黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

もはや法科大学院は「地域エゴ」の拠点か?

2012-07-17 23:50:03 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 ボ2ネタ経由で,山陰中央新報が以下のような論説を発表していることが明らかになりました。
http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=533111033&from=top

 この論説は,山陰地方で唯一の法科大学院である島根大学法科大学院について,定員20人のところ今年の入学者が3人しかいなかったことなどから存続が危ぶまれていることを指摘し,その解決策について以下のように述べています。

『これについて島根大大学院法務研究科の藤田達朗科長は「大都市の有名大学が大きな定員を抱え込む状況を変えない限り、根本的な解決は難しい」と定員格差の是正を訴える。
 270人の全国最大の定員を抱える早稲田、中央大法科大学院に対し、最小15人の鹿児島大などとの格差はあまりに大きい。法科大学院卒業者を対象にした司法試験の合格者も定員の多い有名大学で多く占められている。
 司法試験の合格実績に応じて学生が集まるのは自然であり、合格実績の格差が定員格差を生み出す格差スパイラル。それを食い止めるべきなのか、それとも受験者の選択による「淘汰(とうた)」にまかせるべきなのか。
 懸念されるのは、この状態を放置しておけば島根大の法科大学院が存廃の岐路に立たされかねないことである。山陰から法曹養成機関が消えかねない。
 その事態は何としても避けたい。島根大に法科大学院が開校したのは、多様な法曹人材を地方で育てるという理念に基づく。

 この論説を書いた人は,有名大学は単に定員が多いから司法試験の合格者を多く輩出している,大都市にある有名大学の定員を減らせば地方の法科大学院にも優秀な人材が集まってくると思い込んでいるのでしょうか。
 また,この論説に限らず,先日公表された日弁連の意見書(法科大学院制度の改善に関する具体的提言)の中にも,地域適正配置の観点から統廃合の猶予措置を図るべきであるとか,大規模校が他の法科大学院が教員を引き抜き確保する事態を防止する必要があるといった記述が見られ,最近はこうした「おらの町の法科大学院を守れ」といった地域エゴが,法科大学院擁護派のうち無視できない勢力を占めているように見受けられます。
 このような主張の是非については,以下のような問題を考える必要があるでしょう。

1 自分の住んでいる地方に法科大学院が無くて,誰が困るのか?
 この問題に関連する記事として,まず以下を挙げておきます。
http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2012/m06/r0620.htm
 この2012年6月20日付け岩手日報の論説では,かつて岩手県でも岩手弁護士会の呼び掛けをきっかけに,岩手大学が秋田と弘前の両国立大学と連携して法科大学院を設置しようという動きがあったものの,ともに法学部の伝統がない上に,各国立大学も法人化を目前に控え個性を確立する必要があったことなどから岩手県関係者の熱意は伝わりにくく,結局法科大学院の設置が実現しなかった経緯があることを明かしていますが,その結果について以下のようにコメントしています。

「今もって北東北は法科大学院の空白域が続く。逆に、首都圏では「駅弁大学院」よろしく電車の駅ごとに設置が進むなど、飽和状態に陥る懸念はスタート直後から指摘されていたものだ。
 大多数の大学院が運営難に陥る現状に、結果的に白紙にして良かった-と思うのは人情。しかし逆に、本県はじめ「司法過疎」に直面していた地域の設置に理解を示すほどに国側の制度設計がしっかりしていれば、こんなみっともない結果にはならなかったとも言える。」
 
 記事のどこをどう読んでも,「岩手県では法科大学院を作らなくてよかった」と胸をなで下ろしているようにしか読めず,岩手県内に法科大学院が無いことによって何か困っているようには見えません。山陰中央新報の論説でも,山陰から法科大学院が消えることの具体的弊害については何一つ書かれておらず,単に「多様な法曹人材を地方で育てる」という(中身がからっぽの)理念が実現できないことを嘆いているだけです。
 仮に,山陰地方(島根県及び鳥取県)の住民に法科大学院存続の危機を訴え,例えば島根大学法科大学院を存続させるために司法試験合格者への報奨金制度を創設する必要がなるなどと主張して住民に対し寄付を求めても,大した額は集まらないのではないでしょうか。

2 レベルの低い地方の法科大学院を存置したところで,法曹になる人材を輩出できるのか?
 島根大学法科大学院は,昨年の司法試験でも受験者46名中合格者はたったの4名に過ぎず,入学者数減少もその影響によるものです。法科大学院の入学者数は全国レベルでも減少傾向が続いており,当分回復する見込みもありません。このまま漫然と法科大学院を存続させても,いずれは合格者数ゼロになる可能性が高いでしょう。
 都心の有名大学でも,法科大学院では決して優れた教育が行われているとは言えない面がありますが,集まった学生の質が優秀であれば,彼らは自発的に自主ゼミを開いたり予備校に通ったりして切磋琢磨し,勝手に司法試験の合格率を上げてくれます。逆に,レベルが低く同級生もだらけており,教員にも諦めムードが漂っている法科大学院に入学すれば,本来は司法試験に合格できる実力者もスポイルされてしまう可能性が高いです。
 このような事情を考えれば,地方出身者で自分の住む地域に法科大学院があっても,本気で法曹になろうと考えているのであれば,司法試験合格者がほとんどいない近場の法科大学院ではなく,都会にある有名大学の法科大学院に通うことをまず考えるでしょう。したがって,レベルが低い地方の法科大学院があっても,日弁連のいうような「地元法曹志望者の経済的負担を軽減させる効果」は全く期待できず,ましてや「地方自治・地方分権を支える人材を育成する効果」などを期待できる余地は全くないのです。
 これは,法科大学院や法曹養成に特有の問題ではなく,長年にわたる「東京一極集中」現象が続いた結果,地方の優秀な人材も都心の有名大学に集まるしかないという現象の一環であり,これを改善するには時間をかけて「東京一極集中」と呼ばれる社会構造を徐々に変えていくしかなく,地方の法科大学院だけを存続させても全く意味はありません。
 ちなみに,島根大学法科大学院では,定員5名の授業料免除制度が既に設けられ,入学者数が免除制度の定員をも下回っている状況であり,これ以上どんな大盤振る舞いをしても,入学者数や司法試験の合格率を改善できる見込みは無いと言えるでしょう。

3 地方の法科大学院がなくても,弁護士過疎の解消に支障は生じないのではないか?
 山陰中央日報の論説では,以下のように述べて島根大学法科大学院の「実績」をアピールしています。

「きれいごとのようだが、島根大に法科大学院が開設されたことで島根県内の弁護士不足が解消された現実がある。
 2004年に開校以来、16人の司法試験合格者を出し、開校前の03年当時23人だった県内の弁護士は現在63人に増えている。県西部では弁護士がいない空白時代があったが、その弁護士過疎も解消された。
 その貢献は正当に評価されなければならない。しかし大都市の有名大学に入学者が集中する影響を強調するだけでは展望を切り開けない。」

 しかし,この記事を読む限り,島根大学法科大学院の出身で司法試験に合格したのは,2006年~2011年の累計でも16名しかおらず,その全員が島根県内で就職または開業したと仮定しても,実際に増えた40名中少なくとも24名は他校出身者または旧試験合格者ということになります。これまでの「実績」を考慮しても,島根大学法科大学院の廃校に伴い島根県内の弁護士過疎解消に支障が生じるという主張は,いささか根拠が薄弱であると言わざるを得ないでしょう。
 別に,法科大学院が無い地域でも,弁護士が不足していると判断されれば法テラスや日弁連のひまわり基金などが法律事務所を作ってくれますし,そうでなくても弁護士の仕事が十分にある地域なら,その地域で開業する弁護士の数は自然に増加していくのです。逆に,弁護士として開業しても仕事がない(収入が見込めない)過疎地域であれば,たとえその地域にさびれた法科大学院が存続していたとしても,多くの開業弁護士が定着することはあり得ません。

 また,弁護士の資質は法科大学院教育のみで研鑽されていくものではなく,むしろその多くは弁護士としての実務を経て研鑽されていくものです。仮に,22歳で法科大学院に進学し,25歳で司法試験に合格し,26歳で弁護士登録し,その後70歳まで一貫して島根県内で弁護士業務を行った人がいるとして,その人が島根大ではなく東京都内の法科大学院に通っていたとしても,法曹としての人生全体から見ればほんの些細なことに過ぎません。島根県の人々は,このような人が「島根県内で働く法曹としての資質に問題がある」と主張するほど狭量な人達ばかりなのでしょうか。
 地方の法科大学院存続を訴える人は,「法曹となる人材を地方で育てる」などといった理念を掲げることが多いようですが,法科大学院制度の理念的基盤となった司法制度改革意見書においても,そのような「理念」については一言も触れられていません。地域適正配置と呼ばれる考え方に関しても,意見書には「適正な教育水準の確保を条件として,関係者の自発的創意を基本にしつつ,全国的な適正配置となるよう配慮すること」という文言があるだけです。
 要するに,司法試験の合格実績が乏しい地方の法科大学院を守ろうとしている人達は,司法審の意見書にもない「理念」を自分達で勝手に作り上げて勝手に暴走しているだけなのです。


 山陰中央日報の記事は,次のような掛け声で締めくくられています。
「法曹を目指す人たちにとって魅力のある学びの場をどう構築していくか。地域の弁護士による実践教育の協力を得ながら、法曹養成の拠点を守りたい。」
 しかし,現在でも法曹養成の実質的な拠点は司法研修所及び司法試験の受験予備校であり,法科大学院が「法曹養成の拠点」であるという考え方はそれ自体が事実誤認であると言えます。また,島根県の法科大学院を守るといっても,何のために「守る」必要があるのかという意義も十分に説明できておらず,「守る」ための具体的な方策に至っては何も提言できていません。
 島根大学の法科大学院を「守りたい」という主張は,国民全体の利益を無視した全くの「地域エゴ」に過ぎず,しかも同法科大学院を「守る」ことが出来たとしても,それによって島根県の住民が具体的な利益を享受できるわけではなく,単に「おらの県には法科大学院がある」という島根県民の(中身が伴わない)自己満足に寄与するだけです。
 地方弁護士会の会員で今でも法科大学院制度推進派に回っている人の多くは,こうした「おらの町の法科大学院を守れ」という単なる地域エゴに荷担し,もしくはその旗振り役になっているのでしょうが,いまや法科大学院制度のおかげで,法曹養成そのものが破綻に瀕しています。国の財政も破綻寸前であり,地方の自己満足のために無駄な教育施設を残す余裕などは全くありません。
 このような状況の下で,弁護士(会)がなおも感情的な地域エゴを代弁し,法科大学院の存続を訴え続けるのであれば,そのうち弁護士(会)自体が,地方自治を担う人材ないしその基盤としての資質を疑われることになるでしょう。

7 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-07-18 18:44:52
地域の法曹は地域で育てる、という理念自体が狭隘な理念というべきであります。
法曹がどこの出身か、そんなに大切なこととは思えません。
大切なのは、目の前にいるクライアント、事件にどれだけ真摯に対応できるか。それだけであります。
営業という意味でも、弁護士になってからその地域でどれだけ根付けるかが大切で、たかがローにいただけで「地域に根づいた」なんてバカげてます。ローにいる間は「地域に根づいた勉強以外の活動」なんて、やってるヒマなんぞないはずであります。
なーんにも実態わかってねーなというのが、法科大学院適正配置論に対する私の意見でございます。
Unknown (Unknown)
2012-07-18 18:50:33
でも、きまって、旗艦みたいな人をつくって、その人に
「◯◯ロースクールがあったから、私はこの地域にいたまま弁護士になれました。もしなければ弁護士になってません。だからそこに◯◯ロースクールがあることが意味があると思います。」というようなことを言わせるわけです。

まったくアホらしい言説であります。
受かる奴は東京行こうと大阪行こうと受かるわい。むしろ、イナカのローに行ったほうが受からねえです。

◯◯にロー作るカネがあるんなら、その◯◯地域の法曹志願者に、東京や大阪のローに行く学費やらを補助したほうが合理的です。

札幌にローがあるからって、猿払村の受験生が通えるのか?別海町の受験生が通えるのか?
鹿児島にローがあるからって、枕崎市の受験生が通えるのか?
それぐらいバカげた言説です。

そもそも、「地域の法曹は地域で育てる」とか言うんなら、まともに合格者出してから言えよ┐(´へ`)┌。
と言いたいであります。地域にローがあっても合格者がいなければ無意味なことは幼稚園児でもわかるでしょうね。
こんな簡単なことがわからなくないのでちゅか?と、ロー擁護派(とくに地域適正配置論者)は、思われちゃいますよ。
弁護士全員そんな見識だと思われかねず、非常に迷惑な話であります。
Unknown (Unknown)
2012-07-18 18:57:06
修習生が15人くらい配置されれば、そのうち2~3人は残りますよ。
就活は、修習生のときに行いますからね。地方に就職したい修習生にとっては、わざわざローの地に戻るより、修習地で就活した方が効率的ですし、弁護修習で縁も出来るので、ローの地に戻る理由がありません。
Unknown (Unknown)
2012-07-22 01:58:26
「おらの町の法科大学院を守れ」という単なる地域エゴに荷担し、、いるでしょうねえ、こういう人が。エゴとか通り過ぎてただのバカだと思いますけど。
田舎のまともな法曹教育も競争もない法科大学院などいりませんよ。本当に無駄です。
個人的には東大と京大だけに法科大学院を認可し(ここの定員はもっと増やして)入学レベルも1000人合格時代のレベルにまで上げて、入っただけで儲けものくらいの制度にしたほうがいいのでは?と思います。これだと司法試験合格率80~90パーセントは硬いんじゃないですかねえ。。おおむね利権目的だけで法科大学院つくっちゃってますから強烈な反対があるでしょうけど三振もなくなりますよ。そして質もあがりますよ、もしや旧試験以上に?
仮に司法試験受からなくても東大京大ブランドで何とか就職とかもできるのでは。。(そこまで甘くないでしょうか。。)
もしくはやっぱり法科大学院は全部やめ、とかね。
Unknown (Unknown)
2012-08-04 19:49:42
私は静岡大学法科大学院に在学していたのですが、静岡大ローの実態は、地域のカルチャーセンターですね。辞めて中央ローに入り直して正解でした。
Unknown (Unknown)
2013-04-04 16:05:29
その島根大学ですが、現実を受け入れるどころか存続を訴えようと大学の外部機関という形で運動する機関を作り、資金を寄付などで募集するということを表明したようです。
直積的な感想は避けさせてもらいますが、なにか当事者の状況もみず一直線に進んでいる感じを強く受けます。
もしよろしければ関連記事を見ていただければと思います。
正論 (与太郎)
2013-04-10 15:55:54
島根大学法科大学院を廃止して悲しむ人は少なくとも潜在的な受験生の中には皆無でしょう。私は山陰の住民ですが、はっきり言って存続させるのは税金の無駄。廃止に賛成です。この大学院を廃止して悲しむのは、少子化で他大学にポストがない教授、准教授連中。こういう合格率の低いローを存続させると、幻想を抱いた学生が入学してしまい、犠牲者を増やすだけです。