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首里城 【4】

2020年02月01日 00時01分52秒 | 日記

 スイグシク(首里城)は伝承や史料などによると

中山王の居城として、六百年以上使用された

 

首里城は琉球国時代三度火災などで焼失している

一度目は、1543年第一王統時代

 

志魯と布里の王位争いで破壊焼失する

再建に十年以上要した

 

1660年火災により二度目、再建に十一年

 

三度目は1709年火災によって正殿、北殿、南殿など焼失し

その時薩摩藩から二万本近い原木が提供されている

 

現在視る(2019年10月31日以前)首里城は三度目の火災後の

建築された建屋を基に再建されたものである

 

1879年(明治12年)沖縄県設置により

琉球国最後の、十九代尚泰王が首里城を後にする

 

城主がいなくなった首里城は荒廃が進み崩壊状態になり

門の幾つか取り壊され正殿も取り壊しも検討されるまでに至った

しかし伊藤忠太や鎌倉芳郎、関係者の働きによって保存が決まった

 

首里城跡は沖縄神社の社殿となり、源為朝と歴代国王が祀られ

1927年から1932年に掛けて正殿の改修工事が行われた

 

第二次世界大戦中日本軍が首里城の下に地下壕を掘り

軍総司令部を置いた1945年5月25日から3日間に渡り

アメリカ軍の攻撃により27日に首里城は全て焼失した

 

戦後琉球大学が建設され多くの遺構が撤去埋められた

1958年に守礼門が再建される

1972年日本復帰に伴い首里城跡は国の史跡に指定され

城の入り口観会門と周囲の城郭などが再建される

1979年琉球大学が移転し首里城再建計画が策定され

本格的に復元が始まった

 

沖縄県民の悲願だった首里城復元は多くの人々の努力によって

1992年再建され首里城、城域も首里公園として整備せれた

2000年に世界遺産として登録された

 

2019年10月31日火災により八棟が焼損

正殿、南殿、北殿、など六棟が全焼した

首里城五度目の火災焼失である 

実に残念である

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