身体が痛くて目が覚めた。
使っているのも簡易ベッドだからな。
今朝も母は生き延びた。
個室に移って３週間が経つ。
わたしも体調に気をつけないと。
数ヶ月前まで母がお世話になっていたホームへ、
利用料を支払いに行った。
五六年通った道を久し振りにバイクで走った。
料金の支払いを無事済ませた。
二度とここに来る事は無いだろう。
自宅で着替えてから病室に戻って、
香港の友人と連絡を取った。
何でも向こうでは、明朝日本で壊滅的な地震が
発生すると言う噂が信じられているそうだ。
それが本当なら、わたしの家よりはこの病院の方が安全だろう。
そんなことより、隣室に移ってきた患者さんが気になる。
昨晩は痰の吸引らしきバキューム音越しに、
男なら我慢しろという看護師さんの怒鳴り声が聞こえた。
向こうも向こうで 大変なようだ。
帰宅して、シャワーを浴び、着替えて病室に戻ると、
しばらくして姉が来た。
自宅の整理は暑いからやっていないと言う。
１日ボーッと映画でも観ているようだ。
香港の友人に自分のケアも忘れ無いように言われた。
ターミナルケア専門の施設で働いていて、
付き添いがダウンする様をいくつも見たと言う。
泊まり込みが続いてわたしも疲労も溜まって来た。
明日は母が以前入っていたホームに最後の支払いに行く。
帰りに何かを食べて体力をつけよう。
今日も一晩母は生き延びた。
最近わたしはすっかり寝坊する癖がついてしまった。
遅く起きて、今はウグイスの鳴き声を聞きながらコーヒーを飲んでいる。
来る予定を姉が今朝キャンセルした。
理由は聞かなかった。
隣の個室へ地獄の亡者の様に大声で呻く男性患者が移って来た。
今も呻きを上げている。
わたしは自宅に着替えに帰った以外は、
母の部屋で、アイスキュロスについて書かれた物を読んでいた。
母の付き添いをしながら、ギリシア悲劇を読むつもりだ。
この2週間、母が死に行くという状況に埋没していた。
わたしが置かれている「現在」という地点を見失っていた。
特殊な状況であるがゆえに自己を見失いやすかったが、
一人の人間の最後に際してわたし本来の主体的なあり方をしたいと思う。
誠実にわたしらしいあり方をしたい。
今日は姉が見舞に来て、２時間滞在した。
毎日来るのは疲れて無理だそうだ。
母の病室での泊まり込みも３週間目に入った。
先の見えない仮の暮らしでわたしも疲れて来た。
だが母と過ごせる時間を大事にしたい。
