一応、続きモノになっています。
第1話 覚悟の祈り
第2話 理由探し
街に着いてから、男はあの手この手で仕事を探し、ようやく古く大きな建物の清掃の仕事を手に入れた。
口ひげをはやした気さくなオーナーは、素性の分からない男を快く雇ってくれた。
オーナー「そんなにたくさんお給料あげられないけどね…まぁ、しばらくやってみてちょ。
で、仕事はこちらの方にいろいろ教えてもらってちょ。」
と、やや腰の曲がったおばあさんを紹介された。おばあさんはジロッと男を見たが、口元だけニヤリと会釈?をして、スタスタと歩いていく。
慌てて男はおばあさんのあとを追いかけた。
男「よろしくお願いします!」
おばあさん「あぁ、よろしく。じゃあさっそくやるかい。
まずは全館ほうきで掃いてくよ。」
と言いながら、掃き掃除を始めた。男も見よう見まねで掃いていく。
男は自分のエネルギーを信じて、無我夢中で仕事に没頭した。そのスピードはおばあさんよりも速く、次々に廊下を綺麗にしていった。そのことに男は少し得意になりながら、さらに仕事を進めた。
と、おばあさんが男に言い放った。
おばあさん「うーん、ダメだね。やり直し。」
その言葉に男は少々面食らい、怪訝な顔をしておばあさんを見た。
おばあさん「なんだい、その顔は。
じゃあ、わしの仕事をしばらく見ていなさいな。」
そう言って再びおばあさんは掃除を始めた。男はばつを悪くしながらも、おばあさんの掃除を眺めた。
最初男は、少々いらだちながら眺めていたが、ふとあることに気付いた。
何度見てもそのおばあさんの動きはとてもゆっくりなものだった。しかし、廊下のホコリはみるみるうちに綺麗になり、その綺麗になった廊下を見ているうちに、気付けばおばあさんはずっと向こうまで掃除を進めていた。
男が自分の掃除した廊下を見てみたら、あちこちにホコリは残っており、目に見える大きなゴミまで残っていた。
おばあさん「なにやっているんだい、あんたも早くやりなさいな。」
ずっと遠くに行ってしまったおばあさんの声がする。男はあわてて掃除を再開したが、今度は丁寧にやっているせいか、おばあさんとの距離はどんどん開いていく。
男はとにかく出来る範囲でがむしゃらにやりながら、おばあさんについていった。
ひと段落し、晴れ上がった空の下、おばあさんとお茶を飲みながらの休憩。
おばあさん「まぁ、なんだかんだよくやってるよ、あんた。
あのときと比べたら随分変わったねぇ。
まぁ、安心しな。あんたはまだまだ変われるから。」
あのときの老人と同じく、初対面のおばあさんの言葉に驚きを感じたが、この一言は男にとって素直に嬉しいものだった。
男「おばあさんはゆっくりやっているようでいて、とても仕事が速いですね。
何かコツとかあるんですか?あれば教えてほしいのですが…」
おばあさんはお茶をひと口すすって、遠くを見ながら言った。
おばあさん「コツ?んなもん、ないねぇ。
なんたって50年もこの仕事してるから、そんな若い衆に負けられんワイ。
まぁ、強いて言えば…あんた、仕事してるとき何を考えながらやっとる?」
男は少し考えて、
男「特に何も考えないで、一生懸命にやるようにしています。
没頭、集中、やっぱりこれが一番でしょう?」
おばあさんはまた、口元だけニヤリとして、こう言った。
おばあさん「まぁ、それはそれでいいワイ。
だけども、それだけじゃあ、なかなか大変なのじゃよ。
どんなに一生懸命にやっても、なかなかうまくいかないことが続くと、イヤになって投げ出したくもなろう。
そうなっては、元も子もなかろうが。」
男は不思議そうな顔でおばあさんを見つめる。
おばあさん「あんた、人間と動物の決定的な違い、って何だかわかるかい?」
男はしばらく考え込んだあと、
男「知能を持っている、ってことですか?」
と答えた。すると、おばあさんはうなずきながら答えた。
おばあさん「まぁ、そういう風にも言えるかの。
しかし、知能は他の動物も少なからず持っておる。
生きるための知恵、とでも言おうか、そうやってしっかり子孫を残しておる。
知能など、それだけあれば十分ではないかの。
ここであんたに教えておこうかの。
人間と動物の決定的違いは、『想像力』じゃ。
もちろん、動物にも想像力はある。
しかしそれは、直近の危険の察知や、今日の餌場探しにしか使わん。
人間の想像力は、それがずーっと延長したようなもんじゃ。
過去と未来に。
本当にずーっとじゃ。
自分の生を通り越すほどずーっとじゃ。
これに、どんな意味があると思う?」
男は、深く考え込んで、ためらいがちに口を開いた。
男「よくはわかりませんが…それが色んな技術の進歩を生み出したりする、ってことですか?」
おばあさん「いいとこついとるナ。
過去の他人の想像による創造を膨らませて、さらに大きな想像をする、それが新しい技術、創造となる。
人間にはそういった無限の想像力というものがあるのじゃ。
そうやって、これまで陸を走り、海を渡り、空を飛んだ。
それらも初めはとんでもない空想、妄想から始まったのじゃ。
しかしこの想像力は、はじめっからふたつに分裂していたのじゃ。
それは『恐怖の想像力』と『希望の想像力』とでも言おうかの。
この二つの想像力が溶け合い、ときにはぶつかり合い、そうして発展してきたのじゃ。
人間にはこのどちらの想像力も持ち合わせておる。
あんたのこれまでの人生を観ると、恐怖の想像力を多用していたようじゃの。
ろくな想像をしてこなかったみたいじゃの、かっかっか。」
男は何となく気分を害して、残りのお茶を一気に飲み干した。
おばあさん「まぁ、それも過去のこと。
紛れもなく、あんたもいまだにどちらの想像力も持ち合わせておる。
ただ、いままで恐怖の想像力しか使ってこなかったのだろうヨ。
まぁ、その話は置いといて、希望の想像力について話してみようかの。
あんた、今この掃除のお仕事について、どれだけの希望を想像できるかの?」
男「うーん、掃除して、綺麗になって、オーナーが喜ぶ…かな?」
おばあさん「まぁ、それぐらいかの、あんたの希望の想像力では。
さっきも話したが、人間の想像力は無限じゃ。
もっともっと希望の想像が出来るのじゃ。もっとやってごらんなさいな。」
男は眉間にしわを寄せて、口を尖らせながらしばらく考え込んで答えた。
男「…綺麗になった廊下をお客様が気持ちよく歩いている、とか、
子供たちが遊んで走って転んでも汚れない、とか…うーん。」
おばあさん「おぉ、なかなか良いではないか!
そうそう、そうやって真剣に希望の想像を働かせるのじゃ。
あんたが仕事をするとき、それを常に意識して仕事をするがよい。
常にじゃぞ。
常に意識して行動していれば、その意識はゆっくりとではあるが無意識に落ち込んでゆく。
あんたの今の無意識は相当汚れとるからなおさらじゃ。
無意識の想像力は強力じゃ。
この過程で、あんたは無意識の恐怖の想像に操られるかもしれん。
『うまくいかなったら…』とか『自分には無理では…』とか。
その恐怖の想像に常に気付いてすぐさまやめて、意識的に希望の想像をするのじゃ。
いずれその希望の想像力が無意識に落ち込めば、
そこから本当の学びがやってくるであろうの。」
男はいまいち意味がわからないまま、おばあさんの次の言葉を待った。
おばあさん「今はお仕事について話したけども、
このことはお仕事だけではないぞ。
日々の生活でも、常に希望の想像力を使うこと。
あんたは手も足も十分動くであろう?
顔も動くんなら表情も作れるだろう?
言葉も喋れるだろう?
考える脳も持っておろう?
それらを動かすとき、逐一希望の想像力を働かせなさい。
あんたの手を動かすとき。
そう動かすことにどんな希望があるのか。
あんたの足を動かして移動でもするとき。
そう動かすことにどんな希望があるのか。
あんたの表情を作るとき。
その表情をすることでどんな希望があるのか。
あんたが言葉を話すとき。
そう言葉を放つことでどんな希望があるのか。
あんたが考え事をするとき。
そう考えることでどんな希望があるのか。
常に希望の想像力と共に、行動するのじゃ。
そうすれば、めったなことは出来なくなるぞ。
まぁ、出来なくなることはほとんどムダなことばかりだから、
生きることがだいぶスリムになるかの。」
男はわかったような、わからないような気分で聞き返した。
男「そんなことって可能でしょうか?
生きていると色んなヤなこともあるし、
そうなったときでも希望を想像するなんて…。
そして、恐怖の想像力ってそんなにムダなことばかりなんですか?」
おばあさん「可能かどうかは、周りを見渡せばわかること。
ようく探してごらん。
活発で笑顔で活動している人は、希望の想像と共にある。
他人から見てイヤなことも、平気でやっているように見える。
そういう人を探して、いろいろ教えてもらえばよい。
学ぶことはたくさんあるだろうヨ。
そして、恐怖の想像力について。
それはあんたが一番知っておろうが。
今まで多用して生きてきたあんたの人生はどうだった?
自分の胸に聞いてみるがよい。
まぁ、あんたの人生がムダだった、と言っているわけではないぞ。
あんたのしてきたことがムダだった、ということじゃ。
恐怖というのは防衛じゃ。
自分を守るために人はどうする?
財産を守るためにセキュリティでもつけるだろう。
権威を守るために規則でがんじがらめにするだろう。
命を守るために武装でもするだろう。
その先にあるのは争いじゃ。
争いが先にあって守るのではない。
守ろうとするから争うのじゃ。
人間の想像力は無限じゃから、
こちらもどうしても過剰になるのう。」
男は胸をえぐられる気持ちになりながらも、その目は真剣な眼差しだった。
男「もう少し教えてください。
希望の想像をしながら行動すると、どうなるのですか?」
おばあさんは穏やかな表情で男に向かって言った。
おばあさん「希望の想像が現実になるんじゃよ。
それを創造、ともいうかの。創り出すのじゃ。
あんたも普段意識していないかもしれないが、
きちんと希望の想像を使っておる。
朝、寝床から起き上がる。
コップ一杯の水を飲む。
朝食を作って食べる。
全部望みどおりになっているではないか。
それが創造というものじゃ。
しかし、頭の中でただ大それた夢を描くだけではいかん。
常に体の動き、行動と共に描くのじゃ。
この腕の動き、この足の動き、この表情の先に、
あんたの描く希望の想像があることを常に意識する。
意識して、意識して、ゆくゆくは無意識で想像する。
そして、いつか目の前に想像の結果が創造されて現れる。
それの繰り返しじゃ。
ここで大事なことを言うぞ。
希望の想像をするときは、初めにまず自分や他人、環境の現状を認めてやることじゃ。
良いときも、悪いときも。
それを完全に受け入れたあとに初めて、希望の想像が沸き起こるであろう。
受け入れないままでは、恐怖の想像が膨らむままじゃ。
受け入れる、とは許すこと。
あんたは宇宙で起こるすべてのことを許すことが出来る。
自分も、他人も、その他生物も、無生物も。
良いことも、悪いことも。
過去も、未来も。
今はただ、あんたがそれらを限定的に選んで許しているだけじゃからの。
許すのにもエネルギーがひつようじゃが、
あんたも持ってる愛、ってやつなら許せるんじゃないかの。
さぁ、長くなってしまったの。
仕事、仕事。」
男は、最後の言葉に身を引き締めながらも、
スタスタ歩いていくおばあさんを尊敬の眼差しで追いかけた。
第1話 覚悟の祈り
第2話 理由探し
街に着いてから、男はあの手この手で仕事を探し、ようやく古く大きな建物の清掃の仕事を手に入れた。
口ひげをはやした気さくなオーナーは、素性の分からない男を快く雇ってくれた。
オーナー「そんなにたくさんお給料あげられないけどね…まぁ、しばらくやってみてちょ。
で、仕事はこちらの方にいろいろ教えてもらってちょ。」
と、やや腰の曲がったおばあさんを紹介された。おばあさんはジロッと男を見たが、口元だけニヤリと会釈?をして、スタスタと歩いていく。
慌てて男はおばあさんのあとを追いかけた。
男「よろしくお願いします!」
おばあさん「あぁ、よろしく。じゃあさっそくやるかい。
まずは全館ほうきで掃いてくよ。」
と言いながら、掃き掃除を始めた。男も見よう見まねで掃いていく。
男は自分のエネルギーを信じて、無我夢中で仕事に没頭した。そのスピードはおばあさんよりも速く、次々に廊下を綺麗にしていった。そのことに男は少し得意になりながら、さらに仕事を進めた。
と、おばあさんが男に言い放った。
おばあさん「うーん、ダメだね。やり直し。」
その言葉に男は少々面食らい、怪訝な顔をしておばあさんを見た。
おばあさん「なんだい、その顔は。
じゃあ、わしの仕事をしばらく見ていなさいな。」
そう言って再びおばあさんは掃除を始めた。男はばつを悪くしながらも、おばあさんの掃除を眺めた。
最初男は、少々いらだちながら眺めていたが、ふとあることに気付いた。
何度見てもそのおばあさんの動きはとてもゆっくりなものだった。しかし、廊下のホコリはみるみるうちに綺麗になり、その綺麗になった廊下を見ているうちに、気付けばおばあさんはずっと向こうまで掃除を進めていた。
男が自分の掃除した廊下を見てみたら、あちこちにホコリは残っており、目に見える大きなゴミまで残っていた。
おばあさん「なにやっているんだい、あんたも早くやりなさいな。」
ずっと遠くに行ってしまったおばあさんの声がする。男はあわてて掃除を再開したが、今度は丁寧にやっているせいか、おばあさんとの距離はどんどん開いていく。
男はとにかく出来る範囲でがむしゃらにやりながら、おばあさんについていった。
ひと段落し、晴れ上がった空の下、おばあさんとお茶を飲みながらの休憩。
おばあさん「まぁ、なんだかんだよくやってるよ、あんた。
あのときと比べたら随分変わったねぇ。
まぁ、安心しな。あんたはまだまだ変われるから。」
あのときの老人と同じく、初対面のおばあさんの言葉に驚きを感じたが、この一言は男にとって素直に嬉しいものだった。
男「おばあさんはゆっくりやっているようでいて、とても仕事が速いですね。
何かコツとかあるんですか?あれば教えてほしいのですが…」
おばあさんはお茶をひと口すすって、遠くを見ながら言った。
おばあさん「コツ?んなもん、ないねぇ。
なんたって50年もこの仕事してるから、そんな若い衆に負けられんワイ。
まぁ、強いて言えば…あんた、仕事してるとき何を考えながらやっとる?」
男は少し考えて、
男「特に何も考えないで、一生懸命にやるようにしています。
没頭、集中、やっぱりこれが一番でしょう?」
おばあさんはまた、口元だけニヤリとして、こう言った。
おばあさん「まぁ、それはそれでいいワイ。
だけども、それだけじゃあ、なかなか大変なのじゃよ。
どんなに一生懸命にやっても、なかなかうまくいかないことが続くと、イヤになって投げ出したくもなろう。
そうなっては、元も子もなかろうが。」
男は不思議そうな顔でおばあさんを見つめる。
おばあさん「あんた、人間と動物の決定的な違い、って何だかわかるかい?」
男はしばらく考え込んだあと、
男「知能を持っている、ってことですか?」
と答えた。すると、おばあさんはうなずきながら答えた。
おばあさん「まぁ、そういう風にも言えるかの。
しかし、知能は他の動物も少なからず持っておる。
生きるための知恵、とでも言おうか、そうやってしっかり子孫を残しておる。
知能など、それだけあれば十分ではないかの。
ここであんたに教えておこうかの。
人間と動物の決定的違いは、『想像力』じゃ。
もちろん、動物にも想像力はある。
しかしそれは、直近の危険の察知や、今日の餌場探しにしか使わん。
人間の想像力は、それがずーっと延長したようなもんじゃ。
過去と未来に。
本当にずーっとじゃ。
自分の生を通り越すほどずーっとじゃ。
これに、どんな意味があると思う?」
男は、深く考え込んで、ためらいがちに口を開いた。
男「よくはわかりませんが…それが色んな技術の進歩を生み出したりする、ってことですか?」
おばあさん「いいとこついとるナ。
過去の他人の想像による創造を膨らませて、さらに大きな想像をする、それが新しい技術、創造となる。
人間にはそういった無限の想像力というものがあるのじゃ。
そうやって、これまで陸を走り、海を渡り、空を飛んだ。
それらも初めはとんでもない空想、妄想から始まったのじゃ。
しかしこの想像力は、はじめっからふたつに分裂していたのじゃ。
それは『恐怖の想像力』と『希望の想像力』とでも言おうかの。
この二つの想像力が溶け合い、ときにはぶつかり合い、そうして発展してきたのじゃ。
人間にはこのどちらの想像力も持ち合わせておる。
あんたのこれまでの人生を観ると、恐怖の想像力を多用していたようじゃの。
ろくな想像をしてこなかったみたいじゃの、かっかっか。」
男は何となく気分を害して、残りのお茶を一気に飲み干した。
おばあさん「まぁ、それも過去のこと。
紛れもなく、あんたもいまだにどちらの想像力も持ち合わせておる。
ただ、いままで恐怖の想像力しか使ってこなかったのだろうヨ。
まぁ、その話は置いといて、希望の想像力について話してみようかの。
あんた、今この掃除のお仕事について、どれだけの希望を想像できるかの?」
男「うーん、掃除して、綺麗になって、オーナーが喜ぶ…かな?」
おばあさん「まぁ、それぐらいかの、あんたの希望の想像力では。
さっきも話したが、人間の想像力は無限じゃ。
もっともっと希望の想像が出来るのじゃ。もっとやってごらんなさいな。」
男は眉間にしわを寄せて、口を尖らせながらしばらく考え込んで答えた。
男「…綺麗になった廊下をお客様が気持ちよく歩いている、とか、
子供たちが遊んで走って転んでも汚れない、とか…うーん。」
おばあさん「おぉ、なかなか良いではないか!
そうそう、そうやって真剣に希望の想像を働かせるのじゃ。
あんたが仕事をするとき、それを常に意識して仕事をするがよい。
常にじゃぞ。
常に意識して行動していれば、その意識はゆっくりとではあるが無意識に落ち込んでゆく。
あんたの今の無意識は相当汚れとるからなおさらじゃ。
無意識の想像力は強力じゃ。
この過程で、あんたは無意識の恐怖の想像に操られるかもしれん。
『うまくいかなったら…』とか『自分には無理では…』とか。
その恐怖の想像に常に気付いてすぐさまやめて、意識的に希望の想像をするのじゃ。
いずれその希望の想像力が無意識に落ち込めば、
そこから本当の学びがやってくるであろうの。」
男はいまいち意味がわからないまま、おばあさんの次の言葉を待った。
おばあさん「今はお仕事について話したけども、
このことはお仕事だけではないぞ。
日々の生活でも、常に希望の想像力を使うこと。
あんたは手も足も十分動くであろう?
顔も動くんなら表情も作れるだろう?
言葉も喋れるだろう?
考える脳も持っておろう?
それらを動かすとき、逐一希望の想像力を働かせなさい。
あんたの手を動かすとき。
そう動かすことにどんな希望があるのか。
あんたの足を動かして移動でもするとき。
そう動かすことにどんな希望があるのか。
あんたの表情を作るとき。
その表情をすることでどんな希望があるのか。
あんたが言葉を話すとき。
そう言葉を放つことでどんな希望があるのか。
あんたが考え事をするとき。
そう考えることでどんな希望があるのか。
常に希望の想像力と共に、行動するのじゃ。
そうすれば、めったなことは出来なくなるぞ。
まぁ、出来なくなることはほとんどムダなことばかりだから、
生きることがだいぶスリムになるかの。」
男はわかったような、わからないような気分で聞き返した。
男「そんなことって可能でしょうか?
生きていると色んなヤなこともあるし、
そうなったときでも希望を想像するなんて…。
そして、恐怖の想像力ってそんなにムダなことばかりなんですか?」
おばあさん「可能かどうかは、周りを見渡せばわかること。
ようく探してごらん。
活発で笑顔で活動している人は、希望の想像と共にある。
他人から見てイヤなことも、平気でやっているように見える。
そういう人を探して、いろいろ教えてもらえばよい。
学ぶことはたくさんあるだろうヨ。
そして、恐怖の想像力について。
それはあんたが一番知っておろうが。
今まで多用して生きてきたあんたの人生はどうだった?
自分の胸に聞いてみるがよい。
まぁ、あんたの人生がムダだった、と言っているわけではないぞ。
あんたのしてきたことがムダだった、ということじゃ。
恐怖というのは防衛じゃ。
自分を守るために人はどうする?
財産を守るためにセキュリティでもつけるだろう。
権威を守るために規則でがんじがらめにするだろう。
命を守るために武装でもするだろう。
その先にあるのは争いじゃ。
争いが先にあって守るのではない。
守ろうとするから争うのじゃ。
人間の想像力は無限じゃから、
こちらもどうしても過剰になるのう。」
男は胸をえぐられる気持ちになりながらも、その目は真剣な眼差しだった。
男「もう少し教えてください。
希望の想像をしながら行動すると、どうなるのですか?」
おばあさんは穏やかな表情で男に向かって言った。
おばあさん「希望の想像が現実になるんじゃよ。
それを創造、ともいうかの。創り出すのじゃ。
あんたも普段意識していないかもしれないが、
きちんと希望の想像を使っておる。
朝、寝床から起き上がる。
コップ一杯の水を飲む。
朝食を作って食べる。
全部望みどおりになっているではないか。
それが創造というものじゃ。
しかし、頭の中でただ大それた夢を描くだけではいかん。
常に体の動き、行動と共に描くのじゃ。
この腕の動き、この足の動き、この表情の先に、
あんたの描く希望の想像があることを常に意識する。
意識して、意識して、ゆくゆくは無意識で想像する。
そして、いつか目の前に想像の結果が創造されて現れる。
それの繰り返しじゃ。
ここで大事なことを言うぞ。
希望の想像をするときは、初めにまず自分や他人、環境の現状を認めてやることじゃ。
良いときも、悪いときも。
それを完全に受け入れたあとに初めて、希望の想像が沸き起こるであろう。
受け入れないままでは、恐怖の想像が膨らむままじゃ。
受け入れる、とは許すこと。
あんたは宇宙で起こるすべてのことを許すことが出来る。
自分も、他人も、その他生物も、無生物も。
良いことも、悪いことも。
過去も、未来も。
今はただ、あんたがそれらを限定的に選んで許しているだけじゃからの。
許すのにもエネルギーがひつようじゃが、
あんたも持ってる愛、ってやつなら許せるんじゃないかの。
さぁ、長くなってしまったの。
仕事、仕事。」
男は、最後の言葉に身を引き締めながらも、
スタスタ歩いていくおばあさんを尊敬の眼差しで追いかけた。