ツレヅレグサ

雑記と愚痴と、時々小説

七夕スペシャル短編 ~星に願いを~

2006-07-07 14:51:16 | 小説
  七夕スペシャル短編小説

      星に願いを

 今夜の天気は晴れ。雲もほとんどなく、天体観測のコンディションは良好。
僕はそうつぶやきながら、数年間物置の奥にしまってあった望遠鏡を出してきた。
今日は7月7日、七夕だ。織姫と彦星が一年に一度会うことができるというロマンチックな日。
昼ごろに商店街を歩いてきたけど、笹の飾りがそこらじゅうに置かれ、それらしく短冊が飾ってあるのを見た。
それだけではなく、商店街はこの機会にと『七夕祭り』なんてイベントをやっている。
うちのクラスの男子、あるいは女子の多くがその祭りに行くとか騒いでいた。
でも、僕はそんなお祭り騒ぎをするよりは、太古の昔から人々がやっているように、星を見ることにした。
一応金属製の、ところどころさびた三脚を庭に出し、ちょうど真ん中あたりに立てた。
そして今度は望遠鏡本体、白く塗られた十数センチほどの筒をその上にセットした。
とりあえず準備はよし。あとは辺りがもう少し暗くなってからじゃないと作業ができない。
今夜、天空上での運命の出会いを、僕はこれからレンズ越しに覗くことになるのだ。

 なぜ僕が今日星を見ることにしたかという理由を説明したい。実のところ、僕には彼女がいない。
祭りに行く連中には、ほぼ確実に彼女あるいは彼氏が一人以上いる事を僕は知っている。
そんな中で、連れがいない状況というのはお互い気まずいという事だ。
言い訳に聞こえるかもしれないが、そんな僕にだって好きな人はいる。
でも、いざあの子に告白、というところまで行くには僕の根性がついていけないのだ。
というよりは、彼女に断られることにかなりの恐怖を抱いているのかもしれない。
そんなこんなで今の学年になって3ヶ月が過ぎてしまった。そして今日、僕は寂しく星を見るのだ。
 ちなみに彼女の家は、知り合いのおばさん曰く「この辺り」に住んでいるそうだ。

 家の前を、七夕祭りにこれから行くらしい子供たちが、はしゃぎながら通り過ぎていく。
中にはアニメのキャラクターがプリントされた浴衣を着ている子もいる。
私はそんな子供たちを窓越しに見ながら、ため息をついた。
あ~あ。私にも彼氏がいたら祭りにいくんだけどな。そんな事を願っても、彼氏が突然できるわけではない。
そもそも私には思い切ってやるという事が抜けているみたいだ。物心ついた頃からいつもそうだった。
思い切って塗り絵に色を塗れず、よくわからない絵になってしまった。
思い切ってスタートできず、徒競走ではいつも遅れをとってしまう。
そして思い切って告白もできず、好きな人を逃してしまう。
何もかもが抜けている毎日。変えたいのにそれさえ思いっきりできない。
仕方ない。今年もまた勉強して時間をつぶすか。もうすぐテストがあるから少しは足しになるだろう。
 そうだ。もう少し暗くなったらちょっと外に出て涼もう。私は再び机の上の参考書に向かい合った。

 二人がそうやってそれぞれの行動をとっているとき、NASAではちょっとした騒ぎが起きていた。
「老朽化した我が国の気象衛星の軌道がずれ、大気圏に突入するコースに入っただと?」
還暦をもうすぐ迎えるベテラン管制官が、20代前半の後輩に聞き返した。
後輩のほうは、おどおどしながらも状況を説明した。
「はい、しかし大気圏突入時に燃え尽きるぐらいの大きさなので、地表には落下しないようです」
「うーむ。念のためモニタリングは続ける」
ベテランは彼の示したシュミレーション結果を見ながらうなった。
「今日は待ちに待ったFRIDAYだというのに、まさかこんな非常事態が起こるとはな」
隣にいた東洋系の管制官が二人のやり取りを見ながらつぶやき、長いため息をついた。
「それにしても」
と彼は続ける。
「7月7日に人工衛星の流れ星、か。俺の祖国じゃなかなか風流な事になりそうだな」
「そんな事をほざいている暇があったら、その『流れ星』をモニタリングしろ!」
ベテランが彼に怒鳴ると、彼はやれやれといった調子で再び目の前のモニタを見つめた。
 そのモニタには、衛星が日本上空を通過するコースが映し出されていた。

 午後八時半。陽はすでに沈み、雲ひとつない群青色の空にはたくさんの星が瞬いていた。
僕は望遠鏡のレンズをを天の川に向け、角度を微調整した。そして倍率を調整し、鮮明に映るようにした。
たくさんの星で形づくられた輝く川。その中央で織姫と彦星が運命の再会を果たす。
なーんて、そんな伝説上の物語を今、僕の前で見ることができるわけじゃない。
結局は一人悲しく数時間の間、空に輝く星を眺め続けるだけなんだ。
そんな事を考えながら、僕は星を眺めていた。その数十分後までは。

 午後八時五十分。一応暇つぶしの勉強を終えた私は、外に出ることにした。
外に出ると、空一面にたくさんの星が瞬いていた。とてもきれいだった。
七夕祭りには行けなかったけど、今日、こんな空が見られてよかったと思いながら、
私は家の周りを歩くことにした。
 でも、やっぱり彼氏がいれば七夕祭りに行く気になったかもと考えてしまった。
バカみたいだった。何でいまさらそんな事を考えるのか、自分でもわからなかった。
いまさらそんな事言っても仕方ないじゃん。私は無理やり思い込ませて再び歩き始めた。
 でも、そんな散歩をしていたのはその数十分後までだった。

 役目を終えて数年間ほったらかしにされていた衛星は、何らかの要因により、安定した軌道をそれ、
地上へと落ちて燃え尽きる道をたどっていく。そして、大気圏に突入した。

 数十分も星を見ていると、次第に飽きてきた。何より、レンズの焦点を合わせる事が面倒だ。
この望遠鏡を買った、というより買ってもらった時は、親父にいつもそういう作業をやってもらっていた。
だが、親父が単身赴任(ある意味別居)の状態では、僕自身がやるしかない。
 そもそも、何で望遠鏡を持っているかというと、小さい頃の夢が天文学者だったからだ。
昔からなんで月が満ち欠けするのかとか、何で太陽が東から上って西に沈むのかとか、
そんな事ばかり不思議に思っていた。そのうち字が読めるようになってから、
まだ幼かった僕は、なぜか天文学者という仕事に憧れたのだった。
そんな僕に、親父が誕生日祝いとしていきなり買ってきたのがこの望遠鏡だった。
ずっと後になって親父に聞いたのだが、どうやらかなり高価な物だったらしい。
僕は今日みたいな晴れた夜には、親父と一緒に庭に出ては望遠鏡で星を眺めていた。
しかし、年齢が上がるにしたがって幼い頃の情熱はすっかり冷め、親父も母ともめて単身赴任してしまった。
そしてこの望遠鏡は、僕の受験勉強の邪魔になるからと、僕自身が物置にしまったまま忘れていた。
 それがなぜか、こんな日に限って望遠鏡の事を思い出し、昔のように眺めているなんて。
僕はそんな事を考えながら望遠鏡のそばから離れ、バルコニーに置いていた炭酸飲料を飲んだ。
 と、ちょうど家の門の方をボーっと眺めていたとき、あの子が歩いているのを見た。
祭りの帰りか?僕は一瞬思ったが、こんな早く帰ってくるわけないだろう。
祭りは午後十一時過ぎまでやっているのだ。こんな時間帯に歩いているはずはなかった。
そのまま通り過ぎると思ったが、どういうわけか立ち止まり、こっちを見た。
そして、ためらいがちにちょっと来てという仕草をした。どうかしたのか?
僕は彼女のいる門の前に早足で歩いていった。

 ちょうどあの人の家の前まで歩いてきたときだった。その人がちょうどバルコニーで炭酸飲料を飲んでいた。
そして庭の中央には、ところどころ錆びてはいるけど、天体望遠鏡があった。
どうやら彼も七夕祭りに行かなかったらしい。私とおんなじか。
よし、思い切って声をかけてみよう。別に声をかけるだけなんだから、大丈夫。
でも、なぜかやっぱり緊張して、声がかけられなかった。何とか身振り手振りでこっちに来てと伝える。
伝わったのかどうかわからないけど、彼はこっちに駆け寄ってきた。
「何やってんの?」
彼はそう尋ねてきた。私はどもりながらも、こう説明した。
「あ、あの、星空がきれいだなって思って、そ、外に出たら、ちょうど、えっと、
 庭にいるのを見て、ぼ、望遠鏡があったから、・・・」
「ああ、あの望遠鏡?かなり小さいときに親父が買ってきたやつだよ。
 今日は雲もほとんどなくて、星がきれいだからちょっと天体観測でもしようかなって」
彼はそう言って自然な目線で天の川を見た。私もそれにつられて空を見た。
そこには、美しく輝く天の川と、たくさんの星があった。しばらく無言で空を眺めていた。
「・・・せっかくだから望遠鏡で見てみる?望遠鏡で見た星もまた面白いよ」
彼はそう言いながら、私のほうを見た。私はその言葉に戸惑ったけど、結局見ることにした。
 彼は望遠鏡のピントを合わせると、私に見てもいいよ、と合図した。
私はおどおどしながら望遠鏡の接眼レンズを覗いた。そこは、数百倍に拡大された星の輝きに満ち溢れていた。
「わぁ!」
思わず声を上げて、私はその光をしばらく眺めた。レンズから目を逸らすと、そこには笑っている彼がいた。
「他の星も見る?」
彼がそうきいてきたので、私は二つ返事で承諾した。
 それから一時間の間、私は彼とかわりばんこにレンズを覗き込んだ。そこに見えるのは
夏の星座だったり、寄り添うようにして輝く星の集まりだったりした。
しばらくして、私は肉眼で星を眺めたくなったので、望遠鏡からバルコニーに移動した。
肉眼で見る星と、望遠鏡で見る星。そのどちらもが魅力的で、美しく感じた。
実際には燃え盛る灼熱の星だけど、数十、数百光年離れたここからではただの輝く点にしか見えない。
でも、そのたくさんの点が集まって、夜空に一つの巨大な絵画を描いている事が素敵で、
すばらしくて、信じられなかった。
ふと思う。織姫と彦星の伝説ができた頃の人々も、同じようにこの空を眺めていたのだろうか。

 僕も彼女も星を見ることに飽きたので、バルコニーでボーっと眺めようという事になった。
僕は台所に行き、飲み干した炭酸飲料の空きボトルを捨て、代わりに、
冷蔵庫からキンキンに冷えたジュースの入ったボトルを二つ出した。
バルコニーに戻ると、彼女はそのふちに腰掛けて、何かを考えているようだった。
僕は彼女に音を立てず忍び寄ると、その頬にボトルを当てた。
「キャッ、冷たい!」
案の定、彼女は冷たさと突然さに驚きながら振り返った。僕は片方のボトルを彼女に差し出した。
「これ、飲んでもいいよ」
「あ、ありがとう」
 僕は彼女のそばに座り、ジュースを飲みながらはるか遠くの星を眺めた。
「望遠鏡で見るのもいいんだけど、やっぱこうやって眺めるのが一番だよね」
僕は半ばつぶやくように、空を見上げて言った。そして彼女のほうをチラッと見た。
彼女はやや恥ずかしそうに、顔を少々赤らめている。まあわからなくもないけど。
 そのとき、東の空に光り輝く線が走った。もしかして流れ星?僕はそう直感した。
そういえば小さい頃、流れ星に願い事をすると、その願い事が叶うっていう話があった。
流星群が来た時には、一度やってみた。結局は叶わなかったけど。
よし、次に流れ星が来たら願い事をしよう。今度は将来の夢でも、億万長者でもなく、
もっとくだらない事を願おう。今、現実になってほしい、他人にしてみたらくだらない願い事を。
「あのさぁ」
僕は彼女に声をかけた。彼女がこっちを見る。
「もし流れ星を見たら、願い事してみる?来るとは思わないけど」
「願い事・・・」
彼女はそうつぶやいた。僕はもう一度「うん。願い事」と言った。
「私も願い事しようかな」
「どんな?」
「他人には言えないこと。だってそんなこと人には言えないもん」
それもそうだよな、と僕は思う。彼女にだって好きな人はいるんだから。
 と、そのとき、再び流れ星が見えた。今度のはひときわ明るい。
僕たちは、それぞれの願いを心の中で叫び、流れ落ちる星の欠片に祈った。

   あの人に告白する勇気がほしい。

   あの人にこの思いを伝えられますように。

 
 その後、僕たちそれぞれの思いが叶ったかというのは二人だけの秘密。


                               The END.



 七夕に寄せて ~作者あとがき~

 現在進めるべき小説をないがしろにしてこれを完成させるなんて、と言う人がいるかもしれない。
しかし、この小説はある意味、自分自身に対しての挑戦だった。
今までジャンルを決めず、自由気ままに書いてきたが、それではこの後続かないだろう。
だからこそ、今回のように季節限定で、このような短編を書くことにした。
ここまでは作者のいい加減な言い訳だと思って聞いてほしい。
 今回、俺が最も苦手とするジャンル、淡い恋愛系を書いた。
はっきり言って出来としては合格点といったところで、こういう類の物を書いてる人から見れば『屑』小説だ。
だが、たまにはこういう物も書かないと気が済まないのも事実だ。
何しろ、最近はNCアナザーやRSといった戦闘物を書いているせいか、こういう小説に飢えている。
また、こういう物も前から一度書いてみたかったというのも事実だ。
まあいつものように一人称からの描写が多い。今回は二人それぞれの視点から書いてみた。
こんな形で書いてみると、登場人物の個性的な観点が自然と現れるので便利だ。
俺としては、第三者からの視点の方が苦手だ。
 閉話休題。七夕=恋愛系という価値観なので、今回は恋愛系で書いた。
数年前はこういう短編を書こうと思っても書けなかった。
というのも、その当時は今よりもずっと様々な表現を知らなかったのだ。
そのせいでいつも平坦な文章になってしまい、結局続かなくてやめた。
今回はまあまあ言い出来になった。少なくとも今までの書きかけよりは。
まあ今後はしばらくの間NCアナザーから始まったaaaシリーズを書いていくので、
当分こういう小説は書かないと思う。
 だが、もしかするとクリスマスにはまた特別短編を書く気になるかもしれない。
そのときはまた、俺にこりずに読んでくれるとありがたい。



                      2006年7月7日 制作:akkiy



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