居た堪れずに、典子は何度か途中駅で降りようと思った。
しかし、降りると城島との約束の時間に遅刻する。
夫は夕飯までには帰ってくる。短い逢瀬を充実させたい。
やっとの気分で横浜へ着くと、彼女はサングラスの女を巻く事にした。
わざわざエレベーターを利用してトイレに寄った。
ここまで付いてこないだろうと並んでると後ろに女の姿を見た。
慌てて典子は逃げ出した。
人通りの多い駅のコンコースを駆ける。
振り返る人も多かったが、この際そんな事言ってられない。
約束のレストランの近くで息を切らして立ち止まった典子は、思いもかけず城島の姿を認めた。
電話をかけていた。
「上手く行きますって。敵はウブな女だ。イチコロですよ」
上品な城島の言葉と思えなかった。
卑しい笑みが口許に浮かんでいる。
回れ右をして典子は元来た道を引き返した。
虫酸が走る様な気持ち悪さが身体中を走った。
帰宅する途中、典子は地面に落ちたシャボン玉を見た。
まるで自分の様だと思う。
よくある悪い男に甘ちゃんの自分は引っかかりそうになったのだ、シャボン玉の様に中身のない女だと。
休日出勤の洋司は予定より早く帰って来た。
そして不審そうな顔をした。
どんな時でも手作りの料理が待っている筈が、出前の寿司とインスタントの吸い物、
漬け物が並んでる食卓だったからだ。
椅子には青い顔した妻が萎れ切ってもたれかかっていた。
「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
その言葉が合図の様に、ワーワーと典子は泣き出した。
緊張感と恐怖感が夫の言葉で解け、彼女は感情を失禁したかの様に、ただ涙を流すばかりである。
洋司は典子の背を撫でた。
典子は洋司の胸に縋った。
その途端、ゲンキンなもので涙が止まった。
「ひとまず、食事してからだ」
典子は夫のためにつまみを出してビールを注ぎ、自分は熱いほうじ茶を飲んだ。
評判のいい店で取った寿司は美味しかった。
人心地つくと典子は妙にヤケクソになった。
「騙されたの!」
言っちゃえ、どうなってもいい。
典子はSNSを始めたきっかけから、小夜の虐め、城島との経緯をすべて打ち明けた。
洋司は途中からニヤニヤして聞いていた。
「お前って馬鹿だね」
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