黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

地方の弁護士は,なぜ増えないか?

2006-03-07 17:45:21 | 弁護士業務
 「ボツネタ」経由で知りましたが,NHKの「クローズアップ現代」で,弁護士過疎の問題が取り上げられたそうです。

http://d.hatena.ne.jp/okaguchik/20060307/p1
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2006/0603-2.html

 司法試験合格者は増加しているのに,新人弁護士は大規模事務所に集中し,金にならない法律扶助事件を受ける弁護士は少なく,町医者的弁護士や過疎地の弁護士はむしろ減っているという「格差」が取り上げられたそうです。
 このうち,弁護士が大規模事務所に集中する理由は,書かなくても誰でも分かると思います。
 金にならない法律扶助事件を受ける弁護士が少ないとか,町医者的弁護士が減っている理由は,

1 ただでさえそれほど割の良い仕事ではないのに,最近は弁護士の数が増えて競争が激しくなり,事業として成り立たなくなる
2 いろんな専門分野の事件が多くなってきて,町医者的に何でもやろうとすると勉強すべき範囲が広くなりすぎて普通の人間では対応できなくなるし,専門分野に特化している弁護士とはとても競争できないので,事業として成り立たなくなる

といったところだと思います。このまま弁護士の数を増やし続けていけば,おそらく町医者的「弁護士」像は過去のものになるのではないかと思われますが,それは町医者的な業務形態そのものが社会の需要に合わなくなりつつあるということであり,ある意味仕方のないことなのかなという気もしています。

 ただ,この記事で書きたいのは「町医者的」弁護士の話ではなく,タイトルにあるとおり地方弁護士が増えない理由に関する考察です。
 弁護士の増員が主張される理由の1つとして,過疎化地域での弁護士不足が挙げられていますが,上記記事にあるとおり弁護士の総数は確実に増えているのに,地方に行く弁護士が一向に増えないというのが現状であり,これにより弁護士の総数を増やすことが必ずしも「弁護士過疎」の解消につながらないことは明らかです。 一方,「弁護士過疎」状態を解消するのに必要な弁護士の人数は,全国規模で考えても数千人もいれば十分でしょうし,弁護士過疎の問題が解消しない本当の理由を考えることなく,とにかく弁護士の総数を増やせば解決するんだというような議論をするのは,勉強せず成績が伸びない子供に対し,とにかく高いお金で有名な家庭教師を雇って教育させれば成績が伸びるというような議論をするのと同じ事であり,要するにただの馬鹿です。
 では,なんで地方に行く弁護士が少ないのか。上記の記事にもあるとおり,地方でもそれなりに弁護士の需要はあるわけですから,地方に行っても食べていけないということはありません。むしろ,安定して食べていきたいのであれば,東京より地方で開業した方がよいくらいだと思います。それにもかかわらず地方に行く弁護士が少ないのは,黒猫の見解としては,以下のような理由があるのではないかと思われます。 

1 合格者の都会志向
 司法試験に合格する人は,都内の大学出身者が圧倒的に多く,しかも大半が高学歴のエリートですから,当然都会の生活に慣れていますし,大学の同期たちも都内の大手企業に勤めていたりします。そういった人たちが,都会の生活を捨てていきなり地方に移住するのは,なかなか決心がつかないでしょう。

2 女性の都会志向
 仮に,合格者が一念発起して地方の事務所への就職や地方での開業を考えたとしても,女性には地方での生活を嫌がる人が比較的多いので,彼女や奥さんに反対されて結局断念するケースも結構多いそうです。
 女性の合格者であれば,本人が良ければそれでいいのかもしれませんが,あるいは地方だと(男自体はたくさんいても)司法試験に合格するようなエリート女性のお眼鏡に適う魅力的な男性は少ないという問題もあるかもしれません。

3 新人弁護士の就職先不足
 新人弁護士の場合,ごくまれにいきなり独立開業する人もいますが,多くは既存の法律事務所に勤務弁護士(イソ弁)として就職し,数年後に独立を考えるということになります。
 しかし,弁護士過疎の地方では当然法律事務所の数も少ないですから,就職できる事務所もあまりないですし,そもそも地方では法律事務所の求人情報を公開しない風習があるので,求人情報も口コミに頼るしかありません。

4 弁護士の仕事の取り方
 かといって,新人弁護士が東京かその近辺の事務所に一旦就職し,その後に地方で独立開業するとしても,弁護士の仕事(特にお金になる仕事)は弁護士会や市役所などの法律相談とか,広告などを見てくる一般法律相談などではほとんど来ません(それどころか,広告を見てくる法律相談にはろくなものがないと言われるくらいです)。基本的には人脈が物を言います。
 イソ弁時代に築ける人脈は当然その事務所の所在地域が中心になりますから,遠い地方に行って独立しようとするとそれまでの人脈があまり活かせません。将来的にはその地方で人脈が出来て食べていけるようになるとしても,当分の間は干上がってしまうことを覚悟しなければなりません。
 さらに,都心部である程度人脈を築いてそれなりの収入をあげている弁護士にとっては,地方に移住すればそれまでの人脈を失うことになりますからかなりの痛手になってしまいますし,特に訴訟事件などは事件処理までに何年もかかるケースも少なくありませんから,既に受任している事件の後始末をどうするかという問題も簡単ではありません。

5 業務が専門化しにくい
 地方の弁護士になると,やってくる事件の種類は雑多であり,特定の専門業務に特化することはなかなかできません。食っていくことは何とかできるかもしれませんが,最先端の問題に携わる機会はあまりないですから,研究熱心な弁護士の知的関心を満足させるのはかなり難しいでしょう(ちなみに,黒猫は一時静岡で就職しようと考えたことがありますが,健康上の問題で断念し,今は地方に行こうなんてこれっぽっちも思いません。その最大の理由はこれです)。
 なお,近年は一般の人が持ち込んでくる事件の種類も多様化し,法制度も複雑化していますから,今後地方の弁護士が何でもやる町弁みたいな形で業務をやっていくには,都会の各種専門事務所と連携できるような体制を作っていかないと,どんどん自分の事務所で処理できない案件が増えていき,事件を都会の事務所に吸い上げられてしまうのではないかと思われます。
 黒猫のいる事務所自体,所在地は東京ですがインターネットでの宣伝で田舎の債務整理事件を吸い上げまくっているところであり,田舎の裁判所で個人再生の申立てをして地元の弁護士が個人再生委員に選任され,依頼者が面談に行ったところ,個人再生委員から開口一番「○○法律事務所って一体どこで見つけたんですか」と問い質されたことがあります。
 都会の事務所による「事件吸い上げ」は,既に地方の弁護士からも脅威とみなされているのかもしれません。神奈川や千葉,埼玉あたりの事件なんて,うちに限らずかなり東京の事務所がやっているでしょうし。

 よって,これらの問題点を検討した上で,弁護士会や地元自治体等による積極的な弁護士誘致策,地方の事務所と都会の専門事務所との連携策,地方に就職・開業する弁護士の嫁さん対策(?)などを総合的に推進して行かないと,弁護士過疎の問題はいつまで経っても解決に向かわないのではないかと思われます。
 現役弁護士を非難するのは簡単ですが,政策というものは現実的な問題の所在を検討して現実的な対応策を考え実行していくものであり,「若い人の頑張ろうという意識」などに期待するのは,何でも精神論に頼った挙げ句惨敗を喫した,戦時中における愚かな日本軍幹部のやっていたことと根本的には何ら変わりません。

24 コメント

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Unknown (弁護士過疎の対策)
2006-03-07 20:47:05
現在の若者は、非常にシビアに「損得

勘定」をして、就職する傾向があります

(非難する意図ではなく、事実の摘示が

目的です)。



これが明確にわかるのが、理系のエリート

職、医師の就職動向です。

今、新人の医師に人気がある就職先は、

①激務だけれども、待遇が非常に良い分野

(年収3000万以上が開業すれば見込める

分野)、②収入は1000万円台だけれども、のんびりできる分野です。



つまり、金銭面か、時間の面で魅力的な

要素なければ、今はなかなか学生は集まらず、「若い人の気概」だけに頼っては

人は集められません。



今は修習生の間でも「年収1000万円

以上保障」という事務所には就職希望の

学生が殺到します。



対して、地方の事務所は年収400~600

万円程度の事務所が多いようですから、

そして将来的には都会の大規模事務所なら

年収数千万円も狙えることは公知の事実ですから、「司法試験」という超難関試験に

合格し、自分の能力に絶大な自信を持ち、

むしろ競争歓迎という思いの強い時期に、

精神論だけで若手を呼び込むことは不可能

なのではないでしょうか。
「法曹人口問題を考える会」設立へ (黒猫先生へ)
2006-03-08 11:36:32
「法曹人口問題を考える会」が設立

されたそうですよ。



http://homepage3.nifty.com/Takashi-naka-Lo/starthp/subpage02.html
Unknown (黒猫)
2006-03-08 12:28:35
情報提供有り難うございます。

ただ,設立を進めているのは京都の弁護士さんのようであり,こちらには直接何の連絡もないので,対応については慎重に考えようと思います。
Unknown (ローは電気掃除機?)
2006-03-09 01:19:07
●司法試験も変わらなければ



 ところが、最近の報道によると、新しい司法試験の合格者数・合格率を相変わらず低く抑えるような議論が行われているようです。



第1期の2006年度の合格率を予め30%程度、その後も20%程度に設定するような意見もあるようです。



しかし、もしこのような考え方があるとすれば、それは前にお話した新しい法律家養成制度の理念に明らかに反する考え方です。



新しい養成制度は、「教育」を主とし、「試験」

を従としたのですから、教育から離れて試験の

合格者数・合格率を予め数字で決めておくこと

はできないはずだからです。それでは資格試験ではありません。



もしこのようなことになってしまったら、

法科大学院の教育は、社会に起こるさまざまな人間や企業活動のトラブルを広く、深く考え、理論と

実務を学び、より自由でフェアーな社会に貢献するためのものから、司法試験の受験教育へと変質せざるを得なくなるでしょう。



学生は受験科目以外に関心を示さなくなるのは

自然だからです。しかも卒業生の20%程度しか

法律家になれない仕組みはあまりにリスキーで、法律以外の知識・経験を持つ優れた社会人は、もはや

人生の選択肢として法科大学院を選ばなくなるでしょう。





掃除機のように、排気力がなくなれば、吸引力も

なくなるのです。





それは、法を学ぶ者が、日本では再び、法律しか

知らない「受験生」だけになってしまうことを意味します。



http://www.asahi.com/ad/clients/waseda/opinion/opinion113.html
Unknown (↑のコメントは引用です)
2006-03-09 01:20:42
↑のコメントは「電気掃除機」論(?)を唱えて

いる先生の議論の引用です。
「電気掃除機論」考 (ねどべど)
2006-03-09 01:47:29
引用ありがとうございます。



頭にまず浮かんだのは,「専門馬鹿でないやつはただの馬鹿」という言葉でした(どなたのお言葉か失念してしまったのですが)。





> それは、法を学ぶ者が、日本では再び、法律しか

知らない「受験生」だけになってしまうことを意味します。



この議論と前述の言葉を対応させるならば,「法律しか知らない『受験生』でなければただの『受験生』」といったところでしょうか。



現行(旧)司法試験は六法即ち6科目(だけ)で構成されていますが,1年の(少なくとも)6分の1を費やせるはずの刑法にしても,例えば論文試験の平成17年第2問を難なく解ける人がどれほどいらっしゃるでしょうか(受験生だけでなく既に実務家になっている方々や,ローの偉くて立派な見識の高い人格的に優れた一流の教授陣等々も含めて)。



まずは基本法をしっかり習得することに全力を傾けるべきであり,それ以外のことは実務に出てからでも遅くないと思うのですが。



「電気掃除機」の反論 (IK)
2006-03-09 02:30:41
>新しい養成制度は、「教育」を主とし、「試験」を従とした

と言いますが、法科大学院への入学は試験で選抜しているはずです。法科大学院卒業者の殆どを法曹にすべきと言うことは、結局、法曹の選抜を旧司法試験から、法科大学院の入学試験に変えることに他なりません(殆ど法曹にすべきという者ほど、卒業を厳しくすることにも消極的だから)。前者と後者のどちらが公平で、透明な試験であるか、言うまでもないでしょう。四宮教授は、医学部の例を挙げていますが、医学部入試に序列があり、学閥ができていることが、どれほど医学界をゆがめているか、公知の事実であるはずです。それでも尚、医学部と類似の制度にすべきというのは、差別が何よりも好きなのか、単なる馬鹿なのか、いずれにしろまともな議論だとは思えません。

「教育」が必要なら、旧司法試験合格後に、教育を充実させたらよいだけのはずです。

国谷さん萌え (ほえほえ)
2006-03-09 06:24:44
国谷さんの旦那さんは、都会の大手事務所の弁護士。
地方の弁護士 (Unknown)
2006-03-09 11:50:30
地方の弁護士は確実に増えてるのでは?

増えた弁護士ももちろん今まで同様の比率で配分されるでしょうから数千人の地方弁護士をつくるためには数十万人の弁護士増員が必要だとする理屈は正しいと思うが。
素直な感想です (地方の人間)
2006-03-09 12:13:18
悪意はないですが意見として



高学歴とかエリートとかよくいわれますがちすごく違和感感じます。地方に住む人間からするとまさにそのような発想が司法改革をしなければならない理由じゃないでしょうか。



なんかこう、もうしわけないですがいやな感じです。