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奇跡の少女 知里幸恵(朝日新聞)

2011-06-24 00:00:00 | イベント情報・書評
奇跡の少女 知里幸恵
2011年06月24日

■民族の誇り 見事な翻訳
 1918(大正7)年、アイヌ語研究者の金田一京助は、旭川に住むアイヌの口承叙事詩、ユーカラの優れた伝承者である金成マツさん宅を訪ねました。
 アイヌ民族の伝統文化の収集記録に奔走していた金田一は、ここで一人の少女と出会います。彼女の名は知里幸恵。この時、15歳。登別で農業を営むアイヌ民族の知里高吉の長女として誕生し、6歳の時に祖母と伯母・金成マツに引き取られ、ユーカラを子守歌に育ちました。頭が良くアイヌ語も日本語も流暢(りゅうちょう)に話しユーカラにも詳しい幸恵は、金田一にとって、まさに「天が私に遣わせてくれた天使」であり、奇跡の少女でした。
 幸恵もまた「ユーカラは貴重な文学」という金田一の言葉に民族の誇りを呼びおこされます。多くの人にアイヌ文化の素晴らしさを伝えたいと、心臓病に苦しみながらもユーカラの翻訳を開始。ノート1冊を仕上げるのに7カ月もかかったそうです。翻訳はあまりにも見事で美しく、すぐに出版が決まりましたが、幸恵は校正終了を見届けると同時に19歳の若さで早世。翌年、刊行された「アイヌ神謡集」が多くのアイヌ民族に力を与えたのは言うまでもありません。
 さて、「語学の天才」と言われた幸恵ですが、実は音楽の才能も優れていたそうです。美声だった幸恵がよく歌っていたのは「赤とんぼ」だったそうですよ。
   ◇
 知里幸恵(1903~22)。登別市生まれ。金田一京助の勧めで口伝えだったユーカラのローマ字での表記と和訳に取り組む。13編を収めた「アイヌ神謡集」はアイヌ民族自身によるユーカラの本格的記録の最初のもの。言語学者、知里真志保の姉。


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