風を紡いで

旅の記録と料理、暮らしの中で感じた事などを綴っています。自然の恵みに感謝しながら…。

梅酒

2006年06月06日 | 暮らし
死んだ智恵子が造っておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光をつつみ、
いま琥珀(こはく)の杯に凝って玉のようだ。
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがってくださいと、
おのれの死後に遺していった人を思ふ。
おのれのあたまの壊れる不安に脅かされ、
もうぢき駄目になると思う悲に
智恵子は身のまはりの始末をした。
七年の狂気は死んで終った。
厨に見つけたこの
梅酒の芳りある甘さを
わたしはしづかにしづかに味はふ。
狂瀾怒涛の世界の叫も
この一瞬を犯しがたい。
あはれな一個の生命を正視する時、
世はただこれを遠巻きにする。
夜風も絶えた。

(高村光太郎)


梅の実る頃になると、光太郎の詩「梅酒」を思い出します。
つつましやかで、心にしみる琥珀色の梅酒。
鈍い光を放ちながら…。
智恵子を偲び、しづかに深く、梅酒を味わう光太郎。
彼の心の闇にほのかな琥珀色のあかりが灯るよう…。
智恵子とのおしゃべりを楽しんでいたのでしょうね、きっと。


コメント (5)
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