改修後の評点が上がっている項目は、当然その項目部分を改修しなければ総合評点が1.0以上にはならないという事です。従って、その項目の改修費が必要だという事でもあります。



↑ 「図表-14」:壁配置平面図(耐震壁の位置図)

上記図表の右側は、耐震改修前の壁位置図です。壁横の数値は、壁倍率を表しています。
図表の左側の壁位置図は、耐震改修後を表しており、壁補強が計3ヶ所、後付ホールダウン金物の取付が計4ヶ所です。
改修後の壁倍率は、+5.5上げており、評点は+0.075上がった事になります。
尚、金物について云えば、壁補強部分の金物だけでなく、告示第1460号の「木造の継ぎ手及び仕口の算定」に基づいた検討が必要です。この診断報告書には、この部分がそっくり抜け落ちています。



↑ 「図表-15」:耐震補強費見積書と現場診断員コメント

・上記図表の左側が耐震補強費の見積書です。
当該見積書の内訳をよく見てください。後付ホールダウン金物と壁補強のための壁補強キット及び基礎のひび割れ補修材の三点のみの見積になっています。この診断報告書には、地盤の改修と老朽度の改善方法等が提案されていない事から、見積書にもそれらの改修費用が計上されていません。又、告示第1460号の金物も計上されていません。
従って、依頼主は見積書の通り耐震改修工事を行ったものの、「安全」ランクの建物になっていないのです。この場合の総合評点を求めてみると、0.7×1.0×1.017×0.9=0.64となり、総合評点0.7未満の「大倒壊」ランクであり、耐震改修前と何らかわらない事がわかります。
因みに、地盤と基礎を除く上部構造のみの評点を求めてみても、1.0×1.017×0.9=0.91となり、「安全」ランクの建物には至りません。
依頼主は、耐震改修工事費176万円を掛けて改修したにも関わらす、改修前の評点0.425から0.21程度上げただけで、「安全」とは程遠い状態のままなのです。

・同図表の右側は、現場診断員のコメント欄です。
寂しい内容のコメントと云わざるを得ません。私達専門家が最も力を注ぐのがコメント欄であり、専門家の力量も図れるところでもあります。
具体的コメントもなく、必要最低限の書き込みすらなされていません。又、地盤と老朽度の改善を提案できないのであれば、その旨を記載し、耐震上「安全」ランクにするには、別途費用が必要である事の説明がなされるべきです。

前回において、同協同組合が行った耐震補強工事の平均施工金額が約129万円との発表に対し、私は鵜呑みにはしていませんと申し上げた理由はここにあります。
この診断報告書は、全てにおいて説明不足であり、不親切であると云わざるを得ません。

最後に、今回の表題である「無料の耐震診断は、有得るか?」について、私の見解を述べておきます。
この物件の診断依頼を受けた時に少し調べたのですが、某共同組合は最初に述べたように各地域の組合員を依頼宅へ派遣する現地調査システムになっているようです。組合員は、地元の工務店等が多く、共同組合本部へ会費を納めています。現場へはこの組合員が出向き、指定のマニュアルに沿って現地調査を行います。当然無料ですから組合員の労働対価はなく、交通費等も自己負担のようです。そこまでして如何して行うのかは、耐震補強工事の受注に繋がる期待があるからでしょう。本部は組合員の会費等で賄えるでしょうし、現地調査費を負担しない事から、工事の受注があろうがなかろうが、それによるリスクは伴わないものと思われます。この様に「無料」とは、組合員の犠牲の上に成り立っているシステムであるというのは云い過ぎでしょうか。

更に、見積書に計上される壁補強キットは、指定のメーカー品を必ず使用しています。そのこと事態を問題視しませんが、同メーカーと協同組合の支部が同じ場所に同居している処もあり、先の依頼主によると一体感を感じたとの事です。壁補強キットの価格の適正化の判断や他の補強方法への変更等も難しいようです。
今日においては、これらの懸念も解消されているかもしれませんが、国土交通大臣認可法人として、又、マスコミ等に取上げられて来た事により、知名度も高く広まっているところでしょうから、同システムのより一層の透明化を望みたいと思います。


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