毎週末、行事が続きますが、先週末は息子の中学校の
PTA自治会対抗バレーボール大会が行われました。
生徒数では県内有数のマンモス中学校ですが、この大会に出る
自治会はわずか5自治体 汗。
かくいう私ども自治会も、昨年初参加だったのですが・・・
さて、その後に行われた慰労会では大いに盛り上がり
このための行事ではないかと思うほどでした(笑)
夕方からは、母の三七日が取り行われました。
母が亡くなってから、毎週末毎に法要がございます。
二七日、三七日、四七日、五七日、初月忌、六七日、七七日(四十九日)
当事者になったことがないので、こんなに毎週あるとは
ホントにびっくりしています。
私は、たまたま実家の隣に住んでおりますので いつでも行けますが
例えば、夫の実家である富山県だったら、結構な負担だと思います。
近年、色々な場面で簡素化が進んでいると伺いますが
簡素化できるところは、どんどん改革していって欲しいと思います。
さて、祭壇に飾られている母の遺影を見ていると、「お母さん」という
語りかけが一番相応しいように思うのですが、「◯◯院△△△△なる
戒名で語りかけて下さい」 と、お坊さんに言われました。
理由は、この世の名前で語りかけると、母の霊がこの世に未練を持ち
浄土への往生の妨げになるというのです。
私は、熱心な仏教徒でもありませんし、どちらかと言うと現実主義の
持ち主ですが、お坊さんのお話の中で、なるほどと思うことと
「」と思うことがたまに出てきます。
母は、私や妹が「お母さん」と呼び、娘・息子たちが「おばあちゃん」と
呼んでも、決してこの世に未練を残して魂が成仏できない。なんてことは
無いと、私は信じています。
だから、これからもお母さんの遺影に話しかける時は
「お母さん、今 何をしてますか?私は今日、久々にビーチボールじゃない
本物のバレーをしたんだよ」
「◯◯(娘)が昨夜、無事にグアムから帰ってきたよ」って語りかけます。
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