黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「被疑者国選制度拡大」の光と影

2013-08-16 22:08:46 | 弁護士業務
 7月26日,法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会・第2作業分科会の第5回会議が開催されました。この分科会で検討された議題の一つに「被疑者国選弁護制度の拡充」があります。
 議事録はまだ公開されていませんが,配布資料『被疑者国選弁護制度の拡充』は見ることができます。
http://www.moj.go.jp/content/000113166.pdf
 この資料によると,被疑者国選弁護制度の対象を,現行の「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件について被疑者に対して勾留状が発せられている」事件から,「被疑者に対して勾留状が発せられている全ての事件」に拡大することが検討されているようです。
 被疑者国選の対象事件が拡大されるなら,弁護士としては全く良いことではないか,何も問題にする余地はないではないかと言われるかも知れませんが,法曹制度全体からの視点としては,必ずしも手放しで喜べる話ばかりではないのです。

1 被疑者国選弁護報酬の実態
 被疑者の国選弁護を引き受けた弁護士には,法テラスから所定の報酬が支払われるのですが,その報酬は基本が6,400円,被疑者への接見1回につき2万円とされています(電話で接見した場合,及び接見場所に出向いたが接見に至らなかった場合には1万円)。ただし,接見報酬には弁護期間に応じた上限が設けられており,10日間弁護した場合は接見3回分(66,400円)が報酬額の上限となります。
<参 考>
報酬及び費用の算定基準(法テラスHP)
http://www.houterasu.or.jp/cont/100179914.pdf
 逆に言うと,被疑者への接見以外の弁護活動には,一切報酬が出ないということです。
 被疑者の国選弁護は,自分の事務所を持ち相当数の事件を抱えている弁護士にとっては赤字を覚悟しなければならない仕事である一方,ほとんど仕事がなく自宅を事務所にしているような若手弁護士にとっては採算の取れる仕事と認識されているようですが,このような報酬の決め方だと,おそらく規定回数だけ接見をこなせば事足れりというような仕事をしている弁護士が多いのではないかと予測されます。
 それでも,重大な否認事件などでは積極的な弁護活動をする弁護士もいるわけですが,そのような場合にはいかにも不合理な結果が生じます。

 とある街弁さんのブログに『被疑者国選8 まだまだ続くか』という記事が載っていましたが,この先生はとある被疑者国選事件で,接見以外にも以下のような弁護活動をされたそうです。

10月9日(土)
 事案の性格上、被害者供述に頼る危うい構造の事件に見えたので、被疑者に対する取り調べの全面録画・録音を求めるため、担当刑事に面談を求めて警察署に電話するが、担当刑事不在。
10月11日(月)祝日
 担当刑事に面談し、取り調べの全面録画・録音を求める意見書を提出。供述を強要することのないように申し入れ。若干の捜査情報の入手。(被害者からは以前から×の届が出ていた。被疑者は否認というより黙秘に近いという認識である)
10月12日(火)
 犯行時間帯に、犯行場所周辺を調査。犯行時間は○であるので、○が多いこと、被疑者宅前では、○の歩行者も多いことを確認。目撃されることなく、×できるか。被害者は×なかったのか。
10月13日(水)
 犯行時間に再び現場周辺を調査。犯行日は水曜日であるので、同じ曜日の同じ時間帯である。このときは、現場周辺に7,8名の警察官が配置されていた。刑事に確認して、2つの場合の内、1つに特定。むしろ×していることを確認。また、水曜日は○に当たり、有力な目撃可能者がいること、同人から目撃していないことを小1時間にわたり確認。
 夕方、検事から電話あり。○から×しないでほしいとの申し入れが検察庁にあった由、弁護人もそうしてほしいとのことで、了解する。供述に頼ることの危うさ、目撃者もなく、×の不自然さを伝える。検事も同様に疑問を持っているとのこと。
10月15日(金)
 犯行時間に三度、現場周辺を調査。○が減っている。○側が対策をとった模様。目撃者の自宅前を訪ね、再度、目撃していないことの確認。警察が聴取していないということから、同人の電話番号を警察へ伝えることの了解を得る。
 被疑者からの接見希望があり、接見に行こうとしたところ、貴庁から被疑者釈放とのFAXが入る。
 留置所へ電話したところ、釈放寸前ということであったので、夜間、被疑者方を尋ねることにする。警察へ電話。刑事課長「今は何も言えない。おって正式に説明する。」検事から電話「今は何も言えないが、おって正式に説明する」「被疑者に×しないよう、また、×したりしないように被疑者に注意してほしい」
 夜8時頃、被疑者方へ行き、被疑者の帰宅と行き会う。
 被疑者宅前で打ち合わせをする。
 検事からの伝言を伝える。警察は、○にだまされていたと誤りを認めたとのこと。今日の夕方になって、○が検事に対して嘘をいっていたことを認めたために、急に釈放することになった。
 被疑者方は異臭(ネコの糞尿がまき散らされている)が甚だしくて入ることもできないので、路上での話に限られるため、月曜日に、事務所で打ち合わせをして今後の進行について話すこととする。
10月18日(月)
 事務所で被疑者と打ち合わせ。主に今回の事態に関する、「被害者」、検察、警察、裁判所のそれぞれの責任問題について。
10月21日(木)
 被疑者から電話。たまたま行き会った刑事から、話したいことがあるので、明日警察に来てほしいとのこと。行ってよいかと尋ねられ、内々に警察が謝るものと考え、被疑者の娘と2人で行くように答える。
10月22日(金)
 被疑者の娘から電話。同人を排除して、警察が被疑者の取り調べを始めたとのこと。出席予定の委員会を欠席し、警察へ赴き、警察に対して強く抗議。
10月23日(土)
 週末になり、当職と連絡が取れないので、被疑者に電話し、警察から接触があっても、弁護士と相談してからでないと対処できないと答えるように指示。
10月29日(金)
 検事から電話。不起訴処分にする。誘導によって嫌疑なしであることを確認。午後3時から被疑者と被疑者の娘が警察から事情を聞く。
11月1日(月)
 不起訴処分通知着。全体像について、被疑者と打ち合わせ。


 これだけの弁護活動を行っても,報酬は普通に接見を3回やっただけの場合と同じ66,400円が支給されるだけだというのです。このような報酬体系は単に不合理というだけでなく,弁護活動の劣化をもたらすのではないかと心配になります。
 実際,ネット上で刑事弁護の専門を称して広告をする弁護士が最近ずいぶん増えていますが,これは国選弁護人があまり信頼されていないことをと裏一体の関係にあるのではないかという気がします。

2 公費負担の増大
 わが国の財政事情が厳しい中,被疑者国選弁護事業費には,既に年間50億円以上の公費負担がなされています。ちなみに,平成25年度予算では,被疑者国選の費用が約56億円にのぼっているそうです。
 現行法の下では,法定刑の上限が懲役・禁錮3年を超える事件のすべてに被疑者段階から国選弁護人が付けられるわけですが,実際の弁護活動は上記のように大変なものもある一方で,客観的にはあまり意味がなさそうなものも相当数あると思われます。
 ただし,少しでも公費負担を抑えようという意図があるのか,被疑者が国選弁護を請求する場合には資力申告書の提出が義務づけられており,50万円以上の財産(現金・預貯金等)がある被疑者については,あらかじめ弁護士会に私選弁護人紹介の申出をしなければならず,弁護士会が不受任となった場合にはじめて国選弁護人が選任されることになっています。これが公費負担をどのくらい抑える役割を果たしているのか分かりませんが,弁護人の選任手続きを相当面倒なものにしていることは確かです。
 このような実情の下でさらに対象事件が拡大すると,公費負担はさらに年間20億円くらい膨らむと試算されているようです。しかも拡大される対象事件は法定刑の上限が懲役・禁錮3年に満たない微罪事件(脅迫罪,占有離脱物横領罪,青少年保護育成条例違反など)であり,客観的に拡大の必要性があるかと言われると,黒猫としても確たることは言えません。
 一方,対象事件の拡大による公費負担の増大を抑えるため,現行法による私選前置の手続き以上に厳格な制限がかけられる可能性もあります。分科会では,抑制策の具体案は未だ出されていないようですが,制度全体としてはかえって使いづらいものになる可能性があることに注意する必要があります。

3 司法改革(弁護士激増)の正当化
 被疑者国選制度は,司法改革と合わせて導入が決まったものであり,司法改革の成果として喧伝されることがよくあります。
 すなわち,司法試験の年間合格者数が500人ないし1000人程度であった時代には,全国レベルで被疑者国選制度を施行するにはかなり無理があったが,司法試験の合格者数を増やしたことで若手弁護士の多くが当番弁護士や被疑者国選事件を引き受けるようになり,対応できるようになったという主張がなされるのです。
 たしかに,司法改革以前の状態であれば,現在のような低額の報酬で全被疑者の国選弁護人を確保することは相当困難であったことから,これを「成果」と言うこと自体は可能でしょう。
 しかし,被疑者国選を実現するだけのために,質の低い弁護士を市場に大量放出し,一般市民の弁護士被害を激増させ,弁護士に対する一般市民の信頼を大幅に低下させる必要性があったとまでは言えないでしょう。
 ましてや,被疑者国選を実現するために法科大学院制度を設ける必要性があったと強弁することは,どう考えても不可能だと思いますが,実際には被疑者国選の拡大が,法科大学院制度を含む司法改革全体を正当化するための隠れ蓑に使われています。
 また,被疑者国選は日弁連の長年にわたる悲願であり,要するに司法改革以前は日弁連がいくら訴えても実現の見通しは付かなかったものですが,司法改革に伴い2006年に被疑者国選制度が導入され,2009年には対象が拡大され,現在さらなる拡大が検討されるなど,従来の常識から考えれば不気味なほどに,被疑者国選弁護制度は拡大の動きを見せています。
 その理由は簡単で,司法改革に伴い国選弁護制度は弁護士会から法テラスの所管に移り,国選弁護制度が拡大すれば法務省の利権拡大に結びつくからです。日弁連は,悲願であった被疑者国選制度を実現するために,弁護士自治を法テラスに切り売りした,と評することもできます。
 また,被疑者国選制度の導入は,司法改革による数少ない「成果」であるため,政府が司法改革が失敗ではないと言い続けるためには,被疑者国選の成果を喧伝し続ける必要があることにも注意しなければなりません。

 このように,被疑者国選制度の拡大自体は弁護士業界にとって喜ばしい話のようにも思えますが,そのために失われたものはあまりにも大きく,少なくとも黒猫にとっては,とても素直に喜べる話ではありません。
 とりあえず,そんなことに使えるほど国家予算が有り余っているのなら,せめて先に司法修習生に対する給費制を復活させてもらいたいものです。



3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (一小市民)
2013-08-17 00:19:05
・「公務の執行を妨害する罪」あたりが被疑者国選弁護の対象となることを考えると、範囲が、「被疑者に対して勾留状が発せられている全ての事件」に拡大することは喜ばしいことです。
・確かに報酬の計算方法の見直しは、検討した方がいいかもしれません。財源は、法科大学院の補助金カットで十分間に合うはず。
・司法試験合格後、給料を貰って弁護士になりたい人は、弁護士法5条等の用件を満たす就職をすればいいだけ。給費復活は、一般市民の総意にあらず。(例のパブコメの給費復活意見は、よく見れば利害関係者ばかりなのは一目瞭然)
返信する
ありがとうございました。 (感謝)
2013-08-17 03:10:45
被疑者国選制度の現状についてとても勉強になりました。ありがとうございました。
返信する
Unknown (Unknown)
2013-08-17 23:04:45
若干誤解もあるかもしれないので補足をします。
被疑者国選が勾留事件全件に拡大されるにあたって軽微な事件が対象で弁護の必要性が低いかのように誤解されるかもしれません。
大きく報道される殺人事件等の多くは最初の逮捕勾留は死体遺棄など被疑者国選の対象外の罪名でされることが多いので,必要性は大きいと思われます。

あと「とある街弁さん」の弁護活動をみると,
被疑者が釈放後在宅となった被疑者の不起訴に向けた活動を法テラスに対する不服の理由に挙げられています。
被疑者が釈放されたら国選弁護人ではなくなってしまい,引き続き弁護活動をするならば被疑者から私選弁護人として選任されなければなりません。
確かに釈放され国選弁護人でなくなったから,あとは自分でがんばりなさいと突き放すことはやりにくいですが,法テラスへの国選報酬についての不服理由とするのは無理があると思います。
返信する