読書の森

秋深き



非情な嵐や重い曇天を過ぎての、澄んだ高い秋空は宝石のように思われます。

秋はしみじみと更けて、人を歌詠みにしたり、詩人にしたりするようです。

松尾芭蕉が詠んだ
「秋深き 隣は何を する人ぞ」
は一読すると、世間から離れ飄々とした句にみえますが、実は芭蕉が病の床から送ったものです。
隣とは俳句仲間の事で「今頃何をしているのだろうか」と想いを馳せています。
その後、芭蕉は直ぐに他界するのですから、長閑な句などと言っておれません。

「風もなき 秋の日一葉 また一葉
おつる木の葉の うらまるるかな」
これは若山牧水の歌です。

これらの作品に接すると、この美しい季節を自分は又来年も味わえるのだろうかという思いが一瞬よぎります。

逆に、自分がどうなろうと、世の中は美しい季節が巡ってくるのだと考えると不思議な安堵感があります。


私的な事で、9月は亡父の誕生日、10月は両親の結婚記念日、11月は亡母の誕生日、12月に私の誕生日です。

家族でプレゼント交換をする習慣があったので、この季節はフクフクした気分がありました。

秋に限らず、季節の移ろいは止めようとしても止まりません。

「曇りなき 十一月四日の空の色 留めおきたき この目の中に」
拙作です。
牧水の歌
「曇りなき 十一月三日の 空の日の かなしいかなや 静かに照れる」
をもじりました。


お昼に、小麦粉がまだいっぱい残ってましたのでホットケーキを作りました。

小麦粉など粉類は虫が付き易いので、開封したらきちんと冷蔵庫に保存して早く使い切るそうです。

昨日申しましたように、来し方行く末を考えてモヤモヤしている秋です。
ただ、大事なのは現実を確実に捉えていく事ですね。

などと、ちょっと格好悪いホッケーキをパクリと頂きました。













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