読書の森

私だけが知っている 最終章



悟はキュートな梨花を初めて見た時から好きだった。
無色透明の悟の存在に梨花は全然気がつかない。
おそらく告白しても笑って断るだけだろう。

悟はずっと梨花を見守っていた。
いつか彼女が分かってくれる時がくる。
梨花が敬吾と別れた時、内心チャンスだと思った。

初詣の誘いは、悟にとって幸運を呼ぶデートの誘いに思えた。

梨花は神社の裏手に回った後、悟はわからない様に自分も裏手の崖に行ったのである。



告白した時、梨花はゲラゲラ笑い出した。
「戸川君、鏡見てもの言いなよ。その顔で付き合うっていうの?私と」
又笑う。

若くて綺麗で驕りに満ちた梨花の姿が歪んで見えた。
悟は耐えてきた三年の愛する思いが、激しい憎しみに変わるのを覚えた。

「あっ、何すんの!」
気がついた時、梨花に襲いかかっていた。思い切り殴ってやりたかった。

梨花は逃げようとして脚を滑らせ、柵のない崖から落ちて行った。



「それで何故今ごろ知らせてくれるの?」
「戸川はつい先日亡くなった。その前に告白の手紙を僕に送ったんだ」

冴子は言葉を飲んだ。

卒業後、勤勉な、いや勤勉過ぎるサラリーマンだった戸川は、穏やかな家庭を築いていたと言う。

ただ、心の中に修羅を抱えていたのだろう。
死因は過労死だった。

「私あの時何してたか分かる?」
冴子は呟く様に言った。
「何?」
「ぐるっと回ってもう一度お参りしたの。必ずあなたと一緒になれます様にって」

敬吾は呻く様に言った。
「僕たちさ、梨花や悟の気持ちを全然理解してなかった。自分たちの事ばかり考えてたね。話し合える機会はあったのに」

もはや遅いのである。

二人がそれぞれの家庭に帰る道に、日の光が名残惜しげに影を作った。
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