黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

電子手形実現までのハードル

2007-08-09 00:41:57 | 司法一般
 電子記録債権に関する書籍の原稿をやっと書き終わりました。正式なタイトルは未定ですが、出版社の方の話によると、今年の10月頃には発刊できるスケジュールになっているようです。
 電子記録債権に関する書籍としては、大垣尚司教授の『電子債権』が知られているほか、先月金融財政事情研究会から『電子記録債権の仕組みと実務』という書籍も出版されています。
 ただ、前者はタイトルが『電子債権』であることからも分かるとおり、電子記録債権法(案)が出来上がるかなり前の構想段階で書かれた本であり、実際に成立した電子記録債権法の内容を前提とした本ではありません。
 一方、後者については、電子記録債権法の成立を受けて書かれた本ではありますが、法案審議段階の議論の説明に冒頭の約70ページが割かれており、その他は法律の説明がほとんどです。初めて電子記録債権に触れる人がいきなりこの本を読んで理解できるかというと、ちょっと難しいような気がします。
 黒猫の書いている本は、専門家向けではなくあくまで一般向けに、電子記録債権とは何かを理解してもらうためのものであり、法律の説明は全体の半分程度にとどめ、電子記録債権を利用したビジネスモデルの説明などにより紙幅を割いています。
 民法のことも手形のことも全く知らない人があの本を読んで即座に内容を理解できるかと言われると、それは技術的に限界がありますが、ある程度一般的な法律知識のある人が、電子記録債権とはどういうものか手っ取り早く知りたいというニーズには応えられる本になると思います。また、黒猫の単独執筆なので、さりげなくどぎついコメントなども入っており、無難な説明に終始している金財の本よりは読み応えがあるかもしれません。もっとも、法律に関する詳しいだけを読みたい人には、金財の本の方が適しているかもしれませんが。
 ちなみに、金財の本の著者の1人である米山健也先生は、黒猫も所属している法制委員会の委員長ですので、米山先生とは商売敵になってしまいますね(もっとも、お互いに本の執筆が主たる商売というわけではないでしょうが)。

 それで、ここではどぎつすぎて本にも書けなかったコメントを1つ。
 電子記録債権は、いわゆる手形の電子化のみならず、いろいろなタイプの金銭債権に利用できる制度設計がなされていますが、当面のビジネスモデルとしては、いわゆる電子手形としての利用が先に検討されています。つまり、施行当初は電子手形から始まって、制度の普及に従って、徐々に他の分野での利用も広まっていくだろうというような考え方です。
 そこで、まず電子手形が順調に普及するかどうかが第1のポイントになるわけですが、実はそこに至るまでにも、いくつかの高いハードルがあります。
 電子記録債権は、法律上民間の株式会社が電子債権記録機関となることとされているので、電子記録債権法が施行されても、実際に電子債権記録機関が設立されサービスが開始されなければ誰も利用できないわけですが、そのシステム導入のためのイニシャル・コストが、経済産業省の試算によると約40億円ないし約80億円ということです(ただし、電子手形サービスに特化した全国規模の電子債権記録機関を想定した場合の数字。誤差約50%~約200%とのことなので、最低約20億円から、最高約160億円程度までの誤差はあり得ることになります)。
 夏期合同研究の分科会に講師としてお見えになった木村先生のお話では、少なくともイニシャル・コストについては財政上の支援措置が必要ではないかということでしたが、民間の株式会社の設立に財政援助をするとなると、少なくともそのための特別措置法などが必要になるでしょうし、その是非をめぐって議論になることも必至でしょうから、そう簡単には行かないでしょうね。
 また、以前にも書いたことがあるとおり、電子債権記録機関のシステム構築には約2年を要するとの経済産業省の試算がありますが、その採算性は微妙なラインにあり、また細かい制度設計のあり方についてもいろいろな考え方があり得るため、関係者の意思決定や意見集約にも時間のかかることが予想されます。
 さらに、黒猫も木村先生のご指摘で初めて気付いたことですが、電子記録債権法は制度の詳細の多くを政令や省令、最高裁判所規則に委任しているため、これらの関連政省令等が出揃わないと、そもそもシステム設計をすること自体ができないことになります。
 この状況では、最初の電子債権記録機関の設立を法律の施行に間に合わせるのは、まず不可能だろうと言わざるを得ません。それどころか、これから余程頑張らないと、法施行後1年以上経っても電子債権記録機関が作られないなどという、政府の面目を潰しかねない事態すら起こりかねません。

 そして、仮に電子債権記録機関自体は何とか作り得たとしても、電子手形サービスにすべての金融機関を参加させることができるかという問題が別にあります。手形の不渡処分制度にあたるものとして、経済産業省では不払処分制度というものを検討しているようですが、手形の不渡処分制度との調整(例えば過去6ヶ月間に手形の不渡りと電子手形の不渡りを1回ずつ出した場合はどうするかなど)も未解決の課題ですし、手形のようにすべての金融機関が参加してくれないと、利便性においても不払処分の実効性においても意味がありません。
 また、不払処分の制度設計と実効性がしっかりしたものにならないと、手形の不渡処分があった場合のように税法上の無税償却が認められるのも難しいでしょう。
 さらに、電子手形が広く利用されるようになるためには、一般の利用者に対するシステムの周知も欠かせませんが、システム自体がはっきりしなければ周知のさせようもありません。
 このように、電子手形の実現には、傍目で見てもかなりの実務的課題が多く、それを乗り越えるにはかなりのエネルギーが必要だということが分かります。過去に普及した統一手形用紙による約束手形も、昭和40年ころに全国銀行協会が中心となってシステムを整備し、国も手形訴訟・小切手訴訟制度を設け、まさしく官民一体となってシステムの普及に努めた結果実現したものであり、電子手形の普及には当時と同じくらいの、あるいはそれ以上の官民一体となった取り組みが必要であろうと予測されるわけです。
 本来であれば、電子手形に関する施策を各省庁でばらばらに行わせるのでなく、優れた見識と指導力を持った人を電子記録債権担当大臣に任命して総合的な施策の推進にあたらせるとか、あるいは内閣官房に総理大臣を議長とする電子記録債権戦略会議のような機関を設けて、強力なリーダーシップのもとに電子記録債権に関する総合的施策を推進するといった対応が必要だと思うのですが、今の政府を見ると、とてもそんなこと無理そうですね。
 安倍総理は、増税もしていないのに参議院選挙で記録的大敗を喫するほどリーダーシップのなさを露呈している人ですし、しかもそんな人が選挙での大敗後もなお総理続投を表明し、自民党関係者の多くもなぜかそれを支持しているという、以前の政界では考えられなかったほどお寒い状況になっていますし。
 決して、これは電子記録債権それ自体をけなしているわけではなく、黒猫としても、本まで書いた以上はきちんと電子記録債権が普及してくれないと自分が馬鹿みたいなので、国にはきちんと頑張ってもらいたいのですが、・・・とりあえずもう少しまともな人を総理にしてくれ。安倍総理じゃ、テレビで観ていても何を言いたいのかよく分からん。

4 コメント

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こんなイメージで良いでしょうか? (金融関係)
2007-08-09 11:28:14
こんにちは。金融関係に勤めている者です。
電子記録債権ですが、何となく手形を一枚一枚登記するようなイメージを持っています。振出して登記、裏書譲渡して登記、決済して登記。結構めんどくさそう。しかも、振出しから振出しの登記の間とか、決済から決済の登記の間とか、不動産では問題にならないような数時間の時差が、問題になるように感じます。「社債を一枚一枚登記するようなものだ」といわれた登録債と同じ問題は起きないでしょうか。
あまり勉強していないので、イメージ間違っているかも知れません。どうでしょうか?
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電子手形のイメージについて (黒猫)
2007-08-10 03:49:37
 電子手形は、紙の手形を振り出すわけではないので、「振り出してから登記」までの間のタイムラグは生じないと思います。発生登録そのものが、電子手形の振出にあたるわけです。
 一方、「決済から決済の登記の間」はたしかに問題となります。金融機関などと口座間送金決済契約を結べば、支払期日に銀行が指定口座に送金手続きをして自動的に支払等記録をしてくれることになっており、実務上はこのやり方が主流になると思われますが、決済と支払等記録との同期的管理が十分機能するかどうかは、まだ今後の検討課題として残っています。
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Unknown (金融関係)
2007-08-10 16:16:58
ご回答ありがとうございました。
イメージが湧かないのは、電子記録の請求は、記録権利者と記録義務者の双方が行うとなっていることで、不動産登記の共同申請みたいなことで実務が回るのかなと言う点です。支払の記録は特例で、支払者が記録義務者の承認を得て単独で請求できるようですが、「承認」を一々取るのなら、手間は共同申請と変らないですね。
こういった点は、どのように解決されて行くのか、興味があります。(政省令待ちでしょうか。)
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Unknown (Unknown)
2007-08-15 01:16:20
これだけポイント制度が発達しちゃうと、
電子債権よりポイントをうまく活用したほうが、
簡単にビジネスモデルができそうなきがします。
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