腹話術人形けんちゃんの日記

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太宰治の「人間失格」115ページ・2017年6月13日(火)

2017-06-13 07:49:31 | 日記
太宰治の「人間失格」115ページ

 「ようし。ゲンマンしよう。きっとやめる」

 そうして翌日、自分は、やはり昼から飲みました。

 夕方、ふらふら外へ出て、ヨシちゃんの店の前に立ち、
 
 「ヨシちゃん、ごめんね。飲んじゃった」

 「あら、いやだ。酔った振りなんかして」

 ハッとしました。酔いもさめた気持でした。

 「いや、本当なんだ。本当に飲んだのだよ。酔った振りなんかしてるんじゃない」

 「からかわないでよ。ひとがわるい」

 てんで疑おうとしないのです。

 「見ればわかりそうなものだ。きょうも、お昼から飲んだのだ。ゆるしてね」

 「お芝居が、うまいのねえ」

 「芝居じゃあないよ、馬鹿野郎。キスしてやるぞ」

 「してよ」

 「いや、僕には資格が無い。お嫁にもらうのもあきらめなくちゃならん。

  顔を見なさい、赤いだろう?飲んだのだよ」

 「それあ、夕陽が当っているからよ。かつごうたって、だめよ。きのう約束したんですもの。

  飲む筈がないじゃないの。ゲンマンしたんですもの。飲むだなんて、ウソ、ウソ、ウソ」

「人間失格」113ページ・2017年6月06日(火)

2017-06-06 07:39:07 | 日記
「人間失格」113ページ

 けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。

「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる」

 バアの向かいの、小さな煙草屋の17、8の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、

八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。

「なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪

を消せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハート

に希望を持ち来すは、ただ微醺をもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい」

「わからない」

「この野郎。キスしてやるぞ」

「してよ」

ちっとも悪びれず下唇を突き出すのです。

「馬鹿野郎。貞操観念、……」

 しかし、ヨシちゃんの表情には、あきらかに誰にも汚されていない処女のにおいが

していました。

「人間失格」70ページと71ページ・2017年6月05日(月)

2017-06-05 04:00:40 | 日記
「人間失格」の70ページと71ページ
                                         
 その夜、自分たちは、鎌倉の海に飛び込みました。女は、この帯はお店のお友達か

ら借りている帯やから、と言って、帯をほどき、畳んでい岩の上に置き、自分もマント

を脱ぎ、同じ所に置いて、一緒に入水しました。

 女のひとは、死にました。そうして、自分だけ助かりました。

 自分が高等学校の生徒であり、また父の名にもいくらか、所謂ニュウス・バリュー

 があったのか、新聞にもかなり大きな問題として取り上げられたようでした。
 
 自分は海辺の病院に収容せられ、故郷から親戚の者がひとり駆けつけ、さまざまの

始末をしてくれて、そうして、くにの父をはじめ一家中が激怒しているから、これっきり

生家とは義絶になるかも知れぬ、と自分に申し渡して帰りました。けれども自分は、

そんな事より、死んだツネ子が恋いしく、めそめそ泣いてばかりいました。本当に、

いままでのひとの中で、あの貧乏くさいツネ子だけを、すきだったのですから。

太宰治の「人間失格」の137ページ・2017年6月04日(日)

2017-06-04 19:35:48 | 日記
太宰治の「人間失格」の137ページ

 東京に大雪の降った夜でした。自分は酔って銀座裏を、ここはお国を何百里、ここ

はお国を何百里、と小声で繰り返し繰り返し呟くように歌いながら、なおも降りつもる

雪を靴先で蹴散らして歩いて、突然、吐きました。それは自分の最初の喀血でした。

雪の上に、大きい日の丸の旗が出来ました。自分は、しばらくしゃがんで、それから、

よごれていない個所の雪を両手ですくい取って、顔を洗いながら泣きました。

「人間失格」140ページの日本語とその英訳・2017年6月04日(日)

2017-06-04 08:02:08 | 日記
「人間失格」の140ページ

 これは、造血剤。

 これは、ビタミンの注射液。注射器は、これ。

 これは、カルシウムの錠剤。胃腸をこわさないように、ジアスターゼ。

 これは、何。これは、何、と五、六種の薬品の説明を愛情をこめてしてくれたのです。

が、しかし、この不幸な奥さんの愛情もまた、自分にとって深すぎました。

最後に奥さんが、これは、どうしても、なんとしてもお酒を飲みたくて、

たまらなくなった時のお薬、と言って素早く紙に包んだ小箱。

 モルヒネの注射液でした。

This is a medicine to build your blood.

This is a serum for vitamin injection.

Here is the hypodermic needle.

These are calcium pills.

This is diastase to keep you from getting an upset stomach.

Her voice was full of tenderness as she explained

each of the half-dozen medicines.

The affection of this unhappy woman was however to prove too intense.

At the last she said, "This is a medicine to be used when

you need a drink so badly you can't stand it."

She quickly wrapped the little box.

It was morphine.