読書の森

三年目の浮気 その9



居た堪れずに、典子は何度か途中駅で降りようと思った。
しかし、降りると城島との約束の時間に遅刻する。

夫は夕飯までには帰ってくる。短い逢瀬を充実させたい。
やっとの気分で横浜へ着くと、彼女はサングラスの女を巻く事にした。
わざわざエレベーターを利用してトイレに寄った。
ここまで付いてこないだろうと並んでると後ろに女の姿を見た。

慌てて典子は逃げ出した。
人通りの多い駅のコンコースを駆ける。
振り返る人も多かったが、この際そんな事言ってられない。

約束のレストランの近くで息を切らして立ち止まった典子は、思いもかけず城島の姿を認めた。
電話をかけていた。
「上手く行きますって。敵はウブな女だ。イチコロですよ」
上品な城島の言葉と思えなかった。
卑しい笑みが口許に浮かんでいる。

回れ右をして典子は元来た道を引き返した。
虫酸が走る様な気持ち悪さが身体中を走った。



帰宅する途中、典子は地面に落ちたシャボン玉を見た。
まるで自分の様だと思う。
よくある悪い男に甘ちゃんの自分は引っかかりそうになったのだ、シャボン玉の様に中身のない女だと。

休日出勤の洋司は予定より早く帰って来た。
そして不審そうな顔をした。

どんな時でも手作りの料理が待っている筈が、出前の寿司とインスタントの吸い物、
漬け物が並んでる食卓だったからだ。
椅子には青い顔した妻が萎れ切ってもたれかかっていた。

「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」
その言葉が合図の様に、ワーワーと典子は泣き出した。

緊張感と恐怖感が夫の言葉で解け、彼女は感情を失禁したかの様に、ただ涙を流すばかりである。
洋司は典子の背を撫でた。
典子は洋司の胸に縋った。

その途端、ゲンキンなもので涙が止まった。
「ひとまず、食事してからだ」
典子は夫のためにつまみを出してビールを注ぎ、自分は熱いほうじ茶を飲んだ。
評判のいい店で取った寿司は美味しかった。

人心地つくと典子は妙にヤケクソになった。

「騙されたの!」
言っちゃえ、どうなってもいい。
典子はSNSを始めたきっかけから、小夜の虐め、城島との経緯をすべて打ち明けた。

洋司は途中からニヤニヤして聞いていた。
「お前って馬鹿だね」

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