太宰治著「人間失格」(新潮社)47ぺーじ
酒、煙草、淫売婦、それは皆、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事の出来る
ずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかって来ました。それらの手段を求める
ためには、自分の持ち物全部を売却しても悔いのない気持さえ、抱くようになりました。
自分には、淫売婦というものが、人間でも、女性でもない、白痴か狂人のように見
え、そのふところの中で、自分はかえって全く安心して、ぐっすり眠る事ができました。
みんな、哀しいくらい、実にみじんも慾というものが無いのでした。そうして、自分に、
同類の親和感とでもいったようなものを覚えるのか、自分は、いつも、その淫売婦たち
から、窮屈でない程度の自然の好意を示されました。何の打算も無い好意、
押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意、自分には、その白痴か
狂人の淫売婦たちに、マリヤの円光を現実に見た夜もあったのです。
酒、煙草、淫売婦、それは皆、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事の出来る
ずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかって来ました。それらの手段を求める
ためには、自分の持ち物全部を売却しても悔いのない気持さえ、抱くようになりました。
自分には、淫売婦というものが、人間でも、女性でもない、白痴か狂人のように見
え、そのふところの中で、自分はかえって全く安心して、ぐっすり眠る事ができました。
みんな、哀しいくらい、実にみじんも慾というものが無いのでした。そうして、自分に、
同類の親和感とでもいったようなものを覚えるのか、自分は、いつも、その淫売婦たち
から、窮屈でない程度の自然の好意を示されました。何の打算も無い好意、
押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意、自分には、その白痴か
狂人の淫売婦たちに、マリヤの円光を現実に見た夜もあったのです。