読書の森

柴田トヨ 『くじけないで』



「秘密」

私ね 死にたいって
思ったことが
何度もあったの
でも、詩を作り始めて
多くの人に励まされ
今はもう
泣きごとは言わない

98歳でも
恋はするのよ
夢だってみるの
雲にだって乗りたいわ

作者は柴田トヨ、市井の98歳の婦人である。
なんて可愛らしいお婆ちゃんだと言う前に、この歳にしてこれだけの詩を作る気力や知力に感心する。

彼女は90歳を過ぎてから息子の勧めで詩を書き始めたそうだ。
産経新聞などに投稿を続けて、98歳で『くじけないで』を自費出版した。
素晴らしいエネルギーである。
それが巷で評判になって、2010年本格的に出版されてベストセラーになったのだ。

彼女は、豊かな家に生まれたが、10代で家が傾き奉公に出て、苦労を乗り越えてきた人である。
家族を看取った小さな家で、晩年を独りで過ごした。

彼女の詩の世界は初々しい少女の様で、苦労など感じさせない澄んだ明るさがある。
何より、今の世には貴重なしみじみとした人情味が伝わってくる詩である。

彼女と同様に文学の好きな息子の愛情が後押しして、限りなく優しい詩の数々が生まれたのだろう。

2013年、1月トヨは老衰で安らかに亡くなった。



実は、この詩集は読書好きの亡母が最後に購入したものだ。
90歳近い彼女は、この本を読みながら安らいだ表情を浮かべていた。
細い身体全体がほっとした様子を見せていた。

その様に、この本は辛い思いで疲れた人に生きる気力を与える。

最晩年に、多くの読者に力を与えて、才能の花を開かせた柴田トヨさんは幸せな人だなあと思う。
今遺る写真の笑顔は実に穏やかで美しい。

トヨさん、優しい言葉を本当にありがとう。

読んでいただきありがとうございました。

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