
破綻は、卒業後二人が共に司法試験にすべった時から始まった。
秀樹は「かけもちのアルバイトをしながら、試験に再チャレンジする」と頑張っていた。
一方、沙織は自分の能力に見切りをつけた。
それは、秀樹を知れば知る程、彼との優劣の差がはっきりするからだった。
それは寧ろ小気味良いくらいで、沙織はただ彼を尊敬しついて行きたいと願った。
小さな教育出版社に沙織は職を得た。
司法試験は諦め、秀樹を支えるつもりだった。
彼女の生き甲斐は、司法試験合格でなく、秀樹の幸せになったのである。

ここまで沙織が真剣になってくると、秀樹は逃げ腰になった。
もはや沙織は、秀樹が愛した明るくて聡明な学生ではなかった。
生々しい女が自分を飲み込み、破滅させる気がした。
二人が最後に会ったのは、町外れの酒場だった。
蜜柑色の明かりの下で、沙織の目が光を帯びていた。
以前は綺麗だと思った目の光まで違って見える。
沙織の目は必死に秀樹に「捨てないで」と訴えている。
秀樹は連日の過酷な労働と学習で疲れ果てていた。
沙織は可愛い女の子だったが、その時どうでもよくなってしまった。
彼は重ったるい荷物を放り出したかった。
ちょっと眉をしかめて彼は言った。
「ともかく、僕は今はっきり言える立場じゃない。
当分僕たち会わん方がいいな。
友達以上の感情は持たないから」
口から出た言葉は、彼自身信じられない程冷たいものになった。
ガチャンと秀樹の椅子がなった時、沙織はクラクラと地面が揺れる思いがした。