静かな朝のこと。
とある教会に、一人の男が迷い込んだ。
ふらついた足取りで、誰もいない聖堂の中を、焦点の合わない視線をあちこちに落としながら歩いてゆく。その重い足取りは、傍目から見ても極端に遅く、それでも何かに突き動かされるように、右、左とゆったりとした周期で、しかし正確にその歩みを進めている。
祭壇の前で立ち止まり、ほんの数秒十字架を見上げ、崩れ落ちるようにひざまずいた。
萎れたひまわりのように前方にがっくりとうなだれた首は、その上方斜め45度の十字架を見つめ続けることが出来るほどの余力が残されているようには見えず、それでも重力には負けじとその胴体にかろうじてぶら下がっているだけであった。
前方のステンドグラスから差し込む光に照らされながら、しばらく男はその状態のままであったが、訪れる人影もなく、ときに教会の屋根の軋む音が、その静寂を静かに引き裂くように響き渡っていた。
男は体勢を変えないまま、その痩せこけた両手を胸の前に組み、うつろな目を見開いたまま、ぽつり、ぽつりを言葉をこぼし始めた。
男「…私…私は、これまでたくさんの罪を犯しました。
…そして、さっきもまた、大きな罪を犯してきたのです。
罪?…罪でしょうか?…罪でしょうね…。
もう、すべてに疲れました。
罪を犯すことさえ、もう疲れました…。」
また、しばらくの沈黙が訪れた。差し込んでいた光は、雲がさえぎったのだろうか、いつの間にかぼんやりと聖堂を照らすだけで、四隅はその奥行きさえもわからないほどの暗黒に包まれている。
それらの変化に反応するでもなく、男は何かを諦めたように再び語り始めた。
男「…もう、どうすることもできなくなりました。
もし、これまでの罪が許されるなら、
どんな地獄に落ちていっても、それで良いんです。
もし、これまでの罪を償うことが出来るなら、
どんな試練でも、どんな苦痛でも、受ける覚悟があります。
しかし、どうすれば?
過去の罪を、どうすれば償うことが出来るのでしょうか?
それがわからないまま、これまで愚かな罪を重ねてしまっていたのです。
いったい、どうすれば…」
男はそのうなだれた首を、よりいっそうもたげて、再び沈黙の世界に埋没していった。
すると、どこからともなく、聞いたこともないような、懐かしいような、そんな声が男の心の中に響いてきた。
謎の声「…わかりました。あなたの望みを叶えて差し上げましょう。」
男「?!」
謎の声「あなたは、罪が許されるなら、どんな地獄へ落ちてもよいと言いました。
あなたは、罪を償えるなら、どんな試練、どんな苦痛でも受ける覚悟があると言いました。
あなたのその言葉を、どんなに待ち望んでいたか…。本当にありがとう。
それでは、あなたに、私から力を与えます。
その力を使って、これから生きてゆきなさい。
あなたには、これから度重なる試練や苦難が訪れるでしょう。
しかし、私のこの力を使えば、必ずやその試練や苦難に打ち勝つことができるでしょう。
そして、私の力を使って、これまでの罪を償いなさい。
私の力を使うだけで、罪を償うこととなるのです。」
男のうつろな目に精気が宿り、うなだれた首を振り上げ十字架を見上げた。しかしそこには先ほど見上げて見た十字架があるばかりであり、何も変わってはいなかった。
また同じ声が聴こえる。
謎の声「ただし、ひとつだけ覚えておいてください。
あなたが、心の中だけでもこれまでの罪と同じようなことを考えたり、した場合。
残念ながら、私の力はあなたから離れることになるでしょう。
そして、あなたはそれから起こる困難な状況に打ち勝つことは出来ずに、再び苦悩に打ちのめされることになるでしょう。
しかし、もしそうなったとしても、今日私に告げたあなたの祈りを、もう一度思い出してください。
そうすれば、私はいつでも力を授けます。
私は、あなたが生まれてから、いえ、あなたが生まれるずっと前から、その言葉を待ち続けていたのです。
今日、その日が来たことを、心から歓迎いたします。
さぁ、行きなさい!
わたしの与える力は無限です。
あなたが今日の祈りを忘れない限り。」
男「ちょ、ちょっと、待ってください!
あなたはいったい誰なのです?!」
謎の声「ふふっ、気になりますか。
私は、あなたです。
あなたの中で、ずっと待ち続けていました。
そうですねぇ…あなたの中の"愛"、とでも名付けましょうか。
いつでも、どこでも、あなたと一緒ですよ。」
男「!!」
男はしばらく、狂ったように聖堂のあちこちを見渡してみた。しかし、そこには何もなく、先ほどから差し込み始めた光に照らされただけで、来たときと変わらない様子だった。
そして、その声は再び聴こえることはなかった。そのかわり、男の全身に何かが一瞬駆け巡り、静かな幸福感に包まれた。
男「愛…」
男の顔には、その人生の中で、したこともないような微笑みが表れていた。
男は、幸福な違和感に戸惑いながらも、もう一度十字架を見上げ、振り向いて出口へと向かっていった。
しっかりとした、エネルギーに満ち溢れた足取りで。
とある教会に、一人の男が迷い込んだ。
ふらついた足取りで、誰もいない聖堂の中を、焦点の合わない視線をあちこちに落としながら歩いてゆく。その重い足取りは、傍目から見ても極端に遅く、それでも何かに突き動かされるように、右、左とゆったりとした周期で、しかし正確にその歩みを進めている。
祭壇の前で立ち止まり、ほんの数秒十字架を見上げ、崩れ落ちるようにひざまずいた。
萎れたひまわりのように前方にがっくりとうなだれた首は、その上方斜め45度の十字架を見つめ続けることが出来るほどの余力が残されているようには見えず、それでも重力には負けじとその胴体にかろうじてぶら下がっているだけであった。
前方のステンドグラスから差し込む光に照らされながら、しばらく男はその状態のままであったが、訪れる人影もなく、ときに教会の屋根の軋む音が、その静寂を静かに引き裂くように響き渡っていた。
男は体勢を変えないまま、その痩せこけた両手を胸の前に組み、うつろな目を見開いたまま、ぽつり、ぽつりを言葉をこぼし始めた。
男「…私…私は、これまでたくさんの罪を犯しました。
…そして、さっきもまた、大きな罪を犯してきたのです。
罪?…罪でしょうか?…罪でしょうね…。
もう、すべてに疲れました。
罪を犯すことさえ、もう疲れました…。」
また、しばらくの沈黙が訪れた。差し込んでいた光は、雲がさえぎったのだろうか、いつの間にかぼんやりと聖堂を照らすだけで、四隅はその奥行きさえもわからないほどの暗黒に包まれている。
それらの変化に反応するでもなく、男は何かを諦めたように再び語り始めた。
男「…もう、どうすることもできなくなりました。
もし、これまでの罪が許されるなら、
どんな地獄に落ちていっても、それで良いんです。
もし、これまでの罪を償うことが出来るなら、
どんな試練でも、どんな苦痛でも、受ける覚悟があります。
しかし、どうすれば?
過去の罪を、どうすれば償うことが出来るのでしょうか?
それがわからないまま、これまで愚かな罪を重ねてしまっていたのです。
いったい、どうすれば…」
男はそのうなだれた首を、よりいっそうもたげて、再び沈黙の世界に埋没していった。
すると、どこからともなく、聞いたこともないような、懐かしいような、そんな声が男の心の中に響いてきた。
謎の声「…わかりました。あなたの望みを叶えて差し上げましょう。」
男「?!」
謎の声「あなたは、罪が許されるなら、どんな地獄へ落ちてもよいと言いました。
あなたは、罪を償えるなら、どんな試練、どんな苦痛でも受ける覚悟があると言いました。
あなたのその言葉を、どんなに待ち望んでいたか…。本当にありがとう。
それでは、あなたに、私から力を与えます。
その力を使って、これから生きてゆきなさい。
あなたには、これから度重なる試練や苦難が訪れるでしょう。
しかし、私のこの力を使えば、必ずやその試練や苦難に打ち勝つことができるでしょう。
そして、私の力を使って、これまでの罪を償いなさい。
私の力を使うだけで、罪を償うこととなるのです。」
男のうつろな目に精気が宿り、うなだれた首を振り上げ十字架を見上げた。しかしそこには先ほど見上げて見た十字架があるばかりであり、何も変わってはいなかった。
また同じ声が聴こえる。
謎の声「ただし、ひとつだけ覚えておいてください。
あなたが、心の中だけでもこれまでの罪と同じようなことを考えたり、した場合。
残念ながら、私の力はあなたから離れることになるでしょう。
そして、あなたはそれから起こる困難な状況に打ち勝つことは出来ずに、再び苦悩に打ちのめされることになるでしょう。
しかし、もしそうなったとしても、今日私に告げたあなたの祈りを、もう一度思い出してください。
そうすれば、私はいつでも力を授けます。
私は、あなたが生まれてから、いえ、あなたが生まれるずっと前から、その言葉を待ち続けていたのです。
今日、その日が来たことを、心から歓迎いたします。
さぁ、行きなさい!
わたしの与える力は無限です。
あなたが今日の祈りを忘れない限り。」
男「ちょ、ちょっと、待ってください!
あなたはいったい誰なのです?!」
謎の声「ふふっ、気になりますか。
私は、あなたです。
あなたの中で、ずっと待ち続けていました。
そうですねぇ…あなたの中の"愛"、とでも名付けましょうか。
いつでも、どこでも、あなたと一緒ですよ。」
男「!!」
男はしばらく、狂ったように聖堂のあちこちを見渡してみた。しかし、そこには何もなく、先ほどから差し込み始めた光に照らされただけで、来たときと変わらない様子だった。
そして、その声は再び聴こえることはなかった。そのかわり、男の全身に何かが一瞬駆け巡り、静かな幸福感に包まれた。
男「愛…」
男の顔には、その人生の中で、したこともないような微笑みが表れていた。
男は、幸福な違和感に戸惑いながらも、もう一度十字架を見上げ、振り向いて出口へと向かっていった。
しっかりとした、エネルギーに満ち溢れた足取りで。
共感いたします!
ほんと悪いことも受け入れた時、人は変わり始まりますね~実感しています!
毎日昼休みにYouTubeでアベタクさんの歌聴いてますよ~~
たくさんいい歌があった!
読んでいただきありがとうございます(^^)
「愛」、と言葉にしてしまうと、どうも陳腐なものになってしまいますが、プラスの無限のエネルギーとして「愛」というものがあるのではないかと最近考えています。
もちろんその反対の無限のエネルギーも存在する、と感じています。
そのどちらを使うか?いつも我々に委ねられていることなのですね~。
歌も聴いてくれてありがとうございます(*^^*)
またいろいろ創っていきますネ!