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お江は三代将軍家光の生母ですが、偉大なる乳母春日局の陰に隠れた存在になっています。
幼少期の家光が要領が悪い為、利発な弟を偏愛したという話が伝わり、美しいが権高で感情的な女というイメージが今も残っています。
ところがこの小説は、そんな彼女のイメージを180度覆すもので、永井路子独自の「お江様」を作り上げています。
第一に、お江は姉であるお茶々やお初よりずっと器量が劣っていたそうです。
そして、性格はヒステリーどころか極めておっとりして魯鈍に見える程だったというのです。
今に伝わるお江の性格悪い説は、彼女の身分や夫に恵まれた事を羨む女達が捏造した、とあります。
そう言われれば、そうなのかも知れない、そうでないかも知れない。
歴史は事実と虚構が入り混じり、特に人となりについて一概に全てを信じる事は出来ません。
当人は納得していても、事実関係を詳しく説明しないと他の人に分かり難い事はあるものです。
そういう意味で、永井路子の史実に基づいたフィクション(には違いないですが)は、目が醒める思いがしました。
徳川将軍の正妻であり、かつ生母である女性はお江の他にありません。
夫は極めて実直でお江を愛して、二人の間に7人の子があったそうです。
お江は夫より先に看病の甲斐もなく54歳で亡くなりましたが、将軍はたいそう嘆き悲しんだという事です。
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豪奢な江戸城内の暮らしと身分に恵まれ、妻一筋(一回だけ浮気をしたそうです)の夫を持ち、7人も子を成した上品な奥方様、お江はいかにも幸せな人に思えます。
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豪奢な江戸城内の暮らしと身分に恵まれ、妻一筋(一回だけ浮気をしたそうです)の夫を持ち、7人も子を成した上品な奥方様、お江はいかにも幸せな人に思えます。
私自身、悲劇の美人姉妹の中の出世頭と捉えていました。
しかし、永井路子の見方は全く違います。
お江は幼少期から運命の波に弄ばれて、自分の意思や感情を失くしてしまった女と描かれているのです。
実際、史実だけ追っていくと、まさに彼女の前半生はこれでもかこれでもかという試練の連続でした。
母は信長の妹、お市の方、非常な美貌の持ち主だった故に幾多の不幸に遭うのです。
一歳で生まれ故郷の城を戦で追われ、父は斬首されました。
その後お市が再婚、又もや戦に敗れ、母は自害します。
幼くして転々と住居を変え、敵である秀吉の下に引き取られてから、姉妹の誰よりも早く12歳で政略結婚させられます。
考えるに信長の姪というプライドの高い姉たちに比べ、扱い易くて、いいようにされたのではないでしょうか。
嫁ぎ先は小大名で、姉たちから馬鹿にされたとか。
ただ優しい夫で仲も良く二年の間に二子を成したとも言います。
ところが、夫の不始末が秀吉の不興を買い、離縁させられ、又政略結婚の道具になります。
相手は秀吉の養子です。
その夫の子を身籠って直ぐ、夫は戦死してしまう。
詳しく知れば知るほど、よくもまあこれほどの過酷な運命に揉まれて心が壊れなかったな、と感心してしまいました。
ところが、運命は彼女をそっとしておいてくれません。
出戻りの彼女は又も女として利用されて、徳川家康と姻戚関係を結ぶ為に6歳も歳下の秀忠に嫁ぎます。
それから彼女の運は開くのです。
嫁いだ夫に愛されたところから、女性としてかなり魅力的な人であったと想像します。
ただ、それが心の幸せに繋がったかというとかなり疑問があります。
彼女は極端に自分の意見を出さない人に思えます。
否、あまりにも運命に翻弄されて諦めきっていたのかも知れません。
姉のお茶々が大阪城の落城で死に瀕した時も、娘の千姫が危機に陥った時も、自分から助けてとは言わなかったらしいです。
決して嫌いではなかった前夫と引き裂かれた挙句、その夫との子供を育てる事を許されないのです。
それに第一、あまりに幼い頃に亡くなった為、実の親の愛情を全く受けていないのです。
政治的な策略で動かされている、意見を出せば殺されるかも知れない、そんな青春を送っていた訳ですね。
この傷は後の経済的に満たされた幸せだけで癒されるものではないと思います。
それに比べて、お茶々は悲劇の人ではありましたが思う様に自分の意見を出せたのではないでしょうか。
又、次女のお初は京極家に嫁ぎ、そのまま寡婦となり、女としての心の地獄は見ずに住んだと思えます。
この人が姉妹の中で一番幸せだったのではないでしょうか。
人の一生の幸不幸は、表面上だけで判断出来るものではないと私は思います。
(尚、この小説は先日の『意気地なし』と同じ文庫内に収められています)