最近,このブログで最新の時事問題を取り上げることはあまりなかったので,今回は尖閣諸島における中国漁船衝突のビデオ映像流出事件について取り上げてみようと思います。
「罪と思わない」=聴取の海上保安官―船長への告白時・ビデオ流出(時事通信) - goo ニュース
引用記事にもみられるように,自ら映像を流出させたと告白している海上保安官は,「罪を犯したとは思っていない」などと供述していることが分かります。そこで,仮にかの海上保安官が映像を流出させたと仮定して,国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪が成立するか否かを検討する必要があります。該当条文は,国家公務員法100条1項と109条です。
<国家公務員法(抜粋)>
(秘密を守る義務)
第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
第百九条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
十二 第百条第一項若しくは第二項又は第百六条の十二第一項の規定に違反して秘密を漏らした者
ここでのポイントは,中国漁船を拿捕したときの映像記録が「秘密」に該当するか否かです。
国家公務員法では,「秘密」の定義について何ら規定を置いておらず,この点は解釈に委ねられていますが,一般的に「秘密」とは,「個人ないしひとつの組織,団体が外集団に対して公開することのない情報」などと考えられており,外集団に対する公開が禁じられているか否かが,解釈の分かれ目になるでしょう。
そして,外集団に対する公開が禁じられている情報の類型については,以下の三種類が考えられます。
① 法令の規定により公開が禁じられている情報
公判開廷前における刑事事件の訴訟書類(刑事訴訟法47条)などがこれに該当しますが,本件では既に被疑者の中国人船長を処分保留で釈放してしまった以上,同条を根拠に「公開が禁じられている書類」と判断することはできません。
② 就業規則や服務規則など,組織の内部規定により公開が禁じられている情報
海上保安庁関係の内部規定まで全て調べたわけではありませんが,少なくとも公開されている規定の中には,捜査時の状況に関する映像等の公開を禁ずる明文の規定は見当たりませんでした。また,最近の報道内容を見ても,不法入国船の拿捕時に撮影された映像は海上保安庁の内部に広く流通しており,国会議員に対する説明用のコピーも作成されるなど,特に第三者への公開を禁じる内部規定があったとは考えにくい状況にあります。
なお,公開を禁じる明文の規定はない場合でも,公開しない旨の法慣習が成立していたといえる場合には,守秘義務違反を問う余地はあると考えられますが,予測可能性を確保する観点から,その適用範囲は当該法慣習を明示的に認識できる場合に限定するべきでしょう。すなわち,問題となる資料に「部外秘」といった表示がなされているなどの要件を満たす必要があると考えられますが,これまでの報道内容から判断する限り,これにも該当しないのではないかと思われます。
③ 公開を禁じる規定や慣行はないが,個別の命令により公開が禁じられている情報
国家公務員は,その職務を行うにあたり,上司の職務上の命令に忠実に従う義務(国家公務員法98条1項)がありますから,公表を禁じる法令,内部規定や慣行がない場合でも,上司から公表を禁じる職務上の命令がなされていた場合には,これに従う義務があります。
ただし,上司の職務上の命令があったというためには,少なくとも法律上当該職務について権限を有する者から,明示的に認識できる方法で命令がなされなければならず,海上保安庁の職務に対し何ら権限を有しない内閣官房長官(内閣法13条)が,当該映像を公表する意思はない旨を発言したとしても,これを海上保安庁職員に対する「職務上の命令」とみなすことはできません。
現時点で断言はできませんが,このように考えると,件の海上保安官に国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪が成立するか否かについては,法律的にはかなり疑問視されるところです。少なくとも,仙谷官房長官が発言するように「犯罪行為」と言い切ってよいとは思えません。
一方,領海侵犯をした中国人船長の法的責任については,意外なことに領海侵犯自体を処罰する規定はなく,ただ平成20年に施行された「領海等における外国船舶の航行に関する法律」が,以下のように定めているだけです。
第四条 外国船舶の船長等は、領海等において、当該外国船舶に次に掲げる行為(以下「停留等」という。)を伴う航行をさせてはならない。ただし、当該停留等について荒天、海難その他の危難を避ける場合、人命、他の船舶又は航空機を救助する場合、海上衝突予防法 (昭和五十二年法律第六十二号)その他の法令の規定を遵守する場合その他の国土交通省令で定めるやむを得ない理由がある場合は、この限りでない。
一 停留(水域施設におけるものを除く。)
二 びょう泊(水域施設におけるものを除く。)
三 係留(係留施設にするものを除く。)
四 はいかい等(気象、海象、船舶交通の状況、進路前方の障害物の有無その他周囲の事情に照らして、船舶の航行において通常必要なものとは認められない進路又は速力による進行をいう。)
2 前項に定めるもののほか、外国船舶の船長等は、内水(新内水を除く。以下同じ。)において、当該外国船舶に水域施設等に到着し、又は水域施設等から出発するための航行以外の航行(以下「通過航行」という。)をさせてはならない。ただし、同項ただし書に規定する場合は、この限りでない。
(外国船舶に対する立入検査)
第六条 海上保安庁長官は、領海等において現に停留等を伴う航行を行っており、又は内水において現に通過航行を行っている外国船舶と思料される船舶があり、当該停留等又は当該通過航行について、前条第一項若しくは第二項の規定による通報がされておらず、又はその通報の内容に虚偽の事実が含まれている疑いがあると認められる場合において、周囲の事情から合理的に判断して、当該船舶の船長等が第四条の規定に違反している疑いがあると認められ、かつ、この法律の目的を達成するため、当該船舶が当該停留等を伴う航行又は当該通過航行を行っている理由を確かめる必要があると認めるときは、海上保安官に、当該船舶に立ち入り、書類その他の物件を検査させ、又は当該船舶の乗組員その他の関係者に質問させることができる。
2 前項の規定による立入検査をする海上保安官は、制服を着用し、又はその身分を示す証明書を携帯し、かつ、関係者の請求があるときは、これを提示しなければならない。
3 第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
(外国船舶に対する退去命令)
第七条 海上保安庁長官は、前条第一項の規定による立入検査の結果、当該船舶の船長等が第四条の規定に違反していると認めるときは、当該船長等に対し、当該船舶を領海等から退去させるべきことを命ずることができる。
第十一条 第七条の規定による命令に違反した船長等は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第十二条 第六条第一項の規定による立入り若しくは検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の陳述をした者は、六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
つまり,領海侵犯があったというだけで中国人船長を処罰することはできず,海上保安庁による立入検査の妨害があったといえるか,退去命令違反があったといえるか,若しくは中国漁船の巡視船に対する衝突行為等が公務員に対する暴行(公務執行妨害罪,刑法95条)にあたるといえる場合でなければ,わが国の法律上処罰の対象にはならないことになります。
中国人船長が結局処分保留のまま釈放となった背景には,中国との外交関係に関する政策的判断のほか,法的にも処罰の対象になるかどうか微妙な問題であり,仮に起訴できるとしても微罪にとどまるといったことも影響しているのではないかと考えられます(黒猫自身,あまりの法定刑の軽さに驚いており,いろいろ海事法令を調べてみたのですが,今のところ上記以外には領海侵犯に対する処罰規定は見当たりません)。
おそらく,この問題を契機に,領海侵犯に対する法的規制の整備も改めて問題になるのではないかと思いますが,中国側の度重なる領海侵犯行為に対し,法的には上記程度の対応しかできないというのも,現場の海上保安官たちを憤慨させた原因の一つかもしれません。
「罪と思わない」=聴取の海上保安官―船長への告白時・ビデオ流出(時事通信) - goo ニュース
引用記事にもみられるように,自ら映像を流出させたと告白している海上保安官は,「罪を犯したとは思っていない」などと供述していることが分かります。そこで,仮にかの海上保安官が映像を流出させたと仮定して,国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪が成立するか否かを検討する必要があります。該当条文は,国家公務員法100条1項と109条です。
<国家公務員法(抜粋)>
(秘密を守る義務)
第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
第百九条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
十二 第百条第一項若しくは第二項又は第百六条の十二第一項の規定に違反して秘密を漏らした者
ここでのポイントは,中国漁船を拿捕したときの映像記録が「秘密」に該当するか否かです。
国家公務員法では,「秘密」の定義について何ら規定を置いておらず,この点は解釈に委ねられていますが,一般的に「秘密」とは,「個人ないしひとつの組織,団体が外集団に対して公開することのない情報」などと考えられており,外集団に対する公開が禁じられているか否かが,解釈の分かれ目になるでしょう。
そして,外集団に対する公開が禁じられている情報の類型については,以下の三種類が考えられます。
① 法令の規定により公開が禁じられている情報
公判開廷前における刑事事件の訴訟書類(刑事訴訟法47条)などがこれに該当しますが,本件では既に被疑者の中国人船長を処分保留で釈放してしまった以上,同条を根拠に「公開が禁じられている書類」と判断することはできません。
② 就業規則や服務規則など,組織の内部規定により公開が禁じられている情報
海上保安庁関係の内部規定まで全て調べたわけではありませんが,少なくとも公開されている規定の中には,捜査時の状況に関する映像等の公開を禁ずる明文の規定は見当たりませんでした。また,最近の報道内容を見ても,不法入国船の拿捕時に撮影された映像は海上保安庁の内部に広く流通しており,国会議員に対する説明用のコピーも作成されるなど,特に第三者への公開を禁じる内部規定があったとは考えにくい状況にあります。
なお,公開を禁じる明文の規定はない場合でも,公開しない旨の法慣習が成立していたといえる場合には,守秘義務違反を問う余地はあると考えられますが,予測可能性を確保する観点から,その適用範囲は当該法慣習を明示的に認識できる場合に限定するべきでしょう。すなわち,問題となる資料に「部外秘」といった表示がなされているなどの要件を満たす必要があると考えられますが,これまでの報道内容から判断する限り,これにも該当しないのではないかと思われます。
③ 公開を禁じる規定や慣行はないが,個別の命令により公開が禁じられている情報
国家公務員は,その職務を行うにあたり,上司の職務上の命令に忠実に従う義務(国家公務員法98条1項)がありますから,公表を禁じる法令,内部規定や慣行がない場合でも,上司から公表を禁じる職務上の命令がなされていた場合には,これに従う義務があります。
ただし,上司の職務上の命令があったというためには,少なくとも法律上当該職務について権限を有する者から,明示的に認識できる方法で命令がなされなければならず,海上保安庁の職務に対し何ら権限を有しない内閣官房長官(内閣法13条)が,当該映像を公表する意思はない旨を発言したとしても,これを海上保安庁職員に対する「職務上の命令」とみなすことはできません。
現時点で断言はできませんが,このように考えると,件の海上保安官に国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪が成立するか否かについては,法律的にはかなり疑問視されるところです。少なくとも,仙谷官房長官が発言するように「犯罪行為」と言い切ってよいとは思えません。
一方,領海侵犯をした中国人船長の法的責任については,意外なことに領海侵犯自体を処罰する規定はなく,ただ平成20年に施行された「領海等における外国船舶の航行に関する法律」が,以下のように定めているだけです。
第四条 外国船舶の船長等は、領海等において、当該外国船舶に次に掲げる行為(以下「停留等」という。)を伴う航行をさせてはならない。ただし、当該停留等について荒天、海難その他の危難を避ける場合、人命、他の船舶又は航空機を救助する場合、海上衝突予防法 (昭和五十二年法律第六十二号)その他の法令の規定を遵守する場合その他の国土交通省令で定めるやむを得ない理由がある場合は、この限りでない。
一 停留(水域施設におけるものを除く。)
二 びょう泊(水域施設におけるものを除く。)
三 係留(係留施設にするものを除く。)
四 はいかい等(気象、海象、船舶交通の状況、進路前方の障害物の有無その他周囲の事情に照らして、船舶の航行において通常必要なものとは認められない進路又は速力による進行をいう。)
2 前項に定めるもののほか、外国船舶の船長等は、内水(新内水を除く。以下同じ。)において、当該外国船舶に水域施設等に到着し、又は水域施設等から出発するための航行以外の航行(以下「通過航行」という。)をさせてはならない。ただし、同項ただし書に規定する場合は、この限りでない。
(外国船舶に対する立入検査)
第六条 海上保安庁長官は、領海等において現に停留等を伴う航行を行っており、又は内水において現に通過航行を行っている外国船舶と思料される船舶があり、当該停留等又は当該通過航行について、前条第一項若しくは第二項の規定による通報がされておらず、又はその通報の内容に虚偽の事実が含まれている疑いがあると認められる場合において、周囲の事情から合理的に判断して、当該船舶の船長等が第四条の規定に違反している疑いがあると認められ、かつ、この法律の目的を達成するため、当該船舶が当該停留等を伴う航行又は当該通過航行を行っている理由を確かめる必要があると認めるときは、海上保安官に、当該船舶に立ち入り、書類その他の物件を検査させ、又は当該船舶の乗組員その他の関係者に質問させることができる。
2 前項の規定による立入検査をする海上保安官は、制服を着用し、又はその身分を示す証明書を携帯し、かつ、関係者の請求があるときは、これを提示しなければならない。
3 第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
(外国船舶に対する退去命令)
第七条 海上保安庁長官は、前条第一項の規定による立入検査の結果、当該船舶の船長等が第四条の規定に違反していると認めるときは、当該船長等に対し、当該船舶を領海等から退去させるべきことを命ずることができる。
第十一条 第七条の規定による命令に違反した船長等は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第十二条 第六条第一項の規定による立入り若しくは検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の陳述をした者は、六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
つまり,領海侵犯があったというだけで中国人船長を処罰することはできず,海上保安庁による立入検査の妨害があったといえるか,退去命令違反があったといえるか,若しくは中国漁船の巡視船に対する衝突行為等が公務員に対する暴行(公務執行妨害罪,刑法95条)にあたるといえる場合でなければ,わが国の法律上処罰の対象にはならないことになります。
中国人船長が結局処分保留のまま釈放となった背景には,中国との外交関係に関する政策的判断のほか,法的にも処罰の対象になるかどうか微妙な問題であり,仮に起訴できるとしても微罪にとどまるといったことも影響しているのではないかと考えられます(黒猫自身,あまりの法定刑の軽さに驚いており,いろいろ海事法令を調べてみたのですが,今のところ上記以外には領海侵犯に対する処罰規定は見当たりません)。
おそらく,この問題を契機に,領海侵犯に対する法的規制の整備も改めて問題になるのではないかと思いますが,中国側の度重なる領海侵犯行為に対し,法的には上記程度の対応しかできないというのも,現場の海上保安官たちを憤慨させた原因の一つかもしれません。
素早く追突ビデオ流れて誰も傷つかなかった。
反日も反中デモも無かったと思います。
機密があるのに民主主義ですか?知る権利を保障しないのなら。
間違った投票で住みにくい社会にしてしまうのを恐れます。
反日感情の恐れより、事実が機密扱いされる意味を議論すべきだと思います。
米では前の大統領が事実と違う発表で戦争を始めたのを、
ウィキリークスが機密を漏らしていたら。
自分の思い違いの政治家に投票し住みにくい社会にしてしまう愚かさが分ったと思います。
政府が隠してるビデオが見られてラッキーという程度の大衆が喜んでるだけで、何の新事実も含まれないしょうもない話でしょうね。
公安から漏れた本物の機密情報の件を簡単に忘れてしまう「扱いやすい」民度に改めて頭が痛くなる思いです…