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阿部卓馬ブログ

北海道新ひだか町サポート大使のシンガーソングライターです。ライブ告知、活動情報などを中心に更新しております。

どこの家でも。

2011年03月06日 | 仏教
最近ブログの記事が固い感じで申し訳ありませんが。

こんな感じでも、実はシンガーソングライターであることをお忘れなく(笑)。

といいつつ今日も固い記事、覚悟してください(またかよっ!ってツッコまないでくだされ(笑))。



ここ2年ぐらい知り合いにくい同世代の友人に恵まれて、そのそれぞれが素晴らしい人たちでとても感謝しております。

それらの友人といろいろ話していくうちに、どうしてもぶつかる話がある。

それは家族のこと。

外側から見たらうまくいっているような家族でも、その家族なりの問題を抱えている、ということを最近切に感じる次第でございます。

自分も精神の闇の原因として家族の問題もあげていた時期がありましたが、それを割り引いてもいろいろな家族で抱える問題の複雑さを考えずにはおれません。

またそれとは別な話になりますが、仏教にも似たような問題がありまして、思い立ったのである記事を転載します。

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ブログ「みんなの仏教」より転載↓

キサーゴータミーと呼ばれる女性がいた。
彼女は何不自由なく暮らし、やがて一人の男の子を産んだ。
しかし、かわいがっていた息子が突然死んでしまう。
それまで身近な人の死を見たことがなかった彼女は悲しみ、
冷たくなった我が子を抱きかかえて、「この子に効く薬はないか」と一軒一軒探した。

「キサーゴータミーよ、落ち着きなさい。
死んだ子に効く薬を探し回るなんて…」
人々は彼女を哀れんだり笑ったりしたけれど、
薬を探すのをあきらめようとはしなかった。
彼女を救ってやりたいと考える人が次のように言った。
「キサーゴータミーよ、わたしはあなたのお子さんを救う薬は知らないが、
その薬をご存知の方なら知っている」
「本当ですか?一体それは誰ですか?」
「ブッダです。ブッダならその薬を知っているでしょう。
ブッダのもとに行って尋ねてみてはどうか」

そうしてキサーゴータミーはブッダのもとへ向かった。
「ブッダよ、あなたがこの子の病を治す薬を知っていると聞き来ました」
「そうです。わたしは確かに知っています」
「では、その薬とは何でしょうか?」
「白いケシの実をひとつまみもらってきなさい」
「はい、どこからもらってくればいいのでしょうか?」
「キサーゴータミーよ、今までに死者を出したことのない家からもらってきなさい。
死者を出したことのない家ですよ」
「分かりました」

そうして彼女は子どもを抱え町に戻り、一軒、二軒と家を訪ねた。
「こちらの家に白いケシの実はあるでしょうか?」
「ありますよ」
「あなたの家では誰か亡くなったりしたことはないでしょうね?」
「何を言っているのですか?この家では生きている者はほんの少しで、
死んでいった者のほうが多いのですよ」

どの家に行っても同じ答えが返ってきた。
そして、彼女は疲れきってしまった。そして、ブッダのもとに再び向かった。
キサーゴータミーにブッダが話しかける。
「どうでしたか?白いケシの実を手に入れることができましたか?」
「いいえ、かないませんでした。死人のほうが生きている者より、
はるかに多いということが分かりました」
「生きている者は必ず死ぬのです。これは永遠に変わることのない法則です。」
その後、キサーゴータミーはブッダのもとで出家し、
修行に励んだとのことです。

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自分が感じた「家族の問題」とはまた違うのですが、このような「死」の問題は、現代社会における核家族化・孤独化と切っても切れない原点の問題があるように感じたので、ここにアップしました。

死を乗り越える、ということに比べればはるかに簡単な家族不和。

それぞれが本質的な問題に向き合って思考するようになれば、その解決はもうすぐ目の前にあるように感じます。

華厳経を読む。

2011年02月14日 | 仏教
ちょっとカテゴリ乱立で収拾がつかなくなってますが(苦笑)

新カテゴリ「仏教」を作りました。

まずはこの華厳経ですが、ゆくゆくは法華経の全二十八品(ほん)について、読み解いていきたいと考えています。

※相当な長文になってしまったので、お時間あるときにゆっくりご覧ください(^^)



ではまず華厳経について。

詳しくはWikiからどうぞ↓

Wiki 華厳経

今回読んだ本はこれ。

「仏教経典選5 華厳経 浄行品 夜摩天宮菩薩説偈品 十地品(抄) 入法界品(抄)」

木村清孝著



本当は華厳経全部読みたかったんですが、サンスクリット文字での仏典も完全ではなく、また漢訳本は量が膨大のため、この本のように要所をまとめて和訳しているものが多いようです。

Wikiにもあるように、華厳経で重要となる部分は「十地品」と「入法界品」だそうで、そこだけでも全部読みたいと思ったのですが、この本も(抄)とあるように部分でした。

いつか全部を読んでみたいと思います(出来れば漢訳そのままで)。

仏教の専門家が読んだら怒るかもしれませんが(笑)、自分的に各品を紹介したいと思います。



■浄行品

智首菩薩が文殊師利菩薩に、「文殊師利菩薩のような大菩薩が持つ智慧や行いはいったいどういったものでしょうか?」と問うて、文殊師利菩薩がそれに答えていく、というもの。

菩薩とは、個人的な悩み苦しみから離れて、一切の衆生を救いたいと願い、その道をひたすら歩む者です。

また数々の仏に仕え供養し、その教えを守り続ける方々でもあります。

釈迦釈尊もこの娑婆世界に生まれて何をしに来たかというと、この「菩薩道」を歩むため、と言われています。

釈尊はこの世で苦行を重ねて悟りを開いて仏陀になった、と思われがちですが、釈迦は生まれる無量劫も前(数十億年、またはそれ以上も昔)にすでに法華経により仏になっており、それ以来休むことなく衆生救済、菩薩を導くなど行っている、というのが正しい見解と思われます。

釈尊や仏についてはまた法華経のほうで。

文殊師利菩薩というのは、「三人寄れば文殊の知恵」でもありますように、菩薩界では選りすぐりの菩薩の一人です。

(原子力発電所の「もんじゅ」もこの大菩薩から名前を取ってますが、あの恐ろしい施設に対してどういう神経でこの名前を選択したのか?はなはだ疑問です。また「ふげん」も普賢菩薩からとっているそうですが、これも噴飯ものです)



少し話題はそれましたが、この浄行品では、その文殊師利大菩薩が菩薩道に関していろいろと語っています。

菩薩道へ入るためには、在家→出家→受戒→修行→成道という流れになりますが、その時々にどのように思い、どのように個人的な苦しみを離れ、どのように衆生を救済していく流れとなるのか?を淡々と説明されています。

悩みや苦しみはもちろんですが、一時の喜びや悲しみに一喜一憂する衆生を見て、菩薩は常に慈しみと悲み(あわれみ)の心で観て、その救済方法を想っているのだ、ということを忘れるでない!と延々と説いています。

最初にも書きましたが、菩薩道は「大願」というものがあり、それは「一切の衆生の悩み・苦しみを取り除く」というもので、そのためにはそれぞれの衆生は仏道に向かわせる必要があり、それぞれを方便を用いて仏道に入らしめる、ということが大願成就ということになります。

しかしこの世の衆生(人はもちろん、動物も含める)は、悩み・苦しみ・迷いに縛られる人々が多く、菩薩たちは昼夜を問わずそれらの衆生のことを思い、衆生救済のために精進・説法をしている、ということです。

菩薩道を志すのであれば、まずは自利(正しい道を歩む)を極め、利他(他者のために努力する)を極めていくという道を歩きます。

煩悩の多い自分ですが、誰でもその人の持つ煩悩を減らすためには、まずこのように精進されている菩薩たちの心を知ることが先!ということが言えると思います。

現代社会でもこのような視点で眺めれば、煩悩の火は燃え盛っていますが、それぞれの人の心に菩薩の心がきらめく瞬間があります。

何度も言うようですが、この菩薩の心や仏の心に共鳴する自分の心、というものを鍛えることで、煩悩の火を消す手がかりとなると思います。


■夜摩天宮菩薩説偈品

ここでは、夜摩天宮というところに多数の菩薩が集まって、仏を囲んでその仏の智慧や教えの素晴らしさを詩歌によって歌い上げます。

仏典にはよくあるパターンですが、これらの詩歌に心より共鳴することが出来るか?が、仏教における信心のポイントになっています。

仏が現れた当初は、直接その仏の神通力を目の当たりにすることが出来、信心を得ることができましたが、現代のように滅後2000年を超えてしまうと、その神通力も届かなくなり、仏典を読んでも共鳴する人もなく、増上慢の人々が増え、世は末法といって五濁悪世の様相を呈し悪が蔓延り、やがて壊の相を表します。

そういった中でも唯一救いを与えるものは仏法であり、それは過去・現在・未来を通して変わりはありません。

どの時代でも仏とは、ひいては信仰とは、その人の信心次第で現れもすれば消えたりもするものです。

この品での菩薩たちのように、仏の智慧や教えに共鳴する心を養いたいものです。



■十地品(抄)

この品では他化自在天宮に場所を移して、仏と菩薩たちが集まって教えを聞くところです。

ここでの主役は金剛蔵菩薩で、解脱月菩薩らの請願により、その三昧の境地である十地の教えを説く、という流れです。

簡単に本の内容に沿って解説します。



①初地の説示

煩悩を減らし善行を行い、仏の智慧や教えに触れることで、菩薩を目指す人の心はいよいよ歓喜地に到達するのだ、という教えです。

煩悩が減って歓喜、善行は自分も相手ももちろん歓喜、仏の教えを守れば因縁果報の効果があるので善因善果になって歓喜、衆生を救済したい!と歓喜。

このように菩薩の道を歩むものには歓喜ばかりで、いよいよ仏に対しての信心も増し、仏への今生を超えて会いたい気持ちも増し、自分の生活苦や死をも恐れないほどの歓喜の境地に達していくのだ!という、ものすごい教えです。

言われてみれば…確かに大好きな人に会いたい気持ちや、子供の時の遠足や旅行が待ち遠しい気持ちもこれらに近いかもしれません。

仏教を志す者にとって、仏や菩薩に会っていろいろ教えを請う、ということは何にも代え難い歓喜なのです。

仏の教えを守る!→仏の智慧が出る!→煩悩が減る!→善行をする(誰かを救う)!→歓喜!→仏への信心が増す!→仏の教えを守る!→…

という善のスパイラルは想像するだけでも素敵だな、と思います。

自分もそういう境地になってみたい!



②十の大願

①のように、歓喜地に入って安住した菩薩は、次々と多くの大願を起こしていきます。

10個あるのでそれぞれの要約を。



1.仏の供養をしよう!

2.仏の法や教えを護ろう!

3.(釈尊のように)仏がこの娑婆世界に生を受けたら、どこでも行って供養しよう!

4.菩薩の実践である布施(法施)で、衆生たちにも同じ歓喜の気持ちになってもらおう!

5.一切の衆生たちを迷いの多い世間から離れさせ、仏法の中で智慧を体得してもらおう!

6.今の自分がいる世界を仏の智慧によって知ろう!(いわゆる現代科学?学習みたいなもの?)

7.仏のいる世界を、衆生の心のけがれや実際の物理世界も含めて、きれいにしよう!

8.菩薩の道(煩悩をなくし善行を積み重ね衆生を救済し、仏の神通力や智慧の理解し供養する)を極めよう!

9.自分が菩薩道を極めていく姿をその他の衆生に見てもらって、感動して煩悩を減らしてもらおう!

10.1~9までのことを実践し続け、他の世界にも生まれて、仏の真実を伝えてみんなに喜んでもらおう!



…超口語訳的ですが(笑)。

よく仏教を修めている徳の高いお坊さんは、おとなしく穏やかな印象?があるかと思いますが、菩薩たちは心の中では歓喜であり、行動も積極的で非常にテンションの高い様子がわかると思います。

穿った見方をすれば、「これも欲望では?」と思うかも知れませんが、本来の仏教の精神はこの本願を起こして達成するために精進する、ということだと思います。

釈尊も苦行を行っていた当時は、「絶対にあらゆる苦しみを克服してみせる!」という不屈の心が、成仏の原動力になっていることは疑いがありません。

「無」によって煩悩を滅塵を目指す禅宗や、自分だけの悟りを目指す小乗仏教が幾分片手落ちに感じてしまうのは、人間には本来的に菩薩道という素晴らしい道に初めて心が共鳴する、からなのかもしれません。



③浄め(きよめ)の道

さて、十の大願(ほんとは無数です)を起こした菩薩ですが、なぜこのような大願を起こせるのか?を金剛蔵菩薩はここで説いています。

これらの大願は次の十の「不可尽」という、いろいろが尽きないという法があるから起こされたのです。

1.衆生が尽きない。

2.世界が尽きない。

3.虚空が尽きない。

4.真実の世界が尽きない。

5.究極の安らぎの世界が尽きない。

6.仏が世に出現することが尽きない。

7.仏たちの智慧が尽きない。

8.認識の対象が尽きない。

9.知っていくことが尽きない。

10.世間の転回、法の転回、智の転回が尽きない。

例えば、1の衆生が尽きれば、衆生を救うという大願もまた尽きる。

その他も同様です。

世界中に困っている人や生き物がいなければ、菩薩はお役御免です。

しかし、どの世界に行っても必ず困っていたり苦しんでいたりする衆生がいて、そこには仏の智慧が必ずある。

だから、菩薩道は尽きることなく何世にも渡って続けることが出来るのです。

今の世の中なら、世界中の人々や生き物が苦しんでいるので、菩薩道を目指すならうってつけの環境ではないでしょうか?

もしかしたらあなたも、わざわざこの世界を選んで生まれてきているかもしれませんよ!

さぁ、腕の見せ所です!!!

…まぁ「そんな道はイヤだ!」という方もいると思いますが、そうなると煩悩に焼かれて苦しむ因果となるのでしょう。

自分も同様になかなか大願を立てられずにいます(迷いの煩悩)が、こういった仏教に触れることで、だいぶ昔の煩悩は解消されてきたような気がしています。

不退転の大願、本当に素晴らしいですね!



そして、菩薩の道には仏の功徳の特典がたくさん付いてきます。

その功徳を列挙します。

・菩薩の道は衆生救済という奥深い道で、心がどんどん豊かになっていき、途中で嫌になったり疲れて飽きたりしない。

・心が豊かになれば、あらゆる聖典を自ら学ぶことができる。

・聖典がわかれば、あらゆる衆生(上は王様から下は乞食まで)に対応して智慧を授けることができる。

・自分が対応できない衆生があれば、反省して恥ずかしいと思い、また改めて自利利他に精進することが出来る。

・これらの功徳を失わずに、更に増やすように努力して後退は一切しない。

このように、菩薩道を歩むということは、大願を元として不退転の努力が出来る、ということがわかると思います。

最初にあるように、大願の元は歓喜であるので、喜びながらかなりテンション高く努力してゆく菩薩の姿というものが見えますね。

この③では、その他に十二因縁についても述べていますが、それは法華経、または他のところで研究したいと思います。



④まとめ

このように、菩薩の道を歩むと、心が仏にどんどん近づき、清らかで慈悲深い心と行動力が得られます。

喜びは増し、仏に会いたい想いも増し、いよいよあらゆる恐怖からも解放されていきます。

それは、活きられないこと、死、悪い評判、悪の世界、大衆の威圧、です。

現代はあらゆる恐怖が四方から襲ってきますが、菩薩の境涯からすれば仏たちと共に、それらの恐怖を慈悲の心で包み込んでしまうことができるのでしょう。

苦しみの多いこの娑婆世界ですが、苦しみを何とかしたい!と考えている方がいらっしゃいましたら、ぜひ仏道の道、菩薩道の道に触れてみてはいかがでしょうか?



■入法界品(抄)

もうひとつ、華厳経の大事な品であります、入法界品について。

先にもありましたように、この読んだ本では全部書かれておらず残念でした。

簡単に話の流れを。



文殊師利菩薩のところに集まった人々の中に、善財童子という、心清らかで身も美しく、素晴らしい因縁を持って生まれてきた少年がいました。

文殊師利菩薩はこの少年に注目し、仏の大事な教えを説いてあげました。

その教えを聞いて善財童子は、速やかにさとりへの心を起こし、懺悔して文殊師利菩薩に従うようになります。

文殊師利菩薩はそれに喜んで、「菩薩の実践について学びなさい、まずは南方にいる功徳雲というお坊さんを訪ねて教えを仰ぎなさい」と童子に告げます。

それから善財童子は旅に出て、さまざまな人々から菩薩道の教えを受けていきます。

その数は文殊師利菩薩や弥勒菩薩、普賢菩薩を含めて53人。

最後に大菩薩の中の大菩薩である普賢菩薩から、童子のその求道心と菩薩道を修養した心を褒められ、仏の大事な教えを受ける。



といったお話です。

注目なのは、子供という設定です。

仏教は基本的に老若男女に一切の区別はありません。

子供も女性も平等に仏の教えを受けられ、またさとりへの道があります。

また、さとりへ達するのは、年をとっているから、ということもありません。

心が清らかで広大あれば、子供でも速やかにさとります。

さとってしまえば仏になって、その後は如来として菩薩道に入るのですが、これも子供だからという区別なく仏として敬われます。

仏たちや菩薩たちは、菩薩の大願を起こした人々には平等に喜んで応援します。

その応援は尽きることはなく、いつもそうした実践を一緒になって喜んでくれます。

目に見えない心の世界で、いつも仏たちや菩薩たちは大願(菩提心)を起こすことを待っているし、大願を持った人をさとるまでの最期まで応援し続けるでしょう。

この心の感覚が仏教で最も大事になってくるところだと、自分は考えております。



華厳経についてのまとめです。

善財童子の旅の全容が掴めなかったことが残念でしたが、菩薩に関してとても理解が深まったように感じます。

一介の凡夫から抜けきれない自分ですが、この菩薩道への憧れは少なからず芽生えてきました。

これまでの積み重ねてしまった業をひとつずつ受け止めて、心を清らかにしていき、菩薩への道に少しでも近づきたい、と考えます。

ご覧になった方々の仏教への興味が少しでも沸いたなら、これも自分の功徳として喜ばしく思います(^^)



以上、長文にお付き合いいただきありがとうございました!

仏教の道

2000年01月01日 | 仏教
【法華三部経】

■無量義経

■法華経

迹門

序品第一
方便品第二
譬喩品第三
信解品第四
薬草喩品第五
授記品第六
化城喩品第七
五百弟子受記品第八
授学無学人記品第九
法師品第十
見宝塔品第十一
提婆達多品第十二
勧持品第十三
安楽行品第十四

本門

従地涌出品第十五
如来寿量品第十六
分別功徳品第十七
随喜功徳品第十八
法師功徳品第十九
常不軽菩薩品第二十
如来神力品第廿一
属累品第廿二
薬王菩薩品第廿三
妙音菩薩品第廿四
観世音菩薩普門品第廿五
陀羅尼品第廿六
妙荘厳王本事品第廿七
普賢菩薩勧発品第廿八

■仏説観普賢菩薩行法経

【華厳経】

華厳経を読む。



【リンク】

川澄勲法門研究会補考

漢文・訓読の法華三部経全文や日蓮についての記述など。