読書の森

アガサ・クリスティ 『謎の盗難事件』


最近図書館に行かないので、書評を紹介するチャンスに恵まれません。
そこで、「読書の森」」として過去の書評で目についたものを、添削し再UPさせていただきます。
お目に留まれば幸いです。



古いミステリーファンの中でアガサクリスティを知らない方はいないだろう。
ストーリーの多様性、心理描写の確かさ、鋭い推理力、かつ豊かな文学性がある、比類のない女流ミステリー作家である。
こういった褒め殺しの文句を並べながらも、実は少し前まで私の中にはあの古き良き前世紀を代表する過去の作家だという観念があった。
『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行殺人事件』、『ナイルに死す』などドラマティックそのものの名作を、懐かしむ気持ちが強かっただけだ。

しかし、どうも最近の推理小説は肌に合わず、読んだ喜びがわかない。
図書館であれこれ見ても、ピンとこなくなった。
そこで手にしたのがこの一冊、短編集『死人の鏡』である。
とっつきは悪かったが、読めば読むほど味が出てくる。
しかも、彼女の人間観察の目は広く深く、今日に十分通用するのに驚いた。

本著に収められた作品は4作である。
まず、謎解きが非常に面白い。
コチコチの固定観念を覆す人間観察がある。

作品の中でも「人間くらい面白くて、、底の知れないものなんて絶対にないと思う」と登場人物に言わせている。
むしろ、底が知れない面白さを持っているから人間なのだと私も思う。

又、人の死に方として病死、事故死、自殺、他殺、がある。
普通ミステリーで扱うのは他殺でここから犯人探しが始まる事になっている、
自殺や事故死を装った他殺はよく見かける。
ところが、さすがクリスティ、他殺を装った自殺を本著で扱っている。
その動機の描き方も抜群のうまさだ。
このように丁寧かつ頭の良い仕事に触れると、日ごろの憂さも忘れ本当にスカッとする。


さて、『謎の盗難事件』は国にとっての重大機密の書類が盗まれるという事件である。
舞台はランチを楽しむ紳士淑女、広壮な屋敷の中の優雅な一室である。
例にによって細やかな人物描写がある。
高潔な政治家や知識人、美しい婦人たち、絵に描いたような上流層の集まりである。

長閑な時間、突然書類を盗まれたこの館の持ち主、次期首相候補の長官の叫びが響く。
書類とは彼自身が作った自国製の爆撃機の設計図だった。

そして、盗まれた時にこの家に他のものが入った形跡もなく、出て行った客もない。
当然、犯人は客の誰かかと思われる。
さて、動機はなにか?盗みの手口はどういうものか?

他の三作品も面白いし、抱き合わせで詠んでもらうために思い切ってネタバレにする事を許していただきたい。
なぜなら、この作品の最後の一節で、時事問題に対するアガサの考えが小気味良く示されているからである。

誰もが怪しく誰もが怪しくないと思えるプロセスの中で、ポアロは見事な謎解きをして犯人にそれを告げる。
犯人は、被害者の筈の長官自身だった。
皆の隙を見て、自分のポケットに自分が作成した国家機密である重要な設計図面を入れたのである。

なぜ、彼はわざわざこのような事件を起こしたのだろうか?
それは、敵国政府側が、過去の長官の過ち、キャリア危機の情報を記録していたからである。
敵国からその記録の手紙と国家機密の設計図との交換を申し入れられた長官は窮余の策として、自分の命を絶って、重要書類盗難事件にすり替えた。
つまり、最終的に外部の誰かに盗まれ、設計図が敵国に渡る事をもくろんだのである。

大変な冒険である。

ここに裏があり、敵が手に入れた設計図に長官は微妙に気付かれない変更を施した。
その爆撃機は爆発不可能で、最終的に彼の失敗作だったと敵に思わせるためである。
引き換えにスキャンダルの元となる手紙はわが手に戻るはずだし、母国を売ることもない。
誰をも傷つけず、小さな騒ぎにすることで危機を脱したのである。


「もし自分こそ祖国の帰趨を決する責任を、国家から負わされた人間だと心から信じているのでなければ、今度のような、、、双方の要求を上手く通す真似、うまいからくりを使って、わが身を災いから救うような真似はしなかったでしょう」
とポアロの感嘆した言葉に、政治家をこう答えさせている。
「閣下。相反する要求をうまく活かせないようでは、とても政治家とはいえますまい!」

アガサクリスティーはすっごいなと感じ入った。

今後、古いのに怖気づかず、クリスティ作品を紹介していきたい。
なぜなら、それは色褪せぬ知恵の宝庫だからだ。


読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

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