読書の森

愛してるから その1



依田覚との待ち合わせの約束まで、まだ1時間ある。
レモン色のコートを着た櫻子はショッピングセンターのベンチに座ってスマホを見た。
覚からの連絡を待つためでない。
SNSの仲間のメッセージを読んで時間を潰すつもりである。

寛いだ気分で画面を開く。
と、突然物騒なメッセージが飛び込んできた。
「このまま進むとあなた依田に殺されます」
それだけのメッセージである。

タイムラインにないメッセージで、時々やり取りする女性のアカウントだが、そんなメッセージを出す筈ない。
彼女が依田覚を知ってる訳が無いのである。

「成りすまし」だと園井櫻子は直感した。
悪戯をしてると考えるのが妥当である。
それにしても誰がどうして依田覚とデートするのが分かったのか?



櫻子と覚は学校時代に旅の同好会で知り合った。
旅と言っても東京近郊の小旅行を楽しむ会である。
二人ともあまり部活動に熱心な会員ではなかった。

それに櫻子は日本文学、覚は物理学を専攻して、校舎も遠く滅多に会う機会も無かった。

それで、秋の高尾山のハイキングが二人の出会いとなった。
その時はたまたま参加者が少なかった。
全山紅葉にはまだ早いが、清澄な空気と豊かな自然に櫻子は心が解き放たれた気がしていた。

10代の櫻子は割と奥手で特定の異性と付き合った事がない。デート一つしてなかった。
丸顔の笑顔が愛らしい顔で華奢な容姿もモテるタイプであるのに、ひどくツンとして愛想が悪かったのである。

下り道の前を歩く覚が脚を滑らせて転んだ時、咄嗟に櫻子が手を差し伸べたのも解放感が影響してたのだろう。

その時の覚もどうかしていた。
櫻子の手を必死に自分に引き寄せてしまった。
大柄な覚の力は強く、ひとたまりも無く櫻子は倒れた。

二人は抱き合うように山道を転んだのである。

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