■2600年前の空気に触れながら、神州日本の神々を巡る。
さて、先日「東国三社巡り」に行って来たので、珍しく旅行記を書こうということで、
簡単に頭出しとして、その1、その2を書きました。
【旅行記】 東国三社巡りに行ってきた その1
【旅行記】 東国三社巡りに行ってきた その2
そして、まずは最初に訪れた香取神宮の散策記を書きました。
【旅行記】 東国三社巡りに行ってきた その3
で、今回の「その4」は鹿島神宮になります。
今回の、東国三社のなかでは、最も有名で規模が大きく、観光としても確立しているのがこの鹿島神宮になります。
歴史はやはり2600年余りで、先の香取神宮とは兄弟のような関係になるのようです。
車では東関東自動車道の潮来ICからものの10分くらい
東京駅八重洲南口からも高速バスが運行されているようです。
鹿島神宮のホームページによると
http://www.kashimajingu.jp/wp/jingu/jingu01
御由緒
遙かな神代の昔、高天原(たかまのはら)の八百万神(やおよろずのかみ)達は、我が国を「天孫(すめみま)(天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御孫)の治める豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)」とすることを決められ、これに先立ち、まず国中の荒ぶる神々や夜も昼も騒がしい世の中を言向(ことむ)け平定(やわ)することが先決であると衆議一決しました。
御祭神
「古事記」「日本書紀」によりますと、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)は、宇宙自然の創世に成りませる陰陽の神、イザナギ、イザナミの両神より生まれた火の神カグツチより誕生された、とされています。即ち原初の自然創世の頃に成りませる神であります。
ということで、なんかよくわかりませんが、なんか凄そうです。
香取神宮同様、2600年以上前からこの地に鎮座されている神様なのでそれだで十分すごいのですが。
さて、まずは、神社からちょっと離れた無料駐車場に車を止めます。
もっと神社のそばにも有料駐車場があり、安いです(200円くらい)
でも今回は神社まで軽く歩きたかったので、無料駐車場の方に。
そして、神社に向かってテクテク歩きます。。。
すると、こんなオブジェが。
そうですね、鹿島といえば、サッカーの鹿島アントラーズの本拠地でもありますね。
だからサッカーボールのオブジェがあるんですね。納得。
そしてまたオブジェが。今度は鹿の親子?鹿島だから鹿ですね。
そもそもこの鹿島神宮の神様は白い鹿に乗ってこの地に来たと言います。
はい、ものの5分程度歩いたら、鹿島神宮に着きました。
でもなんか、感じが変!って思ったら、
鳥居がないじゃん!
えーなんでー!
と、まごついているところ、一人の赤い服を着た、妙齢の女性がこちらに近づいて来ました。
女性 「あのー、今日は鹿島神宮への参拝ですか?」
負け豚 「はいそうです」
女性 「わたくし、無料案内ボランティアなのですが、よろしかったらご案内差し上げましょうか?」
負け豚 「え?団体じゃないですが、本当によいのですか?」
女性 「はい、大丈夫です」
負け豚 「それはありがたい、ではお願いします!」
という事で、なんと無料案内ボランティアをしていただけることになりました。
この鹿島神宮では、こういった無料案内ボランティアの方が何人かいて、参拝客に見どころや、いろいろな逸話などを案内してくれているのです。
初めての人は、絶対にお勧めですよ。
今回もとても親切に案内して頂けました。
この場を借りてお礼をしたいと思います。
どうもありがとうございました。
で、話を戻すと
「鳥居がなーい!」
で早速、このボランティアの女性に聞くと
「これを見てください」
と言われてみたのがこの写真。
「今回の3.11の大震災で、鳥居は崩れてしまったのです。」
「ここがその鳥居の柱があった跡になります。」
あの大地震で鳥居は倒れてしまったのです。
そうですね、ここは茨城県。
東北みたく騒がれていませんが、立派な被災地だったのですね。
案内ボランティアの女性が続ける。
「あの3.11の二日前にこの神社で祭りがあり、この辺りは出店や飾りなどで賑わっていた場所でした。そしてまさに3.11の日の祭りの後片付けをしており、片付けが終わったのが午後2時ごろ。そして震災が来て鳥居の崩壊が3時過ぎ頃。
もし、もう少し大震災の日が早かったら、鳥居に倒壊で大勢の参拝客に悲劇が。
もし、もう少し大震災の時間が早かったら、鳥居に倒壊で大勢の後片付け者に悲劇が。
まさに、片づけ終わって人が去った直後の震災そして鳥居の倒壊。
奇跡的にけが人も出さずに済んだ。
鹿島神宮の神様のせめてものご加護があったのだろう。」
なるほど、そんな奇遇な事があったのか。
いきなりこんな話を聞き神妙な気持ちになった負け豚でした。
つづく。。。