読書の森

紫姫の駆け落ち その1



戦国の世も終わりを告げようとしていた。
飛騨の国の奥深い山城の一角に、人目を避ける様に紫姫の住まいがあった。
姫とはいえ、城主戸田泰昌の実の娘ではない。
泰昌の兄、先の城主戸田泰清と正室容子の忘れ形見であり、泰昌の養女として育てられた。

姫は木立に囲まれた離れの居室で、罪み人さながらに人から隔てられて暮らしいた。
戸田城下は勿論、城内に於いても紫姫の存在を知る人は殆ど居ない。

世間から忘れられた事さえ姫は自覚していない。生まれついての自然児といった形で山奥に住み着いていた。
娘盛りの15になったというのに、姫は裏山に登り、花を愛で、虫と遊ぶ事を止めなかった。

姫君という身分に凡そ相応しくなく、彼女は動作が機敏で、よく光る眼差しと艶やかな小麦色の肌を持つ。
この山猿の様な娘をよくよく注意して見ると、如何にも利発そうな表情を示すのに気がつくだろう。


生活の不自由が無い様に、忠実な下男と下女が付けられてはいるが、城下から全く隔離された。

姫から城へ出向く事は出来ず、城からの使いに言伝てするだけである。
姫はただ一人の使いの武士、高井飛雄馬を通して外界と接触しているのだ。

先の城主のたった一人の忘れ形見を、何故戸田家は疎んじるのか?


このように姫を処遇するのは、実は叔父である城主の本意ではなかった。
奥方の波子が、姫が真実を知らぬ様に画策したのである。

真実とはいつの世も残酷さを含む。
姫の両親は殺し殺されたのである。

満月の美しい晩、突然紫姫の母が傍の夫を懐剣で刺した。
息の残る夫は枕元の刀で妻を袈裟懸けに倒した。
丁度その時紫姫は、乳母の懐で絹の夜着にくるまれスヤスヤと眠っていた。

凄い程冴え冴えした月光の下、開け放たれた寝間の純白の布団は真っ赤に染まって、その上で仲の良かった夫妻は朱に染まり、目を見開いて亡くなっていた。

追記:戸田城主はかって実在してますが、この物語とは何の関係もありません。





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