北イタリアの3州にまたがる、
イタリア最大の湖Lago di Garda(ガルダ湖)。
この湖の南部に湖に突き出すような形で延びているのがSirmione(シルミオーネ)。
この岬の突端に紀元前1世紀の終わりから紀元1世紀にかけて建てられたとされる
古代ローマの遺構が残っています。
北イタリアでは最大規模の古代ローマ時代の別荘跡としても知られています。
本格的な遺跡の研究はナポレオンの時代に彼の部下であった将官によって
1800年代の初めから開始され
その後、ヴェローナの考古学者Girolamo Orti(ジローラモ・オルティ)が
より詳細な発掘を行い、現在も彼の残した研究がベースになっています。
1939年に美術監督局が大幅な発掘と修復を行ったうえで
1948年から遺構の周辺地域を監督下において保存活動を続けています。
1990年代の研究によって、
遺構全体は単独の建設プログラムによって
構築されたものであるということも明らかになっています。
そのためか非常に明確な空間配置に基づいて建てられており
調和の取れた美しい構造がそのまま残っています。
ローマのドムス・アウレアもそうですが
古代ローマ遺跡というのは
大抵長い時間をかけて蓄積した土に埋もれています。
シルミオーネの遺跡にGrotte(洞窟)と名がついているのは
発掘が始まるまでは鬱蒼とした丘に埋もれていて、
1400年代に初めてその存在が確認されたときには
まるで洞窟のように見えたからです。
シルミオーネは古代ローマ時代の詩人
Gaio Valerio Catullo(カトゥッロ)が賞賛した土地でもあり、
彼の別荘がこの地にあったと言い伝えられています。
実際にはそれを証明するものは未だ確認されていませんが
慣わしとして、長らくこの遺構はカトゥッロの別荘跡と呼ばれています。
非常に壮大な遺構で、
2ヘクタールにも及ぶといわれる敷地の大部分は現在オリーブ畑に覆われていて
発掘されているのは一部分のみです。
別荘は167メートル×105メートルの長方形で
北部と南部の短い側面にファサードの突出部分があったようです。
岬の突端の崖の部分にまたがっているため
その斜面の傾斜を補うために、
北側はかなり広い範囲で石造りの基礎による底上げ構造になっており
一方南側は自然の岩場をかなり切り落として平坦にしているようです。
地下部分は紀元前1世紀のものだといわれていますが
実際に全体の別荘としていつ頃まで使われていたのかは定かではありません。
内部そして周辺から発掘された墓跡などから
紀元4世頃には別荘としての機能は既に失い、
放置された土地になっていたのではないかといわれています。
別荘のメインの出入り口は南側の側面に設けられており、
東西の側面は湖に向かって長い開廊とテラスが設けられ
その二つの開廊が北側面で繋がる形になっています。
西側の下層部分にあって長らく覆われていた開廊の一部は
保存状態もよく、現在見学可能となっています。
南側と北側の上階部分にあったとされる居住ゾーンの建物は
最も風雨にさらされる構造になっていたこと、
また後世に物品や石材の運び出しなどでかなり荒らされたことから
もっとも損傷の多い部分となっています。
南側の地下には
別荘で利用するに足りうるだけの水を貯水しておくための
43メートルの巨大な貯水槽の跡も見つかっています。
遺構の中央にある広い部分は
現在1500本のオリーブが植えられていますが、
その昔は別荘の中庭だったといわれています。
また古代ローマの遺構らしく、温泉設備跡も見つかっています。
Le Grotte Di Catullo
Piazzale Orti Manara 4
Sirmione
入場料:4ユーロ
オープン時間:
3月から10月 火-土8:30-19:30、日曜祝日8:30-14:00
11月から2月 火-土8:30-16:30、日曜祝日8:30-14:00
休館日:月曜日
イタリア最大の湖Lago di Garda(ガルダ湖)。
この湖の南部に湖に突き出すような形で延びているのがSirmione(シルミオーネ)。
この岬の突端に紀元前1世紀の終わりから紀元1世紀にかけて建てられたとされる
古代ローマの遺構が残っています。
北イタリアでは最大規模の古代ローマ時代の別荘跡としても知られています。
本格的な遺跡の研究はナポレオンの時代に彼の部下であった将官によって
1800年代の初めから開始され
その後、ヴェローナの考古学者Girolamo Orti(ジローラモ・オルティ)が
より詳細な発掘を行い、現在も彼の残した研究がベースになっています。
1939年に美術監督局が大幅な発掘と修復を行ったうえで
1948年から遺構の周辺地域を監督下において保存活動を続けています。
1990年代の研究によって、
遺構全体は単独の建設プログラムによって
構築されたものであるということも明らかになっています。
そのためか非常に明確な空間配置に基づいて建てられており
調和の取れた美しい構造がそのまま残っています。
ローマのドムス・アウレアもそうですが
古代ローマ遺跡というのは
大抵長い時間をかけて蓄積した土に埋もれています。
シルミオーネの遺跡にGrotte(洞窟)と名がついているのは
発掘が始まるまでは鬱蒼とした丘に埋もれていて、
1400年代に初めてその存在が確認されたときには
まるで洞窟のように見えたからです。
シルミオーネは古代ローマ時代の詩人
Gaio Valerio Catullo(カトゥッロ)が賞賛した土地でもあり、
彼の別荘がこの地にあったと言い伝えられています。
実際にはそれを証明するものは未だ確認されていませんが
慣わしとして、長らくこの遺構はカトゥッロの別荘跡と呼ばれています。
非常に壮大な遺構で、
2ヘクタールにも及ぶといわれる敷地の大部分は現在オリーブ畑に覆われていて
発掘されているのは一部分のみです。
別荘は167メートル×105メートルの長方形で
北部と南部の短い側面にファサードの突出部分があったようです。
岬の突端の崖の部分にまたがっているため
その斜面の傾斜を補うために、
北側はかなり広い範囲で石造りの基礎による底上げ構造になっており
一方南側は自然の岩場をかなり切り落として平坦にしているようです。
地下部分は紀元前1世紀のものだといわれていますが
実際に全体の別荘としていつ頃まで使われていたのかは定かではありません。
内部そして周辺から発掘された墓跡などから
紀元4世頃には別荘としての機能は既に失い、
放置された土地になっていたのではないかといわれています。
別荘のメインの出入り口は南側の側面に設けられており、
東西の側面は湖に向かって長い開廊とテラスが設けられ
その二つの開廊が北側面で繋がる形になっています。
西側の下層部分にあって長らく覆われていた開廊の一部は
保存状態もよく、現在見学可能となっています。
南側と北側の上階部分にあったとされる居住ゾーンの建物は
最も風雨にさらされる構造になっていたこと、
また後世に物品や石材の運び出しなどでかなり荒らされたことから
もっとも損傷の多い部分となっています。
南側の地下には
別荘で利用するに足りうるだけの水を貯水しておくための
43メートルの巨大な貯水槽の跡も見つかっています。
遺構の中央にある広い部分は
現在1500本のオリーブが植えられていますが、
その昔は別荘の中庭だったといわれています。
また古代ローマの遺構らしく、温泉設備跡も見つかっています。
Le Grotte Di Catullo
Piazzale Orti Manara 4
Sirmione
入場料:4ユーロ
オープン時間:
3月から10月 火-土8:30-19:30、日曜祝日8:30-14:00
11月から2月 火-土8:30-16:30、日曜祝日8:30-14:00
休館日:月曜日
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